家と扉
元の世界に戻りたいか? と人は聞くだろう。
俺はその質問にこう答える。あっちよりはましだ。その一言に尽きる。
確かにここでは閉じ込められていて、人間も一人しかいない。
だけど――そんなこと、前の世界でも一緒ではなかったか?
広い世界とは言えども、行動範囲は決まっている。それに、俺には本当に信頼できる人間がいただろうか。
家の中で部屋にこもり、家族とほとんど会話しない自分が一人ではないと言えただろうか。
目の前に、自分を家族として認めてくれる少女がいる。自分がこの子の家族だと言える少女がここにいる。
わが妹、ガイアちゃんとなら、一人ではないと言い切れる――ようになるかもしれない。
だから俺はここにいるのだ。
永遠にここに閉じこもっていても――かまわないだろう。
まあ、詭弁だけれども。
***
「ねえ、やっぱり無理なんじゃないかな……」
朝ご飯、章輔は変わったものをと餅を用意した。
ガイアは得体のしれない食べ物に、最初食べるのに苦労していたのどに詰まらせかけ何度も咳き込む。しかし次第に慣れてきて何個もお代わりを要求してきたので、好きなだけというには少し多すぎる量を食べ始めた。
章輔はその姿を安心しながら眺めていたが、その最中、ガイアは暗い表情をしながら言った。
「……なにが?」
「脱出、するの」
それは、互いに感じていた、でも一言も言わなかったはずの弱音。探す前から、探している途中も、そして二人が会う前からずっと心に言っていたはずの言葉――
「……確かにな」
章輔はその言葉にわざわざ否定することはなかった。
ガイアは泣きそうになりながら続ける。
「私だって、ずっと脱出する方法を探してきたもの。お兄ちゃんが来てなにか見逃したところとか見つかるかな、って思ったけど……それに……」
「なにかあったのか?」
「ちょっと、思い出したの。お父さんが……『外に出てはいけない――絶対に。外には邪悪が蔓延している。外に出たければ邪悪を打倒せるようにならなければいけない――』って」
ふむ、なるほど。章輔は手で顎を触る。
「……これって、出たければとかいってるけど、出る方法がないんじゃ、絶対にダメって暗に言っているようなものだよね……」
ガイアは悲しそうに、下を向き。悔しそうに、弱音を吐く。
ガイアには希望を持ち続けることが出来なかった――希望を持ってもすぐ潰え、新たな希望もすぐ潰えてしまう気がしてしまう。
章輔は、そんな彼女に――はっきりとこう言った。
「いや、違うな」
章輔はその言葉を聞いて確信した。
「お父さんは君を出すつもりはある――外に出たければ、なんて別にいう必要もないんだぜ? 確かにガイアちゃんの言う通り絶対に出てはいけないと言う意味を込めているのかもしれないが、だとしても言ったのは君の父親なんだ。そんな希望を持たすことを言うかというお話なんだ」
まあ、主観のお話で本人がどう思っていったのかなんて一切わからないのだが。と一言付け加えた。
長々とそう言った章輔は一息ついて、ガイアの目をじっくりと見た。
ガイアは目を丸くしてぱちくりした後、やはり下を向いて小さな声で言う。
「でも……」
章輔は決意を決める。真剣に、真っ直ぐと。不安を感じている場合ではない。
「ガイアちゃん、自分の父親を信じよう?まずは考察だ。考えよう。仮にクリアする方法――そんなものがあるとしたら、どんなことが考えられる?」
さて、シンキングタイム。章輔はそう言いながらかっこつけた笑いをした。
「えっと、そのドアっていうのを見つける方法、かな」
ガイアは必死に考えて答える。章輔は頷いた。
「あとは二つあるな。邪悪を打倒できるようになる。あとは結界を破壊して壁を突き破るなり、テレポートするなりして出ていく方法、かな」
章輔も考えを言う。しかしこれも、義父さんの言っていることが正しいと仮定したら、であることは間違いない。
「でも……たくさんある本の中で、結界解除魔法だけは、ないの……」
章輔にとってそれは、衝撃の真実だった。ドアがなくて、邪悪を打倒す方法としての関門。それが結界解除魔法なのではないかと思っていた。
「なるほどね、つまりは結界を破壊してクリア……という方法はさせたくないわけだ」
「それで、邪悪を打倒する方法ってなにかな……?それを達成したとしてどうやって外にでれるの?」
「それを達することで隠し扉が出て来るとか」
「それはないよ……探索魔法使ったし、隠し扉があったら気が付くでしょ!」
章輔は考える。張りめぐる謎結界――そんなものがあることが信じられないと上を眺める。
光る石が一つ――
「うーん、じゃあお兄ちゃん仮にって考えてみるんだったら邪悪ってなにかって考えてみるのは?」
「それだ」
俺はガイアちゃんを指さし、にっこりと笑う。
それを見たガイアちゃんもにっこり笑ってくれた――がすぐに沈んだ表情に戻る。
「で、でも、邪悪に対する情報が……」
「邪悪に対する情報……つまり、こんな風に隔離せざるを得ない状況を生ませたっていう事、あと……蔓延するっていう動詞、打倒すことが出来る……ってことか?」
「動詞うんぬんは比喩があるから一概に言えないと思うけど……」
「それはしょうがない」
考察するのだったら、すべての事柄に意味があると考えなければいけない。章輔はそう自分に言い聞かせた。
「……まあ、ちょっとした言葉尻の違いで間違った考察をしてしまうのは痛いけど……邪悪として考えられるものって何かあるかね?」
「えっと……人間の社会?っていうのがあるんだよね、それになんか悪い人がたくさんいて……っていうの?」
ガイアは深刻な顔になっていく。必死に考え、自分が前思いついた考察を話す。
「動詞うんぬんで考察するとしたら……それだったら『邪悪が蔓延っている』でいいはずだ」
「蔓延するにも悪いことが広がるって意味はあるけど……」
「……」
ガイアに日本語のミスを指摘される章輔。
「……翻訳魔法で通じてるけど本来二人の言葉って違うんだよな……そのあたりのニュアンスの違いも翻訳されてるのかな……?すげえな魔法」
それはともかく、と手を叩く。
「……それにだ、だったら打倒せるほどの力をガイアちゃんは持っているはずだ。この家にある本に書いてある魔法はだいたい覚えたろう?」
「うん。全部使えるようになったよ」
章輔は冗談まじりで言った言葉を肯定され驚く。全部、全部か。
「うーん、自分に自信がある刷毛じゃないけど、私はできることは全部やってるつもりだもん……じゃあ、その悪のなかでちゃんと生きられるほど成長したらってこと、かな?」
「だったらなおさら世間に放り込んだ方が良いだろ……コミュ症になるぞ……」
しかし、章輔は少し考えて言う。
「でも成長したらっていうのはいい指摘かも知れない。一定以上の年齢になったらっていうのもあるかもな……どちらにしても、人間の社会っていうのは考えにくいってことかね」
「じゃあ、どういう事なの?」
ガイアはなおさら首をかしげる。余計にわからなくなっているようだ。
「うーん、邪悪っていうのが比喩じゃなくて邪悪って言う名前のそういう物質だと考えるっていうのはどうだ」
頭を掻きながら言った章輔は、一瞬止まり手をおでこに着ける。
「いや、正解か?」
「うーん、わからないからとりあえず邪悪っていう物質が蔓延――つまり、病気みたいなもの?って考えてみればいいの?病気だったら治せる治癒魔法があるけど……」
「そういう治癒魔法でも解けないよくわからないものってことだな」
邪悪と言う物体。邪悪と言う何か。
「魔王……とか?」
意味不明だ。
「うん、邪悪に関しての考察はこれくらいでやめにして!……うーん、なお一層よくわからなくなった気も……」
「でも、閉じ込める意味は分かったかもしれない。そういうよくないものからガイアちゃんを遠ざけるために閉じ込めた、っていう事だな」
「うーん、あと少しなんだけど。どうすれば……」
二人は頭を抱える。章輔は立ち上がってその場を歩き始めた。
「……そういえば俺ってどうやって召喚されたんだ? 召喚魔法で異世界から人間を召喚できるわけも……」
「うーんと、えっと、空間制御魔法から別次元にアクセスする次元魔法を使って跳躍魔法を召喚魔法扱いにして……空間次元跳躍召喚魔法の合成?」
「魔法の合成ってそんなに簡単にできるのかよ……」
「がんばって色々と試したもん! それに私、ものすごい才能があるっぽいからね!」
自慢げに言うガイア。
ガイアには才能のようなものが――普通の人間にはない、こんな狭い場所でも一流の魔術師になれる才能が――
「ちくしょう。普通の人間がほいほいこんな魔法を使えたらたぶん世界が終わってるよ……」
これをチートと言わずしてなんというか。
自分には何もできない様子だ……と、章輔は無意識に爪を噛む。
俺にできるのは考えることか。いちいち驚いている暇はない。
章輔は考える。
……俺を召喚するのにそんな面倒な手順を踏むと言う事はつまり、俺の出現は想定外の可能性が高い。
または第二の回答か、と言う事だ。
第二の回答、俺にできることなんて知識を貸すか道具を出すか……道具って言っても劣化魔法だが。
「ん、つまり、すると……?」
『良くないもの』から隔離するための一番いい場所、窓とドアのない家、そしてひんやりしたこの部屋……
そして、彼女がどれだけ探しても今まで見つけていない――つまり、ガイアちゃんでは見つけられない?
それとからめた俺にできること、知識ではなく――あと?
章輔は考える。考える。
考えた。
「……わかった」
「え、本当に!?」
「まだ可能性の段階だが……一つ、可能性が高い、ドアがあるであろう場所がある」
「ど、どこなの?」
章輔はきっぱりと、ガイアに指を突き付けてこう言った。
「トイレだ」