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アリス・アレゴリー  作者: 鈴原光
第一章:幻想症候群《アリス・シンドローム》
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001

 我らが私立青鳳学院には、図書棟というものが存在する。

 学級の集まる学習棟、理科室や美術室などがある特別学習棟、そして部活棟。それらと並び立つ形で、図書の為だけに建てられたものが図書棟である。

 多くの学校が『図書室』という形をとっている中で、やはり図書棟の存在は珍しいらしく、僕が調べた限りでは県内には他にそのような施設を有する高等学校はなかった。

 この学院の教育理念のひとつである『生徒の学習意欲の向上』のもとに敷設されたそれは、三階建ての真新しい建物で、蔵書は八万冊を超え、広い自習室や屋外テラスを備えている。

 さて。

 それで目標である『生徒の学習意欲の向上』は果たせているのだろうか。

 そう問われれば、僕は安易に首を縦に振りはしないだろう。

 週に何度も図書棟に足を運ぶ僕が言うのだから、それなりの説得力はあるはずだ。

 図書棟の内部は、その瀟洒な外観とは裏腹にひどく閑散としている。

 利用する生徒もまばらで、広いスペースがもの寂しさを助長しているようだ。

 静かであることは図書室としては当然であるはずなのだが、殊このように立派な建物だと妙に不気味な感じさえする。

 拵えた人間からすれば『こんなはずではなかった』と嘆きたくもなるだろう。

 その原因はある程度判明している。

 蔵書のラインナップがしょぼいとか、司書教諭の人間性がよろしくないだとか、そういうことではない。

 およそ多くの生徒は施設や携わる人間に不備があるとは感じていない。

 ではなぜか。

 理由はもっとシンプルである。

 図書棟が他のどの棟からも離れた場所にあるからである。

 昼休み、あるいは放課後に気軽に立ち寄るにも、この距離はいささかネックなのだ。

 よっぽどの意志が無い限りは『まあいいか』と図書棟に向かう足を翻す。

 僕が今歩いているこの桜並木は、その図書棟へ向かう唯一の道である。

 入学式の時は満開に咲き薄紅色の花びらを散らしていた桜も、今ではすっかり葉桜に姿を変え、夏を迎える準備をしている。

 そんな様子を見ると、つくづく時が経つのは早いのだと思い知らされる。

 思えば、この時宮熾人ときみや しとという人間の高校時代は既にその最初の二ヶ月を終えようとしているのだ。

 そう考えるとなんとも言えない気分になる。

 妙な哀愁を感じているところで、桜並木の通路を抜ける。

 目の前には件の図書棟。

 曲線を強調した外観は、モダンな雰囲気を抱かせる。

 図書棟という硬い響きとは裏腹に、建物自体は無機質な印象ではない。

 ここで僕が図書棟に来た理由を説明しておきたい。

 実はというと、僕はこの施設を利用しに来たわけではない。

 ではなぜわざわざ、遠くの、生徒もあまり来ない図書棟に来なければならないのか。

 それは単に、僕が図書委員なるものに所属しているためである。

 重ねて説明しておきたい。

 否、言い訳しておきたい。

 僕は、かつての文豪に思いを馳せる文学少年でも、毎日の勉学を絶やさない優等生でもない。

 プロフィールの趣味の欄に、読書となど恥ずかしくて書けないごくごく普通の生徒である。

 というのも、そもそも僕は望んで図書委員になったわけではないのだ。

 これには止むに止まれない事情があるのだ。

 図書棟というからには、当然の様に、他校よりもその規模が巨大である。

 その為、管理に必要な人材も多くなるというのは想像に難くないだろう。

 もちろん、司書教諭も存在するが、学校の主体は生徒であるため、その要因として多数の図書委員が必要となるのである。

 さて。

 本校では図書棟の円滑な管理・運営の為に最低必要な人員を定めている。

 では、その人員が、図書委員を務めることに強い意欲を持った生徒のみでは賄えない場合はどうなるか。

 もうお分かりだろう。

 半強制的に生徒を図書委員にしてしまうのだ。

 その標的になるのが部活動に参加していない生徒だ。

 例えば僕のような。

 図書委員は当直の日には放課後は下校時刻まで図書館に拘束される。

 部活動に参加している者からすれば大きな時間の浪費となる。

 そこで部活に時間を割くことのない生徒を選ぶというのは、理由とすれば極めて正しい論理なのだが、選ばれた方からすればたまったものではない。

 更に不運なことに僕のクラスの副担任が司書教諭を掛け持ちしている人物だったのだ。

 彼の立場上、図書委員を確保しないわけにはいかず、僕という存在を見つけてしまったからには勧誘せざるを得なかったわけである。

 僕はとは言えば、図書委員など畑違いもいいところで、当然のようにしずしずとお断りするつもりだった。

 しかし大の大人の懇願を無碍にすることもできず、なし崩しの形で承諾することとなった。

 ともあれ。

 特に本好きでもない僕は、そういった経緯で図書委員という肩書きを得たのである。


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