模擬戦
「イツツ様、ご支度が出来ました、おはようございます」
俺、サワンはニーモニクを発し、第五の御使い様の前でお辞儀をした。
一応紳士的所作とかいうやつをしているつもりだが、いかんせんこのなりではカッコがつかない。
「ありがとうサワン、本日はよろしく」
恐れ多いことにに、その方は腰まで伸びた赤みがかったオレンジの髪を揺らしてお辞儀を返す。
オアツラエ殿から厚生施設で匿うにあたって用意されたその依り代は、お貴族の肖像画がそのまま動いているかのような美貌を持っていた。
お辞儀の際、胸の谷間がちらりと覗いたが、そこに『月球』は見えなかった。
オアツラエ殿も上手く考えたもんだ、確かにこのでかさならうまいこと谷間に隠れるな。ただ、戦える体じゃないんだよなぁ。
本日は休息日であり、『冒険者』の資格を得るための試験、『模擬戦』のある日だ。
といってもそんなにポンポン申し込みがあるわけじゃない。朝ごろに申請して、昼過ぎに試験、日暮れに資格証の発行って感じで、だいたい一日仕事になる。
俺はイツツ嬢をエスコートしつつ、施設寮の階段を降り1Fのロビーに出る。すると大股で荷物に腰掛けるナカバと手持ち無沙汰でキョロってるウワンが見えた。
「何でアンタなのよ」
「そうだぞ、何で君なんだサワン」
「お前らだと騒ぎになるの! あと、ナカバさぁ、荷物に座るなよ」
「君だと、いざというとき第五様を守れないじゃないか」
「お前らが付いて行かない限りはその事態にならないの。今はイツツ嬢でイミグラントのお嬢様なの、山禍がそばに居たら、そっちのが襲われると思われちゃうの、分かる?」
「「サワンも山禍じゃん」」
「おれは大丈夫なの、山を捨てた山禍、奴隷身分の山禍、って所作ができるの!」
「「イツツ嬢って何?」」
あーもう、イミグラント向けの今の依り代の名前ってこのあいだ言ったじゃんか、もう忘れたかこいつら。きっと、イミグラント語で喋ることないから覚えなくて良いよねって思った瞬間忘れたんだな。ひでぇもんだ。
「とにかく、お前らはここで荷物番してろ。昼めし時に取りに戻ってくるから」
では、行きましょうかお嬢様、と振り返ると。小首をかしげてアンニュイな微笑の高貴なお方が目に映る。
この方は現在、イミグラント語の読み書きを習得中だが、|プリミティブ語はまだ学んでいない。たぶん今の一連の会話が聞き取れなかったので退屈されたのだろう。
というか、そもそも御使い様に言葉を教えるというのが、イミグラントの傲慢さの表れだと思う。
ほんとは逆なんだと思うぜ、俺たちが御使い様の言葉を学ばなきゃいけないんだ。
―――
冒険者組合『こんにちは探索』の扉を開き、お嬢様をお招きする。
お嬢様が扉をくぐった瞬間、好奇の視線の束がお嬢様に注いだものの、すぐに視線から解放された。
今度はその視線が一斉に俺に向かう。俺は頭を下げ、腰を曲げ、お嬢様の後ろにかしずく。
すると、俺に向かった視線もすぐ解除された。そう、これはよくある光景だからだ。
事前の手筈通り、お嬢様は一番カウンターに向かう。午前中の受け付けは大抵混んでいるのだが、一番カウンターだけは絶対に空いている。お貴族様専用カウンターだから。
見目麗しいお嬢様が貴族用カウンターに奴隷の山禍を連れて向かうさまは、自然すぎて誰も気に留めない日常のワンシーンだ。ちらちらと散発的な視線が飛んでくるが、これは「さて、どんな依頼かな?」といったものだ。
「いらっしゃいませ、本日はどのようなご依頼でしょうか」と、受付嬢。
「本日の『試験』の申請手続きをお願いします」
「え?――は、はい、承知いたしました」
受付嬢は机の上にあらかじめ用意していた依頼受付関連の書類を横へ押しのけ、キャビネットの奥から申請用の書類を引っ張り出した。
お嬢様が名前を書いた後、受付嬢は時々俺に確認しながら書類を埋めていく。
うん、俺が試験受けると思われてるわ、これ。
一昔前、西の街でダンジョンブームがあった頃、貧困層どもは、どいつもこいつも冒険者の試験を受けにきた。名前すらない奴が大量に受けに来たので、冒険者組合はあるルールを作った。
・申請は名前がある者からしか受け付けない。
・試験を受ける者の素性は問わない。
・試験に受かった際、名前無き者には名前を授ける。
つまり、有象無象の相手をいちいちしてられないので、素性が分かる者の推薦でないと受け付けない。
そして、受かるかどうか分からないヤツの素性を詮索してもしょうがないから、しない。
もし試験に受かったら、組合が素性を保証してやる。ということだ。
だから、申請書には試験を受ける奴の名前を書く欄がない。
なら、名前があるヤツ本人が試験を受ける場合はどうなるかというと、実は、推薦で受ける場合との書類上の区別がつかない。
馬鹿じゃないかと思うかもしれないが、そんなもの、受かってからちゃんと書類を作ればよいという発想が根底にあるからこんな事になっているのだ。
それだけ一時期、文字通り殺到したということなんだわ、これ。
まあ、想定通りだから良いんだけどな!
「第三階層までの資格でございますか?!飛び級試験となりますが、よろしいですか?」
受付嬢は驚く。そりゃそうだ、普通、一階層ずつ段階を踏んでいくものをいきなり第三階層だもんな。
「構いません、それだけの実力はあります」
受付嬢はちらりと俺を見やる。「この豚が?!」という顔だ。
受付の席を立って扉に向かうまでの間、俺への視線が痛かった。
世間知らずのお嬢様のせいで死んだわあいつ、とか、いや、何かやらかして罰ゲームなだけじゃね、
とか、そういった視線だ。
おうおう、あいつとあいつな、面覚えたぞ。
―――
「後は殺せばよろしいのですね?」
育ちのよろしいお嬢様がティーカップ片手にそんなことを口走るもんだから、お上品なカフェに電撃走る。
試験とか模擬戦とか言っちゃってはいるが、別に剣や魔法の腕前を確かめるようなことはしない。
シンプルイズベスト、『猛獣と一緒の檻に入れたらどうなるか見てみよう』だ。まったくひでぇ試験だが、こういう理不尽な目に会って即応できないようではダンジョンでやっていけないんだわ、という現実。
今回は第三階層までの資格を想定した飛び級の試験だから、たぶん相手は猛獣とかじゃなく人間、それも集団と思われる。
ちなみに、人間を使う場合は死刑予定の犯罪者を使う。何せ冒険者に問われているのは「生き残る」能力で、技術とかじゃない。どんな手を使ってでも生き残れる者が合格ってスタンスだから、ぶっちゃけると試験という名のただの殺し合いだ。
そんなわけで、受験者側が死ぬことも「稀によくある」。
相手は死刑予定の犯罪者ではあるが、イミグラントである以上、神の元にその尊厳は保障されている。つまり、戦闘時はメダリオンも魔法も使うことが許されている。つまりハンデとか存在しないのがえぐいところ。
まぁ、手は考えたしあの方と夜通し机上でのシミュレーションもした、後は野となれ山となれだ。
「では『荷物』を持ってまいります、また後で」
俺はナカバが尻で温めている『荷物』を取りに寮に戻るのだった。
―――
「何しとんじゃ、バルミラ」
「アンタこそ、何でいるんだよジジィ」
ここは、冒険者組合『こんにちは探索』の裏手にある円形闘技場。その一般観覧席でこの二名は鉢合わせた。
「やたらでかいのが『試験』の申請に来たと聞いて飛んできた」
「絵画から出てきたような麗しいお嬢様と聞いて飛んできた」
どうやら目的は同じだったらしい二人はせっかくなので並んで座ることにした。
どんどん見物客が入り始める。飛び級試験自体が珍しいうえ、そんな試験に合格する奴がいたら強力なライバルの誕生である。意外と関心は高いようだ。
ほぼ観覧席が埋まった頃、そろそろと試験の準備が始まった。
闘技場の第四ゲートが開き、その奥から六名のイミグラントが現れる。
「…おいおい、バンディットじゃぞあいつら」
バルミラはジジイから遠眼鏡を受け取り、件の六名の腕の入れ墨を見る――「リンゴの芯」の入れ墨を。
「相変わらず悪趣味だね、『種付き』リンゴの入れ墨なんてさ」
「反社会勢力共の考えることなぞ、分からん」
リンゴの種には毒がある、リンゴ二〇個ほどの種をすり潰せば十分致死量となる。簡単に手に入り、しかも体の中に入ってから毒性を発揮するタチの悪い遅効性毒だ。
リンゴの毒はバンディットがよく使う…いや、使ってきた…商会が「種なしリンゴ」を開発するまでは。
リンゴの栽培自体を禁止すれば農業にダメージがある上、市民の反発を招きかねないとやきもきしていた市場はこの画期的な品種を大歓迎した。「種なしリンゴ」は瞬く間に市場を席巻、この勢いに乗じて当時の司法も動き「種リンゴ取締法」が制定された。
この「種リンゴ取締法」はとても強力で、種有りリンゴを栽培しているらしいという「嫌疑」だけで強制捜査と身柄の拘束が可能だった。
この法の下、大量の悪徳農家、悪徳植物学者が検挙。文献も対象となり、リンゴの種に薬効成分などがあると謳ったものは全て禁書となり、著者も逮捕、順次処刑された。こうした戦いの果て、我々イミグラントは今現在は安全に「種なしリンゴ」を食べているのであった。
「しかし、まさかあいつらが捕まるなんてヘマを?」
「裏で商会の『大掃除』が続いとるじゃろ、それ関連じゃ」
「ファンガル副局長が、バンディットの秘密の連絡手段を暴いたってやつ?」
ジジイは急に声をひそめてぼそりと言った。
「そういうことになっとるが、実際のところオアツラエ殿の功績じゃ。あの御人、動きにくい副局長の座を降りて、今はかなり自由にやっとるらしいな」
「だからジジイ、あんまり嗅ぎまわるな」
「おおっ、来よった!おいバルミラ、遠眼鏡!」
「お前は何だ、魔法使いでしょーが!」
ジジイは自身の両眼を押さえて呪文を唱えた。
「スケイル‐ビューポート」
闘技場の第四ゲートの反対側、第二ゲートが開き、その奥から赤みがかったオレンジのシルエットが浮かぶ。ワンピースを着た見目麗しいお嬢様が現れ、その後ろに大きな荷物を引きずった山禍が続く。
「うぁあ、この世の者とは思えない」
「じゃな、あのサイズはなかなか無いぞ」
観点は大きく異なるが前評判通りであったことに感嘆する二人。
だが、少し様子がおかしかった。
「何か背負ってる?スコップか、あれ」
「鋤じゃな、大体似たようなもんじゃが、お嬢様になんちゅうもん背負わせとるんじゃ」
闘技場の中ほどにくると、中肉中背の山禍は引きずってきた荷を解き始める。
すると、中から――
「「はぁ?!棺?」」
あちこちから素っ頓狂な声が上がる。一拍おいて六名のリーダーらしき男が笑い出した。
「ぎゃははは!最高だなぁ、おい。こいつ自分の棺桶持参しやがった!」
観覧席からは落胆の声が聞こえる。この中肉中背の山禍、どんな逸材かと思えば、とんだゴミであった、と。
ブーイングが出始めたころ、その山禍は周囲にお辞儀を数回行い、なんと第二ゲートに向かって戻り始めた。棺をその場に残して。
ブーイングが怒号に変わる「敵前逃亡、ふざけんな、戦って死ね」ひどい言われようであった。
すると、山禍はゲートの手前で立ち止まり、首から下げたプレートを引き出すと頭上に高く掲げた。
これは資格証を持つものが提示を求められた場合に行う動作で、この動作により頭上にはその資格内容が大きく幻視されるようになっている。
浮かび上がる、オーキッド地に白一条線のマーク。
「資格持ち?ウッソだろ、あのデブ…」
(第七階層探索資格証――じゃと?!)
そのマークの意味が分かった者は絶句した。山禍でその資格を持つものは一名のみ。オリジナルの『ニツメル奇譚』発掘功績者、生ける伝説の山禍である。
すると、静まり返った闘技場に穏やかな落ち着いた声が響き始める。声は観覧席の各々のメダリオンから鈴の音のように鳴っている。ちょうど公開実験の時の遠隔音声伝達技術と似た状態だ。
「お騒がせしてすみません、誤解があるようですので訂正します。今回の試験は申請者である私自身が受けるものとなります。どうぞよろしくお願いいたします」
「…変だ、あの拡声装置は大演習場と中央大劇場にしかないはず…」
バルミラはあの時、確かにそのように説明を受けたのだが。
「はっ!あの豚じゃなくて却ってよかったぜ」
「可愛がってやるぜお嬢さんよぉ」
「バラした後はちゃんと揃えて棺に入れてやる。女にゃ優しいんだ、俺達ゃ」
バンディットは口々に言い、終いには「順番」で揉めだした。
その光景を他所に、円形闘技場の一角にある演説などで使う壇上に、冒険者組合の組合長が現れる。
「勝手に始まると思ってたんだがな!しょうがねぇから俺が合図してやる、『始め!』」
バンディット達が、何仕切ってんだてめぇとヤジを飛ばすのを尻目に見目麗しい女性は背中の鋤を頭上に振り上げると、隣に無造作に置かれていた棺の足元へ打ち降ろした。
反動で棺が起き上がる。その勢いで蓋が取れ、中が露わになった。
突然の大きな音に闘技場のすべての視線がその棺に集まった。
棺からは、金属鎧を着た何かが踊り出た、鎧の隙間から覗く腕や顔は変色した紫色の肌で、眼球がすでにないであろう眼孔にはうっすらと赤い光点が揺らめいていた。
「…ゾンビじゃ、ゾンビプロセス…じゃ」
「え、ジジイ? えっ!あれってマジもん!?」
シンと静まり返った闘技場に、再び穏やかな落ち着いた声が響く。
「申し遅れました、実はわたくし『テイマー』ですの」
「「「「死霊使いじゃねーか!!!」」」」
残念なことに、昨晩サワンと頑張って考えた『テイマー』設定は却下されたのだった。




