寸善尺魔
文明的には中世くらいかと思います……多分……
「あの、そこの悪魔さん、お一人ですか?」
屋根の上に、猫のような座り方をして人間達を観察している悪魔の少女がいた。
その悪魔にユニが話しかけたのだった。
「ああ、一人だよ? 今から狩りを始めようかと思ってた」
「なら、私も一緒にお手伝いさせてもらっていいですか?」
ユニはその悪魔の隣にしゃがみ込む。
「構わないわよ。二人で力を合わせれば、大きな魔法が使える。そうすれば人間達の恐怖も膨れ上がって、一回の狩りで得られるカオスの量も増えるってもんさ♪」
少女は、ニシシッと笑うとユニに相談を持ち掛けた。
「で、どんな狩りにする? 地割れを起こそうか? それともカミナリを連続で落とそうか?」
「あ~……それだと危ないので、もうちょっと優しく……」
「危ない?」
ユニの人間を気遣うセリフに、少女は顔をしかめる。
「えぇ~っと……ほら! 人間を殺すと大量のカオスが手に入るじゃないですか? でも殺すより、生かして毎日少しずつカオスを集めた方が、長い目で見た時に多くのカオスを獲得できているんです」
「なるほどね。確かに一理ある。それじゃあ今日はどんな方法で人間に恐怖を与えるのさ?」
少女が納得したところで、ユニは自分の考えを提案した。
「まずあなたが、人間を茂みに誘い込むんです。そうしたら私が、茂みからいきなり現れて、「わっ!」って脅かすんです!!」
「……いやいやいや! アンタふざけてんの? そんなんじゃ10カオスくらいしか儲からないって!」
ユニにずいっと迫る少女。ユニは負けずと説得を続けた。
「で、でも、それを五回繰り返せば、チョコレート一個と交換できるくらいには貯まります」
「アンタ私をバカにしてんの!? なんでタッグを組んで目指すのがチョコレート一個なのよ!……って、あれ? ちょっと待って、アンタもしかして……ユニ?」
少女はユニをマジマジと見つめながら何かを察したようだった。
「はい、確かに私の名前はユニですが……」
「あ、あの人間の味方をしてるキモ悪魔で有名なユニ!?」
「私ってそんな風に言われてるんですか!?」
鈍器で殴られたような衝撃を隠せず、ユニはふらつく。
「他の悪魔の邪魔ばっかして、タッグ泣かせとも言われているユニ!?」
「私どんだけ異名を持ってるんですか……」
弓矢で射抜かれるように、言葉が胸にグサグサと突き刺さる。
「さらに大勢の悪魔を集めて大災害を引き起こし、大量のカオスを稼ごうという作戦に参加したものの、特に何もしないで参加したという条件だけでカオスを持っていった寄生野郎のユニ!?」
「あ~……もう聞きたくないです~……」
耳を塞いでそっぽを向くユニ。少女はそんなユニから逃げるように飛び上がった。
「アンタと協力するなんてごめんだね!」
そう言って、少女はどこかへ飛び去ってしまった。
後に残されたユニはため息を吐いた。
「はぁ……私一人だとカオスを稼ぐことが出来ません……仕方ないので地道に人間を驚かせて稼ぐことにしましょう」
トボトボと動こうとしたその時だった。
「あれ? ユニじゃない?」
空から名前を呼ぶ声が聞こえた。
「はい、いかにも私がキモ悪魔でタッグ泣かせで寄生野郎のユニですが……」
半ばヤケクソになりつつ、声のする方に視線を動かした。
「いや、別にそんな風に思ってないって……」
「あ! ミーアちゃん!!」
そこにいたのはユニのたった一人の友達。ミーアという少女だった。赤い髪を綺麗な髪飾りでツインテールにしている彼女は、ユニよりも少しだけ背が高い。ユニにとっては心の支えとも言える相手だった。
「メソメソしてどうしたの? 一緒に狩りにでも行く?」
「ミーアちゃんが一緒なら百人力です! それじゃあミーアちゃんは人間をたくさん集めてください! 私は手当たり次第に後ろから肩を叩いて、振り向いた人間のほっぺに人差し指をプニってやります! これでカオスもどんどん貯まりますよ~」
「いや……ご飯が食べられるまでに何百回プニるのよ……」
呆れた顔のミーアだが、次に一つの提案を持ち掛けた。
「ねぇ、アンタんちってここから近いの? たまには家に上げてよ? そこで作戦会議しましょう?」
「あ、はい! わかりました。こっちです」
そうしてユニは、ミーアを連れて自分の家に向かうのであった。
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「着きましたよ。遠慮せずにくつろいでください」
家に上がったミーアだが、その瞬間に言葉を失った。
「ねぇ……ここって山小屋?」
「も~ミーアちゃんたら~。私の家ですよ~」
そこは正に、山小屋と言われてもおかしくない小さな家だった。しかも中には家具が一切ない。あるのは寝る時の布団のみ。
「ねぇ、なんで家具が全然ないの?」
「お金がなくって全部売ってしまいました。電気も止められちゃってるんですよ~。あ、今お水出しますね」
「水!? お茶も買えないの!?」
唖然とするミーアだが――
「すいません。水も止められてました~」
「マジか!? アンタお風呂とかどうしてんの!?」
「水は近くに川があるので汲んでいます。あとは魔力を使えば沸かせますし」
壮絶なサバイバル生活を連想して青ざめるミーアだった。
「そんなことに労力使うなら、さっさと人間からカオスを稼ぎなさいよ……」
「それが出来れば苦労しないんですけどねぇ」
笑顔のまま困った困ったと、どこか緊張感のないユニである。
「じゃ、じゃあ早速作戦会議を始めるわよ。どうすればアンタはカオスを稼げるかについてよ」
「人間を「わっ!」って脅かしたり、後ろからほっぺをプニってやったり?」
「それはもういいって!!」
ユニの発想には頼れないと、ミーアは頭を捻る。
「ん~、人間が椅子に座ろうとしたときに、その椅子を引いて転ばせるってのはどう?」
「あ、それは最悪骨折に繋がる危険な行為なのでダメです。ミーアちゃん悪ですね~」
「これで危険行為か……」
早くもミーアは壁にぶち当たった気持ちでいっぱいだった。
「アンタさぁ……もう親に食べさせてもらうしかないんじゃないの? 親ってどこにいんの?」
「さぁ? 私に色々と教えた後に、『あとは頑張れ』って、二人でどっか行っちゃいましたから」
「……こんな生活能力のない娘を一人にするなんて、たまげた両親ね……」
しかし悪魔にとってはこれが普通である。悪魔は人間の負の感情を糧に生きていくため、早々に子供が親の元を離れたり、逆に親が子供から離れて行ったりするのことは当たり前だった。
「んじゃ~さ、もう、『私が悪魔だ~。呪ってやるぞ~』って怖がらせてカオスを集めるのはどう?」
「あ! この前それに近い状況で500カオス稼ぎましたよ!」
「そんじゃ今の所、これが一番の稼ぎ口かぁ。アンタさ、ちょっと人間を脅かす演技してみ?」
ミーアに言われて、ユニは少し恥ずかしそうに立ち上がった。
「あ、あの……私、悪魔なんです! 怖がってください。お願いします!」
最後にはペコリと頭まで下げている。
「なんでお願いしちゃってんの!? 怖がらせろって言ってんじゃん!! そもそも昔から思ってたけど、アンタはなんで敬語使ってんの? 悪魔でしょ!?」
「いやぁ、その方が失礼がないかなって……」
「失礼しなきゃダメでしょ!? 悪魔なんだからさ!!」
もはや呆れを通り越して、バカバカしくなってきたと思える表情を浮かべたまま、ミーアは少し真面目な声を出した。
「ユニ、アンタが優しいのは知ってる。だけどさ、別に人間を殺せって言ってる訳じゃないんだよ? ちょっと呪いをかけたり、病気にしたりするだけ! それだけでカオスは貯まる!」
「そう……ですね……」
ミーアの声がワントーン低くなったことも含め、ユニは空気を読んで静かに答える。
「しかも病気にしたところで、その人間は天使の所に治療に行く。すぐに回復するんだ。アンタだって知ってるでしょ!?」
「……はい」
「私達悪魔はそうやって生きていく! 人間は天使に救いを求めて、天使はその信仰心で生きていく! これが世界の在り方だ! 何も間違っちゃいない!」
「……」
ユニは黙っていた。しかし、意を決したように口を開いた。
「でもねミーアちゃん……治療を受けるまでの間は苦しむことになるんですよ?」
「それは……些細なことよ」
「それに、天使が近くにいなくて、治療を受けられない人間はどうなるんですか?」
「……」
「前にね、病気にさせただけで、数日後に大量のカオスが手に入ったって話をしている悪魔がいたんです。それって、その人は治療を受けられなくて死んでしまったってことじゃないんですか?」
「それは!……その人の運が悪かったってことだよ……」
ミーアはなんとかユニの気持ちが変わらないか、必死に納得させようとした。
しかし、やはりユニの気持ちは変わらなかった。
「やっぱり私は、人間に酷いことをするなんてできません。……でも大丈夫です。今までだって生きてこれたんです。これからだって――」
「どこがよ!!」
ユニの言葉を遮って、ミーアは大声を上げた。自分を決して曲げないユニに苛立ちを覚えていたからだ。
「何がこれからもだ!! こんな何もない家で! 私以外に友達もいないくせに!! 明日には餓死しそうな生活してるくせに!! どこが大丈夫なのよ!!」
ミーアは叫んだ。今の状況の過酷さを表すかのように。
「アンタもしかして死んでもいいとか思ってんじゃないでしょうね!? 人間を傷付けるくらいなら、死んだ方がマシとかさ!? どうなのさ!!」
重苦しい空気の中、ユニは小さな声で語り出した。
「あのね、ミーアちゃん……私のお父さんがいなくなる前に言ってたことがあるの。『ユニ、お前はお前の気持ちを貫いて生きろ。その道は決して楽な道じゃないかもしれない。だけどそれは、ユニらしく生きる、ただ一つの道なんだ』って……だからね、私、どうしたって人間を傷つけたりしないよ。たとえそれが、餓死する寸前であっても!」
ユニは自分の気持ちを全てミーアにさらけ出した。それに対してミーアは――
「…………そう、だったら、こんな話し合いなんて無意味だ!」
そう言って立ち上がった。
「え? それってどういう……」
「こんな作戦会議なんて、始めから時間の無駄だったってこと!!」
そう言い放ち、苛立ちを抑えきれない感じでツカツカと出入り口に向かって歩き出した。
そんなミーアを、ユニは見ることができなかった。ただ俯いて、悲しみに打ちひしがれるだけだった。
わかっていたのだ。自分に友達を作る資格なんてないことが。どうあっても自分はただの役立たずで、迷惑をかけることしかできない。そう思ったユニは、顔を上げることもできずにいた。
乱暴にドアを開け放ち、出て行こうとするミーアを、引き留めることも、見送ることもできず、ただ諦めた。
そしてユニは、たった一人の友達さえも失った……
――かに思えた。
「ほらユニ! 何やってんの!? 早く来なさい!」
信じられない言葉が聞こえてきて、思わず顔を上げた。
ドアの向こうで、ミーアはユニを待っていた。
「え? えぇ?」
「さっき言ったでしょ? 作戦会議なんて無駄だって。だから手当たり次第にぶつかっていくわよ! 体を使って良い方法を探すのよ!」
呆然と立ち上がるユニの胸に、何か熱いものが込み上げてくる。
「一緒に……付き合ってくれるんですか?」
「当たり前でしょ!? アンタがそういう性格だって知ってて友達になったんだから。別に今更見捨てようなんて思わないわよ。……って、うわっ!」
ユニは靴も履かずに、ミーアに抱きついていた。ズルズルと腰の辺りまで崩れ落ちた状態で、ミーアに顔を見られないように顔を埋めて、声を押し殺して泣いていた。
そんなユニの頭をミーアは優しく撫でる。
するとユニはムクリと顔を上げた。
「なんで今、私の頭を撫でたんですか?」
「いや、なんでって言われても……」
「私はミーアちゃんと対等な立場になりたいと思っています。ですがミーアちゃんは私のことを動物のように思っているのではないですか!?」
「べ、別にそんなことないわよ?……まぁ、放っておけない仔犬みたいな印象はあるけど」
「ほらやっぱり~!!」
なんだかんだ苦労しながらも、たった一人の友人だけは失わずにすんだユニ。
だが、彼女の苦労はまだまだ続く。