生けるものの生きること
今回はカオス回です
我が家というのが正しいか――まさかこの年で持つことになるとは、と章輔達は自分の家に跳躍する。
「……すごいな、こんな綺麗な場所が存在していたとは」
スウは目を丸くしていた。白い壁紙、明るい空間。
辺りを見回し、色々なものに驚く。
「確かに外に出てからこの部屋に入ると、この部屋の貴重さが分かるな」
章輔はスウの驚きに頷く。ガイアは自慢げな顔をしていた。
「兄よ、かなり恵まれているということを自覚した方がいいぞ」
「お姉ちゃん、もっと外からきたんだよね……どんな感じなの?」
ガイアは興味半分に、半分不安になりながらも聞く。
「どこもぼろぼろだ。町は残骸だらけ、森はモンスターが闊歩している。空は少し黒く見えるよ」
「余りどこも変わらないって事だな……」
章輔はこの家の上の残骸を思い出した。
「あと、かなりまれだが少し人が住んでいるところもある。地下で何か食べ物を作っている人、まだ食べ物が残っている場所、そしてそれを奪う人……そんな場所に数年いて苦しくなったから戻ってきたんだよ。ここはモンスターがたくさんいるし、木の実もあるし……それに多少邪悪が薄いんだ」
スウは床に腰掛ける。章輔はいすをテーブルから持ってきて、彼女のそばに置き、指差す。スウは疑問符を浮かべるも、少しして思い出したようにそれに座る。
「いすもあるのか……基本地面に座ってたものだから忘れていたよ」
「相当悲惨な状況なのか、外は……」
章輔は異世界と聞いて思い浮かべていた世界でないことに少し落ち込む。
ガイアも同じようだった。
スウは落ち着いた場所を見つけたことに安心したのか伸びをした。
「生きているだけで必死なんだよ。われわれは……まあさびしい話はともかく、この家の間取りを教えてくれないか?」
「うん、そうだね。お姉ちゃん」
「うっ、ついにおねえちゃん何て呼ばれる日が来るとは……困ったことがあったらおねえちゃんにいうんだぞ!」
目じりを押さえるスウ。ガイアは立ち上がってスウの服のすそを引っ張りせかす。
「早く行こうよ!」
「……ああ、そうだな!」
章輔はその光景をほほえましく見ていた。
***
二人が家を案内している間、章輔は服を着替えワイシャツになっていた。
さてガイアちゃんにどんな服を着せようか、スウちゃんにも用意してあげないとな……と考えている時、二人が戻ってくる。
「スウちゃん、鎧は脱がないのか?」
「裸でも見たいのか?別に私は恥ずかしがらないが」
章輔は今更ながら目をそらす。少し露出が多かったからだ。
「恥ずかしがれよ……」
「羞恥プレイがお好みか?」
両腕を組んで仁王立ちするスウ。その眼に恥じらいは一切なかった。
「そういうことじゃねえ、重くないかって話だ」
「整備するときに脱いだりしていたが……ずっと鎧が当たり前だったな。寝る時も何かに襲われる可能性があるし」
章輔はその苦労に同情する。それと同時に、その苦労を取り除いてあげたいと思っていた。
「お姉ちゃんは服持ってないの?」
「もっても邪魔なだけだかな、定住するにもいつ出て行くかわからなかったから……持ち歩いているのは日記ひとつだ」
どこからか一冊の本を取り出し、叩く。
へーと納得するガイアは手をたたき、提案する。
「じゃあ、服を作ってあげようか!」
「作るというか召喚だがな」
召喚?とスウは疑問に思うが、それよりも服を着ると言う事について考える。
「うーん、ずっと着ていたほうがいつでも……おっと結界が張ってあるから安全なのか?いやでも……」
「大丈夫だよ、そんなに警戒しなくても……なにせ、あの結界は邪悪を結界保持のパワーに変換する機構がくんであるみたいなの」
「じゃあ、結界周りで邪悪が発生することは無い、と」
すごいな、と驚くばかりのスウにどこか親近感を覚え、頷く章輔。結界うんぬんの話は分からないが。
「結界……私の洞窟にも張っていたけど、精々モンスターを弾くのが精々だったな……一か月に一回張りなおさなきゃいけなかったが、ここではその心配はないと言う事か」
「ここなら安全ってことだよ!」
「たしかに。結界と言えば、そういえばこの辺りに円形の結界がはられているんだ。そのおかげでこの辺りは邪悪が少ないんだよ」
随分と恵まれたところに召喚されたな、と安堵する章輔。
「まあ、いろいろ苦労があったんだな……まあ、もうその鎧を無理にしてる必要はないぞ。それにその鎧見てると違和感というか……まあ女の子だからおしゃれしようってことだ」
「おしゃれ……かわいい服……」
スウはガイアの方を向く。ガイアは制服からまだ着替えていなかった。
「よし着よう!」
スウは急に目を輝かせ始める。
「せっかくだからペアルックにな!な!ハリーハリー!」
興奮するスウに章輔くすっと笑い、ガイアに手を乗せる。
「お兄ちゃん、どんな服が良いと思う?……お姉ちゃんに似合いそうな服、ある?」
「うーん、どれがいいかな……」
「そもそもどうやって服を作るのだ?」
「えっと、お兄ちゃんの記憶から……」
「なんて高度なことを……」
魔法関係の話にはついていけない章輔は、ミニスカートでも履かせるかとデザインを思い出していた。
***
「ちょっと、足冷たくならないかな……」
「足がすーすーする……胸が……」
スウは着やせするタイプだった。
章輔は硬直している。はじめてまともに女の子を凝視したかもしれない。
よく初対面の時にどもらなかったな……と言うかこの子、かわいいんじゃないか。
章輔は当たり前のことを認識する。
「ど、どうだ二人とも」
「……こんな服初めて着た」
両手で全身を隠そうとするスウ。全然隠れていない。
「わあ、お姉ちゃん!とってもなんていうか、女の子って感じで……かわいいよ!」
そういうガイアちゃんもかわいいなあ。抱きしめたいなあ。章輔はそんなことを考えていた。
「そ、そうか?ガイアちゃんも……」
「お兄ちゃんはどう思う?」
章輔は二人に見惚れながらも、返答する。
「ん、ああ……二人とも、かわいいよ」
「本当?」
「かわいい、か……ありがとう」
赤面するスウに章輔は何度も目を瞬きする。
「どうした?兄よ」
「いや、女なんてものがこの世にいたんだなーと」
「?」
章輔は今まで、女という物に縁がなかったのである。
感激と不安と興奮とためらいが章輔の心の中を渦巻いていた。
「……まあともかく、色々と着てみたい服があったら遠慮せずに、な」
「そうだ!お兄ちゃんも着てみる?」
「……ん?」
章輔はガイアのあどけない笑みを見た。
「は?」
え?
どういうこと?は?
二人のかわいい姿を見た時よりも驚愕する。
「いや、お兄ちゃん何か物足りなさそうだなーって思って、ね?」
その声は、いたずらっ子の口調だった。
「じょ、冗談、だよな?」
「ふふふ……たしかに兄よ。結構華奢な顔つきをしているし、似合うだろうな!」
「え、ちょっとまって、ストーップ、ストーップ」
章輔は両腕をスウに掴まれる。
「そうだ!お姉ちゃん、化粧っていうのあるらしいんだけど、やってみない?」
「化粧か……やり方わからないぞ?」
「お兄ちゃんの記憶から抽出するから……まずはお兄ちゃんでやってみる?」
「なるほど!いいな!」
「俺をおもちゃかなんかだと思ってないかお前らちょっと待ってええええ!!!??」
章輔は、静かに引っ張られていった。
***
「……意外と似合ったね」
「男なのに体が細かったからな、化粧したら中々に美人だぞ」
「……」
鏡を眺める章輔。
章輔は髪が少し長く、肩まで伸ばしている。カチューシャをつけさせられて、
「結構いけてる……のか?」
少なくとも女には見える……いや、結構かわいいのではないか?
「ってか恥ずかしいなやっぱりこれ……」
「私の気持ちが分かったか!」
もう一度自分の服を眺める章輔。右手で垂れ下がっている左手を掴んで現実を確認する。
「なんだこれ……なんだこれ……」
「お兄ちゃんかわいいー」
「かわいいぞ、姉と呼んだ方が良いのか?」
「やめてくれ……」
章輔は頭を抱えようになる。
「他の服はないのか?折角だから着てみようじゃないか」
「そ、そうか、じゃあ脱いで……」
「お兄ちゃんも一緒に、ね?」
あれ、そもそも俺は男として認識されていない?そんなことに気付く章輔。
「……もうどーでもいいや」
投げやりになる章輔。
女装とかやってみたかったし、せっかくかわいいんだったら楽しもう、うんそうしよう。
楽しさと男の尊厳を両てんびんにかけ、圧倒的に楽しさが勝った。
メイド服とか着てみたいわー 制服とか着てみたいわー
そう決めて、章輔は男としての尊厳を投げ捨てることに決めたのだった。
***
二人が疲れ切り最後の力を振り絞ってベットへ向かった後、章輔は着た服たちを片付けながら考えていた。
「ん、まあ二人とも仲良くなってくれたみたいだな……」
楽しかったなあ、と伸びをしながら、自分の服を見る。
「というか俺はいつまで女装をしてるんだ」
裾の長いスカートを着ている章輔。髪の毛をピンでとめている。
なんだかんだ言って楽しんでいた章輔は、服を脱ぐことなくまあいいかと片づけを続ける。
部屋を完全に綺麗にした後、ようやく服を脱いで普通の服、ワイシャツとジーンズに着替える。
ただし髪のピンは止めたまま。
ソファーによりかかり、一日を思い出す。
外に出かけたと思ったら、ガイアちゃんが倒れ、スウちゃんとであって、なぜか兄認定され、そして仲良くなった。
「まったく、すごいよな……数日前からは考えられなかったことだ」
異世界に来たことすら、異常な事なのに。
これから、楽しいことも辛いこともあるんだろうな……と考える。
スウちゃん、ここにきて良かったと思ってくれただろうか。ああいう、楽しいことをすると言う事が生きるための目的なのだと知って欲しい。
まあ、その辺りは人によって違うか。
兄。お兄ちゃん。
「ふふっ」
その言葉を聞くと少し顔がにやける。自分がお兄ちゃん……なんかこう、いい。
この世界で俺は楽しくありたい。できることならたくさんの人と会話しながら楽しいことをしたい。
……それは難しいことくらい、知っているが。
じゃあ、たくさん敵を倒そう。そして、外に出ても大丈夫な場所をたくさん作りたい。
あ、そういえばベットがない。さすがに三人は寝れないな……。女の子と一緒に寝るとか無理だし。
まだ眠れないし、今日は徹夜でもいいか……またはソファーで寝るか。
ちょっと外に出て風に当たって来よう。
***
章輔はハッチを開けて外に出る。
「今日も星がきれいだな……」
章輔は思いを巡らせる。
異世界……遥か広い空に、何が待っているのか。
現状維持は嫌いではないが、ある程度生活水準は上げたい。
結界ってどのあたりまでなのかな……あ、そういえば刀投げたままどっかにやってしまった。
もったいないが仕方ない。銃あるし。
敵も俺が倒せないほどではないしね……ちょっと運動がてらに行くか。
今日行ったのが南の方だから……北の方へいこう。ちょっと出かけるだけだから大丈夫、大丈夫。
章輔は歩いていく。歩いていく。
静かな森の中に、足音が響く。
――邪悪に呪われたゴブリンが現れた!
章輔はそのシステムメッセージに疑問を感じる。あら、目の前には見えないけど……辺りを見回し、右の方から襲ってくるものがあるのを見る。
それに向けて章輔は銃を放った。
ゴブリンが倒れる音が聞こえた。
「……っと、こんなもんか」
こんな感じにもっとてきぱき敵を倒せるようになりたいと章輔は願う。
というかこういう事もあるんだな、あらぬ方向から敵が出てきたり……そんなこともあるか。
「まあ、俺に固有のスキルがあるわけでもないしな……みんなのお兄ちゃんとして、だな」
そのとき、フクロウの声が聞こえる。
ホーホー。夜の風情が場を彩る。
「動物が生きているのか?こんな世界でも、しぶとく生きている動物がいるんだ。犬買ってたって言ってたし……人間である自分も……生きるだけでなく、町とか自分の手で……ショースケシティ……は照れくさいな。ガイアシティ……そんな世界があればな」
章輔が笑った、その時。
――ゴブリンの、■■■■■■!!
え?と章輔はシステムメッセージを凝視する。
その次の瞬間、頭にものすごい衝撃が走った。
「ごふっ……!」
――ショースケに致命的ダメージ!
章輔は倒れる。
ゴブリンを纏っている黒い瘴気は先ほどの日ではなく筋骨隆々のまさに化け物と化していた。、
それは棍棒を振りかぶり、さらにもう一撃――
――神聖なるピンの不屈な力が発動する!
――ショースケは何とか持ちこたえた。
「っつ!!」
章輔の頭の中にシステムメッセージが響く。
今までは視界の片隅に現れるだけだったのに……章輔はその音で意識を鮮明にできた。
章輔は銃をなんとかゴブリンに向け、引き金を引く。
発砲音が鳴り響く。
「ごぉぉぉぉぉおぉぉぉ!!」
――邪悪に呪われたゴブリンは浄化されていった……
「っつ、ぬかった、か……ガイアちゃんのことが、あった、ばかりなのに……!」
痛む頭を押さえ、何とか立ち上がる。
手に何かがついた感触がする。
章輔は手を見る。
「……血?」
息の鼓動が速くなる。
章輔の意識は、すでに盲ろうになり始めていた。
「か、帰らな……いと……」
おぼつかない足取りで元来た道を戻る。
章輔の少なくなり始めた意識は不安につつまれていた。
もし、途中で倒れたら?もし、敵に出会ったら?
もし、戻れなかったら――こんなところで俺の人生は?
一人じゃ何もできないはずなのだ、俺は。
そんなこと、始めから分かっていたはずなのだ。
俺は――駄目な人間だってことくらい。
分かっていたのに。
忘れていた。
俺は――
痛い。
怖い。
辛い。
死にたく、ない。
少しずつ、少しずつ元来た道を歩いていく。
ついに町の残骸が見える場所に来たところで、章輔はひざを折る。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
腕を使い、なんとか地面を這う。
何度も腕が痛くなり、何度も動けなくなりそうになり、最後の力を使って――ハッチの中に落ちる。
トイレの便器に落下し、大きな音が鳴る。
その時、すでに章輔の意識はなくなっていた。
(シリアスをやらないとは言っていない)