第2ラウンド
公開実験はひと段落し、お昼休憩となっていた。
演習場周辺には商会の出店が立ち並び、とても賑わっている。そしてあちこちで渋い顔をした集団が出来ていた。
あるローブを着た集団は魔法無効化について議論していた。
曰く、あの爆発で実は魔法を阻害する物質を撒いている説
曰く、邪法『デミリタリード‐ゾーン』をあの爆発で誤魔化している説
曰く、実は『魔素』が存在していてあの爆発で吹き飛ばされた説
『魔素』の話が出た途端、集団の中で激しい口論となった。魔法使いにとって『魔素』はまだまだタブーなのだ。
ある兵卒OBの集団は地面に何か書きながら議論していた。
曰く、あの実験はこちらが防衛側になる想定であり、何かの含みを感じる。
曰く、こちらが攻める場合は先日の作戦のように大きな被害を覚悟せねば。
曰く、山禍の『ゴーレム』の実戦配備数を調べないと危険だ。
配備数の話が出た途端、集団の中で激しい口論となった。あんなものがわらわらいてたまるかといった感じで。
ある主婦の集団は周りで子供を遊ばせながら井戸端会議をしていた。
曰く、うちの子が『ゴーレム』を気に入ってしまって困っている。
曰く、うちの子など大きくなったら『ゴーレム』になると言っている。
曰く、うちの娘は将来『ゴーレム』のお嫁さんになると言い出した。
最後のはさすがに「ないから!」と突っ込まれていた。
―――
「ハーイ、お前ら昼飯はちゃんと喰ったかー!」
遠隔音声伝達技術も外壁の防御魔法も復活して観客席には比較的余裕の表情が戻っていた。
「じゃあ、午後の部いくよー! 皆もう良く分かったと思うけど『ゴーレム』の怖いところは魔法が無効化されちゃう事! そいで、それが無くてもやたらとタフだって事」
観客席の大人は渋い顔で頷き、子供は笑顔で頷いた。
「でも無効化は最初の一回だけだし、強めの魔法には弱い事が分かったね! この調子でこの『ゴーレム』の秘密をどんどん暴いていくよー!」
「御託は済みました? では第二ラウンドを始めさせていただきますの」
演習場にまたもウグイス嬢の声が響き渡る。
「おいおい、お前んとこの『ゴーレム』とっくに壊れてんぞー」
観客席からヤジが飛んでくる。
「何が壊れてるんですの? ああ、ちょっとちぎれてますわね」
ウグイス嬢が不穏な事を言った直後、『ゴーレム』が怪しい発光を始めた。
―――
『至近距離に増設リソースを確認、結合します……DONE』
『ミドルクラスのシャーシでは一部機能が制限されます。ローモードを解除……DONE』
『リソースに大規模なフラグメンテーションを検出。組成を再整列しています……DONE』
お昼休憩の間に私とジョーは入れ替わった。レフトマン(サワン)に持ちかけられた戦後処理を進めるための四つの課題のうち、
三つ目の「軍部の主戦派の力を削ぐ」こと、四つ目の「住民の戦意高揚を抑え込む」こと、この二つはもう達成されたも同然だった。
間違いなく「ゴーレムやばい」となっているこの状況下で
「もうひと狩りいこうぜ」などと言い出す奴は、頭の可哀想な人の烙印を押されるだろう。
ただ、恐怖を煽りすぎると過剰反応を引き起こす危険があるので、軍隊は勝てないけど協会ならなんとかできるよ?という落とし所を用意する、そのための第二ラウンドである。
戦後処理の課題一つ目の「協会の商会派の力を削ぐ」こと、二つ目の「商会の開拓派の力を削ぐ」ことについては
いつかどこかでゴーレムに襲われるかもしれないという恐怖をもって無駄に警備に金を使わせる、という協会のオアツラエとかいうお偉いさんの案でも良かったが、試算すると半年以上緊張状態を維持する必要があるとのことだった。
流石にしんどいのと、オアツラエさんがヒラに降格になって諸々のコントロールが難しくなったようなので、この第二ラウンドのついでに仕込む予定なのだ。
「――おっさん、居る?」
『――おるで?』
「撹乱型ってやつ、準備できてる?」
『フヒヒヒ……』
「うわぁ……」
『徹夜明けでテンション高いねん、バッチリできとるで』
「ありがとう、でもおっさんにお礼するものがないんだよな」
『ええて、今までの借りでチャラにしたるで』
「おっさんに、貸しなんかあったっけ?」
『まぁ色々とな、色々や、ホヒヒヒ……』
「うわぁ……」
―――
そんな馬鹿なという声があちこちから上がった。
『ゴーレム』は飴色に輝きながら透明度を増し、ちぎれていた胴体を再結合して何事もなかったかのようにその場に立っているのだから。
「おいおい、馬鹿にし過ぎじゃろ! ブロッサム‐ラヴァー!」
ジジイは本日最後の魔力で巨大な溶岩の蕾を投げつける。しかしクリスタルの『ゴーレム』は避けるどころか真正面からこれを受け止めた。
溶岩の花が『ゴーレム』の体に降りかかる。しかしそのクリスタルの体は少し赤熱化する以外の変化が見られない。
「熱に耐性を持っとるのか……駄目じゃ、もう打ち止めじゃしワシじゃ勝てんわ」
ローブを着た集団から落胆の声があがる。とはいえ、打ち止めになった魔法使いなどただの一般人である。仕方がないという声であった。
「セイシン君、カンジョー殿! あんな化け物どう始末をつけるおつもりか」
「ファンガル副局長落ち着いて、やっと魔法騎士達の防御魔法が回復したのです。ここからは協会の威厳回復の時間ですからご安心ください」
セイシンが指さした先から二〇名の魔法騎士団が入場してくる。代表の一人が高く剣を掲げ、協会への忠誠と御使い様と共に次代へ進む資格と覚悟がある事を宣言した。
―――
私は予定通り負けて見せた。というか、フルスペックの魔法騎士はやっぱり無敵だった。こっちの攻撃は効かないし、向こうの魔法剣はこっちをスパスパ切り刻むしで、はなから勝ち目ゼロの状態だった。
あの時も厳密には魔法騎士には勝っていない。こいつらの防御が完璧なのを逆手にとって、はるか遠くへ飛んで行ってもらっただけなのだから。
さて、今、ぶっ倒れている私の体の上にはファンガルとかいうおっさんと、商会とかいう連中が乗っかって『私は強い』アピールを観客に向かってしている状況だ。
来賓席のセイシンを見るが、合図は『ホールド』だ。まだ予定の全員が射程内に入っていないようだ。司会の女性や黒服の連中がうまいこと盛り上げて、残りを私の周りに集めてくれている。
ついにセイシンの合図が『スタンバイ』になる。現在、射程内には四十三名、いよいよだ。
セイシンに呼ばれたファンガルが私から降りて離れていく、あと十歩、五歩、一歩、射程外――今だ!
『――撹乱タイプ『プァリ‐パウァ』を選択』
『ソースの最新リビジョンを取得しています……DONE』
『ソースを展開しています…………………………DONE』
『ソースのオートコンフィグを実行………………DONE』
『ソースをコンパイルしています…………………DONE』
『オブジェクトをリンクしています………………DONE』
『オブジェクトに実行権限を付与…………………DONE』
『オブジェクトのインスタンスを生成……………DONE』
『実行――エグゼキュート‐エクスキューショナー』
『至近距離の四二個のメモリー領域を選択しました』
―――
場は騒然となった。切り刻まれて、今度こそスクラップとなったはずの『ゴーレム』が三度復活し、しかも今度は見るも無残で醜悪な姿へと変わっていく。
逆三角形の一つ目を持つ大きな頭の道化のような姿の化け物はのそりと立ち上がると両手を広げ天を仰ぎ何かをつぶやいた。
『コマンド、チェンジモード。644を666に変更……………DONE』
ゴーレムが立ち上がった際に転げ落ちていた四二名の商会関係者は突如苦しみだし、泡を吹き、白目をむいて口をパクパクさせた。
魔法騎士達が慌てて飛び掛かってきて再度めった切りにされたが、目的は達したので問題なし。
オアツラエさん、あとはよろしくってやつ。
―――
「救護班足んないよー!クラス3以上の救命資格を持つ観客席のみんなは強制徴収だよー!」
商会関係者四十二人は外傷こそないものの、意識の混濁、錯乱などを引き起こしていた。観客席からも応援を読んでの大救助劇となり、場は騒然となった。
救助と並行してあの異形の怪物はなんだいう話になったが、「悪魔の知恵」からの回答の翻訳によれば、魔法騎士が切り刻みすぎて釘にダメージがあり、制御が効かなくなった末の暴走ということだった。
つまりカチクは、今後月球のある釘部分を狙われないようにフェイク情報を与えておいたのだ。
その夜、川沿いの街「リンカ」のあちこちの酒場では議論が沸き起こっていた。
冒険者組合員のテーブルではゴーレムの驚異度を議論していた。
規格化された強さの集団である「軍隊」では勝てないものの、卓越した才を持つ魔法使い単体で対処可能ならAクラス。
いや、クリスタル化した場合や暴走形態を考慮してSクラス以上にすべきでは、など。
最終的に暴走は釘への攻撃を避ければ回避できるので、クリスタル化のみを考慮してA+クラスが妥当という線で落ち着いた。
魔法使い連盟のテーブルでは大火力の魔法投射を如何にして規格化するかを議論していた。
クリスタル化前に高火力で押し切るのが最も効率的という結論に達したためである。
単体での高火力化は術者の才能に依存してしまうため、複数術者による並列詠唱法を確立するという線で落ち着いた。
なお、開幕の魔法無効化についてはほぼ確実に魔素の議論となって場が荒れるため、連盟施設の外では議論しないことが取り決められた。
学識集団公司のテーブルでは、そもそものゴーレムの仕組みについて議論していた。
実はゴーレム自体は「バッチ」や「スクリプト」という魔法で作り出せるが、決まった動作を繰り返すだけのものであり、今回のように意思があるかのような動きはできない。しかも魔力をバカ食いするので、キャベツの千切りなどの際に包丁を数分間だけゴーレムにするような使い方が一般的である。
学者たちは頭を悩ませていたが、ふらっと消えて、ふらっと戻ってきた学徒約一名が、古臭い山禍についての文献を引っ張ってきたため、プリミティブの固有能力「タイプキャスト」を魔法的に実装した人工の「キャストビースト」の類であろうという説で落ち着いた。
兵卒OBと現役将校のテーブルでは、テーブルの中央にジョッキが1つ置かれ、周囲に落花生などのツマミがばら撒かれ、並べられていた。これは本日の戦いの内容をシミュレートするためのものであった。
OB、将校たちはああでもないこうでもないと駒を動かしていたが、
結局、開幕でまず投石機による足止めができないと作戦失敗、即撤退すべき相手という判定で落ち着いた。
兵器開発部のテーブルでは、隣のテーブルのシミュレーションに大型弩砲が一度も登場しないことに青ざめていた。
もうすでに大量に発注したものが絶賛納品されているこの状況下、いまさら投石機の増産を行う予算も期間もなかったからである。
開発部はファンガルへの呪いの言葉を吐きながらも、大型弩砲用の砂袋射出アタッチメントを作成して無償で提供するというプランに落ち着いた。
自警団のテーブルでは、民間防衛の観点からの対ゴーレムマニュアルを議論していた。
山禍は元々ゲリラ戦を得意としているため、マニュアルには、釘を持った不審者を見かけたら即通報することや、
子供の砂場、畑の用水路、土木の盛り土などがいつの間にか人の形になっていないかの定期点検を盛り込むことで落ち着いた。
議論は白熱したが、夜が明ける頃には、「ゴーレムは脅威、山禍侮りがたし」が「リンカ」の「イミグラント」にとっての常識となっていた。




