山削り2/4 強襲
「お待たせした、オアツラエ殿」
「頼みますぞ、ポーク殿」
「お任せください、我々緋き朦は戦闘を除けばどの隊よりも優秀ですからな!」
だいぶヤケになってるなとオアツラエは思った。
「三層三重円陣展開! 急げ、囲め囲め!」
ポークの号令と共に五千もの人の群がみるみる規則的な形に変容していく。オアツラエと小隊の半分が、麓の平地を越えて山の二合目に差し掛かった頃には『包囲網』は完成していた。
トーチカの残骸の上から見ると、包囲網は点線で出来た三重の円に見えた。各円には三人分の厚みあるようだ。
「小隊長、包囲網の円に切れ目があるのはなぜなんだ?」
「あれはわざと穴を開けてあるんです。包囲網に隙が無いと、何処を突っ切ってくるかは相手次第になってしまいます。ですが、切れ目があれば基本そこを抜けようとしますよね。なので、戦える兵を切れ目周辺、戦力外の兵はそれ以外に配置する事で人員を有効利用できるのです」
「第一円陣、槍衾形成、エクス‐トラクト! 第二円陣、弓隊形成、エクス‐トラクト! 第三円陣、支援魔法隊形成、エクス‐トラクト!」
さっきまで人の列でしかなかった円陣が瞬く間に鉄壁の防壁に変わった。
「驚いた、彼らは本当は強いんじゃないのか?」
「いいえ、彼らはあらかじめ決められた事なら完璧にこなせるんですが、いったん崩れるとパニックを起こすんです。たぶんうちの小隊でもあの壁は突破できますよ」
「ううむ、そうなのか」
「オアツラエ殿、このトーチカもハズレです。内部にトンネルがあって上層に抜けるようですが、崩落させられており通れなくなっています」
主戦部隊の隊長が報告に訪れた。
「仕方がない、上を目指そう。我々の重装甲魔法騎士団は今どこまで進んでいる?」
「あと少しで三合目を制圧完了です。いやはや、陳腐ですが無敵としか形容できませんな、あの騎士団は。お陰で我々は捜索と残敵掃討に専念できていますよ」
今回の作戦には、協会から六〇名の重装甲魔法騎士団が参加している。騎士団は本来、御使い様をお守りする為の協会の切り札である。彼らには秘匿魔法防御と秘匿希少金属の鎧、そして秘匿魔力が付与された大剣が与えられている。
本当に無敵としか形容できない存在の彼らだが、実は致命的な弱点がある。装備が信じられないくらい重いのだ。
そして、メダリオンから抽出するタイプの鎧はつなぎ目が無いために簡単には脱げず、さらに着たままではメダリオンに戻す事もできない。このため、いったん装着したが最後、死ぬか勝つまで着たままでいるしかないのだ。
今回も綿密に騎士団のスタミナ計算が行われた。結果、山に張りつく前に装備を抽出した場合は山頂まで登れない事が分かったので、麓では密集陣形に守られながら進んでいたのだ。
「急ぎましょう、主戦部隊長殿、オアツラエ殿。四合目は塹壕地帯のようですから我々も戦闘に参加した方が良いと思うのです」
副隊長が配下を連れて駆け上っていく、オアツラエは何となくファンガル理事の犬を見つけた気がした。
―――
「ああ、カチク! あの作戦は無理だ、勝てないよ!」
カチクが四合目の塹壕司令部に飛び込むと脇に植木鉢を抱えたウワンが駆け寄って来た。
「もう試したのですか?」
「いや、まだだ。だけどほら、三合目の方を見てくれ。分かるかい、あの重なっている人の山だよ」
カチクは愕然とした、三合目に居た戦士達は既に全滅していると思われた。
「あの魔法騎士の防御は完璧なんだ。矢や槍は一つ目、魔法は二つ目、呪いは三つ目のドームで全部止められてしまうんだ。御使い様の爆発はすごい威力だけど、あのドームを突き抜けて魔法騎士に届くとは思えないんだ」
「攻撃も凄くて、木の上に居た弓隊は誘導弾で叩き落されたし、魔法使い邪法使い達は剣から出た風で真っ二つ。土に潜っていた伏兵なんかは簡単に踏みつぶされていたよ」
「塹壕の被害は?」
「こっちはまだゼロだよ、魔法騎士はゆっくり歩いて来るだけだからね。でもすぐに百になるよ。だから今は彼らを上に逃がそうと思うんだ、無駄死にさせる必要なんてないはずだから」
「ウワン、ここからは見えないでしょうが、実は今『旅団』も山に入ってきています。今ここで止めなければ、我々はみんな死んでしまうでしょう」
「そんな、もうおしまいじゃないか……」
「いや、まだ勝てる望みがあります。今は私の言う通りにしてください」
―――
「――なんだよコレ、気味が悪いな」
重装甲魔法騎士団を追い越して先に四合目に突入していた主戦部隊の分隊は、塹壕地帯周辺に散らばる無数の人型オブジェを見て嫌忌の念を口にした。
人型オブジェは土で出来ており、寝ているも姿のもの、座っている姿のもの、木にもたれ掛かっている姿のものと様々だ。よく見ると、指のつもりだろうか、どれにも手の先に木の枝が五本突き刺してある。そして、土人形は全て人より大きく作られており、一番大きいものでは人の三倍近いサイズがあった。
「分隊長殿、周りのこの土人形はいったい?」
分隊長は剣を逆さにすると、近くの土人形の心臓を突き刺した。手ごたえはなく、ただざくりと土の山に突き刺さっただけだった。
「見ろ! ただのこけ脅しだ。だが、ほかの土人形に山禍が隠れていないとは言い切れん、土人形は見つけ次第、心臓に一突きくれてやれ!」
兵たちは銘々に近場の土人形の胸を突き刺し、そして安堵の声を上げた。どうやら本当にただのオブジェらしかった。
「いいか、塹壕や変な土人形があろうがなかろうが、俺たちに負けはない。魔法騎士殿が負ける事などあり得ないからだ! 今、俺達が怖れるのは隠れてやり過ごされたり、取りこぼしが起きる事だ! 穴に隠れている獣を一匹残らず燻り出すぞ!」
「おおー!」
『ヤッタル‐ディ―!』
分隊員達が声を上げ、追いついた魔法騎士が塹壕地帯に足を踏み入れたその時、遥か頭上からヘンテコな声が響いた。
分隊と魔法騎士は上を見上げた、すると何か金属の球のような物が空から降って来る。そして、近くにあった土人形の上にぼそりと落ちた。
そして世界は真っ白になった。
分隊長は背中に衝撃を受け、もんどり打って倒れた。目の前が真っ暗だ、耳も良く聞こえない、体もしびれて動かない。地響だけが体に伝わってくる、まさか魔法のトラップか?
「だれか、返事をしろ! おい、そこのお前状況は……あっ」
近くに居た兵に声をかけた。だがそれはただの、人の形をした炭だった。その炭人形はまだ熱く、煙が燻っていた。
分隊長はなんとか腕だけで上体を起こして前方を確認する。魔法騎士殿は相変わらず無事で、何処からともなく湧いて出た山禍と切り結んでいた。
いや、変だ。無敵の多重ドームは何処へ……鉄をも切り裂くあの大剣からは魔力の放射も出ていない。
直後、塹壕の影から山禍の伏兵が槍を突き出し、魔法騎士殿の膝の裏を突いた。騎士は倒れ、その上に何かの塊が降って来た。
その塊は土で出来た足だった。騎士を踏みつぶしたのは人の三倍はあろうかという土人形、ゴーレムだった。
―――
「やりました、理論通りです!」
「凄いぞカチク、本当にドームが消えた! どんな理屈なんだこれは?」
「ウワン、説明は後です。次に行きますよ、左回りで!」
「おい、まってくれカチク。ええと、他の戦士達は敵兵の残りを掃討してくれ。それと、先回りしてずっと東の塹壕にも伝聞してくれ! 『爆発したら飛び出して騎士を襲え』って、それで勝てるって!」
―――
「何だ、何が起きた!」
塹壕地帯の大きな爆発が起きた現場に到着したオアツラエは愕然とした。特に目の前に転がっているへしゃげた金属鎧の残骸が信じられなかった。
突如、何かがオアツラエの足首を掴んだ、それはこの区域を担当していた分隊の隊長だった。オアツラエが足を引くと、ずるりと茂みから上半身が出てきた。
「良く見えないがお偉いさんか? 大変だ、化け物だ、あれはゴーレムだ」
「ゴーレムだって?」
「騎士のドームが消し飛んだ、魔法も封殺された。五〇〇じゃ勝てない、下の奴らを呼んでくれ、『旅団』を呼んで来てくれ……五〇〇〇なら……きっと……」
オアツラエが分隊犠牲者の目を閉じてやっていると、主戦部隊長が報告にやってくる。
「木の枝に引っかかって偶然一命をとりとめたものがおりまして。その者によればそこいらの、そう、その土人形の一体が突然爆発と共に動き出したとか」
「これがか?」
オアツラエは近くの土人形から飛び退いた。
「いえ、殆どの土人形には胸に刺し傷がありました。恐らく、刺し漏れた一体が動き出したのではないかと」
確かにそのゴーレムの胸にも剣を刺した跡があった。
だがおかしい、もしそのゴーレムが魔法騎士をも凌駕するのであれば、最初からありったけ投入すれば良かったはず。今頃投入したところをみると、何か複雑な条件があるか、コストが凄まじいか、そもそも一体しか作れない可能性もある。
ゴーレムが複数いたならこの作戦は続行不可だ。すぐ撤退しなければいたずらに被害を拡大させるだけとなる。
「それで、その土人形は魔法騎士を潰した後、東に向かったそうです」
そう言って主戦部隊長が東を指さした時、森の中を閃光が貫き、空気が裂けるような轟音が響き渡った。
――そして、その後急に静かになった。
皆が東の区域に注目していると、茂みをかき分けて伝令が飛び出してきた。
「伝令、伝令! こちらの区域の分隊長はおられるか!」
主戦部隊長が代わりに挙手した。
「塹壕地帯にゴーレム出現、周りの土人形はゴーレムです」
「何体だ、そのゴーレムは何体現れた?」
「いえ、複数ではなく西から来た一体だけです」
「やはり、そうか!」
オアツラエは自分の読みが当たったと思った。複数は居ないのだ、今は魔法騎士が各区域に分散しているので各個撃破されているが、再編成して集中対応すれば勝機はあるはずだ。
「伝令、伝令! こちらの区域の分隊長はおられるか!」
先程とは別の伝令がまたも東からやってきた。
「ゴーレムの事ならもう知っている、今対応を考えているところだ」
主戦部隊長も恐らく私と同じ考えだろう。ゴーレムは単体であり、倒せると踏んでいるのだ。
「我が区域の魔法騎士殿がゴーレムを一体倒しました!」
「何だと、やったじゃないか!」
「ですが、その後爆発が発生しゴーレムがもう一体現れました。魔法騎士殿はその一体に魔法を封じられ、潰されてしまいました……」
「もう一体だと、ゴーレムは複数いるのか? なんて事だ」
「あぁーーっ!」
オアツラエはうっかり絶叫した。周りの兵が、遂に狂ったかという目でオアツラエを見ている。だがオアツラエはそんな視線を気にするどころではなかった。
「予備だ! ゴーレムは結局一体で、これ、この、転がっている土人形は全部そのゴーレムの予備なんだ! 主戦部隊長、まだ襲われていない東の区域に伝令を出してくれ、土人形を全て破壊させるんだ!」
―――
「セイシン殿、アレをどう思うかの」
ジジイは西から聞こえた地鳴りについて尋ねた。
「いよいよ山禍の主戦力とぶつかったのでしょう。見てください、『魔素流速系』の針がぐらぐら揺れています。山禍側に相当な魔法の使い手が居ると見てよいでしょう」
「うひょおお、御手合せ願いたいもんじゃの」
「先に我々を飛ばしてもらわないと困りますよ! この、主戦力が前に出て本部が手薄になるタイミングを逃すわけにはいきませんから」
「投石機の設置と、専用保持具への換装を完了しました」
「では最初の十人、乗り込んでください。バルミラさん、お手をどうぞ」
バルミラと黒服が人間投擲用の椅子の上に跨った。バルミラはまだ不安があるようだったが黒服達は肝が据わっていた。
「良いか、ワシが今からかける邪法は諸君らの中での時間を増やしてくれる。一つ数える間に四つ数えられるくらいにな。その結果、受ける衝撃は四等分される。百の衝撃一回で死ぬはずが、二十五の衝撃四回になって打ち身程度で済むのじゃ」
ジジイはそういうと、投石機上に並んだバルミラと黒服に術をかけた。
「マルティプライ‐ライフスライス!」
「放て!」
バルミラは不思議な感覚を味わっていた。音がくぐもって聞こえ、世界が全てゆっくりに見えた。だが、思考はクリアで複数の事を同時に考えられるような錯覚さえ覚えた。
「では私も含めて、残りの十人、乗り込んでください。ジジイ殿、オアツラエ副局長殿をよろしく頼みます」
「セイシン殿バルミラを頼みますぞ? マルティプライ‐ライフスライス!」
「放て!」
―――
「数珠が消えて行きます。あ、今三つ目が消滅しました!」
「魔法騎士を倒したのか……信じられん。あの、無敵の防御をどうやって崩したのだ?」
ゼクス族長は思った、もしかすると勝てるのではと。その矢先だった。
「四つ目の数珠も消めっ――」
屋敷の屋根にドカドカと何かが降り注ぎ、転がった。そのうちのひとつは明らかに屋根を突き破った音がしていた。
「どうした、何があった」
ゼクス族長は、会議室にある屋根に上るための窓を覗き込んだ。そして肩口に何かが突き刺さった。
「ガフッッ……」
ゼクス族長が血を吐き会議室の床に崩れ落ちると、窓から黒い服を着た男達が音もなく会議室へ潜り込んできた。
「よし、これより各部屋を順次掃討する、三班に分け二班が先行しろ。セイシン殿の班もすぐに来る、同士討ちに気をつけろ。では行け」
黒服の隊長の指示で廊下の左右へ黒服が散った。
「あららー、まずいね」
バルミラは、屋敷のロビーのど真ん中に落ちていた。体に打ち身のあざを作るのを嫌って、飛行中にフルプレートの鎧を抽出したのだ。そして体を丸め、鉄の砲弾となって屋敷に着弾した結果がこれだった。
ロビーには山禍の兵士が二十人近く居た。不意を突かれて一瞬固まっていたようだが、すぐに腰の得物を抜き放った。
「この術、あとどれくらい持つんだっけ。でもまぁこの状態で負ける気はしないけどな」
バルミラが片手で剣を払うと、突っ込んできた山禍数人の首が飛んだ。本来は両手持ちの大剣だが、術の効果が残っているせいで片手剣よりも軽く感じていた。
「良いね、広くてやり易い。かかってきな畜生共」
新たに数名が突っ込んできたが、第二波が到着した音で立ち止まってしまいバルミラの剣は連中の鼻先をかすめただけだった。
「バルミラ殿、単独行動はやめてくださいと注意しましたのに」
バルミラの注意がセイシンに逸れた瞬間、ロビーの残りの山禍は周囲の背の高い扉の中へ散っていった。
「あぁ糞! 一気に片付けるチャンスだったのにさ」
笑顔の怖いセイシン殿が四倍速で接近し、バルミラの鉄の腕を掴んだ。
「強がりは止めてください、あなたの術はもう解けてますよ」
バルミラは肩をすくめて見せた。口に出すと角が立ちそうな時はだいたいこうすればやり過ごせるのを経験で知っていた。
「上空から見るに、先発隊は館の東側に侵入しています。ですので我々は西側を捜索しましょう。南西の扉からいきますよ!」




