【バランスが取れてれば許されるというお話】
ペラリと、ページを捲る音がする。
誰もいないと思っていた我が家に誰かいたのかとリビングに入ると、そこにはニ週間ぶりに会う恋人の姿があった。
「あれ、聡さん、帰ってきてたんだ」
「ああ、一時間くらい前にな。おかえり」
「ただいま」
ソファーに腰掛けて本のページをめくる彼は、年末にもかかわらず一週間ほど出張に駆り出されていた。連絡もなかったので長引いているのだろうと思っていたのだが、大晦日には間に合ったらしい。
「なんか食べた?」
「機内で少し食べたが………」
よく見ると、年上の恋人はなんだか顔色が優れなかった。
「たっく………乗り物酔いするの分かってんなら食うなよ」
「腹が減ってたんだ」
ふてくされている恋人に、とりあえずはさっぱりしたものを作ることにする。
出張から帰ったばかりで疲れているからソファーから動かないのかと思っていたら、どうやら乗り物酔いで気分が悪くて動く気にならなかったらしい。
チラリと目を落とした革製のブックカバーの小説は、流行りの恋愛小説作家のラブロマンス。精悍な顔立ちと立ち居振舞いで課長職に就くスーツの似合う大人の男は、見かけだけはいわゆる「デキル男」だ。イメージだけが走っている気がするが。
彼の大好きなすっきりとした甘さのマスカットティーを出せば、まるでカクテルを飲むような優雅な手つきでグラスを口に運んでいた。
「……あんた。絶対見掛け倒しだよな。詐欺だ。」
「お前も人のことは言えないだろう。」
そう言われ、食器棚に映る自分の格好を見つめる。
ブリーチした髪に、左右あわせて五つのピアス。ちょっぴり長めの髪の毛はワックスで形を整えて、流行りのブランドTシャツを腰パンジーンズにあわせて着崩す。ジャラジャラと腕や首にはお気に入りのシルバーアクセ。最近増えた右手のリングはバイト代を貯めてようやく入手した。顔はどちらかというときつめの顔立ちで目が細くて、黙って歩いていても、怒ってる?とよく聞かれる。
そんな男が両手一杯に野菜やらなんやらを入れた袋、しかもマイバックを提げているのだから、たしかにミスマッチかも知れない。
「でも、聡さんのほうが酷いよ?」
革製のブックカバーに、この前二人で旅行に行った先で見つけた花を押し花の栞にして挟んでるなんて、会社の人は絶対に知らないと思う。
ホラー映画はCMでも嫌がるし、うっかりテレビでホラー番組を回してしまった日には一緒にお風呂に入ろうとせがんでくる6つ年上の彼氏だ。
「みんなの憧れの課長さんが、実はオトメンだって知ったら腰抜かすと思う」
「お前ほど見た目がチャラいくせに家事も万能で保育士資格と秘書検定も持ってるお前のほうが詐欺だろう。なんだっけ、中学生の頃、「私より女子力高い男なんて嫌だ」ってふられたんだっけ」
「…………抉るなよ人の古傷を」
平行線の会話を切り上げようと、料理に取りかかる。
30分後には、一汁三菜が並んだテーブルを二人で囲んでいた。もちろん俺の手作り。
「今日は、紅白見て年を越して、姫始めしたら初日の出だな」
「聡さんってほんとにイベント事好きだよな……。いいけど……」
ウキウキとしながら食事する彼氏に悪態をつきながらも、そんなに悪くないと思っている自分がいる。
「あ、でも姫始めってほんとは二日なんだよな」
「え、そうなのか?」
「うん。ちなみに男同士だと菊始めっていうらしいよ」
「そうなのか……ニ日なのか…」
「……もしかして、だから二日までやっちゃダメだと思ってる…?」
「え、いや、そんなことは……。ただ、それなら年越しHのほうがムードがあるかなと………」
「それ俺に宣言してる時点でムードも何もないとおもうけど」
相変わらずどこかズレた人だ。二人で並んでいるとどういった関係なのか分からない二人であるが、見た目はエリートとチンピラに近い。実際にはボケとツッコミも、面倒見る方とみられる方は逆であるが。まあ、セックスだけは体格差も大きいから俺が下だけど。
「ごちそうさまでした。………うわっ!」
綺麗に完食したお皿を片付けようとキッチンに入ると、いきなり聡がガバリと背中から抱きついてきた。
「な、なな。なんだよ急に、………んぅ!」
顎をとられて、強引に口付けられる。口腔内をぐちゃぐちゃと貪られ、身長差のせいで口の中に溜まった唾液をゴクリと飲み込む。
(やべ、力はいらねぇ……)
何せ顔を会わせるのも二週間ぶりなのだ。その間放置された若い身体は、情熱的な口づけであっさりとスイッチが入る。
「皿………落としそ……」
キスの合間に言葉を紡ぐと、俺の手から皿を奪って些か乱暴にシンクに置いた。
あんなに騒いでいたテレビのスイッチを切って、ソファーへと運ばれる。
「テレビ、いいのかよ」
「テレビより、君が食べたいよ」
「キザな男」
「ムード作りさ、協力してよ」
ふたたび口づけ。今度はゆっくりとした、なにかを与えるような優しい口づけだった。
俺はなんだかんだいってこの口づけに弱い。
「………しょうがねぇな。協力してやるよ」
腕を伸ばしてテーブルにあるリコモンを取って、部屋の電気を消してやる。
「今年もありがとう。来年もよろしくね」
「ああ、こちらこそ」
声を潜めて、耳元で囁く。
“愛してる”
そんな言葉に、顔が熱くなる。
………そーいうロマンチックなところは、嫌いじゃねぇよ。
end
おまけ
翌朝inベッド
「あああっ!」
「ん……どした?」
「初日の出!見損ねた!!」
「……別にいいじゃんそれくらい」
「良くないだろ!?一年に一度だけなんだぞ!」
「また来年もあるだろうよ」
「今年の初日の出は今年しか見られないだろう?」
「過ぎちまったもんはしょうがねぇだろ。ほら、初詣は一緒に行ってやっから、元気出せ」
「ううう………多分無理だよそれ…」
「は?なんで」
テンションを上げてやろうとせっかく提案してやったのに何が無理だ。とりあえず布団から出て朝日拝もうと起き上がって布団から降りると、
「~~~~~~~っ」
あまりの腰の痛さとダルさに座り込み、俺は聡を睨むことになる。
聡は新年早々、俺のご機嫌取りに奔走するのであった、まる。