666になる
「夢を見ていました、まず白いテーブルが見えると、その向こうに書棚があって、そう、赤い本を引いたようです、すると、どこかの扉が開いて――」
「なるほど。扉はどんな色でしたか?」
「幻術をかけられた感覚に似ていますわ。眼の前に大きな本棚です、背の低い通路から出てくると見えましたの。脇に白いテーブルが、赤い本を本棚に戻すのを見ましたわ――」
「続けて。白いテーブルにはなにか乗っていましたか?」
商会の関係者42人は、異形の怪物により精神作用型の攻撃を受けた可能性があるとされ、病院の個室で療養しつつカウンセラーによる聴収を受けていた。
見たとされる現象を記録し、その後理詰めで非現実性を潰していくことで幻覚と現実の区別をつけていった。
「かなり、出揃ってきたな」と、聴収した資料を眺めるオアツラエ。
「どれも秘密の扉だったり、何かの取引の書類を確認する内容だったりしますね。集団幻覚というやつでしょうか?」とセイシン。
「これこそ、『奇想天外』の最たるものだよ、セイシン殿。協会の商会派と商会の開拓派の力を削ぐために、かの方、バンシーの父君が打ってくださった布石がこれだ。」
「どうにも分かりません、ファンガル副局長を除く商会関係者をゴーレムのそばに集めよとの指示でしたが、この集団幻覚の記録になんの意味があるのでしょう?」
「それがな、セイシン殿。集団幻覚ではないらしい、これは集団知覚と言うべきものなんだそうだ。」
「集団知覚ですか」
「あの瞬間、四二人は一つになったらしい。全員の記憶が全員のものになった。」
「えぇ…、いきなり記憶が四二倍になったら発狂しそうですが」
「そうでもないぞ、例えば五〇年生きたとしても五〇年分の記憶が常に頭の中をぐるぐるしているわけじゃないだろう?」
「そうですね、必要なときに思い出す感じですね」
「だから、意識下ではあの瞬間、あの場の四二人の共通の関心事だった記憶が四二人全員に共有された感じだな」
「共通の関心事…、あぁ、儲けの算段ですか!ゴーレム倒して俺強ぇして、さぁ次の火種でどうやって儲けるかという…」
「その通り! だが、まさか他人の記憶を覗いているとは思わないから、幻覚を見たと思うわけだ。」
「で、全部調書に取られたと…、いや、待ってください、これではどれが誰の後ろ暗い算段なのか判別ができないのではないですか?」
するとサワンがしおりを挟んだ調書の束を持ってくる。オアツラエはいくつかしおりの挟んである箇所を開いてセイシンに見せた。
「いくら幻覚でも、自分が隠した書類の場所や、秘密の契約内容にそっくりな部分は喋らないよな。つまり、調書に載っていない幻覚がそいつの秘密というわけだよ、セイシン殿!」
この瞬間オアツラエとセイシンは商会四二人の機密情報を把握してしまったのだった。
これを元に逮捕や個々人に圧力をかければ商会の勢いを確実に削いでしまえるはずだ。
「これは酷い、いや凄い…、しかしあの娘は一体どんな魔法を使ったのでしょう」
「なんでも、644を666に変えただけらしい。666というのは人間を指す数字で別名『悪魔の666』とも言うそうだ」
「私もあの娘と666になりたいです…」
「セイシン殿、護衛に刺されても知らんぞ…」
しばらく後、商会でスキャンダルや突然のガサ入れ騒ぎが起きるようになった。
そういったことを聞かない商会でもなにか関係者は落ち着かない様子だ。ブラックメール(脅迫状)が届いたとの噂も囁かれるようになった。
そうしてひと月も経つと、ファンガル副局長は心労で眼孔が落ち込み頬は痩せこけ、まるで別人のようになっていた…。




