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第二章: 再会

「えらい騒ぎだな、こりゃ」

 地球連邦日本州長野地区、佐久市。

 悠久の過去より噴煙を上げ続けている、浅間山の南に位置する閑静な土地にポツンと建つ母方の実家で、北斗は立体テレビに映し出される大騒ぎを他人事(ひとごと)の様に眺めていた。

 約10年の長旅を超えてエレメント・トンネルの片割れを新太陽系『希望(フォーチュン)』に設置し、第一太陽系(ファースト)へと凱旋してきた第一次外宇宙探査船団旗艦『はやぶさ』のクルーは英雄として迎えられ、地球を始め第一太陽系に散らばって暮らす人類全体がお祭り騒ぎになっている。

 人類史上初の快挙となる外宇宙探査船団の帰還。それも極秘に進められていた、他銀河との超空間接続装置設置と言う任務を完遂して、の。

 旗艦はやぶさがエレメント・トンネルから姿を現した瞬間、連邦地球政府によって解禁されたその情報は第一太陽系の隅々にまで駆け巡り、人々を熱狂の渦に叩き込んだ。

 そして、船団総長兼旗艦艦長である天元命を始め、はやぶさのクルーは地球到着と同時に大量の報道陣に取り囲まれたのだ。

 そのあまりの過熱ぶりに、予想していたこととはいえ、滅多なことでは表情を変えない艦長の天元でさえ若干困惑気味になっている。

 はやぶさの着水港である日本州北海道地区・択捉(えとろふ)島の中央に位置する単冠湾(ひとかっぷわん)周辺の海と空は報道陣のヘリや飛行機や船などで埋まってしまい、出迎えに赴いた連邦地球政府の現総代表、ムガベ・ンドルワの乗機が着陸するのに支障が出るほど混乱を極めていた。

「やあ、総長が汗かいてら」

 立体テレビを見ながらずずずと渋茶を啜り、実にのんきな事を言っている北斗だが、本来ならば船団防御指揮官と言う要職に就いていた彼自身もその中で揉みくちゃにされている筈だ。

 画面の中では、珍しく額に汗を浮かべた天元が船団各ブロックの代表者を紹介し始め、防御ブロックの代表者として、白に青い縁取りの入ったスカートスーツに身を包んだパトリシアが颯爽と現れると、報道陣からどよめきが起こった。

「おお、やっぱ見栄え良いよなパティは。俺みたいなむさいおっさんが出るよりも印象が段違いに良いだろ」

 腰まで伸びた淡い色合いの金髪を水色のリボンで結び、端末を手に防御ブロックの報告を行うパトリシアはとても様になっている。

「うん、上出来上出来。後でなんかご褒美あげよう」

 相変わらず気楽な事を言いながら、北斗はお茶請けのせんべいをバリっと噛み砕きズズズと茶を啜る。

 本来なら、そこに立っているべきなのは北斗である。

 だが北斗は、報告やインタビューを全て防御管理副官(ディフェンスオフィサー)であるパトリシアに放り投げた上、着陸準備の喧騒の中でどさくさに紛れ、はやぶさが日本州長野地区上空に到達した時、個人所有の旧型インター・セプター、CX‐V1E『ウイング』で単身離脱し、故郷である佐久へと一足先に帰って来てしまったのだ。

 もちろん、完全に無責任に放り投げたわけではない。天元総長(おやぶん)の許可も取り、文句タラタラだったとはいえパトリシアにもちゃんと引き継ぎを済ませて来ている。

 なにより、北斗が10年前に調査船団に乗り組む時、

『決して表には出ずあくまでも裏方に徹させてもらう』

 と言う条件を天元と連邦地球政府の外宇宙探査ブロック総責任者に飲ませていた。そして、帰還時に発生するであろう公の場での対応については、副管理官に全て任せる事になっていたのだ。

 もっとも、当時の予定では幼かったパトリシアが防御副管理官になり、北斗の代わりに帰還報告の場に立つ事など全く予定も予想もされていなかった、が。

 だいたい、北斗にとっては防御指揮官などと言う大仰な肩書きも不要だったのだが、全く未知の世界への旅であったため、予測も付かないような敵性物体との接近遭遇及び防御戦闘時の指揮権は絶対に必要と感じ、受けざるを得なかったのだ。

「だから、俺は悪くないんだぞ、パティ」

 北斗は、スラスラと報告をこなすパトリシアの額に浮き出た青筋が自分のせいだと悟り、画面に向かって言い訳がましく呟いた。



 今から10数時間前。

 北斗がはやぶさから離脱するため、船体最下部最後方に位置した第四補助格納庫に収容されているウイングに乗り込み、各部のチェックを済ませた時。

「北斗っ! 敵前逃亡は銃殺だよ!」

 まさか指揮官たる身の北斗がこんな所で艦から離脱するとは夢にも思わず、さすがに戸惑った防御ブロック整備員から連絡を受けて駆け付けて来たパトリシアの怒声が格納庫のスピーカーからキンキンと響いた。

 パトリシア自身も、到着後の報告を代理で行う事は渋々ながら引き受けたものの、到着前に北斗が単独で離脱する事など知らされていなかったのだ。

 スピーカーから響いたパトリシアの怒声に、おまえはいつの時代の人間だよと北斗は笑った後、

「ボナパルト防御副官、貴官は誤解している。小官の行動は戦略的撤退であり、決して逃亡などではない。先ほど申し送ったように、以後全ての外務処理は貴官に一任する。なあに、なんか有ったら最終的な責任は俺が取るから気楽にやってくれ。今度メシ奢るよ。では、後は任せた!」

 などと言いたい事だけ言って、パシュンと開いた最終(デッド)ハッチからヒラリと宙に飛び出した。

 そして、ギャーギャーと喚くパトリシアを後目に北斗の駆るウイングは一気に加速して雲海に呑まれ、あっという間に見えなくなってしまった。

「ばかあっ! ごはんくらいで誤魔化されないんだからねっ!」

 残されたパトリシアは、顔を真っ赤にしてやり場の無い怒りを可哀想な制御室の壁にガンガンとぶつける。

「はーっ、はーっ……まったくもうっ!」

 北斗が消えた後、隔壁制御室でしばらくフルフルと怒りに震えていたパトリシアだったが、ふう、と大きく息を吸い、

「北斗の、ばか……」

 寂しげに呟き、ぐすんと一度だけ鼻をすすり。

「さあて、バカのせいで忙しくなっちゃうな!」

 そう言うといつも通りの元気さを取り戻し、ブリッヂへと向かって歩き出した。



「いやあ、本当逃げといて正解だったな。あんな場所に立つくらいなら、白色彗星の中に突入する方がよっぽどマシだろ」

 無精ひげの生えた顎をジョリジョリと撫ぜながら、パトリシアの真っ赤な怒り顔を思い出し北斗は苦笑する。

 その時、質疑応答を終え、次の報告者と交代するために後列に退がろうとしたパトリシアが、段差にでも突っかかったものか盛大にすっ転び、短いスカートの中のショーツを見事にご開帳してしまった。

「ふむ、白に苺プリントか。アイツはいつも白だな。こんな時くらいもっと大人っぽいの履けば良いのに。黒とか、紫とか」

 やれやれ、と言った顔で呟き、画面の中で必死にスカートを押さえ半泣きとなっているパトリシアの顔を面白そうに眺めていた北斗の背中に、

「北斗、ごはんが出来たからテーブルを出しておくれ」

 と穏やかな声が掛かる。

「あいよ、ばあちゃん」

 北斗が振り向きながら答えると、そこには北斗の実祖母、巳桜かゑでが旨そうな匂いを漂わせる大きなどんぶりを持って立っていた。


 北斗にとって、母方の祖母となるかゑでは今年八十八歳の米寿を迎えるが、ボケる事も腰が曲がる事も無くピンシャンしている。

「おお、夢にまで見たばあちゃんの肉じゃが! また食えるなんて思わなかったよ」

 今にもヨダレを垂らしそうな北斗がかゑでからお椀を受け取り、小さめのジャガイモをひょいとつまみ口に放り込む。

「あっち、うっま、あっちち!!」

 そんな孫の様子を見て笑いながら、かゑでは台所に戻っていった。


 かゑでの家は、古きよき時代の農家の面影を色濃く残す堂々としたつくりの家で、北方に活火山である浅間山を背負った広大な農地の中にポツンと建つ一軒家である。

 敷地の廻りをぐるり、と取り囲む高い土塀の中の庭には、林と言うより小さな森に近いほどの木立、樹齢数百年を数える巨大な桜や杉の木、そして季節には美味しい筍をたくさん生やす竹やぶが茂り、また農業用水を引き込んだ小川とその水を貯める池まで有る広大な屋敷だ。

 廻りを囲む土塀の南東角に位置する正門を潜り、数10メートル歩いて辿り着く母屋の引き戸の玄関を開けると正面には広い土間があり、そこから左手に続く長い縁側からは遠く八ヶ岳、北アルプスの一部までも見渡せる。

 こんもりとした竹やぶの中心には、紅い鳥居と小ぶりなお社が鎮座し、さらさらと水が流れ込む池にはアマゴやウグイが泳ぎ、天気の良い日には亀が池の中心の石の上で日光浴をする。

 この、かつて『昭和』と呼ばれていた古きよき時代にタイムスリップした様な風格の有るかゑでの家で、北斗は祖父、祖母、そして母と一緒に少年時代を過ごして来た。それは、北斗の中でいつまでも色褪せる事の無い、大切な想い出となっている。だからこそ、北斗は十年振りに帰還した地球で、真っ先にここに還って来たのだ。

 北斗がはやぶさから離脱する際に搭乗して来たウイングは、祖母所有の土地に有る小さな山の谷間に、目立たぬ様に置いて来てある。もちろん、北斗のウイングは正式に許可を取って所有している機体であり、宇宙で使用した後には洗浄・整備もしっかりして、放射性物質など有害な物質は完全に取り除かれている。

 また、はやぶさの工場で法令検査も更新しているので問題なく運用できるのだが、やはり巨大ロボットは良くも悪くも目立ってしまう。

 それに、こんな田舎でもはやぶさの帰還で沸き立っているのは変わらないので、妙な騒ぎになってもまずいと北斗は考えて念のために山に隠したのだ。


「ばあちゃん、あとなんか持って来るもの有る?」

 肉じゃがのどんぶりをテーブルの上に置いた北斗が、かゑでに尋ねる。

 四十歳を過ぎすでに中年の仲間入りをしている北斗だが、この家で、祖母かゑでの前ではあの頃のワルガキに戻ってしまう。

 二度と帰っては来られないと思う、と言い残し10年前に旅立ったと思ったら、今朝早く突然に何の事前連絡も無くひょっこりと帰って来た孫を

「おかえり」

 の一言と変わらない優しい笑顔で迎えた祖母は、孫の為に大好物の煮しめと肉じゃが、合わせ味噌のけんちん汁を大量に作ってくれた。

「もうぜんぶ出ているよ。ほら、お食べ」

 かゑでの声に、北斗は待ってましたとばかりに箸を取り、

「いただきます!」

 そう言うが早いか、どんぶりに盛られた白飯をガツガツと掻き込み、出汁が良く染みこんだジャガイモにパクリと齧り付いた。

「くう~! やっぱ旨ぇっ! これ、この味だよな~、ばあちゃんの肉じゃが!」

 幼い頃から馴染んだ、ホクホクと熱い白飯とダシのよくしみ込んだ甘辛い肉じゃがの味。

 暗黒の宇宙空間を機動兵器で駆け抜け、数多くの凄まじい修羅場を顔色一つ変えずに潜り抜けて来た歴戦の(ツワモノ)が、祖母の手による料理の味で涙する。

 「あ、北斗。その肉じゃがは私が作ったんじゃないんだよ」

 そんな孫の様子を見てニコニコとしていた祖母だったが、突然北斗の喜びに水を差した。

「……は?」

 北斗はどんぶりと箸を抱えたまま、祖母の唐突な言葉に固まってしまう。

「……じゃあ、誰が作ったんだよ?」

 ホカホカと湯気を上げる肉じゃがと祖母の顔を、間抜け面で交互に眺めて尋ねる北斗。

 だがしかし。今、この家にかゑでと北斗以外に誰も居ないはずであるし、肉じゃがの湯気の具合や味からすると、どう考えても保存して置いたものを暖め直したものとは考えられない。

「ふふ、それはね……」

 時折見せる、少女のようないたずらっぽい微笑を見せたかゑでが台所に向かって振り向き

「そろそろ出ておいで」

 そう、何者かに声を掛けた。


「はい!」


 台所から、元気な可愛らしい返事とともにタタタと小さな足音を立て、誰かが小走り気味に駆けてくる。

(今の声は……)

 その瞬間、北斗の脳内に美しく愛らしい少女の姿が描き出された。

「アリス!?」

 北斗が、懐かしいその少女の名を叫ぶと同時に

「北斗!」

 その少女そのもの、いや、記憶の中の姿より幾分か大人びた姿の少女が現れた。

「アリス! なんでここに? いや、それより……」

 予測もしていなかった事態に驚き、北斗は丼と箸をテーブルに置いて立ち上がる。

 そして、サファイアのように輝く真蒼(あお)の瞳から、ダイヤモンドのように煌く透明な涙を流して飛び付いて来た美しい少女をしっかりと抱き止めた。

「北斗、北斗……」

 北斗の名を呼びながら泣きじゃくる少女の、熱い涙が北斗の首筋を濡らす。

「アリス……ただいま」

 北斗は、胸の中に満たされていく不可思議な熱い想いに少しだけ戸惑い、少女に優しく声をかける。

「お帰りなしゃい……ほきゅと……」

 半ば言葉にならない声で答えたアリスが、むぐ、と言葉に詰まったあと、感極まったのかあんあんと号泣しだしてしまう。

 北斗はそんなアリスを心の底から愛おしく感じ、華奢な体をぎゅ、と抱きしめた。


 むにゅ


「……ん?」

 アリスを抱き締めた北斗の胸板に、とてつもなく柔らかな、心地よい感触が広がった。

 圧倒的な量感と、適度な弾力。この感触は……本能を直撃する、この極上の感触は。

(いや、しかし……)

 北斗は、努めて冷静さを装い、自分の胸の中で泣きじゃくっている少女の小さな頭をそっと撫ぜ、

「アリス、ほら、顔を良く見せてくれよ」

 先ほどよりも更に優しく、声を掛けた。

「でも、ぐすっ、ぐちゃぐちゃになっちゃてるから、ぐすっ、恥ずかしいよ……」

 小鳥が囀る様な、美しく愛らしい声で恥じらうアリス。そんな少女を慈しみの目で見つめながら

「大丈夫だよ。アリスはどんな顔をしていても、宇宙で一番可愛いから」

 などと、パトリシアに聞かれたらぶち殺され兼ねない言葉を北斗が囁く。

 すると、アリスの白皙の頬がさーっと朱に染まった。

「北斗……」

 嬉しさと恥じらいで潤んだ瞳を北斗に向ける為、アリスが俯いていた顔を上げる。

「アリス……」

 その、恥らう少女の可憐な美しさに一瞬見惚れ掛けた北斗だったが、同時に視界の下部へ入ってきた豊かな、余りにも豊かな胸の谷間に絶句してしまった。

 だがそれは欲情などではない。先ほどから、アリスと再会した瞬間から感じていた違和感の正体にはっきりと気付いての絶句だった。

「……アリス、キミは今、いくつになったっけ?」

 そうだ、この愛らしい少女は、北斗が地球を離れた10年前はいくつだっただろうか。

 5つか? 6つか? いや、そんなワケはない。

「北斗、私の歳を忘れちゃったの?」

 北斗の質問に、少しだけ哀しげな表情を見せるアリス。

 いや、忘れてなどいない。忘れるわけなどない、が……

 10年前、北斗が旅立つ直前に逢った少女の年齢はちょうど十歳だった。

 あれから10年……先日、エレメント・トンネルを抜けた時にパトリシアと交わした会話が北斗の脳裏に甦る。


(生きていれば、きっと物凄く綺麗になっているだろう)


 アリスは無事に生きていた。だが、あれから10年経っていると言うのに、今のアリスの姿はどう見ても二十歳には見えない。せいぜい、十二~十三歳程度の姿なのだ。一部だけ……あまりに豊かな胸を除いては。

 じ、と自分を見詰めている瞳を見返し、北斗はまた一つ思い出す。そうだ、アリスの宝玉の様な瞳の左側は肉腫により腐敗し、彼女の父親自らの手によって取り出されたはずだ。別れ際、アリスの左瞳を覆っていた痛々しい包帯に滲んだ朱の色は、今でもハッキリと北斗の脳裏に焼き付いている。

 だが、今。サファイアの輝きで北斗を見詰める左瞳は義眼などでは断じてない。その瞳からは、透明な涙が止まる事なく流れ続けてもいる。

 さらに、先ほど北斗へ向かって駆けて来たアリスだが、左瞳を失うよりも1年ほど早く、同じく膝から下の右足も切断し歩くのがやっとの義足になっていた。だが、さっきのアリスは軽やかに駆け、北斗に飛びついて来たではないか。

「北斗……?」

「あ、ああ、アリスの歳を忘れるはずないさ。あれから10年経っているんだから、今は二十歳、だろ?」

 アリスに、戸惑いがちに名を呼ばれ、我に返った北斗は繕う様に答えてみる。

「うん! 覚えていてくれたのね。嬉しい……」

 再び頬を朱に染めて恥じらいに俯く少女に、北斗は胸に浮かんだ先ほどの疑問を尋ねるかどうか悩んだ。

 現在二十歳のはずのアリスが、胸を除いて年齢なりの成長をしていない理由。

 また、かつて失ったはずの左瞳と右足がなぜ、無事に機能しているのか。だが、それをこの愛らしく無邪気な少女に訊いても良いのだろうか? もしも、尋ねることによってアリスを傷付けることにでもなったら……

 しかし、この違和感を抱えたままではいられない。北斗が、どうすべきか答えを見出せず、アリスの蒼く深い両の瞳を見詰め続けていると。


「北斗、お前の疑問には私が答えよう」


 唐突に、ふすまを隔てた隣の客間から精悍な声が掛かった。

「まさか……雅臣か?」

 北斗がアリスを抱いたまま、ふすまを片手で開けると、かゑでにより良く手入れされているふすまは勢い良くスパーン! と開く。

 ふすまが開いた客間には、湯気を上げる茶碗を両手で持った男が座布団の上に正座していた。

「ご名答。良く戻ったな、北斗」

 実に端正、かつ瀟洒な雰囲気を漂わせる男が、北斗に向かって笑い掛けた。

「……ああ、なんとか還って来たよ」

 男の言葉に、北斗が応える。

「うむ、お還り。待っていたよ」

 男が立ち上がり、右手を伸ばす。


 その男。


 北斗の幼馴染であり、親友であり、ケンカ友達であり、かつての恋敵(ライヴァル)であり。

 そして今、北斗に抱かれている愛らしい少女の父親。

 この世界において連邦地球政府総代表と唯一対等な立場を持つ、超巨大企業国家『フラビオン』の現総帥、神崎雅臣その人であった。

「すっかり老けたな、雅臣」

 雅臣から伸ばされた手をがっちりと握り返し、北斗がからかうと

「馬鹿を言え。お前こそ、苦労が滲み出たいやらしい顔になってしまったな」

 ふん、と鼻を鳴らした雅臣がやり返す。

 二人の男は、握手した手をギリギリと握り締め合い、

「ククク……」

「フフフ……」

 などと、不気味に笑いあった。

 そんな二人の様子を見て、アリスとかゑでが顔を見合せてくすくすと笑う。

 二人の中年男はしばらくお互いの手を握り締めつつ睨み合っていたが、

「憶えているか、北斗。お前がアリスに約束した事を」

 笑みを消した雅臣が発した言葉に、北斗がぴくり、と眉を上げる。

 そして同時に、北斗の腕に抱かれたアリスも、はっとした様に視線を北斗の顔に向けた。

「ああ、もちろん憶えているさ」

 北斗はそう答え、不安そうな視線を向けたアリスに微笑みかける。

 だが、かつて自分がした無責任な約束の内容を思い返し、一筋の冷汗を流した。




次回更新29日(月)を予定しています。

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