テイマーの戦い
ゾンビプロセス、それは本来あってはならない生物。
生きとし生けるものは全て、死ねばリソースに還る。
死に至るには二つの段階がある、まずは物理的な肉体の停止、次に魂の解離が起こる。
肉体の停止は物理的なモノであり、我々が干渉できるものであるが、魂の解離は人外の存在によって行われる。
その人外の存在を人は「ガベージコレクター」と呼ぶ。
ガベージコレクターは魂と肉体を切り離す。魂と離れた肉体は物質に戻り、腐り、土に還る。
この死神は生命に対して無差別にそれを行うことはない、ある厳格なルールの下にそれを行う。
それは、プロセスへの「参照」が完全に無くなった時である。その時、死神のお迎えが来るとされる。
つまり、生命本人と周囲のモノとの間の「縁」が全て切れたときである。
肉体が死ぬことにより必然的に本人と周囲の物理世界との縁は切れる。そしてその死を知ることにより周囲のモノからの縁も切れる。
正しく葬式をしないと死の周知がなされず、周囲からの縁が残ってしまい、魂が長く現世にとどまって苦しむとされる。
法義的には周知がなくとも死後四九日~七五日ほどで存在は忘れ去られて縁は切れるのだが、極稀に、非常に深い執着や怨念により縁が切れない死者が出てしまう。
そうなったモノはゾンビプロセスとなり、おぞましいことに死してなお蠢く存在となる。
単純に、ゾンビの恐ろしいところは「死なない」事である。
「死なない」ため、その活動を止めることができない。
この特性を活かした、俗にいう「ゾンビ兵」は禁忌の研究であるが、そもそもゾンビ自体がまず発生しないため真面目に研究するものは現れなかった。
そのため死霊使いも創作の中でしか出てこないものであった。
「まさか、実用化した者がおったとはのぅ…」
「ジジイ、どうやって倒すんだよアレ」
「完全に解体するしかないじゃろなぁ、奴さんもそれが分かっとるからフルプレートでガッチガチに固めとる…じゃがのぅ」
「何?」
「ワシじゃったら、本体を叩く手を考えるがの」
――――
「エクス―トラクト!」
バンディットのリーダーが胸のメダリオンから、大きなブロードソードを抽出する。
それを見たお嬢様は、ゾンビ騎士の後ろにスッと隠れる。
「気に食わねぇな、そのナイト様が俺達の相手か?お前は後ろで見てるだけか?てめぇの手は汚さねぇのか?」
お嬢様は肩をすくめて見せる。
「はっ、ど素人が。おめぇら行くぞぉ!」
バンディットのリーダーの一声でリーダー含む三名が前に飛び出し、残り三名は後ろに飛び退く。
飛び出した横並び三名のうち、中央の大男、リーダーが大きなブロードを振りかぶり、そのままゾンビ騎士に打ち降ろす。
ゾンビ騎士はその剣でこれを受け止めたが、重い一撃を受けたため、その場に留め置かれる。
その瞬間、両脇の二名はゾンビ騎士の両脇をすり抜け、お嬢様を左右から挟撃する体制に入った。
攻撃直前まで武装しないからこそできる、イミグラント特有の業である。
「「エクス―トラクト!」」
左の得物はブラックジャック、右は鎖分銅。
バンディットがどういう仕事をしてきたかが分かるチョイスだ。
お嬢様は右の男へ向かって踏み込み、鋤を突き出す。遠心力が付いた分銅部分を貰わないようにしつつカウンターを狙ったようだ。
「あ、まずい」
バルミラが遠眼鏡越しに発した時には、鎖分銅は鋤の柄を絡め捕ってこれを引き込み、お嬢様は踏み出した勢いで前方につんのめっていた。
姿勢を崩してがら空きとなった背中に左の男からブラックジャックが振り下ろされる。狙いは頸椎、良くて気絶、運が悪いと即死コースだ。
鈍い音が響き、お嬢様は膝から崩れ落ちる。
「はい、素人確定!ちょろいっすわぁ!」
「殺すなよぉ?遊べなくなっちまう」
「分かってまさ…えぶっ!!」
左の男は下から突き上げられた鋤の取っ手部分をその喉仏に貰っていた。おそらく呼吸ができなくなった男の側頭部に、今度は鋤の刃の部分が容赦なく振り抜かれる。
右の男は、目の前で飛び散る仲間の血しぶきに気を取られ、今背中を向けている女が、実はまだ得物をもったままフルスイング中だということを一瞬失念した。
「はっ!?―あっ!」
そしてその一瞬後、自分も仲間と同じ末路を辿っていた。
「「「え、素人?!…」」」
バルミラも、観覧席の冒険者達も同じ思いを持った――あの完璧ムーブからのまさかの凡ミスである。
「ジジイが前、カタパルトで飛ばすときに使ってた邪法を使って実質ノーダメって線は?」
「ない、唱えとる様子はなかった、襟にプレートでも仕込んどったか…?」
「ちっ、後続、投射用意!」
バンディットのリーダーは、奇襲失敗をみて次のプランに変更した。
「「「エクス―トラクト!」」」
後ろに下がっていた三名は縦並びの陣形で、手前からそれぞれ大盾、マジックワンド、ナイフの束を抽出する。
リーダーはゾンビ騎士と何度か打ち合った後、不意に蹴りを繰り出しゾンビ騎士を押し戻す。
「よし、やれぇ!」
「スクリプト術式、火炎迫撃砲 投射!!」
魔法使いがマジックワンドを四五度の角度に構えると、その先端から人の頭くらいのサイズの火の玉が無数に発射された。
火の玉は放物線を描き、地面に大盾を突き刺して構えている大盾使いの頭上を越えて、降り注いだ。
広範囲の面制圧呪文、回避できるタイミングではなかった。炎の雨が降り注ぐ瞬間、お嬢様が蹴られて尻をついたゾンビ騎士の影に潜り込むのが見えた。
「お嬢様、直撃は避けたな」
「あれは火炎だけが飛ぶ形式のもじゃな、引火さえしなければ大して問題あるまい」
火の雨は容赦なく続き、一分が過ぎ、二分が過ぎ…
「あ、いかん」
「何?」
「これほど長く投射できるとは思わなんだ、詰んだな」
「どういう事?」
「火炎での殺傷はハナから狙っとらんのじゃ、高温の空気で鼻、喉、肺を焼いて殺す気じゃ」
火災の現場で、特に外見上、外傷も火傷もない死体が見つかることがある。大区分的には窒息死ではあるのだが、純粋な酸素欠乏によるものと、高温となった空気を吸い込んで気管が焼けただれた結果の窒息死の2通りがある。
「火炎迫撃砲投射限界、打ち止めです!」と魔法使い。
火の雨が止み、その跡には膝をついたまま仰向けになり、火を吹き上げるゾンビ騎士の体があった。
「上出来!見ろ、ゾンビの野郎よく燃えてやがる。だが、油断するな?止めは慎重にいくぜ!」とリーダー。
リーダーは手の動作で後ろ三名に待機を指示、のけぞって燃え盛るゾンビ騎士に慎重に近づくと、その脇腹に蹴りを入れた。
ごろりとゾンビ騎士は転がり崩れるが、動く気配はない。
そして、元居たところには、ところどころ煤けてはいるが綺麗な女の死体が仰向けで転がっていた。
まるで眠っているような顔だ。
「さーて、俺たちゃぁ素人じゃねぇ。素人はこういう時、死んだふりして一発くれてやろうと考えるもんだ!」
リーダーはお嬢様の脇腹に蹴りを入れる。アバラに鈍痛をもらって死んだふりを続ける事など出来はしない。
「流石に、無いか。だが、念の為一突きくれてやるぜお嬢様」
リーダーはお嬢様に跨ると心臓めがけてブロードソードを突き降ろそうと――して――既に胸にぽっかり空いた穴が有ることに気づく。
『流石にそれは貰えんわ』
足元から不意に声がした、男の声だ。
直後左足に鋭い熱い痛みを感じ、リーダーの体は左に倒れ込んだ。
「あっ、ぎっ!、ぷふっ!?」
甲高い金属を擦るような音が三回とリーダーの短い断末魔の叫びが三回響いた。
「さて―と」
そういうと、女の死体と思われていたものは不意に体を起こし、何やらゴソゴソと髪や胸元を直したのち、スクと立ち上がる。
そしてワンピースの裾の泥をはたき、鋤を拾い上げる。
「ジョー、盾の相手頼める?」
ジョーと呼ばれたゾンビ騎士も炎を纏いながら無造作に起き上がると剣を拾い上げる。
魔法使いの前にいる大盾使いに向かってゾンビ騎士がスタスタと近づく。その後ろにお嬢様が付いていく。
「うわぁあああ!」
たまらず大盾使いはシールドチャージを繰り出すが、相手も鎧を着ており重量があるため、ドンと受け止められて終了。そのまま盾越しに抱きつかれる。大盾使いはもがき、暴れてみるも、手前の自分の盾が邪魔になり効果なし。
ほどなく大盾使いに炎が移り、絶叫が闘技場に響き渡る。
若干煤けたお嬢様がその脇をすり抜け、魔法使いにスタスタと近づく。頭上に鋤を振りかぶりながら。
「こんにちは!こうやって前衛を足止めして横を抜ければ良いのですね?勉強になります」
そう言いながら、頭上の鋤が振り下ろされた。
その哀れな魔法使いが崩れ落ちた刹那、ズドッという鈍い音とともに何かがお嬢様の左胸に当たった。ナイフだ。
おそらく最後尾の、投げナイフ使いによるものだろう。
「最後尾のやつ、シーフか!?」
「見えてなかった!存在隠蔽呪文か?!」
観覧席から驚きと、さすがにこれは死んだという声が聞こえる。
―すると、お嬢様は無造作に胸のナイフを引き抜く。
「「「ぇえっ!?」」」
「なんじゃと!偽乳じゃとぉおっ!!」
約一名、観点がずれていたが、誰もが納得できる解釈だったらしく、「ひどい詐欺を見た、夢を返せ、この貧乳」などのブーイングが飛び出す。
「失礼な!生乳ですよ?」
すごく気に障ったらしく、お嬢様は胸をはだけて見せた。確かに生乳であった。
「「「うひょぉぉおおお!!」」」
ブーイングが「夢をありがとう」に変わる頃、シーフが叫ぶ。
「あり得ねぇ、そいつはカマーン・レッドスネークの毒だぞ!即効性だ、白目むいて卒倒してなきゃおかしい!」
「まぁ、ダメージはありましたよ?ただ、不良セクタの修復で毒の部分にはアクセスしないようにしましたから問題はないのです」と、襟を正しながらお嬢様。
「え、何を言って…?」
「そういえば、ずっと隠れて隙を窺ってたのですか?そういう戦法もあるのですね、参考にさせていただきます」
次の瞬間シーフの大腿を何かが掠める。
「ナイフ投げは難しいですね!練習が必要かしら」
…シーフはその場で白目をむいて昏倒した。
そうして、「試験」は終了した。
――――
闘技場は今ちょっと、騒然としている。
というより俺様、ツカーサイヤ組合長様は、その道の専門家に取り囲まれて困っている。
バンディット六名が死亡したことにより、さっさとイツツと名乗るでかい娘の「合格」で終わらせたいのだが、色々不審な点があるとの事で周囲から「物言い」がついてしまった状態だ。
ようは、あの娘は特に何か実力を発揮したわけでもなく、裏稼業のプロであるはずのバンディットがあまりにも不甲斐なかったため、ヤラセではないか…となっちまったのだ。
「道場で護身術を教えている者です。初手の挟撃ですが、完全に頸椎を捉えておりました。あの一撃から即、反撃できたのは不自然です」
「自警団で消防の指導をしている者です。火災の現場では二分もあれば空気の温度は数百度に達します。被験者の発声に問題がないところを見るに気管にダメージが無かったと思われますが、これは不自然です」
「市場で薬草を取り扱っている者です。カマーン・レッドスネークの毒は溶血性であり、特に心臓近くなどの場合は短時間で全身症状に至ります。あのシーフの最後のように卒倒しないのは不自然です」
「しかしな、現に生き残ったわけでなぁ…逆にな、お前ら、どういう状況なら納得するんだよ」
「あの娘が、生物の原理以外で動いているのであれば納得できます」
「あの女性が、そもそも呼吸していないのであれば納得できます」
「あの女の心臓が動いていないのであれば納得できます」
あぁ、こいつらの言いたいことが分かったぞ。
「先ほどアイツの手に触れたが、温かかったぞ?」
「「「先ほどまで、火で焙られていたんですからそれはそうでしょう」」」
「おおぅ…」
つまり、でかい娘の方も「ゾンビプロセス」だと言いたいのか。
で、そんな理外の者に「探索資格」を与えてよいのかと。
さて、どうしたものかと思案していると、あの山禍がポテポテと歩いてきた。
「何かお困りですか?さっさと資格証発行しろよ」
俺様はこのニーモニクというやつが、どうも慣れない。確か後ろの方が本音なんだっけか。
このデブがまさかあの伝説の山禍とは…俺様も資料でしか読んだことのない存在だが、確かキャスターだったはず。
「彼女がターンアンデッドできれば問題ありませんね?それぐらい分かれ」
「確かに、ターンアンデッドは生者にしか行使できんが…ゾンビに効くか?」
ターンアンデッドできないからゾンビなんだが、と言おうとすると後ろからでかい娘の声が
「彼の執着はバンディットへの復讐でしたから、達成した今なら効くと思いますよ」
――そういったわけで、専門家たちの前でターンアンデッドの儀式が突如執り行われる事となった。
「ジョー、跪いて」
でかい娘の前でゾンビ騎士が跪く、そしてそのまま胸に両手の平を当てる。
「貴方の悲願は為されました、リソースに還るときです。おっさんにお祈りを」
ゾンビ騎士は胸の前にあった両手を組み、でかい娘の前に差し出す。
その手を娘は両手で包み込み、言の葉を続ける。
「今、汝の縁は解消され、憂き世より解き放たれん――キル‐ナイン‐プロセス」
でかい娘がゾンビ騎士から手を離すと、パッとゾンビ騎士から色が消え、瞬時に真っ白な灰の彫刻となった。
鎧の重みでその彫刻はすぐさま崩れ、ただの灰の山となり、風によって空のかなたに散っていく。
本日、ここにいる誰もが、ゾンビが消えるところを始めて見た。
専門家たちも、もう文句はないらしい。資格証の発行はすぐにでも行われるだろう。
だが!今はそんなことより、目の前の、好事家・研究者が欲しがるであろう真っ白な金の山を爆速で確保しなきゃならんのだ!
「コラ手前ェ等!灰を持ち去ろうとするな、これはギルドで回収、管理する!」




