公開実験
「女郎ども、野郎ども!」
カンジョー大隊駐屯地の大演習場の中央で露出過多のヒラヒラを着た女性が全周を埋める観客に向かって挨拶をしている。
今日はかねてから話題の『公開実験』の日であった。
一週間前、アザラ家長女奪還作戦が失敗したと知ったリンカの住民達は大いに落胆した。
しかし、代わりに大きな収穫が二つあった。そのお陰で、暗い話題はすぐに吹き飛んだのだった。
ひとつ目は、あの邪法使い『悪魔の知恵』を逮捕出来た事だ。これには多くの戦争未亡人が歓喜した。今も早期の処刑を望む声が身柄を確保する協会各所に届けられている。
ふたつ目は、山禍共が『ゴーレム』という秘密兵器を密かに開発していた事を暴いた事だ。しかも、そのうちの一体を持ち帰る事に成功しているらしい。
今日この場で、その両方が一般に公開されるとあって、比喩でなく街の住人の半数がこの場に押しかけている状態だ。
「お前ら、感度はいいかー!」
進行役のヒラヒラは自分のメダリオンを顔の前に持って声を張り上げている。そして観客たちは自分のメダリオンを耳に当てて声に応えている。
そう、これは皮肉にも『悪魔の知恵』が発見した共鳴現象を応用した最新の遠隔音声伝達技術なのだ。ただし、声をクリアに響かせるための魔力増幅装置が屋敷一つ分の大きさになるため、現状この大演習場と中央大劇場にしか存在しない。
「よーし、じゃあー始めるぞー! まずはカンジョー大隊長からの御挨拶だ―!」
ヒラヒラが自分のメダリオンをカンジョー大隊長の口の前に差し出す。
「あー、みなさんよくぞ我が駐屯地にお越しくださいました。さて、今回の公開実験は実際に『ゴーレム』を生成し、我々の軍をもってそれを撃退するという事実上の公開演習となっております。観客席には協会の全面協力で防御魔法を施してありますのでどうかご安心ください。あー、それではお後がよろしいようで」
「ありがとーございましたー! 続きまして、協会の新しい顔ファンガル副理事長殿です!」
「おはよう諸君、先日の作戦では悲しい事に奪還はなりませんでした。しかし、安心して頂きたい。協会はより強固に生まれ変わりました。このセレモニーが新しい門出にふさわしいものになると確信しておりますぞ」
――場が凍り付いた。ブーイングの方がよっぽどマシだと思い知らされるくらいの静寂だ。
「あ、あーと、次は山禍の代表から挨拶があるよ!」
「おはようございますわ、みなさん」
――引き続き場が静まり返った。そしてざわめきが会場を一周した。
「え、あの口裂け女の声か? 嘘だろ」
「美しい、まるでウグイスのようだ」
あまりに透き通った声にしばらく動揺が収まらなかった。その代表は場の動揺が収まるのを丁寧に待った後、言葉をつづけた。
「この度は、我々山禍の力をお披露目できる場を設けて頂き感謝いたしますわ。皆さまが今日感じた恐怖を子々孫々まで語り継いでいただけるものと信じて挨拶を終わりますの」
一瞬間があった後、激しいブーイングが起きた。ふざけるな、舐めてるのかといった怒声が飛んだ。
「おまえらー! 静まれおまえらー! トリはオアツラエ施設長殿だぞー!」
ブーイングがびたっと止んだ。それは住民達の思いが一つである事を示していた。
「おはようございます、私は皆さんに謝らなければならない。我々は山の上で地獄の窯の蓋を開けてしまったのです。その結果、この世界が次のステージに進んでしまった事を、今の常識が死んで新しい常識が生まれた事を、今日ここで起きる事を通じて、皆さんと共に確信できると信じています」
「あ、有難うございました」
観客席の群衆から声が飛んでくる。曰く、副局長に戻ってくれ。曰く、ファンガルを倒すなら手を貸すぞ。曰く、山の上で何かあったんだな? 今日それが分かるんだな? 等であった。
観客席のノイズを他所に、演習場の中央では実験の準備が始まった。
まず、地面にかけられていた幌が外された。すると、来賓席側の壁の近くに大きな丸い円状の塹壕が顔をみせ、さらにそこから演習場の反対側の壁に向かって約十層もの塹壕が等間隔に掘られていた。
「おい見ろなんて規模の塹壕だ、数百人は入るぞ」
次に、演習場の外壁の一角が開くと軽装、重装備の戦士、槍兵、弓兵、魔法兵が次々と飛び出し、手際よく塹壕に入っていく。
「何だ? 塹壕戦か? 『ゴーレム』相手に? なんだそりゃ」
さらに反対側の外壁が開くと、今度は破城槌や大型弩砲が転がり出て、壁の外周を陣取った。
「変じゃないか? なんで攻城兵器まで出て来るんだ」
流石に観客も異様な雰囲気を感じ始めた。ゴーレム一体にこれ程までの戦力が本当に必要なのか? 何かの冗談ではないのかと。
そして、観客席のざわめきは三度凍り付く。黒い魔法ドームの列が演習場に侵入してきたからだ。
「見ろよ協会の重装甲魔法騎士達だ。ええ、と、二〇人もいるぞ……」
魔法騎士は塹壕には入らず、円状の塹壕から反対の壁までの間を等間隔に陣取った。ちょうど塹壕の両端に一人ずつ立つ形だ。
そして、来賓席の真下の壁が開いた。大きな台車に乗せられた土の人形が出て来ると、会場の緊張の糸は一気に切れて嘲笑の笑いがこだました。
「何だありゃ、あれが『ゴーレム』? 土のお人形じゃないか、笑わせるな」
「おまえらー! ストップ、ストップ、御使い様からお言葉があるって! 聞いてないよ、ほんとなの?」
来賓席の奥からシケ様が顔を出すと全員びっくりして固まった。主催者側も知らない、本当に飛び入りだったのだ。
「兵士たち、そして私の可愛い守り人たち。時代の節目は残酷です、しかしそれは新しいものが生まれる為に必要な死です。今あなた方の前にいるこの土くれは『次に来るもの』です。もし、これと対等に渡り合えぬなら死して退場する他ありません。どうか共に『次』を歩める事を私に示してください」
シケ様は兵士たちに深々と頭を下げた。あり得ない事だった。
ファンガル副局長は、お優しい御使い様らしからぬ檄の飛ばし方にあっけにとられていた。どうみても山禍の土人形を公開処刑にして住民の戦意高揚をねらうイベントだろうに、まるで我々があれに敗れるかのような……。
シケ様が来賓席の奥に消えたのと入れ替わりに台車が出てきた場所から黒いローブを身にまとった邪法使いが大きなケースを引っ提げて現れた。
「見ろ、『悪魔の知恵』だ!」
会場が一気に沸き立った。息子のメダリオンを返せ、ゴーレムと一緒に処刑しろ、腹を裂いてメダリオンを取り戻せ、等々ひどい言われようであった。
―――
「大人気だね、カチク」
「尾ひれがついて、ありもしない罪まで着せられているようですけどね」
カチクとウワンはケースから巨大な金属の釘――『ソケット』を取り出した。これは今回の公開実験のために協会の技術部に作らせた特注品だ。
『ソケット』は内部が空洞で、釘の頭の付け根に土でくるんだ月球を格納している。月球は釘側面に設けられた金属のシャッターを開けて設置し、シャッターを閉じて外界と隔離する。
そして、この『ソケット』には三つの役割がある。
ひとつ目の役割は月球の隠蔽だ。さすがにむき出しのままでは近づいた兵に月球の存在を知られて大騒ぎになるからだ。
山禍側からすれば、さっさとヨワネ様の存在を公にして、プリミティブとイミグラントは神意の前に対等であると宣言したいのだが、ファンガル共々イミグラント側の旧体制を失脚させるまでは『もうひとりの御使い様』は伏せておきたいというオアツラエ氏の意向を汲んだ結果こうなったのだ。
さらに『ソケット』の釘の頭は、月球を守る仮面の役目を果たすようになっている。仮面にはスリットが設けられ、釘の中から安全に外を窺う事ができるようになっている。
ふたつ目の役割は『ゴーレム』化の遅延装置だ。月球が土人形に埋まった瞬間に電撃バーストが発生していては、いつか味方が巻き込まれてしまう。
そのため、この『ソケット』にはゼンマイ式のタイマーが組み込まれている。タイマーをセットして土人形に刺す事で作動し、指定時間後に隔離用のシャッターが開く。そうすると土人形の土とシャッター内の月球をくるんでいた土が接触して一体化、時間差で『ゴーレム』が誕生するという仕組みだ。
みっつ目は……実はまだ飛び級様から聞かされていない。この実験が成功すれば自ずと分かるとの事だった。
そう思いながらカチクはウワンと共に『ソケット』を高く掲げて演習場を一周し始める。
とにかく、この『釘』の存在をイミグラントに印象付ける必要があるのだ。
―――
「あれは『釘』か? ずい分デカいな」
邪法の魔法具に違いない、我が子のメダリオンを溶かして作ったのか外道め、何やってんだ早く始めろといったざわめきが続く中、ヒラヒラの声が響いた。
「じゃあ、この時間で兵士たちの意気込みを聞くよー!」
ヒラヒラはまず塹壕の兵士の一人に話しかけた。
「恐縮です、なんでも最初の一発がやばいと聞いています。なのでこうやって塹壕でやり過ごせば後は難なく倒せると思ってます。まあ、見ててください」
次に塹壕の上で密集陣形を汲んでいる重装備兵。
「私は山の上であれを見てるんです。あの時は軽装でしたから仲間が大勢やられました。正直怖いですが、この重装と大盾であれに対抗できるのかは誰かが試しておかねばなりません」
次に等間隔に並んでいる重装甲魔法騎士。
「我々の目的はただひとつ。噂の魔法封じの力を明らかにする事にあります。それが今、そして今後の我々に必要な情報なのです」
次に外周に並ぶ攻城兵器部隊。
「破壊力には自信がありますが、狙いは大雑把ですからね。歩兵が全滅するような事が無い限り出番はないでしょう」
ヒラヒラは最後に、隅で腕を組んでいる初老の魔法使いに話しかけた。
「なにやっとんじゃ、バル――がはっ!」
「おい、あの爺さん膝蹴りもらったぞ」
群衆から笑いが漏れた。どうせ尻でも触ったのだろうと、魔法使いは運動不足で欲求不満だからとか、さんざんな言われ方だった。
「い、いや、なに。ここの魔法使い連盟がのぅ、ワシが『ゴーレム』の一体を潰した事を信じておらんでな。じゃあ目の前で証明してやろうとここに参加させてもろうたわけじゃ」
群衆の一角、ローブを着た集団からブーイングが飛んだ。成程、あの連中がそうかと周囲の一般人は理解した。
「じゃあ、そろそろ『釘』が一周するみたいだからここまで! みんなファイトだよー!」
ヒラヒラは振り向きざまにジジイに耳打ちした。
「ジジイ、三段目が始まったらうまく逃げろよ」
「分かっとるよバルミラ、お前さんもな」
二人は互いの拳を突き合わせて別れた。




