犬とコマンドー
横穴をしばらく進むと、ところどころ人工的な構造物が見え始める。
「サワンさん、ところどころ建物のようなものが見えるのですが…」
「ええ、ロストワールドって、俺たちプリミティブの祖先がもともと住んでた場所ですからね、/home/ って場所だとリンカの街の何倍もの規模の都市遺跡があるらしいです」
さらに進むと、暗がりの中にぽっかりと明かりが漏れている、小さな直方体の建物が見えてくる。
「あら、どなたか? 先行組に追いついてしまったのでしょうか」
「いえ、あれが本当の入り口です、あそこは今でも稼働していて明かりがあるんです」
元は扉があったであろう、高さ2メートルくらいの開口部の前でいったん荷を降ろす。
ここまでくると大穴から差し込む光は届かず、あたりは真っ暗となっていた。
背負い袋の中身を確認しているサワンに色々聞いてみる。
「それにしても、私たちはずいぶんと軽装ですが本当に大丈夫なのでしょうか」
私たち二人の装備は心もとない、メイン武器は私が背負っている鋤と、サワンが腰に下げている鉄の棒だけ。
あとはせいぜい、護身用兼調理用のナイフが各一本ずつくらいしかない。
その他は、ロープや手ぬぐい、水袋、携帯食料、工具類…アンド、植木鉢。
服装に至っては、私はワンピースでヒールなしの靴、サワンはポケットがいくつか付いた上下。
どう見ても、そこらにピクニックに行く出で立ちになっている。
「イミグラントの奴らがね、『創生前の怪物』とか言ってますけどね、ようは、襲われるようなことをしなきゃいいだけなんです」
「というと?」
「モノ捕りしなきゃいいんです、簡単です」
サワンはそういうと中身の順番を変え終わった背負い袋を担いで、開口部の中へ入る。
私もその後について入る。
開口部の中は広間となっており、コンクリートのような無機質の壁面に覆われている。
広間の正面奥の壁には穴が開いており、穴の奥、通路の天井が下がっているので、おそらく下りの階段と思われる。
そのくだり階段の入り口左右には二メートル弱の銅像が立っており、左の像は右肩に何か長い箱を乗せた姿、右の像は左肩に蓋のついた筒を抱えた姿をしている。
実のところ、この部屋の明かりは右の像の抱えている筒から照射されていたものだった。
「イツツ嬢様、資格証を」
そう言いながらサワンは、左の銅像に向かい、首から下げたプレートを引き出すと頭上に高く掲げた。
私もそれに倣い、掲げる。
『アクセス権承認、コマンド、スイッチユーザ、トゥ、エクスプローラ……DONE』
あ、久しぶりにおっさんの声聞いたかも。
「さてさて、ではようこそロストワールドへ」
――――
サワンによるとここからが第一層ということらしい。
先ほどとは打って変わり、明かりがなく真っ暗闇だ。
私たちはランタンを片手に左右に点在する扉を順に照らしながら、長いパスを歩いていた。
「イツツ嬢様、まずは『/user』に続く扉を探さないと…なんですが、見当たりませんね」
扉の並び順は、アルファベータ順になっていないようだ。
もし、物理順だとすると、目的の部屋は最悪トンネルの一番奥ってこともあり得る。
すると、少し先の扉がバンと開き何かが飛び出す。
私とサワンはとっさに自分の得物に手を伸ばすが、その何かはこちらに目もくれずそのまま目の前を横切り、反対側の扉に飛び込んだだけだった。
「あれは、犬…ですか?」
「あれは『ポインター』といって、『ファインド』というコマンドーの眷属です。 たしかに見た目犬ですね、ってことは、さっそくモノ捕りがばれたんでしょう」
さらに別の扉から『ポインター』が二匹飛び出し、先ほどの扉に飛び込んでいくのが見えた。
「あー狩っちまったのか、特定されちまったな、ありゃ」
「どういうことですか?」
「あれは隠れてやり過ごすのがセオリーなんですが、下手を打ったんでしょう。消すと増えるってやつで…ああ、ほら、また増援が」
今度は通路の奥からさらに四匹、同じ扉に駆け込んでいく。
「大変です、助けないと」
「…第五様がお望みであれば、そのようにしますが…。ただ、自業自得のものを助ける必要がありますか?」
「モノ捕りについては憶測でしかありません、つまり自業自得かもまだ不明です、まずは助けます」
「…承知しました、ただ。もともと戦う想定ではありませんでしたので、助け方については私の案に乗っていただきます」
「ええ、ありがとうサワン」
私とサワンは犬が入っていった扉「/tmp」に飛び込んだ。
――――
「くそ、なぜ犬が!」
分からない、問題は無かったはずだ。
だが、着実に犬は増え続け、ランタンで見える範囲でも、無数の犬の赤い目が私たちを取り囲んでいるのが分かった。
その時、犬が入ってくる方向、つまり唯一の出口のほうから、プリミティブ語に混じったイミグラント語の大声が聞こえる。
「おい、お前ら何をやらかした!」
「何もしてない! 仲間の遺品を回収しただけだ」
「間違いないな?」
「おっさんに誓って!」
「分かった、全員梁に登れ!」
そう言うとその中肉中背の男は器用に鉄の棒を部屋の角の柱に立てかけると、その上に飛び上がり、そのまま梁に手をかけよじ登った。
その後に女性が続く。鉄の棒は回収し、大きなスコップを立てかけ、取っ手の部分に足をかけると、さっと梁まで駆け上がる。
スコップは長さがあるのでそのまま梁の上から回収できたようだ。
「私たちも登るぞ、イェロ!」
「おうよ!」
イェロのハルバードを傍の柱にかけると後衛から順に梁の上に登っていく。ハルバードも長さがあるので、無事回収できた。
「うまくいったな。『ポインター』は階層を降りることしかできない、ってのは覚えといて損はないぞ」
「いや、シアンの時は登ってきたんだ」
「ならそいつは『トランスファー』だ、似てるが別物だ」
確か、この男女のペアは三階層パーティだったか。詳しいのはわかるがあまりにも軽装で場違い感がすごい。
「この後、どうしますか? 梁を伝って出口の上まで移動、後は飛び降りてダッシュ…ですか?」
「そいつも悪くないが、この様子だと外のトンネルも犬だらけだな」
「諦めてくれるのを待つ、か…」
「いや、俺らもやることあるのよ? なので協力してもらう」
――――
「ギャン!」
ブリエの矢で犬が死ぬ。
「「バウワウ!!」」
扉から犬が増える。
「まだ増えてる。グリー、今何匹ぐらい?」
「多分六〇匹くらい…」
「えぇ…」
「ねぇ、これ、いつまで続けるんです?!サワンさん?」
「続行。『ファインド』って足トロイのよ」
どうにもこのサワンによると、犬の元締めをおびき出して仕留める算段らしい。
だが、それはつまりコマンドーをヤると言っているに等しい。
しかも仕留めるのは、サワンの横で植木鉢に話しかけてるアレな女性の方だと言う。
ブリエの矢が尽きかけたころ、地響きが扉の向こうから聞こえ始める。
マホガーニは梁の上からずり落ちそうになったランタンを慌てて掴む。
「やれやれ、やっと来なすった。じゃ、イツツ嬢様、よろしくお願いします」
「はい、私の我がままにつき合わせてごめんなさいね」
「イツツさん、でしたか? あなたはネクロマンサーですよね、コマンドーは創生前の生物ですよね。 あなたでどうにかできるとは思えないのですが…」
イツツと名乗る女性は何やら胸元をゴソゴソした後、植木鉢をサワンに預けると何かを構えるポーズを取りながら語る。
「あの人が! テイマーだと! 再っ三、申し上げているのですが!」
「ゴホン! お前ら、察しろ、いいか! 察しろ。 あー、それとな、ネクロマンサーの奥義に『見敵必殺』って広域即死呪文ってのがある、今から打つのがそれだ!」
「「「えっ!?」」」
「呪文を見たやつは全員死ぬぞ、俺が合図したら全員目を閉じろ!」
「「「ちょっ!!?」」」
扉がバンと開かれ、異形の人型が部屋の中に飛び込んできた。
「はい、今ーーーーー!!!!」
「「「まっ!!!」」」
閉じた瞼がオレンジ色に輝く、すさまじい閃光と分かった。そしてその直後全身に衝撃、背中を強打したと思う。
みんなは無事だろうか…。
――――
ふと、顔を叩かれて目を開けた、意識が飛んでいたらしい。
私は梁の上から落ちていた。背中ではなく頭を打っていたようでグリーによると一番重症だったようだ。
「あなた、大丈夫でしたか?」
オレンジ色の髪が顔の上に降ってくる。あのとんでもない呪文の主だ。
「はは、御覧の有様です」
辺りを見ると、部屋が明るい。
あちこちに明かりを設置する余裕ができているということは、コマンドーを無事仕留め、眷属の犬も来なくなったという事だ。
見ると、扉手前の床には白い灰の山ができている。おそらくコマンドーの成れの果てだろう。
そして、そこを中心に放射状に倒れた犬の死骸が無数にあった。
いや、ちょっと待て。コマンドーを倒すって、神話の…あのニツメルですら族長アインの戦士達をかき集めてやっとだったはず。
それを呪文一撃で?? そんな馬鹿な。
困惑していると、プラムがそっと近づき、耳元で囁く。
「下手な詮索は無しだよレディオ。 よく見て、あの女『打ち止め』になってない」
私はぞっとした。つまるところ、もしかするとだが、あの呪文をまだ放つ余力があるかもしれないということだ。
「それで、レディオさんでしたか? 協会の見習いの」
「えっ!? は、はい。レディオです、何度か同じ講義に同席しましたね」
「モノ捕りはしていないと伺ったのですが、本当ですか?」
「本当です。実は少し前、ここで仲間を亡くしておりまして。 正確には犬、いや、サワンさんによると『トランスファー』ですか…に、攫われました」
「その話、俺っちも混ぜてもらうよ」
「…それで結局、全滅を避けるために、私たちは彼女『シアン』を見捨て撤退しました。 ここ /tmp はダンジョン内での異物などがとりあえず移動させられることがあるので、遺体、遺品を探しに来たのです」
私は遺品を二人に見せる。
「これを発見し、回収しただけなのですが、突如犬が襲ってきてうっかり倒してしまったのです」
「バングル…ですか」
「バングル?が何かは存じませんが、ドックレットといって、両手首に装着します。
プレートの裏に冒険者組合の登録情報が彫ってあって、ダンジョンなどで仲間が死亡し自力で遺体を回収できない場合、ドックレットの片方だけ回収して後日、高位の冒険者に回収依頼をするのに使用します」
「あー、いまはそうなってんのか。俺っちのころは死んだ奴はそこでおしまいって感じだったからなぁ」
「なるほど、前回は連れ去り案件だったために、そのドックレット?を回収できなかったのですね。 ところで、遺体はなかったのですか?」
「残念ながら…。 そこでひとつ提案があるのですが」
――――
「えー、コイツ等、ついてくんのかよ!」
「ごめんなさい、サワン、私の我がまま第二弾です」
結局この後、二階層パーティー『イロモノ』は私たちと行動を共にすることになった。
つまり提案とは、今この場での高位の冒険者である、三階層パーティである私たちにシアンの「遺体回収依頼」を出すということだ。
遺体回収は日数が経つほど難易度が上がるため、早いほうが良いということだった。
「お前らもちゃんと協力しろよ、でないと正規の依頼料取るからな!」
あと、戦力として協力するから依頼料まけてほしい、というちょっとしょっぱい理由もあったりした。
「それと!イツツ嬢に呪文使わせたら倍額請求すっから!」
「「「え?!」」」
あー、その目論見もあるのかー、なるほどなー。




