二つ名
「イツツさん、ありました!」
私こと二階層パーティー『イロモノ』リーダー、レディオは三階層パーティー『リバーマウス探検隊』リーダー、イツツさんに報告する。
私の報告を聞いて、散っていた私のパーティーメンバーが集まって来る。
「おお!早い早い、数は力だねぇ」
イツツさんの相方のサワンさん―中肉中背の山禍の男―も、腹の肉を揺らしながらやって来る。
イツツさんのパーティーには、私たちの仲間シアンの「遺体回収依頼」を出したのだが、
依頼を受理いただく条件として、まずはイツツさん達の目的に私たちが協力する事になっている。
イツツさん達は『/usr/src』という場所に用があるらしい。
その場所は三階層目となるが、合同パーティの場合はうち一組が階層資格を有していれば規定上は問題ない。
「…ふぅん、成程ねぇ」
サワンさんは扉のネームプレートとその周囲をランタンで照らしたあと、何かを独り言ちた。
「イツツ嬢様、この扉の先からが『/usr』で間違いありません」
「レディオさん、見つけていただきありがとうございます。サワンさんも、確認ありがとうございます。」
お礼を述べつつ、イツツさんが優雅に歩いてくるころには全員が扉の前に集まっていた。
そのタイミングでサワンさんが小声で言う。
「でね、高確率でトラップがあります」
「嘘!?」
「おい、静かに! えと、誰だっけ?」
「プラムです、盗賊です。 扉発動型のトラップですか? 仕掛けの痕跡は見えませんが…」
「ああ、すまんすまん。 そういうことじゃない、扉のプレートの左下の角にヤスリで二箇所擦った跡があるだろ?」
「確かに、言われてみればそう見える傷がありますが…」
「単に、こういう目印をつけるアホな奴らを俺が知ってるってだけ、『罠アリ』ってな」
サワンさんによると、扉をくぐった後に矢が飛んできたり上から岩が降ってきたりする確率が高いらしい。
「つまり、この先には敵対的な『人間』が待ち構えているって事ですか…」とグリー。
「なら、プレート持ちのオレが行きます」とイェロ。
「その後僕がLitの魔法を室内に放ちますので、プラムは状況把握をお願いします」とマホガーニ。
「プラムの判断後はいつもの流れで行きましょう」と私。
「段取りは決まったか? 行くぞぉ!」と最後尾のサワンさん。
――――
部屋の中の明かりは全部落としてある。そのお陰で扉の下の隙間から明かりが漏れているのが分かる。
だが、未だに飛び込んで来ねぇ。連中が扉の前に集まってから妙な間が開いちまっている…罠に気づかれたか。
ランタンに被せた布を上げ下げして、天井の横穴で待機している紐係に合図する。
罠に気づいている奴ら用の手順に変更だ、弓持ちも下げさせる。
「うりゃぁあああ!」
直後、クソデカい声とともに扉が蹴り開けられ、ガシャガシャうるさい奴が飛び込んでくる、鎧持ちか。
すぐさま音が横っ飛びした。 やはり罠はばれている。
すると、空いた扉の奥からぼうっと光るものが天井付近に向かって飛んで来る――まずい、目潰しだ。
顔を反らした直後パッと閃光が走る、あぶねぇ!
「大広間!天井高し、上部壁面横穴多数、伏兵警戒、左上方弓兵見ゆ!」
「散開、ブリエ!」
右の横穴から悲鳴がする、一人やられた。
だが、まぁ想定内だ。 すぐに見つかる、いかにもな横穴に配置している奴は頭数に入ってねぇ。
扉のほうを見ると、装備を整えた奴らは四方に展開済みで、壁を背にして対面の攻撃に備えている、手慣れてやがんな。
そう思っていると…
ゆっくりと極上の女がオレンジ色の綺麗な髪を揺らしながら扉をくぐってきた。
背中にスコップを背負っただけの、ろくに装備も持たない普段着の女。
そう、これを待っていた! 手練れの冒険者の雇い主がのこのこついて来るパターン!
親父がひと財産築いたっていう理想のパターン!
紐係が満を持して紐を引く、仕掛けが作動して女の上に降り注ぐ。勝ち確定、勝ったぞ!
「イツツさん!」
「みなさん見てください、無数の蛇が天井から降ってきました」
「「え? あ、はい」」
「変わった生態ですね、なんていう蛇か分かりますか?」
「…これは、カマーン・ブルースネークですね…」
「獲物が来るまで天井に張り付いているんでしょうか、ふふふ、おもしろい習性ですね」
「あの、イツツさん。 明らかに尻尾から落ちてきましたし、どう見ても人為的に落とされたものです…、あと噛まれてます」
「毒ありますか?」
「ありますね…」
なんだありゃ、お嬢様すぎて危機感ゼロってやつか…まぁ、いいか。
俺は、部下に明かりをつけるよう指示し、堂々と奴らの前に現れる。
「よーう、オメー等ァ。のこのこ俺たちの巣へようこそ! 博識大変結構だね。 カマーン・ブルースネーク!正解だァ」
「何者だ!」
「それはこっちのセリフだが? まぁいい、俺様はスコルピオ!『動かざるスコルピオ』様だ」
「え、何?中二病??」
「ん~、俺様今気分が良い、今のは聞き逃してやろう。 さて――ブルースネーク、こいつの毒は血を固めて血栓にしちまう厄介な毒だが、効果が出るのに時間がかかるぅ。今ならまだ間に合うしぃ、俺たちの抗血清剤を分けてやらんでもないぃぃ」
「うわ…なにこのマッチポンプ」
「さてぇ、そこのお嬢様のためにいくら出せるねぇ、ん?」
決まった、親父が散々自慢した勝ちパターンが完全に決まった!
親父はこれで過去に商会のやつから踏んだくってぼろ儲けしたのだ。それ以降は警戒されて雇い主が来ることは無くなったが、そろそろ油断して同じ轍を踏むに違いないっていう俺の読みは正しかった!
「…」
さぁ、いくら出す、いくら出せる? ワクワクが止まらん。
「あ、毒効かないのでお気遣いなく」
「「「えっ?」」」
一瞬女が何を言ったかわからず固まっていると、蛇を蹴飛ばしながら扉をくぐって同じ山禍――ただしデブ――が入ってきた。
「スコルピオだっけ? 親父さん元気か?」
「ん?」
「『藪蛇のバイパー』だろ、お前の親父」
「んんっ?!」
「親父、生きてんの、死んでんの?」
「生きてるが…」
「じゃぁ、『高飛びのサワン』が来たって言え」
――――
「高飛びのォ!」――「藪蛇のぅ!」
「「久しぶりだなぁぁあああ、アヒャヒャヒャ!」」
突如目の前に、お手々つないでくるくる回るご老体とおデブという光景現る。
「え、何?オジ専BL??」
「プラム…」
「冒険者組合の討伐依頼から消えたと思ったら、代替わりしてたのかよ」
「蛇なのに腰をやってちまってよ、頼りないがこいつにやらしてる。 つか、お前ぇも不能になっちまったのか? 冒険者から足洗っちまったって聞いたぞ」
「いや、キャストはできる。 ただ、俺のは用途がピンポイントすぎて使えねぇ」
「…血煙のはどうしてる、削られたらしいじゃねぇか」
「生きてるよ、身動きはとれねぇが。 運び屋の、墓掘りの、爆音のも元気でやってる」
「横から失礼…お二人はどういう関係ですか?」
「イツツ嬢様、ご紹介が遅れました。 こちらのご老体、バイパー氏は俺っちの古い友人です」
「バイパーと申します、キャスト体は八本首の蛇ですじゃ」
「ここにいる山禍達はいわゆるネイティブです。 元々の、ロストワールドに住んでいた古来のプリミティブの子孫に当たります」
「昔はもっと深い階層に居たんじゃが、こいつがひょっこり訪ねてきてな。 その時『ヤマ』?で暮らすようになった氏族が居るって知ったんじゃ」
「で、盗掘に来ている奴らに困ってるってんで、罠の張り方とか教えたりして、今に至ってるわけです」
「イツツさん、サワンさん今何とおっしゃいましたか、うまく聞き取れませんでした」
「親切なサワンさんは彼らを助けてあげたそうですね、それで今でもお友達だそうです」
会話の中で一部センシティブなところはジョーが翻訳せず、うまい具合にカットしてくれていた(カットした部分は通信で送ってくれていたが)。
「ところでアンタ、本当に毒は大丈夫なのか」
「ええ、特異体質ですから」
――――
「さて藪蛇の、本題に入っていいか?」
「お前さんがここへ来た目的じゃな?」
「そうだ、二つある。 まず一つは、ここの下層『/usr/src』にある資産をしばらく貸してほしい」
「ならん」
「だろうな、これは後に回す。 二つ目は…こいつの片割れを知らねぇか?」
サワンはそう言ってドックレットを見せる。
「まず、誤解がないように言っておくが、ワシ等は殺しはしとらん…装備や金は取るがの。 同じものかはわからんが、この腕輪をした死体なら最近よく見る」
「どこで見る?」
「『/misc』の下じゃ、あそこで何やらコチャコチャやっとるやつらがおるんじゃが、高位の魔法使いがいて手が出せんのじゃ」
「情報助かる、それで最初の話に戻るが」
「断じてならん」
「まぁ、ちょっと俺の話をだな」
「断固拒否」
「…藪蛇の、ちょっとこっち来い。 イツツ嬢様、大変恐縮ではございますが、一緒に来ていただけますか? レディオ達はここで待ってろよ」
そういうと、サワン、バイパー、イツツさんは少し奥にある横穴の中に消える。
「…」
「ひょ、ひょぇえええ!」
少しののち、老人の絶叫が横穴から聞こえた。
「おい! 親父に何を!」
ただならぬ事態に、スコルピオが横穴に走り込んでいく。
「ぅ、うわぁぁああああ!」
少しののち、若者の絶叫が横穴から聞こえた。
「え、何?ホラー??」
「ちょ、みんな動くな、私が様子を見てくる!」
レディオが額に汗を垂らしながら横穴ににじり寄ると、奥から神妙な面持ちで四名が揃って出てきた。
少し奇妙なことにバイパーとスコルピオがイツツ嬢の前後がっちり固めており、その横でサワンさんがばつの悪そうな顔で付き添っていた。
「えと、サワン…さん?」
「あー…問題なし。 俺ら『リバーマウス探検隊』の目的にも協力してくれるってさ」
「当然ですじゃ、我ら総出で『/usr/src』にあるもの全てを献上いたしますじゃ」
「いや、そんな大規模盗掘したらコマンドーの報復で死んじゃうから!」
「なにを言うんですか! まさにこの時のために俺たちは生かされていたと知りました!」
「いつも思うけど、なんでこうも極端なの…」
「えっと、イツツさん、結局どうなったのでしょう?」
「レディオさん、私の探し物についてはバイパーさん達に手伝っていただけることになりました。ですので、レディオさんたちの探し物を優先できるということです」
「え、大丈夫なんですか?」
「レディオ殿でしたか、ワシ等ネイティブにとって、自分が住んでいる階層にある物ほど詳しいものはありませぬ。 お任せくだされ」
「ありがとうございます、そういうことであれば我々、さっそくシアンの手がかりを探しに行きたいと思います」
――――
「えー、コイツ、ついてくんのかよ!」
「ごめんなさい、サワン、私の我がまま第三弾です」
結局ネイティブ達のごり押しで、スコルピオが道案内でついて来ることになった。
『/misc』の下の偵察情報など役に立つものがあるはずだという判断だ。
高位の魔法使いというのも気になるし、何よりスコルピオのキャストビーストは戦闘に特化している点が大きい。
「どうせ俺っちのビーストは弱々ですよーだ」
サワンが拗ねた。
「さっちゃん、機嫌直して?」
「…今、愛称でお呼びになられましたか?」
「だめですか?」
「だめじゃないです」
「え、何?チョロくない??」
「プラム…」




