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アリス・アレゴリー  作者: 鈴原光
第一章:幻想症候群《アリス・シンドローム》
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004

「これが、なんですか?」


 短い文を読んだ素直な感想である。

 すると、御鏡先輩は、


「分かりませんか?」


 と言った。

 それはまるで思慮の浅い僕を嘲笑するかのような物言いで、ひどく恥ずかしい気もちになった。

 先輩は続ける。


「分かりませんか、その投書が持つ違和感に……?」


 ――違和感。

 そう言われて僕は再び投書に視線を落とす。

 そんな風に言われれば流石の僕も気づきはする。

 なるほど、そういうことか。


「本探しの依頼を、ご意見箱に投書するというのは、変ですね」

「そうなんです!」


 先輩はうれしそうに手のひらを合わせた。


「本を探しているというのなら、その場で人に訊けばいいですし。人に訊くのが(はばか)れるというのであれば『図書どこクン』を使えばいいだけです」


『図書どこクン』とは図書館内に設置されている、蔵書検索のできる機械の通称である。タイトル、作者から検索することができ、蔵書が図書館のどこにあるのか、また、貸し出し状況などを知ることができる。

 この通称は主に図書委員の中で定着しており、先輩も好んで使用している。


「確かに、妙ですね」


 僕は頷く。なにより気になったのが、本探しの為にとった行動が投書だという点である。

 ご意見箱に寄せられた投書は、図書委員が懇切丁寧に回答し、掲示板に貼りだす決まりになっている。よって、投書に対するレスポンスは得られることは間違いないが、そこにはひとつ問題がある。

 質問から回答までラグが生じるという点である。どんなに早くとも、図書委員が回答し貼りだすまでに一晩は待たなくてはならない。

 投書の主は、なにか理由があってこの蔵書を探しているのだろう。ならばこの待ち時間は結構な痛手ではないのだろうか。


「ということは、急がない要件、とも考えられるか……」

「気になってきた様ですね、時宮くん」


 先輩が僕の顔を覗き込む。その顔は実に楽しそうだった。

 まるで、子供が愉快な玩具おもちゃを見つけた時のような。


「少し考察してみませんか?」

「考察……?」

「はい。その短文に込められた書き手の意志を、投書するにあたった背景を」


 どうせ今日は暇でしょうし、と先輩は静かな館内を見ながらつぶやいた。

 先程雑務を押し付けられた身としては、暇とはなんだと言ってやりたいところだったが、興味があるというのも決して否定はできなかった。

 この投書にではない。

 こんな短い文章に、先輩はどんな意味を見出すのか、その見解を聞きたくなったのだ。


「――面白そうですね」


 少し考えるふりして、僕は頷いた。


「決まりです。それではまずは……『なぜ、この投書がなされたのか?』というところから考えていきましょうか?」

「それは、この本を探しているからではないですか?」


 僕はすかさず答えた。

 答えてから、自身の愚かさに気がついた。


「――って、そうでしたね。本を探すという目的なら、他にもっと単純な方法がありましたね」

「そうですね。『人に訊く』、『図書どこクンを使う』、これをせずに投書でもって本を探してもらうという方法をとった理由はなんでしょうか?」

「人に訊かなかったのはシャイだったからで、機械を使わなかったのは操作方法が分からなかったから、とか?」

「前半は有り得たとしても、後半は考えづらいですね」


 それもそうだ。『図書どこクン』はタッチパネル操作で音声補助つき――一般的な高校生が使えないはずがないのだ。

 もしそんな人物がこの学院にいたら、僕は衝撃のあまり体調を崩すだろう。


「そうですね。それについては、私にひとつ仮説があります」

「と、いいますと?」

「投書の主――仮にAさんとしましょう。Aさんは『図書どこクン』を使用している」

「……どういうことでしょうか?」


 図書検索をしたというのなら、そもそも『本を探して欲しい』などという投書が発生するはずがない。


「いえ、それは考えが甘いですよ、時宮くん」


 なにも言っていないのにたしなめられた。

 おそらく僕の表情を読み取ってそう言ったのだろう。


「『図書どこクン』の検索システムにはひとつ重要な欠点がありますね」

「あ――――」


 思い出した。

 そういえば、『図書どこクン』は図書館にある全ての蔵書について検索できるわけではないのだ。


「確か、『図書どこクン』で探せるのは、『貸出可能の蔵書』だけでしたね」

「その通りです」


 先輩は頷いた。

 国内でも有数の、蔵書保有量を誇るこの図書棟ではあるが、それら全てについて生徒への貸出が許されているわけではない。

 中には、希少な資料や文献なども存在する。そういった蔵書は貸出不可の蔵書として『特別資料庫』に保管されている。


「ということは、この本は特別資料庫にある、ということですか?」


 訊くと先輩は、「そうですね――」と曖昧な返答をした。


「その前に、ひとつ確かめてみましょうか」


 僕の返事を待たずに、先輩は席を立った。

 おもむろに受付から外に出て、一直線にある方向に向かっている。

 その先にあるのは、図書検索機器『図書どこクン』だった。



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