サワンの独白
「あの『おっさん』、やりやがった!」
思わず叫んだ。そして目の前には、目を見開いたミドラが居た。私はミドラをベッドから引きずり下ろす。そうだ、あの後どっと疲れが来て眠ったのだった。
ミドラはベッドの下にぺたんと座ったまま、口に物を運ぶ仕草をして見せた。窓の外を見ると、ちょうど陽が落ちるところだった。
「飯」か……流石に今から処刑ですよという雰囲気では無い。窓際の植木鉢は変化無しだ、ジョーもあれから寝たままらしい。あまり見ていると怪しまれると思った私はベッドから降り、ミドラとロビーに居たライトマンの間に挟まれて食堂に向かった。
しかし……くそ、変だとは思っていたのだ。私のインターフェイスは五芒星、頂点は五つ。予備のインターフェイスは三角形と横一文字の二つ、頂点は三つと二つ。三足す二は五、予備二つで一つ分。つまり、確かに「予備」は二個だったが「残機」としては一つだけだったのだ。ひどい話だ、詐欺じゃないのか?
私は最初の一つを失ったままだし、二つ目はよりによってこの体の本来の魂が宿ってしまっている。うまく最初の一つを取り戻せても、片方は既に別の魂が使用中とくれば、もう私の残機としては使えない可能性だってある。
最悪だ、もう残機は諦めるしかないのでは。今は何とか処刑を回避して、ジョーに体を返す。これを目標に頑張るしかない。
よし、今夜はやけ食いだ。
―――
食堂にナカバとお嬢様、ウワンが順に入って来た、ギリギリセーフといったところだ。だが、カチクの奴はそこからさらに遅れてやって来た。
「遅いぞ、カチク」
「すみません皆さん、魔素ひずみ計の調整をしていたもので」
「発明に凝るのは結構だが、人を待たせるのは良くないな」
まあ、もしカチクが時間ぴったりに現れたら、それこそ天変地異の前触れだからな。こいつは他がずば抜けてるから、世の中うまくバランスがとれてるもんだ。
「族長はまだお見えにならないんですの」
「あー、そいつは却下になったんだ。言ってなくて済まん」
「まだ幻覚が見えるんですか?」
「らしい。が、見間違いじゃないのか? 族長様もナカバも」
「でも、あれは……」
信じられん話だが、族長がお嬢様を検めていた時、お嬢様はまるで糸が切れた人形のようだったらしい。族長はよほどショックだったのか、何かの拍子にその生気の失せた顔が目の前に浮かんで来るようになっちまったらしい。全くもって、重症だな。
「まあいいや、話は後だ後、飯にしようぜ」
―――
あー、なんてこったよ、葬式だなまるで。
さっきからしみったれた食器の音しかしねぇ。お嬢様は生きてんだろうが、逆に失礼だと思わないのかこいつらは。
族長様はしょうがねぇ、当事者で、しかも親だ。だから俺らクインタスはそれを支えてやるのが筋じゃねぇのか? 一緒になって沈んでどうすんだ。
見ろよお嬢様を。さっきからがっつり食ってんじゃねぇか。お前らが思っている程やわじゃ無いんだって事を示してくれてんじゃないか。
しょうがない、ここは人の心が読めないと評判の俺が話を振ってやるか。
「そういやお前ら、族長に何か新しい報告~朗報とかさ~は無いのか?」
「それでしたら、私からお伝えできる朗報がひとつあります」
「ほぉ、なんだカチク、言ってみろ」
「近々、わたしの魔素ひずみ計の理論が正しい事を証明できるかと」
うーわ、こいつ俺より空気読めてないぞ、族長が喜びそうな話題を出せよ。
「あー、うん。族長の症状が治ってからで良いな、それは」
「僕の凄く個人的な事になるんだけど、良いかな」
「一応聞いてやるよ、何だ?」
「実は今朝、お嬢様から食べ残しを賜ったんだ。それで、僕は食べ切った!」
「「「却下」」」
「なんでだよ!」
「却下だろ、アホかお前は、族長に細切れにされたいのかよ」
「傷ついた女性の心の隙間を狙うなんて、見損ないましたわ!」
「着想は良いと思いますが、急ぎ過ぎましたね」
「いや、本当は『だれがお前に飯を残すかバーカ!』って全部平らげてくれる事を期待してやった事なんだ。全然食べてないみたいだったからさ」
「「おお、うまい言い訳だな」」
「男共、関心すんな!」
良いぞウワン、こういうしょうもない話で良いんだ。
「どうやら、本当の朗報は私だけのようですわ」
「よし、ナカバ言ってみろ」
「実は先程、自室でお嬢が言葉を発したのですわ」
「「「本当か!」」」
「寝言でしたが」
「「「ガクー!」」」
「そんなこったろうと思った」
「興味深い、どんな言葉だったのですか?」
「寝言でしたし、聞き取れる言葉になっていなかったですわ」
「音としてはどんな感じでした?」
「ええと、アンノゥ‐オッサ‐イェアリャ‐ゴッタ、って感じですわ」
『ブー!』
「お嬢様が吹いた!」
あ、馬鹿、こいつら。寝言っていうか、うなされて言ったんなら、触れちゃいけない内容かもしれないだろ? くそ、おれもうっかりしてたな。
「すまんが、それは族長に報告できない。下手をすると、この世の全てのアンノゥさん、オッサさん、イェアリャさん、ゴッタさんが殺されるかもしれん」
「という事は誰も朗報が無いんですのね」
「俺のがあるけどな」
「「「は?」」」
「なんだ? その反応。まあ良い、実は川向こうの『街』に、社会復帰を望む者を受け入れてくれる『施設』ってのがあるんだ。うちの古株で昔そこに関わっていたのが居てな、今そこへの紹介状を書いてもらってる」
「『街』?『施設』? 正気ですかサワン!」
「イミグラント共の巣ですわよ!」
「どうやら、族長に細切れにされるのはお前だったようだ」
「落ち着け、族長は首を縦に振るよ、断言してやる。なにせこの『施設』は錠体協会本部の中にあるんだからな」
「サワン、あなた……」
「で、お嬢様にガードを付けようと思うんだが、誰が良いと思う?」
三人の手が揃って挙がる。
「うまくいけば、ヨワネ様の月球が手に入る。それがだめでも『施設』の力で言葉を取り戻せるかもしれん。最悪でも、お嬢様を傷物にした馬鹿どもの尻尾を掴めるかもしれん。――な? これ以上ない朗報だろう?」
三人の顔に笑みが浮かぶ。
「「「お前は手を挙げないんだなサワン? 見損ない直した!」」」
いや、俺は事務方で忙しいから! 無理だから!




