過去のトラウマ
「降下地点まで残り十五分、降下要員はAWに搭乗してください」
輸送機のパイロットのアナウンスが狭い与圧貨物室に響く
AW二機が土下座のような姿勢で固定されてる貨物室では
既に相棒のキーパー4がAWの最終確認をしていた
「今回もいつも通りに終わらせて帰ろうや」
「そうだな、そしたらまた一緒に基地のバーで飲もう」
と少し陽気な声が返ってきた
「じゃあ、次に直接会うのは基地に帰ったときだな、楽しみにしてるぜ」
と俺は自分のAWに戻っていった
「降下地点まで残り五分、降下要員はAWの降下準備を完了してください」
輸送機の後部ハッチが開き、風が轟音と共に吹き込んでくる
「キーパー4、降下開始」
相棒のAWが機外に放出され、パラシュート降下を開始する
「キーパー3、降下開始」
後ろに引っ張られる感覚と共に機体が空中に投げ出される
関節のロックがはずれ、各部が展開されていく
パラシュートが開いたのを確認すると眼下に展開されている戦闘に目をやると
ガンシップが自分たちの降下を援護するために地上に砲撃を加えていた
「米国機甲降下兵団の実力を示せ、戦果を期待しているぞ」
「サーイエスサー!」
無線による作戦指揮官が檄を飛ばし、作戦は開始される
ソマリアに巣食う海賊とイスラム系テロ組織の拠点同時襲撃作戦
近年過激さを増すソマリア海賊とその背後にいるイスラム系武装組織の拠点を叩き
ソマリア近海の安全を確保する
聞こえはいいが実際はこの作戦を成功させ、国際社会への示威をすることで
国際社会での米国の復権を果たすというものだった
降下兵団のAWは全機パラシュートを切り離し、地表面付近で逆噴射により軟着陸し、ローラーダッシュで目標との距離を詰めていく
テロリストの拠点は荒野の中に野戦砲や塹壕など、ちょっとした要塞のようなモノだった
「今時のテロリストはすごいなあ、自走対空砲まで持ってやがる」
「RPGに注意しろ!AWの装甲では防ぎきれんぞ」
「野戦砲を食らうな!死ぬぞ」
鋭角ターンを描きながら次々と武装組織の拠点へと殺到していく
「こちらスプーキー、野戦砲を葬るぞ、巻き添えを食うなよ」
無線での合図とともに105mm榴弾砲が次々と前方の野戦砲を喰っていく
「GOGOGO!」
防衛に出てきた敵AWが手持ちの機関砲を撃ってくるのを回避しつつ
30mm機関砲を応射する
数機からの同時攻撃を受け、敵AWは爆散した
拠点に侵入する頃には抵抗は微々たるものとなっていた
「表の抵抗の割には拍子抜けだなぁ」
「きっと最初の援護射撃で全員逃げたんだろうぜ」
「こちらスプーキー、上空から逃走するトラックとテクニカル群を確認した、追撃し、捕獲か撃滅せよ」
通信が入ると同時に拠点の残敵の掃討班と追撃班に分かれ
キーパー小隊とコブラ小隊が追撃に入った
「こちらキーパー1、追いつくには時間がかかる、上空から足止めできるか」
「スプーキー、了解した、遅滞射撃を開始する]
上空のガンシップからガトリング砲による威嚇、遅滞射撃が実行されるが
効果は薄く、被弾にも構わずひたすら敗走する群団を止めるのは不可能だったため
上空からガンシップの砲撃により撃滅された
結果としてテロリストの撃滅に成功はし、ソマリアへの武力介入に成功した事による米国の示威行動はソマリア沖の安全確保という大義名分の元に支持された
この後もテロリストは各地で敗走を重ね、暫定政府軍よりモガディシオを奪還し
篭城作戦を決行するに至った
モガディシオ攻略は失敗に終わった
AWや装甲車を突入させ、一気に制圧を試みるという順番で作戦は進んだ
モガディシオ市内での戦闘は苛烈を極めたが次第に抵抗は下火になっていった
しかしそれは恐怖の始まりの合図でもあった
「ダメだ、格が違いすぎる」
「なんだこいつら、尋常じゃない強さだ」
「アロー小隊が全滅!?そんな馬鹿な!」
「狼のエンブレムの奴に気をつけろ、近接戦を仕掛けられたら終わりだ」
無線は怒号と悲鳴の濁流となって鼓膜を震わせる
既に突入した三個中隊のうち一個中隊との連絡が途絶していた
キーパー小隊は、お互いの死角をカバーし合いながら市内から脱出を試みていた
上空を飛んでいた無人機は既に撃墜されていた、データリンクもECMによって使えなくなっていた
残り市街地の端まで残り1kmを切り、最後の大きな十字路に差し掛かった時
ビルの影から黒い影が飛び出してきた
その影が砂漠色のAWと気づく間にキーパー2が切り裂かれていた
「くそったれが!」
キーパー1が手持ちの30mmチェーンガンを乱射しながら
足裏のローラを起動して砂漠色のAWに切り掛かろうとした時
そのAWは機体を屈め、キーパー1のナイフを避け、それと同時にキーパー1の脇腹を切り裂いていた
その時にはっきりとそのAWの肩に狼のエンブレムが描かれているのが見えた
砂漠色のAWの頭部がゆっくりとこちらを向き、正面から相対する形になった
手にぶら下げているククリナイフ状のモノからは赤黒い液体が滴っていた
「よくも、よくも、よくも、よくも、よくもぉ!」
キーパー4が悲鳴とも叫びともつかない声をあげ、突進していく
「馬鹿!ソイツにお前は勝てない!」
そう叫びながら30mmチェーンガンで砂色のAWを牽制する
確信のようなモノが自分の心の中を占拠していく
「ダメだ、こいつには勝てない、次元が違いすぎる」
そう呟く間に突進したキーパー4はすれ違い様に左腕を持っていかれ、転倒した
砂漠色のAWは無慈悲に倒れたキーパー4の背中に手持ちのククリナイフを突き刺すともう一本のククリナイフを抜刀した
俺は撃ち尽くしたチェーンガンを投棄すると、AW用ナイフを抜刀し、間合いを取った
まともに切り合えば殺される、、そう勘が叫んでいた
市街地を抜け、安全地帯に入るには砂漠色のAWのいる道が最短ルートだったし、
元来た道を引き返すのは自殺行為に等しかった
砂漠色のAWも中々攻めてこない、まるで自分の背後に自分の目的地があると知っているように
覚悟を決め、ローラーを起動し、砂漠色のAWに突進する
右手を振りかぶり、すれ違い様に斬りつけるような体勢をとる
砂漠色のAWも左足を引き、構え、刺突する
その瞬間に横にステップし、左腕にククリナイフを食い込ませ、胴体に格納してあった対人跳躍地雷を射出する
砂漠色のAWは手のナイフをもがれ、破片の雨をもろに浴び、一瞬動かなくなる
その勢いでその場を全力で逃走する
市街地をでるまでの間、追いつかれた時の対処だけを考え、逃げた
結局この時の戦いで生き残れたのは俺一機だけしかいなかった
この日の作戦は完全に失敗に終わり、AW部隊を失った米軍は戦力の立て直しをせざるを得なくなった
米軍は二週間後、再度戦力の投入をはかり、モガディシオを解放する事に成功した
しかしその時には既に砂色のAW部隊はいなかったらしい
その後、国連の援助による暫定政府の統治が始まりソマリア近辺の事情は一時的な回復を見せた
「・・・とまあこんな所だな」
話し終える頃には夜中になっていた
「そうか、そんな事があったか」
どこか遠くを見るように隣に座っていたソフィアが呟いた
その声はどこか過去を懐かしむような感じがした
「ありがとう、早く寝なければ明日に響くぞ」
「ああ、そうだな」
それだけの言葉をかわすと自分の個室に戻っていく
瞬いている星がいやに明るく見えた
翌日は輸送護衛も無く暇な一日、のはずだった
「5分で機体を立ち上げろ、逃げるのは許さないからな」
そう言うとソフィアは自機を起動させ、格納庫から出て行った
自分の目を疑いたかったが、そんな余裕はなかった
AWの起動を終わらせ、彼女に追いつく、拠点から3kmほど離れた場所に彼女はいた
よく見れば彼女の機体は砂漠色で塗装し直されていた
彼女は訓練用の模擬ナイフを取り出すと
「さあ、こい!」
それだけを口にして一気に踏み込んできた
下がろうとするが一瞬反応が遅れた
無様な塗料の跡が一筋、胴体に刻まれる
それから数回、似たような事を繰り返すうちにだんだんと”あの時”の光景がフラッシュバックしてくる
鼓膜に刻まれた悲鳴と怒号の濁流、網膜に刻まれた戦友の死、すべてがまとわりつくように甦ってきた
だんだんと動悸が激しくなっていくのが自分でも感じ取れた、AWの操縦だけにしては異常すぎる汗と興奮、息が自然と荒くなっていく
そして彼女の攻撃の雰囲気は、あの狼のエンブレムとものとどこか似ている気がした
十数回を越したところで装甲には無様な塗料の跡が幾筋も刻まれていた
「やる気があるのか?これが実戦なら既に十回以上死んでいるぞ」
彼女の声は無線越しにでも分かるぐらいに焦りといら立ちと失望が含まれていた
「所詮この程度なのか・・・」
そう呟くと彼女は無線を切り、手に握っていた模擬ナイフを格納し
代わりにその手にククリナイフ状の実戦用のナイフを握らせた
そして無言の踏み込み、全力で後ろに下がるが装甲に一条のくぼみができる
頭の中でレッドアラートが鳴り、本能が敵との距離を取らせる
こちらも模擬ナイフを捨て、実戦用ナイフを取りだそうとする、が、格納されていない
全身が一瞬で冷え、目の前がホワイトアウトする
しかし今止めにすると言ったところで聞き入れてもらえる気がしなかった
一発一発を必殺として打ち込んでくるソフィアの攻撃をいつまで回避できるかもわからない
「こんちきしょおおおおおおおおおおおおお!!」
頭の中で何かがキレる音がした、ソフィアの踏み込みを確認するとまっすぐに突っ込む
ソフィアは何も躊躇わずにこちらに向けて刃を振り下ろす
その手首を掴む、一瞬、ほんの一瞬だがソフィアの反応に迷いがでた
それを利用する以外に道は無い、ソフィアの機体、それの頭部にあるセンサに向け、右の拳を振り下ろす
機体のバイタルがマニュピレーターの破損を示す、しかし構わない
更に脚を払い、体勢を崩させる
「こんのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
とどめと言わんばかりに圧壊した右手でもう一発殴る
ソフィアの機体は完全にバランスを崩し、沈黙した
全身から力が抜け、安堵が全身を包み込む
無線から急に社長の声が聞こえた
「はい、そこまで!今までの経緯は大体聞いたし、今の戦闘もモニターさせても らったよ、あとで始末書だして置いてね、あとの処分はまた後日ということで」
言いたいことだけ言い終わると社長は通信を切ってしまった
浅くため息をつく、今はソフィアよりも始末書を書く手間の方が心掛かりだった
談話室にはキーボードを叩く音だけが響いている
マニピュレーター、装甲板、頭部カメラ、その他諸々、これだけ壊せば一年分の給料を出してもまだ足りないぐらいだ、それなのに結局処分は二ヶ月の減給、それだけだった
彼女曰く
「AW乗りは貴重なのにわざわざ解雇する訳にはいかないけど、やった事にはけじめを付けないとね」
らしいのだが明らかに軽過ぎる
「考え過ぎならいいんだけどなぁ」
そうぼやきながらコーヒーをすする
横ではソフィアが無言で始末書を打っていたが、慣れていないのか画面とにらみ合いながら四苦八苦していた
「ありがとう、お前のおかげで何か吹っ切れたよ」
彼女は一瞬驚いた顔をしたがすぐにいつもの真顔に戻ると
「当たり前だ、あれだけやって何もなければ骨折り損のくたびれ儲けだからな」
それだけ言うとまた始末書と格闘していたが、一瞬だけ頬を緩めると
「そうか、なら良かった」
と呟いてた
一週間に一話ぐらいの更新を目指して