山削り4/4 ため息
「オアツラエ殿、 あれを!」
魔法騎士の一人が監視塔を指さした。オアツラエは絶句した、報告書にあった通りの容姿をした山禍の娘が柵の上に立ち、何かを叫んでいる。
「バッチコーイ!」
何だ、バッチコーイとは何だ。どういう意味だ。
いや待て、あの監視塔はさっき秘匿会員と監視員の二名が降りてきた塔じゃないのか。まさかあの狭い所に最初から四人居たのか、あの男はあの二人を隠すために一芝居打ったという事か。
だが、なぜ今顔を出したのだ、誰も気付いていなかったのに。
すると、ゴーレムは突然何か石のような物を監視塔に向かって投げた。そしてそのままゴーレムはだらんと腕を垂らして動かなくなった。
石じゃない、月球を自ら外して投げたのだ。なんて事を!
―――
ジョーのやつは物を投げる時のコントロールがやたら良いのだ。だからいざという時はこうやって投げてよこす事で離脱させる作戦を『対処C』として教えておいた。
だが、詰めが甘かった。ジョーが全力でインターフェイスを投げつけてくれたお陰で、私の――エクスの腹に鉄の弾丸が直撃した、というかめり込んだ。
今まで実験してきた範囲では、インターフェイスで生成した体は自分や他のインターフェイスに削られる事は無かった、つまり体に潜り込む心配は無かった。
そのためインターフェイスを交換する場合は、必然的にお互いの既存の穴同士で行う事になった。だが、ここでひとつ確認していないケースがあった。
それは、物理的かつ強引に、無理やり相手の体にインターフェイスをねじ込んだらどうなるのかという事だ。
私は今、エクスの体から追い出され、ジョーが操っていた巨大土人形に急速に吸い寄せられている、つまりは選手交代だ。いやはや、こんな事になるとは、もう覚悟を決めるしかなかった。
全く、インターフェイスに『ため息をつく機能』があればぜひ使いたいところだ。
『充分なリソースを持つシャーシに接続されました。ローモードを解除……DONE』
今――変な声が聞こえた。ああ失礼、これ『おっさん』の声だ。でも方言じゃないんだな。
『リソースに大規模なフラグメンテーションを検出。組成を再整列しています……DONE』
―――
監視塔に月球が飛んでいったと思ったら、今度は跳ね返ってきた。そしてゴーレムの体に舞い戻った。そんな風に見えた、見えたのだが。
「オアツラエ殿、ゴーレムの体が変質していきます!」
胸の位置から、手や足のの先に向かって、ゴーレムの体がガラスのように透き通っていく。
「憶するな!『讃美歌』の詠唱を続けろ、もう一度抽出を試みる!」
―――
くそ、ひどい声だ。誰が好き好んで集団の男の裏声(しかも音痴)を聞きたいと思うかね、体の力がどんどん抜けていく、何とかならないのか。
『音響兵器を検知、解析……DONE。インターフェイス内発振素子の整数倍波長音波による共振で機器不調を引き起こすものと判明』
『イコライザーをエクス‐トラクト……DONE。音波の位相反転を開始』
―――
――声が出ない。
オアツラエは喉に手をやる。いや、声は出ている、喉も震えている。だが声が聞こえない、耳がおかしいのか? くぐもった自分の声だけがうっすらと聞こえるだけだ。
突然、ざぁと目の前を風がよぎった。何人かの魔法騎士が弾き飛ばされたのだが、音がしない、木々が折れた音もしない。
まさか『音』を奪われた? オアツラエは全身に汗をかいた。はたして、そんな事ができるものなのだろうか。
かつて、御使い様は知識、知恵、文化、思想はお与えにはなったが、『力』は行使されなかった。力は依代様の体次第だったからだ。
だが、これは変だ。ただの土(今はクリスタルだが)の体で、音を奪うという奇跡が起こせるのか?
試すしかない、オアツラエは手信号で攻撃の指示を出す。魔法騎士達は抽出器から大剣に持ち替えると、ゴーレムめがけて斬撃のカッターを繰り出した。
音はしないものの、確実にゴーレムの体を削っていく。そしてある瞬間『音』が帰ってきた。
「いけるぞ! 御使い様には申し訳ないが、この強力な依代は危険だ。いったん破壊するしかない、迷わず切り刻むんだ!」
―――
こいつら、方針転換していったん私を潰す事にしたらしい。こっちの攻撃は全部通らないのに向こうはこっちの体をガンガン削ってくる。武器は無いのか、武器は。
『リソースの継続破壊を検知。進捗予測を計算……DONE。五分後に機能不全』
いや『おっさん』、そんな計算要らないから武器をください、武器を。
『このシャーシのデバイスはヌルです』
まぁ、こんなガラス人形に内蔵武器なんてないですけども! じゃあ、どうやったら攻撃できるのかって事なんですよ『おっさん』さん!
『おっさんに「さん」づけは変やろ?』
は?
『シャーシのアップデートを検出、適用するパッチを選択して下さい』
・「コルポ‐ゲィン」:戦士タイプ
・「エィジ‐イェン」:魔法タイプ
・「プァリ‐パウァ」:撹乱タイプ
……色々と突っ込みたいが時間がない。しかし何だこれ、ゲームじゃあるまいし、何でもありみたいになってるな。
『何でもありちゃうぞ、ケイ素系生命体で実在するモデルやぞ』
くそ、突っ込みたいが時間がない。ええと、相手は無敵の魔法バリアを持ってる魔法騎士が二〇人、戦士でダメージを与えられるだろうか、魔法が通るかも分からないし、撹乱したって倒せなきゃ意味ないぞ。
『早よ決めえや』
くっそ……ひっぱたきたい。
いや、待てよ『ひっぱたく』か! 少なくとも中の人にはダメージは通らなくてもぶん殴って弾き飛ばす事は出来たよな。魔法は通らなきゃ終わり、撹乱は直接解決になってない、よし、決めた。
「戦士で!」
『まだ三分あるし、もっと悩もうや』
「……戦士で」
『――戦士タイプ『コルポ‐ゲィン』を選択』
『ソースの最新リビジョンを取得しています……DONE』
『ソースを展開しています…………………………DONE』
『ソースのオートコンフィグを実行………………DONE』
『ソースをコンパイルしています…………………DONE』
『オブジェクトをリンクしています………………DONE』
『オブジェクトに実行権限を付与…………………DONE』
『オブジェクトのインスタンスを生成……………DONE』
『おお、できたな』
『実行――エグゼキュート‐エクスキューショナー』
『あんじょうきばれや、ほなな』
―――
オアツラエと魔法騎士はその場に立ち尽くしていた。
クリスタルのゴーレムだったはずの巨体が、みるみる全く別の、銀色の甲冑を来た化け物に変質していったのだ。
「そんな、姿形まで変わっていく」
何とも形容し難い醜い姿。頭はタコのように大きく、顔の部分は大きな穴しかない。そしてその全身は甲冑に覆われ、その表面には血管のような物がびっしりと浮き上がっている。
パンという乾いた音がした。化け物が右手に持った、切っ先の無い長大剣の腹で魔法騎士のひとりをひっぱたいたのだ。
魔法騎士は吹っ飛ばされ、近くの木――に当たらず――そのまま空へと吸い込まれていった。
『ゲッキャッキャッキャッ』
騎士が飛んでいくのを眺めていたタコ頭のゴーレムから、嫌悪感全開の笑い声が響いてきた。どうやら期待通りの結果らしい。魔法騎士達は自分達の行く末を悟った。
「逃げろ! 走れ!」
だが、重い甲冑を着た魔法騎士は走るとすぐフラフラになった。
一定のリズムを刻んで乾いた音が山の間でこだまする。オアツラエは放心したまま、離陸していく騎士達を見送るしかなかった。
魔法のドームは健在だったから、落下の衝撃で死ぬことは無いだろう。だが、彼らは再び我々と合流できるのだろうか。一瞬にして非殺傷のまま、事実上の無力化が行われた事にオアツラエは驚いていた。
タコ頭のゴーレムはオアツラエを掴むと、自分の鼻先まで持ち上げた。魔法ドームがない自分はどうなるのか、何の事は無い、そのまま握りつぶされてお終いだ。
まさか、御使い様が『力』を直接行使される事態が起ころうとは。協会が怖れてきた初期接触の失敗がここまで破滅的事態を招くとは……。
誰かに伝えなければ、御使い様の怒りを鎮める術を探らなければ……。魔法騎士が勝てない相手にどんな軍隊が立ち向かえるというのか。
そして、冥土の土産にこのゴーレムの顔を拝んでおこうとオアツラエは瞑っていた目を開いた――そして知った。
ゴーレムの顔の中心には月球が埋まっていた。そしてそこに刻まれた刻印は五芒星――五つ星だった。
そうか、これがバンシー殿の父君なのだ。三つ星のシケ様が二つ星のヨワネ様をなぜか『父』と呼ぶ事に違和感があったが、なるほど五つ星であれば『父』であるに違いない。
そして、まだ四つ星の御使い様にも出会えていない我々がこの次元の違う御使い様の御心を理解できようはずもなかった。
何も恥ずべき事は無い、これは悲しい事故として歴史の闇に葬られるべき事なのだ。オアツラエは再び目を閉じ、覚悟を決めた。
―――
そういえば、生身の人間が一人いたのを忘れてた。多分指揮官だろうなこの男。
さて、どうするか。
普通に考えても、向こうから難癖付けて来て、違うって言ってんのに攻めて来て、チート騎士団使っての皆殺しローラー作戦と来たもんだ。
どう考えても許してはいけないでしょう、はい。
そう思って指に力を入れようとしたとき、手首に矢が数本当たって弾かれるのが見えた。
矢の飛んできた方向を見ると、山頂の屋敷に居たはずの皆と見覚えのある黒服の男達が何故か一緒なって私に矢を射掛けていた。
よく見ると、族長が負傷している。だが、全身鎧を着たお姉さんに支えられていて、なんとか歩けるようだ。
はて、じゃあ屋敷はどうなったのだろう。屋敷を見上げると、大量の兵隊に突入されて大変な事態になっていた。
という事は――
・黒服達は屋敷の仲間を助けてくれた可能性がある。
・であるなら黒服と今屋敷を襲っている兵は別の組織だ。
・そしてその黒服と仲間の両方が共に私の腕を射った。
・ゆえにこの男は黒服の仲間であって兵の指揮官ではない。
・さらに屋敷の仲間もこの男を殺す事は望んでいない。
――こういう事?
そうなると、この男とあの魔法騎士との関係がどうなっているのかがよく分からなくなってしまうのだが、ここはいったん彼らに処分を任せた方が良いという事なんだろう。
私は男を地面に降ろした。
すると、黒服の隊長らしい男とローブを着た若いのが駆け寄って来た。男は気を失っているようだがさすがに死んではいないと思う。
ライトマンとペットマンは――あー、足元で仲良く失神してるね。ミドラは――うん、監視塔の上で気絶しつつもエクスをちゃんと守ってるね、手の位置に疑問がわくけど。ジョーも大丈夫だね、例によって涎垂れてるけど。
さて、私はこの化け物の体をどうするか。
ひとつ言える事は、間違ってもジョーにこの体を渡すわけにはいかないという事だ。ジョーなら絶対、この力を自分たちの種族のために使うだろう。
でもそれは良くない結果しか生まない、私の星の歴史でもそうだった。こういうバランスブレイカーな存在は超自然的なものだけが許される、台風みたいな。
私は監視塔に向かって歩いた、誰も付いてこない。監視塔の周辺にはまだ五体満足な土人形が残っていた。そして塔に到着すると、私は自分の顔にあるインターフェイスを抜き取り、塔の上でグロッキーになっているエクスの胸に戻した。
エクスの体の制御を取り戻した私は、素早く自分の腹を押さえた。ジョーのインターフェイスが拒絶されて飛び出すところをうまく捕まえる事ができたのだ。
さっきまでグロッキーだったジョーには恐らく目の前の化け物は見えていない。だが、体から抜けて保護モードになっているジョーの意識と視界は徐々に回復しているはずだ。
私はジョーの目の部分を押さえて目隠ししたまま監視塔の階段を降り、その台座の下にあった一番小さな土人形の上に落とした。
―――
「消えた」
化け物は突然白い灰になって風と共に消え去った。
あの化け物は何だったのだ、誰も何も知らないようだった。それは、知っている者が全員、気絶するか失神していたせいだったが。やはり誰もその事に気付く事はなかった。
セイシンはその後、西からひょっこりと現れた少女に飛びついた。隣に居た護衛らしき女戦士からは肘を喰らい、組み伏せられたあげくに肩の関節まで外されたが、セイシンは確信していた。
あの素晴らしい装置の針はあの化け物を指していた。そして今はあの少女を指している。あの少女こそあの化け物、そしてバンシーの父君だ。
だが、今少女を確保する事など完全に不可能だ。魔法騎士の一群を軽く一捻りにするような存在を捕らえる事などできはしまい。もはや全く別のアプローチが必要になっているのだ。
山頂から信号弾が上がった。赤と黄の二本、作戦失敗と西から撤退の合図だ。主戦部隊はやっと諦めたようだった。
意識を取り戻したオアツラエの指示で、拘束していた中肉中背の情報将校を通訳とした事でその後の交渉が捗った。
族長ゼクスは治療のためと称してリンカの街の協会医療施設に搬入する手筈となった。若干卑怯だが、協会の身の安全のためにとった人質だ。
ところが、意外な事にゼクス本人および、山禍達はあっさりと承諾した。その条件が、あの少女を協会の施設に入れて護衛を複数つけるというものだった。良く出来た紹介文も持っていた。
オアツラエは深いため息をついた。そうなのだ、焦らずとも待っていれば向こうから飛び込んで来てくれたはずだったのだ。セイシンもため息しか出なかった。
―――
主戦部隊長は山の西の斜面を下りながらため息しか出なかった。山頂の屋敷は既にもぬけの空、ブービートラップで無駄な犠牲を出し、あげく商会の長女の痕跡すら見つけ出せなかった。アザラ家にはどう申し開きしたらよいのか分からなかった。
ふと後ろを振り返ると、副隊長も深いため息をついていた。主戦部隊長はお前もそう思うかと副隊長の肩を叩いたが、彼のため息はファンガル理事に対してのものだった。
バルミラはため息しか出なった。東から山を下る道中で木に引っかかってたジジイを見つけたが、あの野郎とんでもない魔法戦を演じた上、念願の大魔法を成功させたらしい。
その間、バルミラはカニ歩きで屋敷の肖像画を集めていただけだった。本当にお美しい――バルミラはぜひこのご婦人のナイトになりたいと思った。本当にため息しか出なかった。
ジジイはため息しか出なかった。花火を成功させたのは良かったが、そんなものが線香花火でしかないくらいの大魔法を目の前で見せられた。破壊ではなく創造による巨大エネルギーだ。ジジイは自分の未熟さを呪ってため息しか出なかった。
その夜、『旅団』が完全に引き上げるまで、黒服と仲間達は東の森の中で野営する事になった。
私は仲間が張ってくれたテントの中で、ジョーとインターフェイスを交換して寝床――植木鉢――の中に居た。
時折、寝袋の中でジョーがほぅとため息をついている。少し色っぽいと思ったが、もしかするとあの化け物に気付いていたのかも知れず、気が気ではなかった。
そして私もため息をついていた。何故なら、私のインターフェイスに初めて発現した便利機能が、くっだらない『ため息をつく機能』だったからだ。
まさに今必要な機能なので、使いまくる事にしたのだ――ハァ。




