第三十話 ~勇者の迷いと精霊の巫女達の想い~
精霊王と、エレナの体に宿ったカトレイア
はしばらくの間抱き合っていた。
二人のその姿はまるで、長らく離れていた
恋人同士がようやく会えたかのようだった。
よう、ではなくそうなのだろう。
体はエレナであっても、あの少女カトレイア
と精霊王は想いが通じあっていたのだから。
ルークは彼女自身ではないと頭では分かっ
ていたけれど、ショックのあまり口も利けな
い状態だった。
カストルもビショップも呆然としてしまっ
ていて、そんなルークに構っている余裕はな
いようだ。
と、いきなり精霊王がふらつきながら彼女
から身を離した。
彼女の手には、血がついたナイフがいつの
間にか握られていたのだ。
カトレイアの目に涙が溜まっていた。
エメラルドグリーンの瞳が、まるで宝石のよ
うに濡れた雫で光って見える。
「ごめんなさい、こうするしか……こうする
しかなかったの!!」
悲痛な叫びがその場に響き渡る。
ナイフから垂れ落ちた鮮血が、ぽたりぽたり
と滴って彼女の白い手を汚した。
「カトレイア……」
「来ないで!!」
なおも近づこうとする精霊王に、カトレイア
は悲鳴のような声を上げてナイフを振り回す。
精霊王は衝撃を受けたように、愛しい少女へ
と伸ばした手を止めた。
「裏切るのか、カトレイア……」
「裏切ったのはあなたよ!! わたしは言った
わ!! 村の人達を殺すのをやめてって!!
それに、私は一度だって生き返りたいなんて
言ってない!! どうして分かってくれないの
……!!」
カトレイアは血のついたナイフを放り出すと、
その場に泣き崩れた。精霊王は動けない。
いや、動けないのだろう。迷うように泳がさ
れたその瞳は、悲しみに曇っていた。
ルークはその瞳に、今度は違う衝撃を受けた。
精霊王なんて、人の心など分からない悪人だと
彼はずっと思って来た。
だから、平気な顔でエレナを攫い、彼女を犠
牲にしてかつての恋人を生き返らせようとして
いる、と。
しかし、愛した少女の裏切りに悲しみ、彼女
のために奮闘している彼は、とてもそんな人物
には見えなかった。
(精霊王は、俺と同じなんだ……)
もし、エレナが死んでしまい、精霊王と同じ
立場に立たされた時、自分ははたして正気でい
られるのだろうか。
さらに、自分が見も知らぬ他人の命で彼女を
生き返らせられると知ったら?
その力を持っていたら?
「俺……俺、は……間違ってた、のか……」
力が抜け、ルークはその場にへたり込んだ。
しかし、その手が振れたのは冷たい床ではなく、
温かく柔らかい手だった。
「……違うよ。ルークは、間違ってなんていな
い。精霊王の戦う理由も、想いも僕達は分かっ
た。でも、だからってお姉ちゃんを諦めるの?」
それはビショップの手だった。
どことなく弱弱しく見える手は、今力強くルーク
の手を握っていた。
痛いほどの力が込められたその手が、彼の心中
を語らずとも語っている。
「でも、俺はあいつの想いが痛いほど分かるんだ
……。もし、エレナを失ったら俺だって……!」
「――馬鹿! 見損なわせないでよ!」
ビショップに握られた手に、カストルの二人よ
りも小さく華奢に見える手が重なった。
「あんたの想いは、そんな物なの!? 確かにあの
人はお姉ちゃんを大切に思ってた……お姉ちゃんも、
きっと……」
カストルは歯を噛みしめて、必死に泣こうとする
のを防いでいるように見えた。
ビショップがはっとして何事か言おうとするけれ
ど、結局止めて静かに彼女を見つめる。
「でも、お姉ちゃんはそんな事望んでない! あの
人は悲しみで目が曇ってる! だから、だから……っ」
「カストル……」
「負けないでよ、ルーク! 君はお姉ちゃんのためにず
っと頑張って来たじゃない! 怪我しても、何があって
も諦めずにここに来たじゃない! ルークは――僕のお
兄ちゃんは、お兄ちゃんの想いは誰にも負けないって僕
信じてるよ!」
「ビショップ……」
このまま、帰った方がいいかもしれない。
エレナの事を諦めて……。そう迷ってしまいそうになっ
ていたルークは、ビショップとカストルの言葉で戦う気
力を取り戻した。
カストルは今にも泣きそうな瞳で、いっそう強く二人
の手を握りながら微笑む。
「それに、倒すんじゃないよ。救うんだよ。お願い、
ルーク。一緒にお姉ちゃんとあの人を……助けて」
「……分かった。俺は、もう迷わない。エレナを助けて、
精霊王達も助ける」
ルークの手がカストル達から離れ、その手はしっかり
と武器を手にして立ち上がった。
細い肩を震わせ、彼への想いを必死で呑みこもうとす
るカストルを黙ってビショップが抱き寄せる。
いつもの彼女ならば、殴るか抗議の声が飛び出しただ
ろうが、抵抗は一切なかった。
代わりに小さな「馬鹿」、という声がビショップの耳
をくすぐるように微かに響くだけだった。
負ける訳にはいかない。その意思を全身に巡らせて、
ルークは睨みつけるように一歩前へと踏み出した――。
以前の執筆では書いていなかった
のですが、今回は精霊王も歪んで
しまっただけで、冷酷なだけの
人ではなかった、という部分を
強調しました。
強い想いが歪み、こうなって
しまっただけでルーク達と元は
変わらなかったという事ですね。
今回は彼も自分と同じだと
気付いたルークの迷い、そして
仲間達の想いを書いてみました。




