ディスクワールド
「みなさんの語学リテラシーが基準に達しましたので、本日から神学の授業に入りますね」
「「ヴァカ先生、本日もよろしくお願いします」」
私がこの学校?で授業を受けているのは、この世界の知識を得るためだ。
そういう意味で、この神学という科目は凄くどうでも良い。
なぜなら私は、この世界の持ち主である『おっさん』から直にこの世界の成り立ちを聞かされているのだから。
それは、ざっくり言うと「『おっさん』が異次元の倉庫にあった予備の惑星をくすねて来て、そこで蟻(人間)を飼って観察してニヨニヨしている」ということだったはず。
うん、相変わらずひどい話だと思う。
なんだか、一分で終わるような授業をこれから始めるようなので、一応は感心をもって聞くことにする。
「みなさん、この世界は何処に在るのか分かりますか?すでに街にある教会の壁画やオブジェを見て知っている子も居るかな?」
お子様約一名が元気よく手を挙げる。
「はい先生、大きな円盤の上です」
「その通り、大変よくできました」
―――まさかの天動説であった。
「実は、この世界は『シリンダ』という、幾つもの円盤が多層に積みあがった円柱構造をしています。そしてそのうちの一つが私たちの住む世界で、その世界の単位を『プラッタ』といいます」
「プラッタの中はいくつかの領域に分かれています。全部でいくつあるか、知っている子は居るかな?」
すると、オアツラエさんと同じ制服を着た青年が手を挙げる。
「はい先生、全部で三十三の領域です。円盤の中心から放射状に八分割、同心円状に四分割された計三十二の領域と、円盤の中心の聖なる境域、北方山脈「ビルド‐クライム」を合わせた三十三となります」
「はい、模範解答ありがとう、見習いの身でありながらよく学んでいますね」
先生はよい笑顔である、なるほどここの関係者(見習い)なのか。
「世界が領域に分けられている理由ですが、これには諸説ありますので明言は避けますが、『神』が世界にアクセスする際の位置を定義するためとも言われています。では神書の第一章、創世記冒頭」
先生は神書(たぶん聖書)を開くと一節を読み上げる。
++++++
神は世界を暗き所から持ち出すと『ヨシア』と言われた。
そして神は円盤を眺め、こう言われた。
『インストールめんどいから、プリインストールのやつ適当にカスタムするわ』
++++++
「はい、神は闇にあった世界を光あるところにすくい上げられ、元の世界を壊すことなく活かそうとされたということですね」
…なんだこれ、突っ込みどころが多すぎる。
「先生、『カスタム』とはなんですか」と小さな子。
「目的に沿うように一部を変更することです。そして、これはとてもとても重要なことです、貴方、それが何か分かりますか?」
うわ、差された。マジか、えっと、えーと。
「この世界には、神が関与した所とそうでない所がある。ということではありませんか?」
「概ね正解です。ただ、問いかけに問いかけで返してはいけません、気を付けてくださいね」
「さて、世界に元から在ったもの、つまり神の手によらないものには名前に「プリ」または「プレ」という接頭辞がついています。私達の身近なモノの名前にもついています、思い当たるものはありますか?」
すると、私のお目付け役として背後に控えているジョーがそっと手を挙げる。
「『プリミティブ』がそうですね」
「…そうですね、ただ、例としては山禍は適切ではありませんが」
おっと?口裂けの種族って元々の原住民なんだ、マジか。
「コホン、先ほど概ね正解と言った件ですが、この世界には神の手による『カスタム』領域と、手つかずの『プレ』領域、それら以外に実はもう一つの領域があります。それが何かわかりますか?」
この問いにはファンタジーゲームのコスプレみたいな恰好の女の子が即答した。
「ロストワールド!」
「正解、地下世界『ロストワールド』です。では神書の二章」
++++++
プレは地下の世界であった。ながらく暗き所にあったため、彼らは地上と地下の区別がつかなかったのだ。
神は言われた。
「ディレクトリ構造は変えたくないな、そや、上からマウントして挿げ替えたらええわ」
++++++
「はい、神の最初の奇跡『マウントコマンド』ですね。神は数々の山を降らせ、地下の不要なプレの領域に蓋をしつつ置き換えたということです。そうして『カスタム』されたのがこの世界なのです」
私はここまで聞いて、あることに気づいてしまった。
「でも先生、いとこの兄ちゃんはロストワールドによく潜ってる」と元気のよい子供。
「西の街ですか?そうですね、あそこにはロストワールドへの入り口がありますね。ダンジョンで発見される品々は、本来『カスタム』であるこの世界には無用と神が判断したものです。取り扱いには慎重にならないといけませんよ」
「でも先生、すごく高く売れるんです」
「そうです先生、創成の時代では封印されるべきものかもしれませんが、それを掘り起こせる近代であれば我々が手にしてよいものではないでしょうか」
「そうですね、ファンガル副局長の下では推奨されることになるようですし、今後は変わってくるかもしれませんね」
私は一応確認したくなり、手を挙げる。
「先生、確認ですがそのロストワールドへの入り口って…」
「山禍の山の真下、全部がそうです」
私は、今頃になってジョー達の置かれている状況を理解した。
やばい、神学舐めてた。めっちゃ必要だわ、この知識。
【要点】
・世界は円盤
・ぶっちゃけ『おっさん』はカスタムしただけ
・地下に隠された世界『ロストワールド』があって貴重品が埋まってる
―――
「はい、お待たせしました。本日からいよいよ第五章に入ります、第五章といえば、何ですか?はい、君」
「はい、先生。御使い様が出てきます」
「その通り!四章までは創世のお話でしたが、ここからは実質この世界の運用の話になってきます。知っている子も多いでしょうけど、おさらいと補強のつもりでしっかり聞いてくださいね。では神書の五章二節」
++++++
世界はできたが、地上は名のない生命がのたうち回る混沌の様相であった。
神は言われた。
「うわぁ、メモリ無駄食いすんなや」
神は高き所より天使を呼び寄せた。
天使は問うた。
「汝、如何なるモノか」
神は言われた。
「ワシはフロント‐エンドや」
そして神は天使に月の力を与え、地上を統べるように命じた。
天使は問うた。
「全能の者よ、地上のモノに貴方を何と呼ばせるべきか」
++++++
「はい!では神の名をみんなで言いましょう、さんはい!」
「「「おっさーん!!」」」
ガンと、私は頭を机に打ちつけてしまった… せ、正 式 名 称 だ…と!
「そう、ちなみにアルファベータ文字では神の名はこう書きます」
ヴァカ先生は珍しく黒板に向かい合うと、アルファベットを書いた。
『OS‐N』
うわぁ、おっさんって読めなくもないけどさ…というか、実質OSなのか、おっさん。
「では続きます、神書の五章六節」
++++++
天使は地上に降臨すると地上で最も強き生命「シェルプロセス」を依り代とした。
天使は言った。
「我は地上を統べる王、統べての王、第ゼロの使い『オー』である。抵抗は無意味だ」
++++++
「ちなみに神の世界では数はゼロから数えます、気を付けましょうね」
この後、先生は『オー』による殺戮の歴史を身振り手振りを交えて力説した。
「ふぅ。さて、『オー』様によって地上から大半の生命が掃除された後、『オー』様は眠りにつきます。そして次の御使い様が降臨されます」
++++++
王がお隠れになると、見よ、地上には「デーモンプロセス」の姿が降臨した。
その姿は言った。
「私は第一の使い『ヒト』である。『オー』のオブジェクトを継承し、私をかたどった『ヒトの子』を今此処に顕現せん」
『ヒト』がピッチフォークを掲げ「フォーク」を唱えるとそこには『ヒト』ならざる『ヒトの子』が居た。
神はそれを見て満足され、
「ええやん、まずは数揃えよか」
と言われた。
++++++
「はい、この『ヒトの子』とはずばり、何でしょう?」
「はい、先生。『ニンゲン』である我々、イミグラントのことです!」
「その通り、『ヒト』様の子孫たる我々ですね!」
背後で私のお目付け役のジョーがすっと手を挙げる。
「先生、イミグラントはあくまで、『ヒト』様の被造物です。直系ではありません。『ニンゲン』様と『ヒト』様は明確に区別いただきたい」
―――場が凍った。
なんだかずっと気になっていた、山の人種と街の人種との間にある変な空気の原因はココなんだろうなと気づいた。原住民と渡来民の構図だ、これ。
私はノートを取りながらふと、そう思った。
【要点】
・まさかの『おっさん』は正式名称
・第ゼロの御使いは『オー』様、無慈悲な殺戮王
・第一の御使いは『ヒト』様、人間を作った
・街の種族、デミヒューマン疑惑




