パレード
錠体協会本部は川沿いの街「リンカ」の中央に在った。
本当の意味での本部は、総本山「ビルド‐クライム」として遥か北方の山岳の中にある。しかし、我らの協会が山の頂から始まったという昔話は、会員の大多数を占めるイミグラント達にとっては少々都合の悪い話だった。
現在はこのリンカ中央支部が事実上の本部として機能している。様々な社会貢献活動を行っている協会にとっては山奥の秘境よりも街の中央の方が都合が良いのだ。
何より、ご神体となる聖遺骸がこちらに移されてからは殆どの会員が総本山の存在自体を忘れつつあった。
「どうせここだと思いましたよ」
「本部に来たらまずはここへ来るべきだろう?」
「ただの死骸なんですけどね」
聖遺骸である「第二月球」を前にセイシンは不敬を口にした。私は流石に不快感を隠せなかった。
「落ち着いてください、私は御使い様が残した知識、知恵、思想、文化にこそ価値があると言っているのです。御使い様は自身の亡骸を見世物にせよと言い残されましたか、違うでしょう?」
それは確かにそうである。元々総本山の奥深くに埋葬されていた聖遺骸を持ち出し、誰でも見える場所に安置しようと言い出したのは後の弟子たちであった。それはこの世界に街が増えていく中で、会員増強を迫られた末の必要悪であった。
「それにこれは、ヨワネ様の御遺体ですよ」
「それはやむをえまい、シケ様は我々と共にあるのだから」
私は胸のメダリオンをローブの上から握りしめた。
「恐ろしい話ではありませんか、シケ様の御遺体を弟子達が奪いあい、殺しあい、果てはドロドロに溶かして皆で分け合ったのですから」
セイシンの言っている事は事実だ。だが別に今ここで持ち出す話でもないだろうに。
「山禍を忌み嫌うよう仕向けたのも残ったヨワネ様の月球を守るため、そうでなければこうやって奇跡の証拠を示す事も出来ないところでした」
「君はこと月球に関しては愛憎混濁した話をするよな。そのようにふらついた言動は感心できないぞ」
「常に我々は揺れる天秤のようなもの。目の前の不可解に対して知識の分銅を載せたり降ろしたりして、折り合いをつけているだけなのです。いや、むしろ揺れなくなった天秤に油をさしてやる事の方が実は重要なのですが」
「あのなぁ、セイシン」
セイシンはお得意の悟ったような口調で私を煙に巻こうとしている。彼はこの口調が災いして、現在最も理解の境地に近い男と言われてしまっている。
「もっとも、折り合いが付いた果てに天秤の針が差す位置が『ゼロ』ってところがまた面白いのですがね」
「セイシン、今はふざけている場合じゃない」
「もちろんです、オアツラエ副局長。本部に所属する山禍の派閥から得た情報はこちらに」
私はセイシンから手渡された書簡にざっと目を通した。
「東の山に会員は二名だけだと?」
「それも非正規、いわゆる秘匿会員、あげくのはてに通信制となっています」
「疎遠な状態とは聞いていたがこれ程とは」
「まったくです。商会と疎遠なのは理解できますが、我が協会からも距離をおかれてしまっています」
「その秘匿会員から何か情報は来ていないのか?」
「派閥によれば、通信もほぼ一方通行で向こうから返信がある事は稀だとか。実態は街で起きている事を一方的に配信している形になっているとの事でした」
「で、これが直近の通信内容か……」
―――
要点を記す、時間が無い。
・境目の河で降臨現象があった、これは事実だ。
・月球は回収できた、あくまで噂だ。
・降臨現場にプリミティブの生存者がいた、信じ難い。
・街では商会の有力者の娘が誘拐された、これは事実だ。
・誘拐犯はプリミティブだ、信じたくない。
>プリミティブの生存者を探せ、最優先だ。
容姿:少女、細身、黒髪肩まで、肌は浅黒、服は若草色
>商会の娘が居たら保護せよ、予算が欲しい。
容姿:若い女性、栗色の髪腰まで、肌は白い、服は緑色
>誘拐犯が居たら逮捕せよ、暇な時でいい。
容姿:邪法使い、細身、長身、フード
追伸:運び屋二名は抜け駆け組だ、処分してくれ。
―――
カチクはニーモニク表記で書かれた手紙を読み返していた。
この、『降臨現場に生存者』という情報でカチクはピンと来たのだった。御使い様が受肉される際に発生する電撃バーストに耐えられる生物など居ない。降臨現場に立っている者、それは御使い様御自身に他ならない。
容姿もドンピシャ、何より、勢いだけで作り上げた自慢の魔素ひずみ計が反応を示した事で確信した。これも最初は誤差がひどかったが、今思えばヨワネ様と飛び級様の間で針が迷っていただけだったのだ。
誘拐犯については思い当たるところがない、容姿もよくあるタイプだ。それに商会の娘を誘拐したとなれば武勇伝として必ず山を越えて伝わる。いつものデマではないかと思われた。
運び屋は抜け駆け組とあった。恐らく商会から奪還依頼が出る前に勝手に動いたクチだろう、この手合いは正規の依頼を受けられない無法者というのが相場だ。連中は協会の通信業務を引き受けたついでに山に侵入しようとしたようだった。まあ、彼らについては有効活用させてもらったので満足している。
それにしても手紙が羊皮紙である事が気に食わない。街のやつらが紙を使わないのは、イミグラントの狩猟協会が抵抗しているのが原因と言われている。
だが、今はそれよりも明日の準備だ、夕飯の席で飛び級様から手紙を授かったのだ。
彼は非常に思慮深い御方のようで、アルファベータ文字で書かれた文面は、少ない単語、単純な文法に限定され、容易に翻訳できるように配慮されていた。
それによると、明日LABOを使って実験がしたいとの事だった。内容は、肉体創造の実験と月球の交換実験とあった。
つまり、ヨワネ様に体をお与えになるという事だ。ただ、奇妙なのは我々の体ではなく土や木を依代にしようとされている事だ。何かお考えが有るのだろうか。
もう一つは、その受肉したヨワネ様と月球を交換するという前代未聞の大実験だ。いまだかつて同時に二人の御使い様が存在した事が無かったために誰も思いつかなかった新たな可能性だ。
それで、明日の実験のためにLABOの中央にスペースを作る必要があった。さらに、その床には土を敷き詰めなければいけない。理由は分からないが、指示通りにするしかない。土はウワンが、掃除はナカバがやる気なので今晩中に終わるはずだ。
私? 私ことカチクは目の下の隈を取れと厳命された。では、おやすみなさい。
―――
川沿いの街「リンカ」の南部にあるカンジョー大隊駐屯地の前には、日が暮れた後も長大な人の列が出来ていた。戦士、魔法使い、傭兵、自称冒険者、格闘家、武器商人、何でもありだ。
その駐屯地の向かいにある兵隊御用達の大食堂の二階の窓際では、女戦士と初老の魔法使いが優雅に食事を摂っていた。
「まだ列が伸びておるぞバルミラ。見よあの最後尾を、遂に駐屯地を一周しおった」
「ジジイには感謝だ、西の討伐を早めに切り上げたお陰でうまい飯にありつけた」
バルミラはステーキを追加で注文する、いつもならばあり得ない贅沢だ。
「明日になれば西の街からワシらの同類がわんさと来るぞ、列のやつらは本職に来られる前の今しかチャンスが無いからの」
ジジイはさっきから酒ばかり飲んでいる。私には精がつくものを喰えと言っているのに、こいつは。
「その頃には受け入れ側の混乱も収まっているだろ、逆に言ううと相場が固定されて旨味が無くなるって事だけどね」
「ワシらはツイとる。橋の上の件でアザラ家に顔が売れた結果、奪還部隊に一番乗りじゃ。それも協会の事実上のトップ、オアツラエ氏の配下じゃぞ」
「現場に居合わせたシマツ広報官殿の推薦があったからだろ? 確かに怖いくらいにツイてるな」
「まぁ、気掛かりな事が無いわけじゃないがの。今回『奪還作戦』と言っとるが、ありゃあどう見ても西の討伐と同じ『山削り』じゃ、規模がおかしい」
「商会の私怨って線だろ、殆ど公然の秘密じゃないか」
すると、ジジイは急に声をひそめてぼそりと言った。
「アザラ家は裏で山禍に物資を横流ししてた」
「えっ!」
「バカ、でかい声出すな」
「その手引きをしていたのが、誘拐されたマキナ嬢って裏があるんじゃ」
バルミラは乳飲料でステーキを胃に押し込むと、静かに言った。
「ジジイ、あんまり嗅ぎまわるな。戦場ってのは味方の処分に最適な場でもあるんだ、背中に気をつけろよ」
「背後はお前さんが守ってくれるじゃろ?」
「あのなぁ、普通は逆! 戦士が前、魔法使いは後ろ、だ!」
「だから、でかい声出すな」
その時、駐屯地から歓声が上がった。見ると、正面ゲートの位置で人の列が真っ二つに割れていく。
「来たぞぉ、メインイベントじゃ」
二人は窓に張りついた、魔法使いは懐から細長い筒を取り出す。
「ジジイ、遠眼鏡! 早く!」
「おい、これはワシの――」
「お前は何だ、魔法使いでしょーが!」
「だから、でかい声出すなってのに」
ジジイは遠眼鏡をバルミラに渡すと、自身の両眼を押さえて呪文を唱えた。
「スケイル‐ビューポート」
バルミラが遠眼鏡を覗くと、駐屯地の奥から魔法防御の多重ドームがゲートに向かって進んで来ていた。ドームの中では重装甲魔法騎士団が円陣を組んで歩き、その中央では喪服のようなローブを着た女性が一人歩いていた。
今回の依代様は盲目の方だったため、御使い様御自身の目で世の中を見ておられるらしい。そのためか、女性のローブの胸の部分は切り抜かれ、月球がむき出しになっている。
バルミラはその胸に遠眼鏡の焦点を合わせる、生きている間に御使い様の降臨があるだけでも奇跡なのに、普通は秘匿される月球が今回は丸見えになっているのだ。
その依代様の胸の月球には三角と三日月の紋様が刻印されており、暗闇の中、淡い揺らめく光を放っていた。
「美しい……なんという輝き」
バルミラは自身の語彙の乏しさに嫌気がさしたが、逆に真実こそ単純であり飾りのない表現こそがふさわしいのだと思い直した。
実は協会の本部には聖遺骸として月球が展示されてはいる。しかし、自分たちの始祖である第三の月球は過去に失われてしまったため今回初めて目にする事ができたのだった。
「そうか、本物はもう少し大きいのだ、私のもサイズアップせねば」
バルミラは胸のメダリオンを握りしめた。
「たしかに大きいのう、ワシはお前さんぐらいが好みじゃが」
ジジイは後でお仕置きが必要だった。
『御使い様! 第三様! シケ様! 御再臨! 御再誕!』
シュプレヒコールが自然と沸き上がった。依代様が手を振って応えておられる、バルミラも窓から手を振らずにはおられなかった。
依代様と護衛団はこれから協会本部に向かう予定となっていた。依代様達がゲートを出て右に折れていくと、その後ろに金魚の糞が大量に居た。糞は、協会、商会、議員の順になっていた。
「よぉく見とくんじゃぞ、今この大事な時に仕事をほっぽり出してパレードに参加できる奴らはどういう連中かって事じゃからな」
確かに、あの列にオアツラエ氏は居ない。あれはファンガル氏だったか、商会とズブズブともっぱらの。商会はアザラ家を筆頭に、恐らくはこの街の全ファミリーが集結していた。
「昼頃にはとうに到着しておったのにの、どうせ並び順で揉めて今頃になったんじゃろうて」
「なあジジイ、ケツが議員ってのは良いのか? 西の街じゃあり得ないぞ」
「この街の実態が良く分かるな。計画都市じゃったか、商売を回すために作られた街がどこまでやれるか見ものじゃの」
よく見ると、議員の後ろに目立たない影がちらちらと見えた。
「ジジイ、忍者だ。マジでまだ居るのかよ!」
忍者とは、イミグラントでありながらメダリオンを使わず、己の体術と武術だけで戦う特殊部隊だ。
シケ様が崩御された際、イミグラントはメダリオンを賜った。ここからイミグラントは戦争で負けなしの存在となった。
軽装のまま戦地まで高速移動し、最前線では武器防具を抽出し重武装の戦士に化ける。この機動戦術によって既存の体術や武術は一気に時代遅れとなった。
しかし、東の山まで進出した際に思わぬ障害が発生し、進撃を止められてしまう。その発端は、奇襲を受けた斥候のメダリオンが奪われるという事件だった。
軍部は山禍に鉄不足が起きていると分析、勝機が近いと誤解した。だがそれ以降、イミグラントの戦士は全て先回り、包囲されて殲滅され出したのだ。
原因は『共鳴』という現象と、山禍に悪魔の知恵を持つ邪法使いが居た事だ。
そいつがメダリオン同士が響き合う現象を発見し、さらにはメダリオンが二つあれば別の一つのメダリオンの位置を特定できるという法則まで導き出してしまったのだ。
結果、イミグラントの接近は遙か前に発見されるようになり、機動戦ができなくなってしまったのだ。
「今回も結局、忍者が切り札らしいの」
そうなのだ、今やイミグラントの戦術は太古の昔の数で押す方式まで退化していた。今や、時代遅れと言われた彼等こそがかつての機動戦の継承者なのだ。
「せいぜい、派手に暴れるさ。あいつ等が目立たないようにな」
「花火ならワシに任せろ」
「誤爆するから禁止っていったろジジイ、それとさっきのお仕置きをどうするかだ」
「あちゃー、覚えちょったかー」




