異端審問。
「七大天人族に仕える者、ウルバラよ」
大聖堂に声が響く。
その場にはウルバラの他、誰もいないように見える。
大きな声だけが、大聖堂の中央で枷をつけられ跪くウルバラの上に降り注ぐ。
「貴殿に魔族処理法違法の疑いがかかっておる」
「仰るとおりでございます」
その一言で、場内は静まり返る。
ウルバラはこの時を予測していた。この手に入れたばかりの幸せが長く続かないことを。
そしてその時がくれば、自分はきっと天人族の性で偽ることなどできないということも。
「…………」
あの日、ウラの部屋から懐かしい気配がしたのだ。
それは“カムナ”の父であるハムナの気配だ。忘れようにも忘れられない、嫌な気配。その気配を感じ取った瞬間、ウルバラはほぼ反射的にウラの部屋へと駆け込んでいた。駆け込んだつもりだった。
しかし実際はドアが開かず、叩いても体当りしてもびくりともしない。
ようやくそのドアが開いた頃には、ハムナは窓から外へと飛び出していったところであった。
「……貴殿を魔族処理法違法の罪で処刑する他ないようだ。申し開きは?」
あの時から、遅かれ早かれ自らの“罪”がハムナによって暴かれるであろうと思っていた。それは想像より早く、今はただ少しでも長くウラと共にいられたらと思っていたのに、その願いすら叶いそうにない。
そう思うと、ウルバラはもう少しの気力も湧いてこないのだった。
「ございません」
淡々とそう言うウルバラに、声の主である七大天人族は言葉に詰まる。
「……理由を述べよ」
「説明することがございません」
「述べよ、命令だ」
きつい言葉でそういえば、ウルバラは細く息を吐いてようやく口を開いた。
「……私はあの者を愛しておりました。あれを見た瞬間、かつてないほどに心が震え、彼女が赤子であるというのに、私の半身はここにいたのだと確信しました」
あの時感じた思い。
それは今でも薄れることはない。
「ですが、それが天人族の色を持ちながら魔族であると知っていたため、私には己を、そして国を騙して連れて帰るしか無かった」
この独白を聞いていた七大天人族は、みなそろって深く息を吐く。
「ただ、それもすぐに立ち行かなくなる――……カムナを殺さねばならなくなった時、私はどうしようもない誘惑に抗えず――」
これ以上、言葉はなかった。
しかし、ウルバラの淡々と話し声に、誰しもがなんとも言いがたい思いを抱いていた。
あの時、皆ウルバラの闇に薄っすらと気づいていたのだ。気づかないはずもなかった。それでも目をつぶったのは、皆がウルバラにチャンスを与えたいと望んだからだ。
これで自らの闇を抑えることができたのなら――そう、思っていた。それほどウルバラの個の能力は秀でていたのだ。失うに惜しい人材だった。
「……是非もなし……是非もなし、だ……その気持はわからんでもない。だが――」
しかし、もう限界だ。
「もう私たちはお前をかばうことができぬ」
そうポツリと言葉を吐いた者に、誰も何も言わないが皆同じ気持であった。
+ + + + +
「どうすンだ。あの小僧」
ウルバラの異端審問が終わり、七大天人族の一人、第四天人が執務室に戻ろうとしているときのことだ。
突如聞こえてきた声に、体をこわばらせる。
「…………」
第四天人はすぐに自分の後ろにいるのが、ハムナであると気づいた。
しかし、その身から発せられる氣が、第四天人の動きを封じる。
「……忌々しい魔族め。こう何度も自由に出入りされると警備体制の見直しだけでは済みそうにないな」
「そんなのはどうだっていいんだよ。俺がどうしてここに入れるかなんざ、お前がいくら無いの知恵しぼって考えたって答えは出ないさ。それよか、お前の望み通り、あいつを排除出来るだけの情報を渡しただろう?」
「何が言いたい」
「どうすんだってんだよ。アイツを殺すんなら魂をくれ。少しばかり遊んでやりてぇ。お前にはあいつを失墜させる情報をやったんだ。そのくらいしてもいいだろう?」
第四天人の後ろで、ハムナは笑いをこらえきれないとばかりに笑う。
「私はウルバラを失墜させるためにお前から情報を得たのではない。悪を正すためだ。悔いを改めるためだ。魔族に同士の魂をくれてやるなど言語道断」
「ほう?」
ぺたり、ぺたりと足音が廊下に響く。大理石で作られた床や柱は、その冷たさを直に伝えてくる。
「魔族の声に耳を貸し、情報を得て、お仲間をはめた――こりゃあお前、ウルバラと同罪と言われても言い逃れできねぇほど卑怯じゃねぇのか? 知ってるぞ。お前らが“魔族と個人的な取引をしてはいけない”と定めているのを」
「卑怯だと? 私は自分が正しいと思ったことしかせん。これは天界のためとなることだ。個人的ではない。公的だ」
「ほう? ならばこの件を誰に相談した?」
ハムナは鼻で笑う。
「結局は自分の意見を通すためだろう? なんてったって正式な手順を踏んで俺のところに来たわけじゃねぇしな。それに、過去の罪も鼻かんで忘れてやるのが“天人族”の慈悲とやらじゃねぇのか?」
「自らの罪は反省し償う必要があるのだ。ウルバラはそれをしておらぬ。罪を反省するなど、お前にはわからぬだろうが」
「だからそのために魔族から情報を得たと? その証拠を見つけるために? お前、これ他の奴らにどうやって情報を手に入れたんだって聞かれたら、どう答える気だよ」
第四天人は答えない。
自分がやったことが違法であると知っていたからだ。
「なあ? 俺が嘘を言っているとは思わねぇのか?」
「だがウルバラは認めたのだ。自らの罪を」
「それ本当にそうか? 疑いもしなかったのは何故だ? あいつが“誰かを庇うために”他人の罪をかぶっているのだとしたら?」
「…………」
そんなこと、第四天人も考えなかったわけではなかった。しかし誰かを庇う必要などないと判断したのだ。
しかし――
「それだ。その顔だ。その顔が答えだろう? 結局のところ、お前はウルバラが憎かったのさ。いなくなってせいせいしただろ?」
第四天人が背丈ほどもある聖杖を降る。
強烈な風が発生し、廊下のカーテンが激しい音を立てて揺れた。
「おお、怖い」
「うせろ、魔族め」
青筋を立てた第四天人が、肩で息をつく。
「いいぜ? だがよく覚えておけよ」
そう言うと、ハムナは一瞬にして第四天人の正面へ周り、その首に手をかけた。
「いいか、次はお前が追われる番だ。地をはい、泥水を吸い、埃にまみれるのはお前の番だ。悪事は我が身にかえる。人を呪わば穴二つ、だ」
「うせろ!」
第四天人が怒鳴ると同時に、ハムナは消えた。
「……私は正しいことをしている。国を、民を守るのが私の仕事であり、強気力を持つ者の定めなのだからな」
荒い息を吐く第四天人。
襟元を整え大きなため息をつくと、背筋を伸ばして前を見つめ、再びゆったりと歩き始めたのだった。