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アリス・アレゴリー  作者: 鈴原光
第一章:幻想症候群《アリス・シンドローム》
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007

 しかしながら、そこで考察は一時中断となった。

 理由は考察に足る情報の枯渇だった。確かに、ひとつ有力な仮説によって、投書の主であるAさんの存在は五つのクラスにあるというところまで限定することができた。これは全校生徒の中から一人を探すという難易度からは、かなり容易なものではある。割合にすればおよそ六分の一といったところだ。

 だが、である。

 そこから更なる限定をするのに、手掛かりが全く無くなってしまったのだ。――厳密に言えば、男子か女子かなら、女子の可能性が高いと思われるので、まだ絞ることは可能なのだが。

 しかし、そこから先が進まない。仮定のひとつも立てられない程である。

 これを見て先輩は考察を断念。突如として大人しくなり、文庫を読み始めたのだ。

 先程までの元気の良さが嘘のよう――その様子はまるで玩具おもちゃを取り上げられ拗ねてしまった子供のようである。人によっては知的な魅力を持つ才媛のように見えるこの佇まいも、近くで見るとただの子供である。そこには先輩という肩書きの威厳もなにも感じない。

 こうなってしまうと、僕は図書員としての本来の業務に戻る他ない。

 つまりは、先程先輩から押し付けられた雑用である。

 大量の蔵書が積み上げれた返却台を前に、僕は肩を落とす。先輩の予想通り、返却された本は試験の為に借りられた参考資料が多いようだ。中には普通に小説もあるが、現国の資料でなければ、試験期間中になにを読んでいるのか疑問を投げかけたくなる。

 ともあれ、これほどの蔵書を一度に整頓するのも、考えてみれば初めてのことである。今後は試験の度に、こんな憂いを抱かなければいけないのかと思うとやや倦怠感を覚えるというものだ。

 まあ、普段の業務は大したことがないのだから、それでバランスが取れてると思えばなんともないとも言える。


「…………」


 ふと、館内を見渡す。

 利用する生徒は数少ない。この光景は図書委員に成り立ての時期によく見たものだ。

 当初は、こんな立派な図書館があまり利用されていないと知ると、宝の持ち腐れもいいところだと思ったものだが。それももう慣れた光景になってしまった。


「……待てよ」


 蔵書を書棚に戻す手を一度止めて、僕は考える。

 図書館の利用者は数少ない。では、『図書棟に来た生徒』というだけで、かなりの人数が限られるのではないだろうか。

 謎の投書をした生徒は、本を探しに、あるいは投書をする為に少なくとも図書棟に来なければならない。

 試験を終え、利用する生徒が激減した図書館に於いて、来館する生徒はかなりの少数派である。下手をすれば、五クラスなんて目ではない。

 場合によってはかなり有力な情報なのではないだろうか――。


「――って、僕はなにをやっているんだ」


 我に返り、頭を振る。

 そもそも、僕はこの件に関して真剣に考える義理はないのだ。先輩に勉強を見てもらった恩義に対しては、今こうして雑務をこなすことで返していると考えている。

 それでなお先輩の遊び――先輩はそのつもりはないかもしれないが、僕にしては遊びも同然だ――に付き合っているのは単なる気まぐれである。確かに、不思議な点があるのは認めるが、なんだかんだ言いつつも単なるイタズラだという疑いは未だ晴れてはいない。

 そんなことに思考を巡らせるなど、時間と体力の無駄以外の何物でもない。いや、無駄がいけないのだとは思っていない。人生なんて、無駄なことが殆どだ。僕は他者が用意した無駄に乗っかるのはいかがなものかと考えるのだ。

 今はどうか。先輩の持ち出した無駄なことを、僕自ら進んで考えようとしている。


「毒されている……」


 誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。

 実際問題。こうして僕がこの無駄に甘んじているのも、それを用意したのが御鏡先輩だからである。

 断言してもいいが、これが他の人間なら僕はここまで真摯に考察することはしなかっただろう。それほどまでに、御鏡氷咲という人格は、僕の中で強い存在感を放っている。

 それを特別な想いと称していいのかはまだ情報が少ないが。現状が最適だとは思わない。


「…………」


 複雑な思いを巡らせながらも雑務を終え、先輩の待つ受付に戻る。

 そんな僕の心中を知ってか知らずか、彼女は顔を上げ出迎える。


「ありがとうございます、時宮くん。お疲れ様ですね」


 その言葉にどれだけの謝意が込められているかは定かではない。

 しかし、この先輩。心なしか表情が明るいように思える。つい先程まで子供のようにむくれていたはずなのだが。


「なにかあったんですか?」

「そうですね――」


 先輩はわざと間をつくり言った。


「投書の主であるAさんの特定ができました」

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