鬼、帝都にゆく
「そもそも働くというのは生きるための行動なのじゃ。」
「はあ。」
「つまり、生きることができさえすればそれ以上の労働は理にかなっておらずむしろ害悪と言ってもよい。別に働くのが悪いとは言わん。確かに己の財を溜め込むのに快楽を見出し労働に励むのは良い事であろう。そこにくると儂は既に満たされておる。儂のホームは儂とって楽園じゃ。あそこで永久と時を過ごしてよいと思うほどにな。」
「まさにハーレムでしたね。」
「うむ。なのになぜ儂が働かねばならんのか。満たされている者を酷使するとは鬼畜外道の行いにも等しい。そう思わんか、シト?」
「はいはい、キリキリ働きましょう。ニートはいけませんよー。」
そう言いつつ逆月さんの背中を押す。
この人、僕よりも遥かに身長が高いので後ろから押すのも一苦労だ。
「嫌じゃ~。家に帰るのじゃ~。」
そしてこのだだのこね様である。
にーさんから任せられたとはいえ、僕には荷が重過ぎる。
《さかさま・ムーン》通称、逆月さん。
実力に限って話すのなら彼女は間違いなく単体ではギルドでナンバー3には入るプレイヤーなのだがかなりの気分屋なので誰かが付いてないとどうも信用できない困った人だ。
別にいいんですよ、もう慣れましたし。
だからと言って放って置くことはできないわけで。
「ここまで来たんです。せっかくだからNPC達に土産でも買ってあげたらどうですか?彼女達も喜ぶでしょうし。」
「む。」
抵抗は一時停止となり、何やら思考中の逆月さん。
にーさんの言う通り、NPCの事を持ち出すとおとなしくなる。
こうも劇的な効き目があるのなら最初から使っていればよかったと少し後悔。
「うむ。ならば行くとしよう。」
「え?」
「じゃから土産じゃよ。そうと決まればさっさとやることやって・・・ん?どうした、シト?」
「理不尽な存在ってどこにでもあるんだなーって思ってました。」
NPC>任務ですか、そうですか。いや、わかってましたもういいです。
「で、儂は何をすればいいのかの?」
「え?」
きょとんと。まるで今の今まで自分がどうすればいいのかも分からなかった事を初めて自覚したような顔。
あまりのことに僕は空を仰ぐ。
本日はまったくもっても快晴なり。
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僕と逆月さんは今、エルフを襲撃した騎士団の大本である≪帝国≫、その首都に来ている。
というのも、にーさんがエルフのネッダさんと話し合うことで判明したことが原因だ。
どうやらこの世界はにーさんが言うには『アポカリプスオンライン』を現実化、またはそれに近い世界らしい。
なので、この世界は詳細は異なるものの『アポカリプスオンライン』とかなり似た地形をしており、ゲームの頃に僕達プレイヤーが使っていたワールドマップ――ここでは世界地図のようなもの――がそのまま転用できる。
これはギルドにとってうれしい誤算のようなものだったが同時に懸念するものもあった。
上級モンスターの存在である。
ゲームの時は僕達のようなレベル500のトップの部類に入るプレイヤーでも楽しめるよう、それ相応の強さを持ったモンスターがいた。
しかし、これが現実にいるとすれば危険極まりない。
ソレ等は僕達を殺す可能性を秘めている。
他のメンバーはともかく、僕はまだ死にたくないので、できる限り危険を避けて生きてゆきたいと願っている。
にーさんが言うには『現実化に伴った世界の変化』ということで強力なモンスターほど個体数は少ないとのことだがだからと言っていない訳ではない。
いや、確実にいるだろう。
そんなわけで、死をできるだけ避けるため急遽この世界について情報収集することが決まった。
そして僕と逆月さんの二人が来ている、この世界でもっとも栄えていると言われている国≪帝国≫。
本当の正式名は別なのだが長ったらしいので≪帝国≫と呼ぶことにする。
国名とか覚えるの苦手でしてはい。
別にどうだっていいだろう。大事なのはこの国が君主制で成り立っているという点くらいで後は別にどうと言うことはない。
だから僕が致命的に記憶力がないとかそういうのではなくてただ興味がないだけであって国名をいちいち気にする必要がないのは僕にとって当たり前、デフォルトなのである。
覚えられなかったとかそんなことでは断じてない。
閑話休題。
で話を戻すと僕と逆月さんは≪帝国≫で情報収集。
副マスとムーさんが保護したエルフをエルフの本拠地である里に送る――もちろん報酬目当てである――マイちゃんと最強さんはお留守番といった感じである。
ギルマスでもあるにーさんは『用事』と言ってどこかに消えてしまった。
僕としては言われたことをこなす事で精一杯なのであまり気をかける気はない。
情報収集というが僕達は主にエルフを襲ったらしいという帝国軍に探りを入れるのが目的で、逆月さんを急かした僕だが正直な話、どうすればいいか迷っている。
ま、逆月さんがという頼もしい戦力がいるのでそれを主にして動けば間違っても死ぬことはないだろう。
彼女は≪王鬼≫というオーガなどの亜人種のトップに君臨する種族であり、性格はともかくスペックだけならなんら問題のない人(?)である。
ただすごく目立つ。
これでもかと言わんばかりに。
現在の彼女は長い真っ白な髪を無造作に後ろに束ねてポニーテイルにしており、服装も着物に袴と一見侍のようにも見える格好をしている。
鬼の種族の特徴でもある角は彼女の意志によって引っ込んでいるが、その周りとあきらかに場違いな服装と髪の色から、先程から人々の好奇心の目に晒されている。
帝都の町並みと人々の服装からして中世ヨーロッパを連想してしまうと言えば彼女がどれ程浮いている存在かお分かりいただけるだろうか。
しかし本人はそんな事はどうでも良いのか、近くの露店を見渡す――おそらく彼女の配下であるNPCにあげる土産でも考えているのだろう――のに夢中だ。
「ん?これは・・・・・・シト、これをどう思う。」
「何か珍しい物でもありましたか?」
「珍しいと言うかなんと言うか、あえて申すのなら情報、かの?」
逆月さんにしては珍しく歯切れが悪いと思いつつ、彼女がいる露店を覗いてみる。
それに情報と言われれば興味も持つ。
見れば少しばかり色あせた、赤と白のまだら模様の風呂敷を広げている露店には数種類の剣が並べられており、その中心には大きさが大体50㎝程度の板がある。
それを見て、理解した。
「ああ、なるほど。」
僕達はこの世界のあきらかに日本語ではない言葉や文字は今の所全て理解することができる。
なぜそうなのかは分からないがそれを今考える事ではないだろう。
重要なのはその板に書かれていた内容だった。
『闘技大会参加者募集中!!今回の優勝商品には賞金金貨100枚とエルフの加護がついた魔法の武具!!』
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『確認がとれました。エルフの方々が言うには前回の襲撃でエルフの加護がついた防具とそれとセットで剣を一振り盗まれたそうです。おそらくそれがそうなのでしょう。』
『ありがとうございます。では、僕達はこのままそれを奪還するという形で問題ないですかね?』
『はい。ギルマスには許可を貰っていますからそのように。ただあまり悪目立ちはするなとのことなので、正攻法でお願いします。』
『了解しました。』
「正攻法で行けとの事です。」
「構わんよ。それだと少しばかり時間が掛かるがお尋ね者になるよりはましじゃろて。」
場所はさっきと変わって冒険者ギルド。
ゲームのときも冒険者ギルドは存在しており、ここと同じく荒くれどもが集まる酒場といった雰囲気で懐かしい感じがする。
いや、ゲームのときはそういった雰囲気を醸し出しているだけでここは文字通り荒くれどもの巣窟なのだが。
辺りを見渡せば腰に剣を下げた男達がたむろしており、なんというか、こう――
「・・・むさ苦しい。」
見渡す限り野郎ばかりの光景に現実の苦味を味わうのも馬鹿らしいので逆月さんの方を見てみる。
「うむ、うむ。やはり受付はめんこい女子でなくてはのぉ。」
「そ、そんなこと言われても困ります。」
いつのまにやら逆月さんは受付嬢と仲良くというかなぜあなたはそんな潤んだ瞳で逆月さんを見てんですかその人女性ですよ。
甘かった。物凄く甘かった。二重の意味で甘かった。
雰囲気が甘くて吐きそうだ
なんでこの人はこうもモテるのかと自分と比較して自己嫌悪で吐血しそうだ。
僕のHP(精神的な)は既に赤く点滅してます。
「あの、逆月、さん、そろそろ、本題に、入り、ましょう。」
「どうしたシト?見れば瞳が濁っておるが何かあったのかの?」
瞳が濁ってるのはおそらく貴方のせいですはい。
「世の中の理不尽さを思い知らされまして。」
「?」
「・・・いえ、いいです。それよりもさっさと用事を済ませちゃいましょう。」
「む。そうじゃの。」
「え、えっと、では説明しますね。」
僕達がこんな所に来たのも三日後に行われる大会に出場するためである。
なんでも選手として登録するのに身分を証明する必要があるのだとか。
もちろん僕達がそんなことできるはずもなく途方に暮れていたところ、さっきの露店の商人――中年のおじさんだった――に冒険者ギルドに入ればいいよとアドバイスを貰い、こうしてここまで来たというわけだ。
で、ゲームでもおなじみというかなんというか、ここでもやはり冒険者ギルドに登録された人はS、A、B、C、D、E、F、とランク分けされており、最初は皆Fでスタートする。
冒険者ギルドが発注するクエストは自分のランク以下しか受けることができないが活躍すればランクが上がるので勘張りましょうとの事。
うん、まんまゲームである。
「あ、でも大会で上位に食い込めば特別にランクが上げられるようなってますのでがんばってください。」
「それはうれしいのぉ。」
「はい。なんでも王族の方々も来賓されるとのことなのでうちとしてもお偉い人達とは関係を持ちたいですから。」
なんと生々しい理由か。
というか受付嬢さん、あなたさっきから逆月さんにしか笑顔を向けてないのは一体どういうことでしょうか?
異世界に来てもこんな理不尽を味わうことになろうとは思ってもみなかった。
「ランクが高ければ特典みたいのはあるのかの?」
「はい。ギルドが経営する宿屋などは格安になりますし、B以上だと部屋も他と比べて豪華なところに案内されます。またA以上になるとギルドが持つ個人の別荘を無料で借りることができます。」
「成る程・・・・・・うむ、説明感謝する。では儂とこやつ二人を冒険者ギルドに登録しようかの。」
「では性別とお名前を。」
受付嬢さんはごわごわした紙というには少し分厚い紙と羽ペンを用意する。
自分で書くのではなく、彼女が書くのに少し驚いたがまだこの世界では文字を読んだり書いたりできるのは一部の人間だけなのかと思い同時に納得した。
性別は正直に言うとして名前はどうしようか迷ったが元いた世界の本名を言うのもどうかと思い結局「シトです。」とだけ答えてておく。
逆月さんも「サカヅキじゃ。」と答える。
「それと・・・・・・種族をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「種族?」
まずい。逆月さんは≪王鬼≫で僕にいたっては≪堕天使≫という厨二病かよといいたくなるものだ。
いや、そもそも人から見れば怪物みたいな存在だ。これでは大会出場などできやしない可能性も出てくる。
「それは絶対なのかの?」
「い、いえ。これは本人の意思を尊重しておりますので別に言わなくとも結構です。ただ種族を教えてくださえすればその方に合わないクエストはこちらから先に除外したりできます。」
成る程。その種族が禁忌とする行動を含むクエストなどはあちらで処理してくれるのか。
だが別に僕らには関係ないので別に教える必要はないだろう。
というかこちらからすればリスクのほうが圧倒的に大きい気がする。
「別に儂らはこれといった苦手なものもないし種族についてはノーコメントでお願いするかの。」
――それに女には秘密が多い方がよい。
そう言って艶やかに笑う逆月さんに顔を赤くする受付嬢さんってなぜにそこであなたが顔を赤くする。
「で、ではここでお待ちください。」
そう言って受付嬢さんはいそいそとカウンターの奥へと引っ込んで行った。
「むう。なかなかガードが堅いのぉ。」
「何やってんですか。
この人は相変わらずぶれないな。
ここまできたら尊敬に値する。
「いやいや、これも立派な情報収集の一つじゃよ。」
「・・・・・・別に構いませんけどね。ただ降りかかる火の粉は自分で払ってくださいよ。」
「つれないのぉ。」
そう言って逆月さんは後ろを振り向きこちらに寄ってこようとした男達に――
「要らぬことをすれば怪我する、常識じゃぞ。」
―――スキル≪王者の威圧≫を発動した。
途端、先程まで喧騒に満ちていた場は一瞬にして静寂に包まれ、空気が凍ったかのような錯覚をうける。
このスキルは単に自分のレベル以下の敵に対して≪バッドステータス:恐怖≫を与え、敵のステータスを下げるといったものだがゲームが現実となった今ではなかなか便利なスキルである。
ここに来るまでの道中もこのスキルのおかげで戦闘することなく楽に旅ができたくらいだ。
男達は顔を真っ青にし酸欠になった魚のように口をパクパクしている。
「カッ、情けないことこの上ないわ。」
そう言ってまたカウンターに向き直りそのまま腕を組む逆月さん。どうやら男達の姿を見て白けてしまったらしい。
彼女が目を逸らしたのと同時にスキルが消えたため周りからは安堵の息が聞こえ、逆月さんにちょっかいをかけようとした男達はへたりこんでいる。
「スキルの扱いが上手くなりましたね。」
「ま、この身体にも慣れてきたというのもあるがの。とは言え、あまりいい気はせんよ。この身体とていわば借り物のようなもの。この力は全て遊びで手に入れたものに過ぎぬ。なのにそれが血と汗に塗れ、努力し続けた者に勝るのは納得いかんものがある。」
「けどそれで助かっているのが現状ですよ。」
「うむ。不本意にもじゃがな。じゃから儂はこの身体でいる限り≪さかさま・ムーン≫のキャラで通しておる。それで何か変わるわけでもないが一応ケジメとしての。」
「そうなんですか?」
そのキャラ作りにそんな理由があったのか。
というかこの人何も考えていないようで以外に考えている人なんだな。
不覚にも少し感動してしまった。
「ま、性癖とか趣味は特に変わっておらぬがの。」
「僕の感動を返してください。」
上げて落とすとかそりゃないよ。
「リアルでも口調を覗けば今と変わらんし。」
「うわぁ。」
ということはこの人はマジで外見と反比例するがごとく中身が残念な人なのか。
神様も外見に力を入れたものの中身で手を抜いてしまったのか。
ちゃんと仕事しろよ神。
「とはいえこの身体でおいしい思いをしてるのも事実じゃ。特に体力が元の世界の自分とは比べ物にならん。おかげでうちの配下である彼女等17人全員を一度に相手取ってもへこたれぬ。この底なしのスタミナのおかげで二回戦どころか三回戦まで――――」
「あんたが一番納得できない存在だ!」
すごくいい笑顔ですごく変態的なことを喋ってる鬼がいる。
この人、なんだかんだで現状を一番楽しんでいないか?
「なんじゃシト?その様子から・・・・・・まだ童貞てなのかの?」
「ぐはっ」
可哀想な人を見るような目で見られた。
これまでの人生で一番の敗北感を感じた。
「おぬしの所にも女子はいるじゃろに。あのメイド三姉妹もおぬしが良ければ喜んで身を差し出すと思うのじゃが。」
「あなたみたいに割り切ることができないんです。」
童貞なめんなちくしょう。
ついでにこちとら臆病なんです。
「ま、人それぞれと言う。別にそれをどうこう言うわけではない。儂とて男は経験したことがないしするつもりもないしの。」
達観した表情で言っても内容が変態なだけにどう見ても変態にしか見えない。
「お待たせしました。・・・・・・何かありましたか?」
「ん?特にこれといってなかったかの。しいて言うならば待ち遠しかったと言うべきか。」
受付嬢さんが来た途端、極上の笑顔で出迎える逆月さんもとい変態。
この後、無事僕達は冒険者ギルドに所属していることを証明するアクセサリー――ドッグタグのような首にかける鉄板――を貰い、大会まで個人行動となった。
僕は早速冒険者ギルドが経営する宿屋を使うこととなったが逆月さんはと言うと――
「そうそう、儂は道中これまた美味な酒を手に入れたのじゃが、今晩辺りどうかの?」
「え、あ、その、えっと・・・・・・。」
「ん?」(笑顔)
「・・・・・・よ、喜んで。」
――周りの男達から羨望の視線を集めてた。