異端者とは生けるもの
久しぶりの更新です。
今までの話を書き直しています。
本筋は変わっていませんが、読み直しを推奨しています。
冷える空気に、章輔は体を震わせる。
三人は洞窟の中にいた。
少女――スウ・ユピテルは集めてある薪に指をかざす。
「――着火」
――スウは火炎魔法を使った!
手に持っていたガイアを横にして、おでこに手を当てる章輔。
章輔は助けてくれた彼女、スウと名乗った少女を見る。
金髪で、髪は二つ結びにしてある。背は章輔と同じくらいで、少し章輔が高い。
赤色の鎧を身にまとっている彼女は、凛々しい目と顔をしている。
クールな女の子、と言うのが章輔の印象だった。
「……ありがとうございます、助けていただいて」
章輔は軽く礼をする。しかしスウは手をだして止める。
「いや、感謝することはない。助け合いは当たり前のことだ。人と会話できるだけで貴重なのだからな」
そして彼女は笑いながら、両手を横っ腹につけながら、得意気になりながら言った。
「それでは改めて。私はスウ・ルルーゼ・ユピテルと言う。スウちゃんと呼んでくれ」
その言葉に唖然とする。
「……さすがに命の恩人様をちゃん付で呼ぶのは」
さん付けするには幼めの女の子ではあるが、初対面の女の子にちゃん付けすることはできない。章輔はそう思い心にストップをかける。
スウはとまどう少年を見て何か面白いものを感じて、追い打ちをかけた。
「お姉ちゃんでもいいぞ?」
「あなた何歳ですか!?」
咄嗟にそう叫ぶ章輔。実際何歳なのかを聞く意味もあったが、当然お姉ちゃんと呼ぶのを回避するためであった。
スウは素直に答える。
「16歳だ」
「俺17歳です」
スウはその言葉に驚く。
そもそも同じくらいの世代の人と合うのが初めてだったのに、しかも年上とは。
今更ながら緊張するスウは少し萎縮する。
「……そうか、ならばお兄様と呼ぼうではないか」
年上、と聞いて思いつくものがあったスウ。昔兄がいたな……いなくなったけど、と思いながら、その兄を目の前の少年に重ねる。
「それだけはやめてください」
章輔は苦笑いをする。助けてくれた恩人に挨拶しようとしたのに、なぜだが呼び名の話になっている。
「あー俺は尾ノ裏……ショウスケ・オノウラです」
「ふむ、ショースケか……ショースケお兄……」
兄と聞いて驚いた章輔は、どうして兄弟にこだわるんですかね……と首をかしげたが、ガイアのことを思い出す。
まあ、このくらいいいかと納得して流れ行くままにする。
「……あ、そうだスウさん」
「スウちゃんでいいぞ?」
章輔はああ、この子なら多少年上らしく接してもいいかなと思い始める。いいぞ?といった語尾に可愛さを感じた。
「……スウちゃん、少し聞きたいことが――というか全部だが」
「全部?」
スウはいくつかの違和感を感じる。ここに来て長いのだから、いきなり今日会うというのもおかしい。
章輔は異世界に来た話から地下室から脱出しドラゴンにあった話をする。
スウは落ち着いて頷き、驚くことなく話を聞き終えた。
「異世界ね……普通なら驚くところだろうけれども、まあさして驚きはしないな。召喚魔法なんて言う物は普通にある――異世界から人間だって召喚できるだろう。たまたまそれを成功させたのがこの子だったというだけだ」
「そ、そうですか……信じてくれてありがとう」
「それに――世界が終わった事に比べれば――大したことはない」
「世界が、終わった、か」
そう言ったスウは、どこか遠くを見ている。目をつぶり、あの時のことを思い出していた。
章輔は何も言わなかった。
「ふーん、こんな『邪悪』の濃度の濃い場所で外に出てる奴がいたと思ったらそういう事だったのか」
「邪悪……濃度が濃いと何が?」
「魔力汚染をおこし、彼女のように倒れてしまう。ガイアちゃんだったか?」
章輔は頷き、スウはガイアの方を向く。
ガイアはすやすやと眠っている。疲れたようだ。
「魔力が相当強いと言っていたな……それでも倒れてしまうんだ。どれくらい外にいたか?」
「……大体2時間ですかね」
「そりゃあすごい。私は30分が限界だ。昔は10分近くしか外に出られなかったと言うのに」
のべ12倍……と計算する章輔。
「なるほど、何年もずっと地下にいたのか……そんな人間もいるだろうな」
妙に納得するスウ。
「……世界が終わって何年たつんです?」
「大体……10年と言った所か」
スウは適当に指を数えてそう言った。
章輔は目を見開く。
10年?10年もガイアちゃんは一人で――いや、昔は父親がいたのか。
「まあ、だから君たちの様に莫大な魔力を持っていることや、異世界から来たなんて人はべつに変わった人でもない。生きていると言うだけでもおかしいんだよ。この世界は」
そう言ってスウは自らの金髪を掻き上げた。
章輔はその言葉に安心するとともに、この世界はどうなっているのか?そういうことが知りたいという気持ちが強くなった。
「……聞かせてほしい、世界が終わったということ――世界が終わるほどの、何が起こったかと言う事を」
章輔はそのかわりスウの目をはっきりと見る。
ただ、知りたかった。ただ、聞きたかった。
この世界の秘密に近づくための、一歩を。
スウはその眼差しに困惑し、少し考えて答える。
「……はっきり言おう。何が起こったかと言う事は。わからない」
すまない、と一言言って頭を下げる。
章輔は拍子抜けする。しかし一考してみればそれもあり得る。世界的な災害だ――見ただけで死ぬ代物だったのかもしれない。それほどの事だったと認識した。
「いえ、謝ることじゃ……」
「見ていないんだ、私は……人間が消えた瞬間という物をね」
章輔は目をつぶり、しばらく考えて開く。
「まあ、色々あって私はその時外に出ていなかったというか、家の中にいたんだ。何か、外で騒ぎのような音がして、しばらくしたら完全に静かになった――誰も来なくなって、怖くて外に出たら誰もいなくなっていたんだよ」
「家にこもっていたから、助かったと言う事か?」
「……そういうことになる、な」
スウは悲しそうな顔をしながら何かを思い出している。
章輔は少し申し訳ないと心の隅で思う。
「10年前に何かが起こり、人間すべてが消え、そして外に出られないほどの邪悪が蔓延していた――ということか」
「その後家にこもってた私は食べ物がちょうどつきそうになったとき……一人の男が現れたんだ。怪しんだけどどうしようもなかったからね。彼と一緒に誰もいなくなった町を出たんだ。親切とは言い難い人だけどね」
「……その人は、今?」
「別れたよ、十二歳の頃」
章輔はやはりか、と肩を落とす。
「ごめん、嫌な事ばかり聞いて……」
「大丈夫だ、兄よ」
何の臆面も無く兄と呼ぶスウに章輔は頭痛を覚える。
「やっぱり兄に決まったんだな……」
「駄目か?」
「いやいいよ別に」
その答えに安堵するスウ。
「そのかわりガイアちゃんにお姉ちゃんと呼んでもらうつもりだ」
「……そんなにお姉ちゃんにこだわるか」
またもや得意げに言ったスウに、章輔は苦笑いをする。
「……まあ、兄と呼びたいって言うんだったら良いけどな……昔いた家族とかもういなくなったんだから」
「一応言っておくが、その人……ユノと言うんだが……彼、特に死んではないよ?」
「そ、そうなの?」
てっきり死んだものと勘違いしていた章輔。
「その辺に住んでるよ。たぶん。あまり会いたくは無いが」
スウはしかめっ面になる。
「会いたくないって……まあそういうこともあるか」
「分かってくれ、兄よ。彼はねロリコンなんだよ」
くすっと笑う章輔。ロリコンという言葉を異世界にきて聴くとは思っていなかった。
「ははっ、そりゃ納得だ」
「ロリコンでね、かなり私を甘やかして……『12歳以上は年増だ。12歳を超えた君には興味など無い』ってね。まあ、感謝はしている。感謝はしているが……好きではないんだよ」
そりゃ嫌いにもなるわ、と納得する章輔。スウは笑いながらも思いだしすこし嫌な気持ちになる。
「その代り私は保護欲に目覚め犬を飼った。しばらくしてゴブリンに嬲り殺されたがな」
「グロイグロイよスウちゃん!?」
「そしてその保護欲を心の中でくすぶらせながら……君たちにあったと言うわけなのだよ!」
そういい終わったスウに、章輔は同情する。
「そんなことがね。あー別にスウちゃんの事お姉ちゃんって呼んでもいいよ?」
「いや兄よ、さすがに年上にそれはない。家族ごっこをするのだから年功序列はきちんとしないとな」
「家族ごっこか。いいえて妙だな」
「いいのか?初対面の女の子が土足で人の家に入ってくるようなものだぞ?よく考えなくともずうずうしくないか?」
「人類みな家族で良いじゃないか……家族が増えるのは大歓迎だよ」
その時だった。
「うう……」
ガイアの口から声がこぼれる。
章輔はすぐにガイアの方を向き、「ガイアちゃん!」と叫びながら駆け寄る。
「お兄ちゃん……ここは?」
ガイアは目をこすり辺りを見回す。
「洞窟だ。この人に助けてもらったんだよ」
スウは目覚めたガイアに笑いかける。
「ようやく目覚めたか。私はスウ・ルルーゼ・ユピテルだ。お姉ちゃんと呼んでくれ」
「お姉ちゃん……おにいちゃんの反対だから……年上の女の人ってこと?」
「少し違うが……とにかくお姉ちゃんってよんで!」
興奮しながら言ったスウに章輔は驚く。
ガイアは以外にもほっとしながら、
「……助けてくれてありがと、お姉ちゃん」
と笑いながらいった。
その声を聞いたスウは、顔が和らいだ後、章輔にこういう。
「この子……なでていいか?」
「いやいいけど……」
苦笑いが止まらない章輔。ずうずうしくないかと言ったのはスウだが、まあ大目に見てあげようかと思う。
「俺もなでた……あとでいいか」
章輔はスウとガイアちゃんの交流を眺めていたが、スウがガイアを持ち上げて膝に乗せたところでストップをかける。
「ちょっと待てちょっと待て!畜生何で俺も膝に乗せると言う事を考えなかったんだ!」
「なっ、それでも年上か!?先に思いついた私に譲れ!」
「あの……お兄ちゃん、お姉ちゃん、二人とも喧嘩しないでください……」
「ああっすまない嫌わないでくれ!」
「ごめんガイアちゃん!」
二人がガイアに土下座する。
「そ、そんな、土下座しろとは言ってないです」
「はっ、咄嗟に。一番強いのってガイアちゃんだなあ……」
起き上がる章輔は頭を掻きながら申し訳なさそうな顔をする。
「うう……いい子だ。ところで、一つ頼みたいことがあるのだが」
スウは正座をしたまま二人に向き直り、質問する。
「ん、なんだ?」
「……と、いうのもだな、この洞窟寒くてな……別のところで暮らしたい」
もじもじしながら勇気をだしてスウは言う。
「そうなの?じゃあ私の家に住まわせてあげればいいかな?」
「ほ、本当にいいのかガイアちゃん!?」
「俺も反対はしないぞ……人っていうのは多ければいいからな」
「ありがとう……」
涙を流しながら、それを隠すように頭を下に下げ、土下座をする。
「……土下座しなくても」
「お兄ちゃん……外に出て良かったね」
章輔は頷いた。
***
人は誰でも、交流を望む。
誰かがいない人ほど、ぬくもりを求める。それがなければ狂ってしまう事もあるだろう。
人は一人では……なんていうのだから。
他の人間がいないと、人は一日を食べていくことすら難しい。
一人でも生きることが出来る人間でも、なにか異質というものを求めたくなるだろう。
人が隣にいればいるほど、人は安心する。
そしてまた人は人間と共にいたくなるのだ――
その人間に――裏切られるまでは。
ぬくもりを知らない少女は、人に会って喜ぶ。
そしてこれから、人間と一緒に居るが故の辛さを知っていくのだ。