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アリス・アレゴリー  作者: 鈴原光
第一章:幻想症候群《アリス・シンドローム》
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006

「そりゃ、女子だと思いますよ」


 僕は即答した。


「その根拠は?」

「字の書き方です。丁寧だけど、無骨でない――真面目な女子が書く字だと思います」


 先程、先輩が投書の主を『他人を揶揄うような人とは思えない』と言ったが、実は僕も同意見ではある。

 その理由が字の達筆さである。達筆かどうかでその人となりを判断するというのは、随分と根拠に欠けることではあるが、そういう印象を持ったのは事実である。


「そうですね、私もそう感じます。――では、この方の学年は分かりますか?」

「分かるわけないじゃないですか」


 男子女子を分けるのとはわけが違う。

 或いは、子供と大人の判別くらいならできるかもしれないが、たった二年の開きで大きな差が出るとは考えられない。

 このAさんは達筆の部類だが、なにも高学年が必ずしも達筆だというわけではない。大人でも字の汚い人もいることだし。


「というか、仮にこのAさんの学年が分かったとして、どうなんですか?」

「私は気に掛かるのです。この投書が何故なされたか、そこにどんな想いが込められているのか――。それを知る為にも、もはや直接Aさんに会ってみないといけないと思ったのです」

「それで……投書の主の特定をしようというわけですね」


 しかし言うまでもなくそれは困難なことだろう。

 投書は匿名希望でなされていたため、手掛かりは書かれた文字だけである。それだけで数多の生徒の中から個人を断定するというのは――。


「いや、無理でしょう」

「随分と悲観的ですね、時宮くん」

「事実を述べただけです。現実問題、このAさんの学年すら分からないじゃないですか」

「…………」


 先輩は押し黙った。

 流石の先輩も、その現実を直視しないわけにはいかないのだ。

 ――もちろん。

 その程度の困難で諦めるほど、先輩は可愛い性格ではない。


「どうして匿名希望なんでしょうか……?」


 別の疑問を見つけては、それを解明しようとする。


「それは、僕らや他の生徒の知られたくなかったからじゃありませんか? 投書の回答は掲示板に張り出されるので、誰がどんな投書をしたのか分かってしまいます」

「そうですね。確かに、ありきたりな質問でも匿名で投書する生徒は少なくありません」


 ただ、と先輩は続ける。


「今回の投書は、むしろ匿名でない方が望ましいはずなのです」

「どういうことですか?」

「最初に時宮くんが抱いた疑問の通り、この投書は変です。本の捜索依頼など、投書を行うような内容なのではありませんから。……時宮くん、普通の図書委員はそのような投書をどのように扱いますか?」

「イタズラと判断して、真面目に対処しないでしょうね。回答せず、放置するかもしれません。――先輩と違って」

「そうですね。それが普通の対応だと思います」


 僕の決死の嫌味は掠りもしなかった。というか、無反応というのが逆に怖い。

 どこかで大きな竹箆しっぺ返しを喰らいそうで。


「――ですが、この投書が匿名ではなく、ちゃんと氏名が記載されていたなら、その対応も違っていたのではないでしょうか?」

「イタズラの線は薄くなりますね」


 人間の心理的に、悪さをするにあたって自分を特定できる情報は残さないに越したことはない。ましてや名前など、直接本人に結びつく情報をイタズラの為に残すはずがないのだ。リスクにも程がある。というかそれは単なる馬鹿である。


「そう。Aさんが真にこの本を探し出して欲しいのなら、イタズラと判断されかねない匿名よりも、真剣さを表すためにも本名を記載するべきなのです」

「しかし、それをしなかった」


 先輩の考察を事実と仮定して、である。

 Aさんの目的は、投書にある『アリス・アレゴリー』なる本を見つけることである。その為にAさんは図書棟に赴き、蔵書検索機械『図書どこクン』を使用した。しかし目当ての本は蔵書には存在しないことが判明した。

 そこで、探している本は一般の生徒が借りられない蔵書だと気づき、本の捜索依頼をする為、一縷の望みをかけて投書をした。

 そう思うと、Aさんはよっぽどこの本に強い固執を持っているのだろう。


「普通なら『図書どこクン』で検索して無かったら諦めますからね」

「もしかしたらAさんには、この本が『必ず図書館にある』という確信があったのかもしれませんね」

「だとしたら、どのような情報に基づく根拠なのか気になるところですね」


 結果的には特別資料庫にも、その本は存在しなかった。

 一体どこからそのような情報を得たのだろうか。そして、何故それを探しているのか。


「しかし考えてみれば、そこまで強い思いを持って本を探しているのに、その手段を投書で済ませるというのは、いささかちぐはぐな感じを抱きますね」

「……どういうことですか?」


 先輩が小首を傾げる。

 いつもと立場が逆である。不思議と悪い気はしない。


「さっき言ったじゃないですか。場合によっては投書は真面目に取り扱われないかもしれない――本当に本を見つけ出したいのなら、投書よりも身近な図書委員に頼んだほうが確実なんじゃないでしょうか」

「――――!!」


 突然、先輩が目を見開いた。そのリアクションに、思わずこちらがたじろぐ。


「せ、先輩……?」

「時宮くん」

「はい?」

「――非常に良い着眼点です」


 褒められた。

 なんだか上から目線で、素直に喜べなかったが。

 先輩はなにか閃いたように、再びパソコンの前に向かった。なにかを調べているようだ。

 僕が疑問の言葉を傾ける前に、先輩は先んじて口を開いた。


「時宮くんの言う通り、投書よりも図書委員に訊いた方が手っ取り早いのは間違いありません。では何故それをしなかった――否、できなかったのか」

「身近に頼める図書委員がいなかったから……?」

「そうです」


 言って、先輩は僕にパソコンの画面を向ける。

 そこに表示されていたのは、現時点の図書委員のリストである。


「我が校では図書委員が非常に多いです。その中で『図書委員と関わりを持たない生徒』はむしろ少数なのです」

「ああ……!」

「その一つの仮定として、Aさんは図書委員がいない学級に所属していると考えられます」


 もちろん、必ずしもそうだと言えるわけではないが。

 ある程度の可能性が見込めるかもしれない。


「現時点で図書委員が存在しないのは、以下の五クラスです。三年A組、D組、E組、二年A組、一年B組です」

「三年の学級が比較的多いですね」

「三年生は大学入試や就職活動などありますから。委員の欠員の補充にあたっては、一・二年生から選ばれることが多いようです」

「なにそれずるい」


 その欠員補充の為に、不本意ながら図書委員となった僕からすれば不合理な気持ちになった。まあ、今更文句を言ったところでどうにもならないのだが。

 それはともかく。


「もしかするとこの五クラスの中に――」

「はい。Aさんがいる可能性が高いですね」


 先輩は力強く頷いた。


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