少女と家
そんなに部屋は多くない、家もそんなにでかくはない――一つ目立つ特徴があるとしたら、本がたくさんあると言う事くらいだろうか。
「これで、全部かな」
「ヘー中々いい家だ」
「そうでしょ!」
ガイアちゃんは満面の笑みでそう答える。やはり他の人間と会話できるということが非常にうれしいのだろう。
全ての部屋を案内し終わった後、一番広い部屋に戻る。
しかし、何か違和感がある……何かがない、何がないのだろう……ん?
「ガイアちゃん、ドアはどこにあるのかな」
「……ドア?」
……え?
「ねえ、ここから外に出たことってある?」
「外、……ない。出たい」
「……え?」
……なんてこったい。どうしたらいいんだ。
ガイアちゃんは――この家に閉じ込められているようだ。
……一人ぼっちと聞いて何か曰くがあるとは思っていたけれども、それにしても曰くがありすぎだろう。
いやいやいやいや、これはよーく考えなくてもゆゆしき事態ではないか?
不肖俺、異世界に召喚されたら閉じ込められました。
どこかにありそうだ。
どうすればいい? どうすればいい?
せっかく異世界に来たのに、家に閉じこもることしかできない――
落着け、落ち着け俺。
ともかくドラゴンに会うためにはこの脱出ゲームを解かなければならない。それはわかった。
「ねえガイアちゃん、瞬間移動魔法とかある?」
「あるけれど……何に使うの?」
「それで外に出れないかって……ああ、外っていうのは」
「……一回やってみたことあるけど、駄目だった」
やっぱりだめなのか。
「家の中をそれで移動するのはできたんだけど……でも、ここから外には出られなかった。それに……お父さんにも、外には出ちゃ駄目って」
外には出ちゃ駄目、か。
そんなことを言う彼女の心は沈んでいるようだった。
確かに外に出ないための工夫はしっかりしている――周りを見回して、もう一つないものに気付く。窓だ。窓がないのだ。
「……」
簡単には外へは出させてくれないようだな。早速俺の目の前に暗雲が立ち込めていた。
「あ、そうだ。お兄ちゃん!」
「?」
「私何も知らないわけじゃないんだからね! そんな何も知らないみたいにすぐ……あ、でもドアって何?」
「ドアっていうのは……通常の家にはある外に出るための扉だ」
「そうなんだ……やっぱり、絶対に外に出られないようになってるのかな」
「……」
途方に暮れて天井を見る俺。そういえばどうやってこの部屋は照らされているのだろうか。
天井を見ると、石が一つついているだけだった。
「じゃあ、俺もたくさん聞きたいことがあるんだよ……この世界の事何にも知らないからな。あの天井に着いている石は何?」
「えっと!あれは光石って言って、遠くの大陸で取れる石なんだけど、魔力を受けると自分で光を発することが出来るんだよ」
遠くの大陸、なんてものが自分の目で見ることが出来るかどうかはわからないけど――
でも、いつの日か見られるならば見てみたいものだ。
元の世界の様に、簡単に行けるわけではないのだから。
そんな俺を、励ますようにか、悲しさをごまかすようにか、大きな声で彼女は言う。
「あ、もうすぐ一番上の時間だ!」
「一番上の時間?」
「あそこに時計があるんだど、それが一番上に来る時が一番上の時間なんだよ!」
「へえ、俺の所じゃ12時って言ってたけど」
「12時?」
「ほら、12本線があるじゃない。今の一番上の時間から数えて一本目が1時、2本目が2時って数えて言って……」
「……すごい、そっちの方が便利かも。実は呼び方が分かんなくて適当に呼んでたの。お兄ちゃん凄い」
「俺がすごいわけじゃないけどね」
「じゃあ、その12時だから……ご飯食べようご飯!」
「おお、いいな」
12時でご飯か。どうやら時間がずれているようだ。いや、もしかしたら12時間この中での時間がずれているだけなのかも?
この家の中では時間を示すものはあの時計だけだ。12時間寝過ごすなりなんなりしてずれてしまっても何らおかしくはない。
俺があっちの世界で召喚されたのが夜10時だったから……やはり2時間くらいたっているのではないだろうか。
まあ、大した問題ではない。
「で、ご飯はどうするの?」
「……お兄ちゃん何か作れる?」
「たまごかけごはんなら」
「それでいいです!それでいいから……材料は何かな!なんでもするから……チャーハンシチュースパゲッティ……この三つの繰り返し! 同じ物しか食べてないの! それ以外のものが食べたい!」
それしかレシピがないってことか?
「……シチュー食べたいな」
「じゃあ、お兄ちゃんはシチューを食べて私はお兄ちゃんの作ったものを食べるってことでいい?」
「お兄ちゃんは料理が得意ではありません……そもそも材料とか調理用具とか……どうやって料理作るの?」
「ちょっと待っててね……えい!食事魔法!」
――ガイアは、合成記憶召喚魔法を使った! シチューが召喚された!
目の前のテーブルにシチューが出現した。
……すっげえ元祖魔法って感じがする。
「これが魔法かー」
「確かに魔法なんだけどちょっと違ってて……記憶から構成因子の記憶をコピーして疑似的に再現して……記憶魔法と召喚魔法の混合って感じ」
「よくわかんないけどとりあえず過去に食べたものを再現できるのね……俺のもできる?」
「わかんないけど……でもやる、絶対にやる、だってもう飽きたもん」
「じゃ、とりあえずカレーでも食べるか」
「……知らない、食べたことない! 食べたい!」
「じゃ、一緒に食べようか。ところでこのシチューどうする?」
「えいっ! 消滅魔法!」
――ガイアは消滅魔法を使った! シチューは消えてしまった……
シチュー消えた。魔法すげえ。
***
「ああ、初めての味、久しぶりの味だよ……」
「あんなにたくさんの本あるんだからさ、レシピとかなかったの?」
「材料が召喚できない……見たことないから」
「なるほどね……」
と、すると異世界から転移してきた俺の知識は相当すごいものになるのではないか?
「ちょっとおにーちゃんもの食べさせて!」
「あ、ちょっと、それは……」
「からっ、辛いよお~!」
「お前のは甘口にしておいたからな……俺のは中辛だからそりゃ辛いよ」
「うう……でもこれもいつか食べられるようになるもん」
「ははは……」
それにしても人懐っこいというか……相当俺に甘えて来てるなあ。ついさっき会ったばかりなのに……
しばらく喋っていない人間は急に声を出せないと言うが、魔法は発音認識システムのようだからそれで何とか大丈夫だったのだろう。
「えへへ」
「どうした?」
「……人と話せるってすごいね」
「んーまー確かにな」
俺はコミュ症ではなかったがニート予備軍のようなものだったしな、昔は友達いなかったし一人の気持ちはよーく……いや、家族すらいない女の子の気持ちは絶対にわからない。
俺なんて言う物が分かってはいけない。
「でも、お前お父さんがいたんじゃないのか?それでお父さんを召喚したりとか……いや物凄い倫理に反してるけど」
「覚えてないの……たぶん、記憶を消されたんだと思う。料理とか、本とか、そういうのは召喚できても――お父さんの記憶はまるっと、消えてるの」
「……なんと」
謎は増えるばかりだ。
義父さんは何を考えて彼女を閉じ込めたのか――思い出まで、消してしまったのか。
考えるしかない。俺には脱出する方法を探すしか、前に進む方法はないのだ。
***
大きな謎がいくつもある。
さてまとめると――なぜ彼女は閉じ込められているのか。彼女の父親、つまり我らの義父さんはどこへいき、何のために彼女の記憶を消したのか。
そもそもここはどこなのか。異世界とは何か、魔法とは何か――まで解く必要はないか。
さてまずやることは、脱出だ。この家からでなければならない。
「とはいってもつんでるんだよな……」
ドアなし、窓なし、テレポートは使えない。さて、どうするか。
無い頭を必死に回して考えているが……うーん、彼女には使えない魔法の方が少なそうだ。思いついたことから言っていくしかない。
「壁を壊すか」
「お兄ちゃん、壁にも魔法を無効化する結界がはられてるの」
「そりゃそうか」
まあ、そのくらいはしているか。
その前に父親がなぜ彼女を閉じ込めたかと言う事から解決しなければ……
「……トイレ借りてもいいか?」
「何言ってんの、ここはお兄ちゃんと私の家でしょ?借りるなんて言わないで!あっちだよ!」
「そうだったな」
ここは落ち着いて一人になって考えよう……そもそもこの世界でのトイレってどうなってるんだ。
トイレのドアを開ける。普通に洋式トイレだ。
座って用を足す。さてここからどうしよう。
取り合えずすべての部屋を捜索して手がかりを探すしか……でもガイアちゃんも探したことあるだろうし。
くっそ、一日二日ならいいとしても何日も閉じ込められてたら頭がおかしくなる……ガイアちゃんは魔法かなんかで頭のねじ治してんのかな?精神治癒魔法くらいはあるよな。……狂っては治し、狂っては治し
ふと上を見上げてみる。天井が低いからか光石が大きく見える。
の繰り返しか。それこそ拷問だ。
トイレの中で頭を抱える。……黙っていても何も変わらない。
そんな拷問から解放してあげるのが、俺が召喚された役目の一つ、だろうな。
とりあえず、部屋をすべて探してみるか。
***
結局、一日中家の中を探してみたけれどもめぼしいものは見つからなかった。いや興味深い魔法の本とかはたくさんあったけど……ガイアちゃんは死ぬほど見ているだろうしね。
一方、ガイアちゃんは俺とお話したがっていたようだ。とりあえず俺のいた世界でのお話、戦国時代のお話から、最新の発電方法のお話、原発とか……の話を聞かせてあげたら、興味深そうに聞いてくれた。こういうのは話し手としてうれしいね。
さて、そんなことをしていると夜10時になり、ガイアちゃんが眠いと言ってきた。
「さて、ベッドルームはあったけど……シングルベッドだったよな、あれ」
「一緒に寝よう、ね?」
「いやベッド召喚すればいいじゃない」
「一緒に寝るの」
「……でも女の子と一緒に寝るのは」
「お兄ちゃん、家族でしょ?」
にっこり。家族だからと言って一緒に寝ることが良いことか……というか本当は家族じゃないし。
「……まあいいか」
実のことを言うと俺も眠い。女の子、それも小さな子と一緒に寝ると言うのは人生初めての体験だが、まあこの機会を逃すべきでは……ゲフンゲフン。
「なあ、ガイアちゃん」
「何、お兄ちゃん?」
「お前はこの家から、でたいか?」
俺はそう、彼女に聞いた。
すると彼女は、少しの静寂の後。
「うん、それはもちろん!」
と、はっきり言った。
「そうか」
それを聞いた俺は、満足してにっこり笑いながら。
「がんばって脱出する方法を探そうな」
「……うん!」
その笑顔には若干の曇りが見えたが――まあいい。
とりあえず今日の所はこれくらいで。