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各々の思惑。

「ねぇ、聞いた? ウルバラ様が――」


 もうずっとそんな言葉しか耳に入ってこない。

 ウラの保護者としてハミルダが泊まりがけの世話焼きをしている間、ウラは他人からの視線を感じない時などほとんどなかった。

 ある者は遠巻きに、そしてある者は直接的にウラに接触してくる。

 ハミルダは学校を休めばいいと提案したものの、ウルバラの支払ってくれた学費をムダにするわけには行かないと休まず登校している。


「お前……大丈夫なのかよ」


 ウラは、今日もいつもと何ら変わりなく学生生活を送っていたつもりだった。


「……?」


 声がかけられた方へ顔を上げれば、気まずげな表情を浮かべるクルタラが立っている。

 一瞬誰だったかなと考え、すぐにクラスメイトのガキ大将だと思い出した。


「……何が?」


 しかし、自分が何を問われているのかはわからなかった。


「な、何がって……! 大人たち、みんな噂してるぞ! お前の父ちゃんが、国に捕まったって。なんで捕まったんだよ」


 ウラはクルタラのことを前々から無神経だと思っていた。

 子供特有の知識を追い求める姿勢はいいと思うが、相手がどう思うかまで考えられないのは“子供であるから”の一言である。しかし、クラス中がこのクルタラの問に対する答えを期待していた。


「…………」

「お前、どうやって生活してんだよ」

「どうって……一人でも生活できるよ。でもお父さんの友達が助けてくれてるけど」

「……お前……お前、さ。父ちゃんが戻ってこなかったらどうすんだよ」


 その問は、聞かれたくなかった。

 考えなかったわけじゃない。ウラなりに、何が起こっているのかを考え、それがどれほど重罪なのかを考えた。

 大人たちから伝え聞く話しによれば、“禁忌を犯した”のだと。そしてそれは許されることではないと。


「…………」


 ウラの存在がウルバラを捕らえさせたとハミルダは言っていた。

 それがどういうことなのか教えてくれる者はいない。そして誰かに聞けば、余計にウルバラの身が危うくなりそうなことも、ウラはなんとなく理解していた。


「クルタラくん」

「えっ……!」


 ウラから漏れたのは低い声。

 他の誰が効いても機嫌の良い声色ではない。しかし、クルタラは初めて名を呼ばれた衝撃で顔を真赤にさせ、ただ口をパクパクとさせるだけであった。


「クルタラくん、鬱陶しい。黙って」

「え……」


 赤かったはずの顔は一瞬にして白くなる。

 周囲もポツリポツリと着席しはじめ、もはや立っているのはクルタラだけという有様になっても、なおクルタラは硬直していた。


「…………」


 ウラは急に全てが面倒になった。

 そして、ついに決意する。

 ウルバラを助けだすという決意だ。

 決意してしまえば今まで何故そうしなかったのかと不思議なほどで、ウラは大急ぎで荷物をまとめはじめた。


「おはよー……ってどうした。なんだこの空気」


 教室に現れた担当教師のセミセミは、緊張状態にある教室内を訝しむ。

 特に立ちっぱなしになっているクルタラと、対照的に慌ただしく荷造りをしているウラが異様さを増長させていた。


「おい、ウラ。何やってんだ」

「先生、私、今日から学校辞めます」

「はあ?」


 あまりに突飛な話にセミセミの顔がゆがむ。

 周囲も一体何が起こるのかと固唾を呑んで見守っていた。


「お前何を言って――」

「お父さんを助けないと」

「助けるって……お前なあ。子供に何ができるんだ。可哀想だが、おとなしく家で待っていなさ――」


 背筋がゾッとする。

 ただ見つめられているだけだというのに、まるで魔族を前にした時のような高揚感。そして緊張感。


「先生」

「…………」

「あの人は大事な人なの」


 そう言って教室を出て行くウラを、誰も止めることはできなかった。




 + + + + +




「誰だ……! 誰だ、あれを『ウルバラに似ず人情味溢れる天人族』だと言った奴は……!」


 セミセミはひたすら走っていた。

 職員室を通り越し、個人に与えられた研究室へ駆け込む。

 そして部屋の奥の乱雑とした荷物置き場をひっくり返し、ゴミ溜めの中から真っ赤な電話を引っ張りだす。その電話機にはプッシュボタンが一つもない。しかし、受話器を取れば“特定の場所”へ繋がる。


「……早く出ろ、早く」


 爪をかじりながら、ただ相手が電話を取ることを待つ。何度か貧乏揺すりをした時、ようやく待ち望んだ相手が電話をとった。


「はいはい。この電話が稼働するなんて、明日は天界が地に落ちるのかな?」


 電話の主は軽快な声で面白そうに言う。


「冗談言ってる場合じゃないぞ。七大天人族、第七天人様を出せ」

「とは言ってもね。まずは合言葉をどーぞ」

「お前、その声ウルバラ先輩の同僚だな? 名は忘れたが、いつも隣りにいるやつだろう。いいからさっさと第七天人様を出せ。緊急事態だ」


 低い声でそう言えば、電話の向こうからため息が聞こえた。


「規則だよ。それが言えないのなら取り次ぐことはできないし、ウルバラの知人だとしたらなおのことだ。そら、合言葉は? 言えよ」

「クソッタレ……“薔薇の園で蝶が飛ぶ”だろう?」

「“クソッタレ”は余計だよ。繋ぐからそのままで少々お待ちを。頼むから第七天人様にはそんな口を聞くなよ。セミセミくん」


 相手は自分が誰であるかもわかっていていたのだと気づき、セミセミは小さく舌打ちする。

 しかしこの電話は七大天人族に直通する唯一の電話だ。それにこの電話を利用できるのは世界でも数名。それを自分が扱うことができるのだから、あまり文句は言えないだろうと心を落ち着けた。

 そうして、しばらく経った時のこと。


「私だ。どうした、お前がこの電話をを使うなど珍しい」

「魔族処理法違反容疑で拘束されている者についてご相談が」

「お前は政界に口をだす権利がないはずだが」

「ないからこそ、こうして貴方様に電話をしたんでしょう」


 第七天人はセミセミのような恐れを知らないものが好きだった。しかし礼儀のなっていないものには厳しい。そしてこのセミセミがウルバラとただの友人知人の関係にないこともよく知っていた。

 だからこそ、この電話を与えたのだ。

 ウルバラを監視させるために。


「私がお前にこの電話を与えた理由を忘れたか?」

「いいえ。“ウルバラを監視し、その行動に怪しい部分があれば密告せよ”」

「お前は今回何も言わなかったな。気づいていなかったのかどうかは不問とするが……今更何の用がある」

「今回のことについては本当に何も知らなかっただけです。ですが、それ以上に良くないことが起ころうとしている」

「ほう?」


 一瞬、セミセミは迷った。

 果たしてこのことを言ってしまっていいのだろうかと。


「なんだ? 言ってみよ」


 もし言ってしまえば、ウラは処分されてしまうに違いない。

 見張りとはいえ、その成長を見守ってきた立場でもある。それにウルバラがどれほどウラを大事にしているかも知っている。

 あの小さな天国を壊してしまってもいいのだろうか――そう思った時に、なぜかどうしようもない罪悪感が湧いた。


「どうした?」

「あ、ああ……あの――」

「ストップ。まだ言われたら困るんだわ」


 その時だった。

 自分の胸に生えた魔族の手。身が焼き切れそうなほどの激痛。


「ぐぅ……っ」


 口から血が溢れ、胸からも溢れ、ジワリジワリとシャツを濡らしていく。


「どうした? セミセミ。セミセ――」


 ガチャリと強めに叩きつけられた電話。そしてそれはハムナの足によって踏み潰された。


「お休み、天人族」


 ハムナはセミセミの胸に足を乗せ、少しずつ力を込めていった。


「きさっ……ま……どこから……入った……」


 強烈な胸部の圧迫に、声がかすれる。


「おいおい、情けねぇなあ? それで元ウルバラ部隊のエリートか? 平和ボケしてんじゃねぇの?」


 ハムナが大げさにため息をついて肩をすくめる。

 この魔族に全く気づくことができなかったセミセミは、自分はここで死ぬのだと確信した。


「お前は一体――」

「カムナの親父だよ」


 そう言うと同時に、ハムナはセミセミの胸を踏み抜いた。

 ゴキリと音がして、数回セミセミが痙攣する。しかしそれもすぐ動かなくなり、ハムナは満足気に頷くとそっと部屋を出て行った。




 + + + + +




「セミセミが死んだ」


 第七天人が天上会議で“一般人の死”に対して報告したのは、ひとえに彼が第七天人の手先であったからだ。手先については七大天人族の間では周知の事実で、各々そう言った存在を抱えている身としてはその安否などを報告するのも不思議ではない。

 しかし、死亡報告となれば別だ。


「死んだ? 病気か、事故か? まだ若いから老衰ではあるまい?」

「殺されたのだ。魔族に」


 一瞬時が止まる。


「……どういうことだ」


 そう声をあげたのは、第四天人であった。


「そのままの意味だ。何者かが侵入している。魔族の気配が濃厚に残っていた。学校で胸を貫かれ、心臓を潰されて死んでいた。あのウルバラ部隊の生き残りが、だ」


 それがどういう意味を持つか、皆わからぬわけではなかった。

 ウルバラはとかく扱いづらく、しかしそのかわりに恐ろしいまでの戦力を持っていた。それゆえ、そこで生き残った兵士もそれなりに強い。それが殺されたとなれば、その魔族は相当な力を持つということになる。


「ありえん」

「魔族が進入するなど……警備はどうなっているのだ」


 部屋は一瞬にして騒がしくなる

 そんな中、唯一人第四天人だけは目を閉じて大きなため息をついた。


「…………」

「ウルバラを投獄したのは早計だったのではないか? ウルバラ部隊の者を殺せる魔族なんぞ、ウルバラ以外に太刀打ちできるだろうか? 我らであればできなくもないだろうが、そのような事態となれば民たちが不安を覚えるだろう」


 何者かがそう言えば、それに賛同するような声が上がる。


「そもそもウルバラ以外の兵が育っていないというのも問題だ。我々は少し平和ボケしすぎたようだな。しかし、もうことは起こっている。これから兵を育てるよりは、ウルバラを開放して――」

「それはできぬ!」


 第四天人の声が響き、辺りは静まり返った。


「一度捕らえた者をまた解き放つだと? それも処刑待ちだぞ? 民がどう思うか考えて――」


 ノックの音。

 皆の視線が扉に集中する。


「失礼致します。ご報告に上がりました」


 扉が開き、入ってきた天人族。

 文官である彼は、室内に第四天人がいることに気づいて目を丸くした。


「おや、いつの間にお戻りになりましたか? 秘密の通路でもあるのでしょうか」


 その天人族は冗談を言うように楽しげに笑い、そして他の誰も笑わないことに気づいて気まずげに咳払いをする。


「……どういう意味だ?」


 誰かがそのように問えば、文官は困った様子で第四天人をチラチラと何度か見る。


「はあ……あのー、なんと申しますか。たった今、第四天人様よりご支持を頂きまして、広告社にウルバラの罪状、及び過去の行いについて説明し、処刑になったと民へ告知する手はずを整えました。もうあと数分もすれば民の知るところとなりましょう」

「どういうことだ」


 一瞬にして場が殺気立つ。


「え? ど、どいう、と、申されましても……たった今でございます。数十分ほど前に、我らの部署に、来られまして……その、あの……」


 第四天人が机を拳で叩く。

 その音は大きく、文官は飛び上がって小さく声を上げた。


「あの、わ、私は何か……」


 第七天人が頭を抱え、大きなため息をついた。


「第四天人殿はずっとここにおられた。会議中だ。その者は恐らく……魔族であろうな」


 スッと文官の血の気が引いていく。

 しかし、もう全てが遅かった。

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