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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

やがて彼等の歩みは伝説となる。

作者: まぁまぁ

世界は美しく、そして残酷だ。

けれど俺は、愛を叫ぼう。

この世界を構成する万物に。


昔々、創造神たるフェルドゥナは人と魔族とエルフに王を立てた。

一種族に、一人の王と一つの王国を与えた。


そして建国の祝いには一つの福音を授けると神は云った。


それに魔族は長命を、エルフは美しさを願った。

だが人は富めば心が貧しくなると答え、今のままでと願った。

フェルドゥナ神はそれを聞き、人の地で人を見守ることを約束した。

神の力を神器へと変えて…


『ガダルフェリアよ、祖はフェルドゥナのいとし子。

水清く、風優しく、焔強き、いにしえの地よ。

神に愛されし我が祖国よ。』  ガダルフェリア国歌より


ガダルフェリア聖国は、人の世でもっとも古い大国だった。


***


石畳で出来た回廊を俺達は走り抜けていた。

時折聞こえてくる怒声や剣戟の音に気を取られそうになる度、俺の手を引く騎士が俺の意識を引き上げてくれる。

揺らめく紅のマントを見詰めていた、騎士隊長のみ許された真紅のマント今は所々無残に切り裂かれている。胸が痛い。哀しいのか。この手の暖かさが切ないのか。胸が痛い。


 どこまで宮殿の奥の間へ進んだのか意識が曖昧で、鼻は物が焼ける臭いでとうに効かない。いつの間にか俺を守護する近衛騎士も一人減り、二人減り、最後に俺の手を引く隊長のライウェルだけが残った。

彼だっていたるところに傷が出来ている。

皆が皆、俺を逃がすために無謀にも敵へと向かっていった、さっきから涙が止まらない。

耳に残っているのは、生まれた時から親しんだ騎士たちの声だ。


『魂にかけて王太子殿下に忠誠を誓います』


騎士が死地に向かう時、″最期の忠誠の文言″は王族にだけ捧げられる。

散り散りになった王族はどうなったのか、俺は知る術がない。


***


どれほど走っただろう、何の前触れもなしに先を走っていたライウェルが立ち止まり、俺は危うく彼にぶつかりそうになった。


「シュイ殿下、ここが最深部の黎明の間です」


 玲瓏な声で呼ばれる自分の名が、誰のものか一瞬分からなかった。いつの間にか回廊は終わりを告げて、城の最深部に位置するカタコンベの様な、ささやかな祠の前へ来ていた。

だが此処こそ、この国で最も聖なる場所であると俺は知っている。古びたフェルドゥナ神の像と、その手から湧き出す水が注いでいる石の器。そしてその中に沈んでいるのは、


「三種の神器の一つ剣をお取りになって下さい」


 続けられた言葉に俺は視線を上げて、神像に近付いた。水の中には銀製の精巧な剣があった。

剣と玉と鏡で三種の神器。

フェルドゥナがその神力を神器に変えたとされるガダルフェリア聖国の宝だ。


水音と手に冷たい水の感触がして柄を握った瞬間、体がふわっと光に包まれた。

その瞬間に剣の柄に埋め込まれた真白の宝石が青に…俺の瞳の色に染まる。


「継承は為されましたっ」


 ライウェルの声が聞こえたと同時にドオオオオンッッという大音響と共にすぐ側の壁が崩壊した。そしてそこから顔を覗かせたのは、


「此処にいたのか王太子様」


妖しいほどの美しい容貌で漆黒の髪と紅い瞳の魔族だった。まだ青年のような容貌だが魔族は長命だから年齢は分からない。血塗れの剣と漆黒の服にこびり付く赤黒いものに瞬間的に頭がカッと熱くなる。だが俺たちの間に立ち塞がったのはライウェルだった。


「此処は俺が引き受けます、貴方は神器を持って、床の転移装置の上へっ」


 真紅のマントが視界にはためく。

その背中はいつも大きくて、胸が痛い、俺がもっと強かったら良かったのに。


「お前も一緒だっ」


 微かに微笑んだ気配がした。

背を向けられているのに、なぜかライウェルが微笑んだのが分かった。


「何言ってるんですか俺も行きますよ、貴方が行かないと俺だって逃げられないじゃないですか」


 いつものおどけた調子が彼の優しさと俺は知った。

俺はその言葉に魔方陣へ足を向けた。


「そう簡単に逃がすかよっ」


 その瞬間、視界の端を銀の輝きがよぎって、繰り出された俺への剣戟をライウェルは難なく受け止めていた。そうだ彼はこの国一番の騎士なのだ。

近衛騎士の誉。俺の幼馴染。俺の騎士。


「貴方は生きなければならないっ」


ギリギリという鍔迫り合いの合間に、そう叫ばれて、俺は凍りついていた体を神像の前の床に描かれていた魔法陣の上へ滑らせた。それをライウェルは安堵したように微笑んで、目の前の魔族を渾身の力で払いのける、甲高い音が響いた。その一瞬、


「風よ、いとし子を運ばせたまへ」


 古代ルーン語でライウェルが発動した魔術に俺は自分の浅はかさを理解した。

なぜお前が其処にいる、やめろっこっちに来いっと縋りつく勢いのままに陣から飛び出そうとする。けれど発動した魔法陣に閉ざされてしまう。声すら届かない。


「いやだあああああっ」


焼き付くような優しいブルーアイズに俺を映す騎士の姿とは隔たれ、転移装置が作動し部屋全体の魔力が高まる。

やめてくれ俺一人生き残ってどうする。

これが最後になるだろう俺の騎士の名前を叫んでいた。


「ライウェル!!」


さっきから涙が溢れて止まらない。逝くな、逝くな、逝かないでくれ。

そんなに優しく笑わないでくれ、これは悪い夢だ、誰か早く俺を夢の淵から掬い上げて。


だが俺の意思に反して緊急転移装置は俺を王宮の裏手にある崖へ飛ばした。

体に感じる僅かな浮遊感で王宮の最深部から草地へと投げ出されたことが分かった。伏した体から少し顔を上げると燃え盛る祖国が視界に飛び込んできた。


空が真っ赤に染まって炎が轟々と燃えている、熱せられた風が頬をなぶる。

王宮を飛び交っている炎を撒き散らすドラゴンの群をただ呆然と見詰めていた。

指先が氷のように冷たくて、感情が何も浮かんでこない。

絶望だ。


『ガダルフェリアよ、祖はフェルドゥナのいとし子。

水清く、風優しく、焔強き、いにしえの地よ。

神に愛されし我が祖国よ。』


国が燃える。


そして頭上で羽音が聞こえたかと思うと、一匹のドラゴンが死のカギ爪を振り上げて俺の元に降り立つのがわかった。けれど、俺の壊れた心はこの事態ですら僅かに軋みを上げるだけで事態が分からない。俺は死を受け入れようとしているのだろうか。

否。

死にたくない。

死にたくない。

死にたくない。

俺を逃がしてくれた父や騎士達やライウェルに申し訳が無いではないか。

でも体が動かない、動かないのだ。

頭上でドラゴンのくぐもった声が降ってくる。


「神に愛されし古のガダルフェリア聖国、最後の生き残りがこんな小僧一人とは哀れな」


 知能の高いドラゴンは言語を操るというのは本当だったのかと、俺は呆然と思う。


「すぐ楽にしてやろう、そしてこの国は滅亡する」


滅亡、国が滅ぶ、根絶やし、俺が最後。

こんなことは悪い夢だ。ドラゴンの爪が俺を切り裂こうと振ってくる。

けれど声がした、


貴方は生きなければならない


 精一杯だった自分でもどうやって切り抜けたのか分からないぐらい、気付けば俺は手に握り締めていた神器の剣を抜いて横に転がっていた。剣身から淡い光が立ち上がり、古代ルーン文字が浮かび上がっている。


体勢を整えてドラゴンを見据えると今まで俺がいた地面が大きく抉れている。ドラゴンの大きな口が禍々しく歪められたのが分かった。


「忌々しい、その神器っ」


 だがそうでなければ面白くないと云いドラゴンは笑う。

その哄笑と共に空に炎を撒き散らした。

その上空にはこの騒ぎを嗅ぎつけた何体ものドラゴンが集まってきていた。

 絶望、けれど脳裏にあの蒼のライウェルの蒼天のような瞳がちらつく。


貴方は生きなければならない


「俺は生きなくちゃいけないんだっ」


涙はいつの間にか止まっていた。


***


昔々、創造神たるフェルドゥナは人と魔物とエルフに王を立てた。

それぞれの建国の祝いに一族に一つ福音を授けると神は云った。

すると魔物は長命を願い。エルフは美しさを願った。


最後に残った人は富めば心が貧しくなると答え、今のまま足りていると答えた。

それに感じ入った神は、神の力を神器に宿し、人を見守ることを約束した。

ガダルフェリア、神に愛されし国。


「我が血に応えよっ大地よっ」


 ドラゴンの放った灼熱魔法を大地の障壁で無効化する。その熱にチリッと肌が焼かれるが、気にしなかった、してる暇が無かった。

ドラゴンの刃のような怜悧な長い尾が曲がって背後から俺を串刺しにしようと迫ってくる。防ぐことも、完全に避けることも出来ないだろう、俺はそれをひねってかわそうとした、だが強靭な尾についている針が太股に微かに掠った。

 「ぐっ」

だが止まっている暇は無かった。俺はそのままの勢いで地面に尾を突き刺してしまい、無防備に腹を晒しているドラゴンの裏へ素早く回り込み、その体を蹴り上げ、宙へ飛び上がると剣を思いっきり胴体へと突きたてた。

紫の血しぶきが噴きあがり、不快な血臭が纏わりつき耳を劈く絶叫が木霊した。


人の声のような、獣の鳴き声のような絶叫。


 更に剣を深く抉って、心臓まで突き刺した。

正常じゃない、ほとんど狂気に近かったかもしれない。ドオンッと地響きを立てて動かなくなったドラゴンの死体を俺は無感情に見詰めていた。

暫らくして、また羽音がした。上空を旋回するドラゴンの数に心が押し潰されそうだ。でも諦めたくなくて俺は足を庇いながら剣を構える。その時だった、視界の端を漆黒の影がよぎった。


「目を閉じてっ」 


 その凛とした声をどこかで聞いた事があると想った。反射で目を閉じると瞼の裏を焼くような閃光が俺を襲った。


 「つっ」


 唇を噛んで耐えると、隣りでまた声がした、懐かしい、泣きだしたくなる声。


 「だから言ったじゃないですか、俺も行きますよって」


 やわらかな熱にぎゅっと抱きしめられるのが分かる。

思わず目を開けると、目の前には青い空のような瞳が飛び込んできた。

白金の髪を風に遊ばせて、優しく微笑む。俺の…


「ライウェル!!」


思わず幼子のように抱きつくと、頭上から響くのは「はい」という返事だった。

そしてライウェルは俺をまたぎゅうっと抱きしめると耳元で囁く。


「急いで離脱します殿下。申し訳ございません。

 フェルドゥナの名の下に、地を結べ、風を呼べ、いとし子よ」


 古代ルーンの上級魔法、処渡りだと思う間もなく、僅かな浮遊感と共に俺は祖国を後にした。

家族も、民も、国の全て、王族たる意味すら全てを失い。

俺は…敗北者であり、逃亡者だった。


そしてライウェルは俺に言った。

聖国の側にある古のエルフの遺跡・ストーンヘンジで。

「三種の神器を集め、聖国を再興する旅に出ましょう」と。


神器は神器を呼び合う。

神器はそれ自体は強力な武器である。

だがそれだけでなく神器の元に集う人々、神器と王太子に希望を見いだす人々の想いは、やがて巨大な力となりましょうと。


そして俺はライウェルの手を取った。


***


闇が深く、希望も潰え、光が消え去ろうとしていた時代。

国を滅ぼされた一人の王族と一人の騎士は、あてどない旅に出る。


人を集め、魔を祓い、人の世に光を灯す旅に出る。


やがて彼等の歩みは伝説となる。

それは今はまだ彼ら自身すら知らぬことである。


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