生きることの希望
スウは、朝早くから目覚めるのが常だった。
何年も、子供のころから、ずっと、世界が終わってからずっと――
安心できる場所など一切なかった。
寝るのは最低限。疲れがとれたらすぐに起きる。
たった三時間。これでも長い方だった。
「……そうか、ここは土の上では……まあ土の中だが」
彼女が普段寝るときは、洞窟の中であった。遠くに移動するときは寝る前に穴を掘り、土の上に寝ていた。
そんなことが習慣になっていたのだった。
「もう一眠りするか……二度寝なんて何年振りか……その前にトイレに行こう」
着替えをするだけでなく、色々なものを食べさせてもらった。
美味しかった。食べ飽きた味ではない――味のある食べ物だった。
そう思い、ベットから降り――ようとする前に、段差があることに気付かずに落ちる。
「痛っ……」
腰をさする。そんなことからも、自分が平和な場所にいるという事を知った。
隣に寝ていたガイアを見る。可愛いその寝姿に、スウはガイアの頭をなでた。
「……すう」
そのちょっとした声に、スウは驚く。少し狼狽した後、まだ寝ていることを確認して胸をなでおろした。
平和だなあ。そんなことを感じるスウ。
そう思いながらスウは、部屋のドアを開く――そしてスウは、トイレのドアが開いていることに気付く。
さては兄が寝る前に入ったときに開けっ放しにしておいたのか……そもそも兄はどこで寝たのだろうか。
そしてスウは、トイレのドアを開いた。
そこには血まみれの章輔がいた。
「……なっ!?ど、どうしたんだ!!?兄よ!しっかりしろおおおおおお!!」
***
――ねえ。
……
――ねえ。ねえったら。
……
――……『これが俺の必殺!劉漸炎火……』
やめてくれ。その技は俺に効く……何で俺の昔の黒歴史を知っているんだ。わかった、話を聞いてやるからそれを言うのをやめろ……
――起きた?やっと話を聞いてくれるのね?
何ものですかあなたは……俺の頭の中を読んでくるなんて。
――私は『システム』……この世界の理よ。
……あーなになに?魔法を管理しているシステムだって?
――よくわかったわね、どうして魔法のシステムだと思うのかしら?
定番じゃないですか……システムメッセージ流れてるし。で、そのシステムとやらさんがどうしたって?
――少し、あなたと話したかっただけよ。憶えてる?倒れた時の事。
倒れた……ん、あまり思い出せな……ああ、外で歩いていて……
――帰りたくなった?
まさか。むしろ燃えてきたよ。
――あんなに弱音はいていたのに?
喉元過ぎればってね。異世界ってのはこうでなきゃ。
――意地張ってない?
もちろん意地しか張ってないとも。実際また会ったら怖がって怖がって逃げ出したくなるんだろうな。
――それがわかってて、やるの?
痛いんだろうな、辛いんだろうな……まあ、回復魔法とかあるっていうのはぬるさを増してるのは事実だけど。
――元の世界に、戻りたくないの?
全然。
――……決意は聞いたわ。その言葉覚えておきなさいね?
覚えておくほどのセリフじゃないと思うが……
――それじゃあ、そんなあなたに力をあげるわ。魔法は使えなくとも……私が味方してあげますからね。
期待せずに待っておくよ……
***
――表示レベルが2になった!
――アイテムの基本ステータスが見られるようになった。
――キャラの基本ステータスが見られるようになった!
***
「……すう」
章輔が寝息を立てる。章輔にもたれて寝ていたガイアは、その声に反応し章輔を眺める。
顔が影になった章輔は、異常に気が付いたのか目を開いた。
二人の目が合い、ガイアが驚いて何歩か下がる。章輔もガイアの顔が目の前にあり、うおうとひとくたまげて飛び起きる。
「お、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん……お兄ちゃん!」
章輔が起きたことを認識したガイアは叫びながら駆け寄る。
章輔は周りを見渡し、家の中の寝室だと把握する――そばにはガイア、椅子に座っているのはスウ。
「大丈夫?お兄ちゃん!いつ目覚めるか、不安で、うう……」
小さな涙は章輔の手に落ちる。その姿に心配をかけていたと知った章輔は、ハッとしてうつむく。
「……俺は」
「お兄ちゃん、倒れて……」
章輔は目をつぶった後、ガイアの頭をなでる。
「……ごめんな、ガイアちゃん」
「ごめんじゃないよ、勝手に外出て、勝手に傷ついて……お兄ちゃんは私がいないと何にもできないんだから!」
全く持ってその通りだと納得し、何も言わずに黙っている。
「起きたか」
スウは椅子から立ち上がる。ほっとしたような顔をした後、少し怒ったような顔をする。
「……スウちゃん」
章輔は黙っていた。
「……やれやれ、やっと一息つけると思ったのに、何を心配かけるんだ……兄よ、血が出た気分はどうだ?」
「そりゃ、よくはないさ」
「……怖かったか?」
「怖かった、痛かった、苦しかった……まあでもそんなもんだろ」
スウは飽きれた顔をするが、くすりと笑って答える。
「そんなものだ。兄の言う異世界っていうのはな」
スウはつかつかと歩き、章輔の横へと至る。
ガイアは一歩引いて、後ろから二人を眺めている。
「まあ、実戦で傷つかなくて良かったと思えばいいかね」
「それを言うのは身もふたもないが……まあ、死ぬのはいつも突然だ。3年くらいは色々な場所を歩いてきたが……仲良くなった奴もちょっとしたことで、なんてことはあったんだ」
そんなことを言うスウは無表情だった。
章輔は黙りこくる。生きていた自分の幸運――そんなものに感謝する章輔。
「さて……兄よもう少し寝ていろ、下手したら死んでいたのだからな」
「ちなみに、どれくらい寝ていた?」
「半日くらいだ、下手したらHPが一桁行っていたかもしれんぞ?まあ、ゆっくりしろ……今日は私がご馳走しよう」
「HP……ん、スウちゃんそういえば料理作れるのか?」
「料理くらいできないとこの世界生きてられるものか。ドラゴンの肉あったからそれを使わせてもらおう」
「お姉ちゃん一人で解体してたんだよー」
「……感謝の極みです」
あのドラゴンを解体するとは。章輔は素直に驚いた。
「起きたら食わせてやろうと仕込みの途中だ。待ってろ」
そういってスウは出ていった。
「そういえばHP?そんなのあるのか」
「うん、あるらしいけど……表示スキル持ってないと見られないんだって。表示スキルは謎の多いスキルだから詳しくは分からないけど……」
表示スキル……システムメッセージと関係があるのか?……もしやと章輔がガイアに聞く。
「……その表示スキルとやらってどうやって発動すんの?また詠唱?」
「うん、たぶんそうだよ、スキルってそんな感じらしいから」
「……表示」
――ガイア:魔法の申し子:HP1500/1500:MP25200 固有スキル:天才L9
わーお、何だよ魔法の申し子って。
天才って何だ天才って……まさにガイアちゃんと言う人間がどんな存在かが分かるステータスだ。
スキルの所が黒く塗りつぶされている。見られないってことかな?
章輔はそんな感想を抱き、自らが表示スキルを持っていたと言う事を把握し、うんと頷く。
「……お兄ちゃん、どうしたの?」
「いや俺表示スキル持ってるんだなあと」
「そ、そうだったの?」
「今気づいた」
ガイアが目を丸くする。
「私のステータスどんな感じ?」
「平均がどんなものかわからないからよくわからないな……天才っていうスキルついてるけど」
「天才!すごいのかな……どんなスキルだっけ……ちょっとまってて」
ガイアはそのあたりの本棚から一冊の本を取り出した。
『スキル入門』と書いてあった。
「えーとたしか、これだ!レア固有スキル……すべての魔法に対し適性を持つことが出来る……成長の速度に補正がかかる……だって!」
ガイアの生き生きした目に、引け目を感じる。
仕方がないので章輔は自分のステータスを見る。
――ショースケ:異世界人:HP320/320:MP0 固有スキル:ビギナー スキル:表示L2 幸運L1 装備:神聖なるピン
「なんだこりゃ」
HPがガイアちゃんの五分の一。MPが0なのはわかっていたが、固有スキルのビギナーってなんだ。初心者って意味か?ひでえ。システムから見放された気分だ。
章輔はそう心の中でぼやく。
「どうだった?」
「悲惨だった、幸運がついているのが救いだけど」
「幸運!結構いいじゃん!」
そういえば装備品の所にピンが……髪をいじり、ついていたピンを取る。
「こんなのついていたんだ、気が付かなかった」
「ん、そういえばついてたね。違和感なくて気が付かなかった」
「俺の顔はそんなに女々しいのか……」
表示、とつぶやきピンのステータスを見る。
――神聖なるピン:神聖属性:スキル:不屈な力
「不屈な力?」
「ん、お兄ちゃんどうしたの?」
「いや、このピンに不屈な力っていうスキルがついてて……」
「えっと、確かそれもレアスキル……HPが満タンの状態から致死のダメージを受けた時1持ちこたえる、だって」
「……すなわち根性?」
「たぶん、ピンを召喚した時にたまたまそのスキルがついた……のかな?」
「幸運の恩恵もありそうだな……」
「……発動してた?この類のスキルは発動すると頭の中に声が響くらしいけど……」
「……うん」
「……そのピンはずっとしてた方が良いかも」
「……」
背筋が凍る。
つまり、俺はこのピンがなければ……幸運万歳。
「ガイアちゃん……ありがとう」
ガイアは何も言わずに笑っていた。
***
「ドラゴン肉うめえ……」
ただ、肉を丸焼きしただけなのは章輔にも容易に想像がついた――しかし、食べたことのない味、それでいておいしいと感じられる味だった。
油がそんなになくて引き締まっていて……章輔にはあまり料理のおいしさとかはわからなかったが、おいしい、と言う事だけは分かった。
「はむはむ」
ガイアも一心不乱にドラゴンの肉を食らう。
「ドラゴンの肉には力のステータスが上がりやすいと言う効果があるからな、食っておいて損はないぞ」
「力っていうステータスもあるのか……」
「さっき表示のステータスがあると言っていたな……見られなかったか」
レベルが上がればみられるだろうか。そんなことを考える章輔。
食べることに集中し、会話が切れた時スウが静かに切り出す。
「……さて、これからどうするか?」
「? どうするって、何が?」
ガイアの手が止まる。章輔も遅れて肉を食べようとして手を止めた。
「我々が生きていくための希望は何か、と言う事だ。まさか、ここで一生過ごすわけでもないんだろう?」
ガイアはその言葉に頷き、スウはそれを見て一息つく。
「まあ、私はそれでもいいが」
「……まあ、そういう考えもあるか」
「お兄ちゃん、お姉ちゃんなんで……!?」
ガイアは机をたたき、少し大きな声で叫ぶ。
「……疲れたよ、危険な場所で日々過ごすのは」
「……」
ガイアは悲しげな顔をする。
「ん、ガイアちゃんはどうしたい?」
「そんなの決まってる!外に出て!それで……」
そして、ガイアは黙った。
そう、そうである。
章輔はその言葉で気付く――
外に出て、俺たちは何をするのか?
冒険でもして、この異世界を渡り歩くのか?
違う――そんなものは、ガイアのやりたいことではない。
「つまり、私としてはここにずっといて――まあ、たまにはちょっと遠出するかもしれないけれども、楽しく過ごしていければいいんじゃないかっていう話なのだ」
「でも、私は……!」
ガイアが立ち上がり何かを言おうとするが、何も言えず下を向く。
「私は……一人がもういやで……だから……外で……」
ガイアは、悔しそうな表情をして続ける。
「でも、外には、人が、もうほとんど、いなくて……」
ガイアはとうとう涙を流し始める。
「が、ガイアちゃん!?」
「ただ、町っていうの、そういうのが、あるって、聞いて、私以外の人と、もっと、町の中で、暮らし、たくて……」
「……ご、ごめんガイアちゃん!」
スウが突然手を合わせ頭を下げる。
一礼二礼三礼。何度も謝り地に頭を下げる。
ガイアは目を開きパチパチとして驚く。
「な、泣かせるつもりはなかったんだ!頼む!泣き止んでくれ!よしよし!」
「……私、子供じゃないんだから」
ガイアはむすっとするが、すぐに泣き止む。
スウは一呼吸してガイアに向き直る。
「ガイアちゃんの意志は聞いた。誰かと共にいたい――もっと多くの人と、町で過ごしたい。そういうことだな」
ガイアは頷く。章輔はガイアの頭に手を乗せる。
「つまり、それがこれからの指針になる……兄は何かあるか?」
「俺はこの世界で楽しくくらせりゃ何でもいいよ……しっかし、その言い分だと方法があるみたいだが、どうするんだ?
章輔は頭に疑問符をつける。
「世界は終わってるんだぞ?規模の小さな、人がまとまって暮らしている村くらいならありそうだが、町と言える規模の人の集まりがあるのか?」
「作ればいい」
「どうやって?そんなたくさんの人が暮らせる場所なんてここにはないぞ?どうやって作るんだ?」
「……そ、それを今から考えるんだ」
章輔はガイアの頭から手を放し、ため息をつく。ガイアもぽかんとしていた。
「ち、違う!無策と言うわけではなくてな……方法を知っているかもしれない、知り合いがいる」
「知りあい?件の……」
「ロリコンではなくてな……この周辺の結界をはった張本人と言うか……なんというか、邪悪の専門家みたいな人がいるんだ。そいつに聞けばもしかしたら……結界内の邪悪を消せるかもしれない」
「……なるほど」
「この計画自体は前からあったらしいが……相当な力が必要になると言っていた。ガイアちゃんなら……」
「私、なら……」
スウはガイアの両肩を叩く。
ガイアはスウの目をまっすぐ見ていた。
「……ともかく、その知りあいの所に行ってみないとわからないな、まだ何とかなると決まったわけではないし」
章輔はそこに口を挟んだ。
「そ、そうだな。それはそうだ。まずは行ってみるぞ!」
「それで、どこにその知りあいさんはいらっしゃるんですか?」
ガイアは興奮しながらスウに聞く。
「まあ、行ってみれば驚くぞ……そこはな」
スウは少しもったいをつけて言った。
「その『邪悪』を研究していた場所だ」




