リブートプラス
「『強くて新人生は社会不適合者の希望である」
「「恐れながら、その通りです先生!」」
「君らは何故、社会不適合者なのか」
「「働いていないからであります!」」
「君らは何故、働いていないのか」
「「雇ってもらえないからであります!」」
「君らは何故、雇ってもらえないのか」
「「必要な『常識』を持っていないからであります!」」
「では、それはどこで手に入る?」
「「ここ、『強くて新人生』であります!」」
「よろしい、本日も励みたまえ。朝礼終了」
あれから一ヶ月、オアツラエの左遷先の施設も形になってきた。
この施設は、社会構造に馴染めない、いわゆる社会不適合者の更生を行うためにある。
社会構造に馴染めず街の外周に転がっている者たちは年々増加傾向にあり、こと税収上の問題となっている。ここでは彼らに『常識』を教え、円滑に回る歯車へと仕立て、あらためて社会に組み込む手助けをしているのだ。
なお、社会構造というとご大層だが実質は商業構造のことである。
これは、第三の御使い様である「時化」様が行った「商業活動」の結果であり、悲しい副産物である。
かつて、第二の御使い様である「四八音」様が行った「再誕活動」の結果、生きていくための活動しかできていなかった我々に「文化」が生まれた。それは大きな飛躍ではあったが、人々の価値観の多様化を招き「評価基準が行方不明」問題が発生した。
そのアンチテーゼとして行った「時化」様の活動は、価値観の基準を「金」に一本化するというものであった。これにより多様化した価値はいったん金に置き換えることで社会の中で円滑に循環できるようになった。この試みは非常にうまく機能したが、実際、機能しすぎた。その結果、これが真理と考える、思い込む、そのほうが都合が良い「組織」を生んでしまった。
「『商会』の犬になって人間を『歯車』に変えていくってどんな気持ち?」
「あのなぁ、セイシン殿」
「『金』という『血』が流れる生き物、血が止まれば死んでしまいます。血の元になるのは『生産物』、死なないために要りもしないパンを作り、見もしない絵画を作り、誰も住んでない家を作り続ける。結局、生きていくための活動しかできない我々。素敵ですね?」
セイシンが病んでしまった。もとからニヒリストな部分はあるが最近は特に酷い。
「君、ファンガル副局長はどうしたんだ。こっちに来れる余裕があるとは思えないが」
「アレなら朝から書類と仲良くおねんねしておりますが」
「私はもう口出しできる立場じゃないが、協会の事務は大丈夫なのか?」
「私が処理してますし、アレはただの押印機ですから」
「わぁお…」
「今ならオアツラエ殿を中央のどこかのポストに戻す書類もうっかり通りそうですが」
「いや、やっと軌道に乗ったところだ、それはやめてくれ」
「あの娘をここで匿うのは妙案でしたが、私は何故ここに居れないのでしょう?」
「しょうがないだろう、ファンガル服局長がまさか私をその下につけるわけがあるまいし、監視役として君以外に適切なものがいない」
「良いですよね、オアツラエ殿は。毎日成分補給できて。」
「成分って何だ」
「あの娘ですよ」
「…第五様からは特に情報は得ていない、かつての御使い様がそうだったように、まずは我々の言葉を覚えていただかないといけないからな」
そうだった、セイシンに落ち着きがなくなったのは、第五様のことを伝えてからだった。てっきり知っていたと思ったのだが、どうやら山削り直後は二人目の「第三様」と「第四様」と思っていたようだ。
その後、ゼクスの前であの娘の服をめくって見せたときに「第二様」が見えて、やたらパワーのある二人目の「第二様」と二人目の「第三様」と思ったらしく、それで興味が薄れたのかファンガルの監視役を買って出た感じだった。
「バンシー殿の情報から、ヨワネ語が喋れるはずですが」
「ここも一応は協会の施設だ、ヨワネ語を操る子供なんてソレ以外の何物でもないだろう、誰かに聞かれでもしたらコトだ。ここなら言葉をちゃんと扱えない他の子供に混ざる形で言葉を覚えてもらえるしな」
「秘文化魔法で良いじゃないですか、クラスに馴染めないなどの相談にのっている体なら、その魔法が使われていても不思議じゃないでしょう?」
「…慌てると碌なことがないぞ、セイシン。あくまで自然にことを運ばないと意味がない」
ちなみにバンシーの父君、第五様の発見はバンシー殿には伏せてある。伝えようものならどうなるかは容易に想像できる。ファンガルには山削りは空振りと報告されているので、山頂の屋敷を脱出した山禍の集団が連れて逃げたものと思わせている。そのため、バンシー殿はいまだに捜索、
ファンガルはそれにかこつけた暗殺をまだ諦めていないようなのだ。現在は冒険者を雇って山にソレらしい集団が入っていないかといった調査に終始しているようだが。もっとも、探しものは目の前の古い更生施設に居るわけで、ご苦労さまなワケであるが。
ちなみに暗殺と言っても御使い様を暗殺することは物理的に不可能なため、実際には依代を破壊して確保、幽閉する形になる。
これは人類に対する最大級の犯罪行為である。
「では、そんなセイシンのために成分を補給しに行こう。多分今だと二階の語学教室だろう」
言うやいなや、すごい勢いで飛び出していくセイシン。
――頼むから廊下は走るな。
―――
二階の語学教室につくと、教室前の廊下に女性に羽交い締めにされたセイシンが転がっていた。
ソレらしい音はしなかったのだが…この護衛――ナカバといったか、は近接格闘を得意とするようだが、その実、暗殺のたぐいも心得ているのではなかろうか。
近づくと、中肉中背の見知った男が前に出てきた。
「やぁ、サワン君。 手間をかけさせたね」
「これが仕事です、こんにちは」
「今日は見学させるために連れてきているんだ。離してやってくれないか」
「できない、わかってほしい」
「彼に説明したいことがあるんだ、拘束は解くとかなくて良いので、立たせて見えるようにしてやってくれないか」
「わかりました、ありがとう」
ナカバは拘束したまま器用にセイシンを引きずり起こすと、教室の後ろの扉の窓から室内が見える位置に移動した。
その後ろではウワンという背の高い筋肉質な男が少し腰を落とした状態で待機している。足を引いた構え、何かあったらセイシンの足を折る気ではないだろうか。
というか、なぜこの護衛たちはセイシンにだけこうも殺意が高いのか…。
「セイシン、わかるか、あの最後尾の窓際だ」
小声でセイシンに位置を教える。
「え、でかくないですか?」
「ここに居る間はイミグラントの女性でいてもらうことにしたんだ。バンシー殿からファンガルに容姿が伝わっている可能性もあるからな」
「あと、あの男、小綺麗にしていますが…橋に居た浮浪者ではありませんか?」
セイシンは教室の後ろ、女性の後方で控えている男を指差した。
「あの暗がりでよく顔まで覚えてたものだ、第五様の要望で捨てずに使っているらしい。ちなみに第二様だ」
「えぇ、これ、どういう状況ですか?」
「まぁ、諸事上で社交界に出ていなかった良いとこのご令嬢が、お家の都合で急遽教育しないといけなくなった。とはいえ正規の学校や家庭教師では醜聞の元なので、この施設でこっそりお勉強。あの男はお目付け役で廊下の彼らは護衛で雇われている山禍の奴隷階級。」
「という設定ですか…なるほど。」
ざっくり説明すると、「成分が違う」としょげたセイシンはトボトボと目の前の協会中央施設へ帰っていった。
最初、第五様のみ教育を受けると伺ったときは頭を悩ませた。
第五様だけとなると、第二様はフリーとなるわけで、こちらとしてもコントロールが難しくなってくる。
正直なところ、山禍にそそのかされて小さなヒトデの姿で工作の手伝いをされないとも限らないからだ。
孤児などの設定ではいじめにあう可能性もあるため、ご令嬢設定を推奨し、側にお目付け役をつけることを提案。
当然山禍の護衛が手を上げるが、山禍のそれも成人を教室に入れると子どもたちが怖がるという理由をつけて第二様にその役をやってもらう形でうまく纏めることができたのだ。
ちなみに第二様は語学に堪能なようで、どこかで基礎を学ばれたのだろうか、もうすでに簡単な会話ができる状態だ。
第五様はまだ要領を得ないようで、応用会話でつまずいている。ただ、読み書きには問題ないようなので時間の問題だろう。
これは仮説だが、第五様の居た世界では音声での会話が一般的ではなかったのかもしれない。




