西の街へ
セントラル大陸を横断するベサの川に沿って西へ向かう一群があった。
「オアツラエさん、これはとても美しい川ですね、一糸乱れずに流れの帯が続いています」
「イツツ嬢はパラレルをご覧になるのは初めてでしたか。この乱れなき流れのうちの1本がいずれリンカを流れる川となるのです」
濃い灰色をした軍用魔装馬車の、厚さ数十センチのクリスタル越しに見える外の景色について語り合う二名。
「お姫様の無知を矯正するお手伝いが出来て光栄ですぅ」
―正確には三名。
「ヴァカ・ターレン女史、彼女は特殊な身の上であるからその旨加味していただけると嬉しいのだが」
「あら?流石にパラレルすらご覧になったことがないというのはぁ…人間と会話をしたことがないのでは?としか」
「いえ、このような真っすぐな川を見たことが無かったもので」
「観賞用の人造グネグネ川しか見たことがないと?お屋敷の庭園から出たことがないと?そうですかぁ、よいご身分でいらっしゃるぅ」
今、この魔装馬車の狭い客室内には3名しかいない、第二様扮する「お目付け役」が居ないものだからこのヴァカ、絡みまくりである。
ちなみに、この魔装馬車は軍のカンジョー殿の個人的な好意にてお借りできたものだ。
それで、なぜ、この女が一緒に乗っているのか、これが分からない。
オアツラエがこの絡みを止める機会を探っていると、伝声管傍の呼び出しベルが鳴る。
「どうした」
『斥候らしき馬影、8時の方向、高台の上。サウスブリッジからつけてきたと思われます』
「バンディットか、来ると思うか?」
『いえ、単騎とはいえ魔装馬車です、往路では仕掛けて来ないでしょう』
「随伴の輜重車両で行き先に気付いているなら、当然帰りを狙うか」
『はい、復路の計画を見直しておきます』
「よろしく頼む」
サウスブリッジから西の領域はほぼ無法地帯だ。
西の山があったところにロストワールドへの入り口が開いたために
一獲千金を求めて多種多様な人間が流れ込んだ果ての有様だ。
まともなものはもう出て行って西には残っていない、今となっては秩序を取り戻すこと自体が放棄された地域となっている。
ずっと荒野が続き、無言で外を眺める第五様。ふと何かにお気づきになったようでクリスタルに頬を貼り付けて一点を凝視される。
オアツラエもそれに倣う。
「ああ、見えましたね。そう、あれがロストワールドの管轄街、西の街『ウエスタン‐ディジタス』です」
――――
ゲートをくぐり、真っすぐ中央街道を突っ切り協会の敷地内に入る。
魔装馬車、それも軍用となると周囲の注目の的だが、下手に小細工するより手早く移動したほうが騒ぎになりにくい。
リンカのような管理された街であればシマツ殿のような協力者も得られるがこんなところでは期待できない。
第五様を降ろし、他の実習参加生徒とともに協会施設に預けると、オアツラエは後から協会の敷地に入ってきた輜重車両に向かう。
「すまないねサワン君、疲れたろう」
「御使い様のお傍にいるのは会員の務めです、昔話をしました」
「昔話?」
「私の昔、笑い話です」
そう言って、サワンは食料、器具などを降ろし、協会の事務員に預けると最後に植木鉢を一つ小脇に抱え込んだ。
この何気ない植木鉢に第二様が仕込んであるんだから驚きだ。
確かに依り代のまま移動すると人間一人分として数えることになり、ゲートでの身分証明やら宿泊での面倒やらが発生するが、
まさか、御使い様がモノとして移動することをお許しになるとは。
ファーストコンタクトで山禍に拾われた際の大まかな経緯は調書が取れ、把握しているつもりだが
それだけでここまでの信頼を得られるものなのだろうか。
「ターレン女史、ついて早々すまないが、私は関係各所に厚生施設の新館長としてのご挨拶に向かわねばならない。冒険者組合への手続きなどお願いできるだろうか」
「もちろんです、オアツラエ館長殿。お任せ下さいまし」
彼女は、事務としては有能なのに時折謎の行動に出るのが心配だが、今は任せるしかない。
――――
「はーい、実習参加者諸君、集ー合ーぅ!はい、そこの世間知らず女も集合ーぅ!」
「これから、冒険者組合に異動申請に行きます、知ってる子もいるかな?冒険者が別の街で活動する場合はこの手続きが必須です。気を付けましょーね、特にそこの無知女ぁ」
何か無駄にいちいち絡まれている気がするが、正直何が気に食わないのかさっぱり分からないのでキョトンとする他なかったりする。
授業中に適度なタイミングで先生の話の腰を折っているはジョーのほうであって私ではないんだが、なぜこっちに嚙みつくのか。
あれ、もしかしてこっちがジョーにそうするよう仕向けてるとかそういう陰湿な解釈されてる?そんな面倒くさい事普通やらないと思うんだけども。
そうこうしているうちに、十数人ほどの参加者の群れはこの西の街の冒険者組合に到着した。
「デカっ!」「え、これ何階建て?」
すごいなこれ、五階建てか。奥のほうは宿泊施設になってんのかな?
ダンジョンで相当潤っているのか、リンカのそれとは規模が違いすぎる建物だ。
組合の入り口が開き、キョロってる若者の集団がぞろぞろと入ってくると、バッと視線の雨が飛んでくる。
が、すぐに外されて、ああ、毎年のアレね―――という話にはならなかった。
めっちゃ見られてる、主に私が。
「デカっ!」「え、あれ生なの」
あ、なるほど、そういう―。
「はーい、貞操観念やら羞恥心すら持ち合わせてない痴女さーん、少しは学習しましたかー?襲われても知りませんよー」
そうか、無法地帯みたいなもんなんだっけ、ここ。
とりあえず、サワンがカバンから外套を出してくれたので羽織ることにした。
よし、これで視線が―――外れないな。
「絵画のような整った顔だな」「売れば幾らだ?」
顔も隠すか…外套のフードを被った。
「オレンジの髪は珍しいな」「売れば幾らだ?」
ちょ、こいつら売ることしか考えてねぇ。凄いなここ。
『よそ見してる奴、今からマトにすっから』
奥のほうで、良く通る野太い声と、少し前に聞いた、ナイフが肉に刺さるときの音がした。
「「「すいやせん、姉御ぉお!!」」」
『サクサクいこうや、サクサクぅ』
「「「もちろんでさぁ、姉御!」」」
おー、いきなり秩序が回復した…約一名犠牲になった気がするが。
『で、今年もヴァカが来たわけか』
「性懲りもなく来ましたわ姉御。今年の参加者はこちらの若者達と、そこの痴女一名です」
『そうか、じゃ、サクサク登録させっから、パーティ単位で名乗れ』
「はい、一階層パーティ『ヤブキ』!ケン、オーノ、ホッコ、ユミ、四名です」
前衛二名、後衛二名のコンパクトな構成。魔法職が居ないが、悪くないらしくパチパチと拍手が聞こえる。
「二年目です!二階層パーティー『イロモノ』。レディオ、ブリエ、イェロ、マホガーニ、グリー、プラム、六名です」
前衛三名、後衛に魔法使い、僧侶、盗賊、スタンダードな構成。去年を知っているのがいるようでからかうような声援も聞こえる。
「皆さんおなじみ三階層パーティの『ナローズ』です、ユーシャ、ヒカリ、クニコ、ヒロコ、ヨシミ、チズル、サリー、マリエ、総勢八名!」
大所帯、前衛七名。ユーシャってのは後衛か、補助系かな。うん、ヤジを聞くに毎年増えてるらしい、前衛。
で、最後に自分、と。
「初参加です、三階層パーティ『リバーマウス探検隊』、イツツ、サワン、二名です」
―――― しーん ――――
『あ?!何だって?』
「初参加で三階層の―――」
『三階層? で、何人だって?』
「二名です」
『ふざけんな、たかだか二名ぽっちで三階層潜れるかよ!帰れ』
えー…
「うふふふふ、無知とは罪ですね痴女さん。先生としては無知は身をもって知るものだと思いますので、実地で思い知ってほしいのですが。
せっかくの姉御のお慈悲ですから、棄権してもよろしくてよ?」
なんか横から来たのがいるけど、スルー。
おもむろに胸の谷間に手を突っ込み、一通の手紙を取り出し、姉御に手渡す。
『あ?手紙だぁ?…ちっ、ツカーサイヤか!』
姉御は手紙に目を落とし、こっちを見、また手紙を見、こっちを見た。
いや、こっち見んな。
『死霊使い…』
「テイマーです」
『自称テイマーの…』
「はい、テイマーです(にっこり)」
『はぁ…わぁった、挑んでけよテイマー』
「ありがとうございます、これで心置きなく探検ができます」
私は、サワンと共に姉御に感謝を述べる。
「は?」
「…は?!?」
『うっせーぞ、ヴァカ!こいつはネク…テイマーだ、つまり、メンバーは現地の死体から調達する気ってことだよ!』
「「「「「「「「「えっ?」」」」」」」」」
うっわー、全員でこっち見んな。




