異変のその後
「・・・・・・ぐへ。」
自分の喉から蛙が潰れたような声が出た。
気がついた途端、身体が中から圧迫されているような感覚に陥る。
「ちょっ、これ、冗談だろ。」
VRシステムが遂にバグったか?
そんなことを思いながらも幸か不幸か、見る限りメンバー全員無事らしく俺と同じく床に倒れたものの普通に立てる程度のことはなんの問題も無いらしい。
「・・・大丈夫か?ちなみに俺は身体の中身がシェイクされたみたいゴチャゴチャして嘔吐感満載なんだけど他にいるか?」
「私は大丈夫です。少しばかり頭痛がしますが段々と痛みが引いてきてます。」
「私は平気。」
「なんか胸がちと苦しいが吐くほどでもない。まあ問題なかろう。」
皆口々に無事を伝える。
そういう俺も嘔吐感が薄れてゆき、頭も冷静になってくる。
「まったく、最後の最後で酷い目にあいました。これが噂のバグって奴ですかね。」
「なにそれ?副マス説明を詳しく。」
「このゲームのサービス終了の原因はプレイヤーの人口が減少というのもありますが一番は私達がいる≪神の丘≫周辺フィールドで多発するエラーとバグなんですよ。運営側がどうにか直そうとしたんですが結局のところ直ることなく、ならこのゲームはサービス終了して別のゲームをつくろうって話になったんです。まあ、その次のゲームがいつできるかわかりませんが。」
「説明ありがとう。でも俺達のギルド内で発生したのはこれが初めてだな。ギルド内でエラーなんか出ればギルマスに知らせが届くはず・・・・・・・・・・・・え?」
俺は何気なくコンソールを操作しようと手をのばしたのだが・・・・・・。
「コンソールが無い?」
そんなはずはないと何度もやってみる。
右手で駄目なら左手で。
だが幾度繰り返せど手は空を切るだけで何の反応も無かった。
「おいおい、これは本格的にやばいんじゃないか?」
顔が無意識に引き攣る。
メンバーもこの異常事態に気付いたのか狭くないはずの――むしろ広すぎて空きスペースが目立つ――この部屋に異様な雰囲気が包み込む。
コンソールがなければGMコールもできなければログアウトさえできない状態となる。
結果――
「死亡?」
――△△県◆◆市◎◎町に住む大学生が朝、ミイラ化した状態で発見されました。死亡当時VRシステムを活用していたとこから――
頭では自分がミイラ化して発見され朝のニュースで報道されるのがやけに鮮明に映し出される。
「・・・・・・コンソールを操作する以外でログアウトできたっけ?」
「「「・・・・・・・・・・・・。」」」
無言とはときにどんな言葉よりも雄弁にものを語る、ここでそんなこと悟りたくなかった。
あ、珍しく副マスも動揺を顔に出している。
・・・結構かわいいな。
「あー・・・よし。この中で家に自分以外の人がいたりして、この異常事態に気付いてくれる可能性のある人はいる?」
副マスのおかげで頭が回転し始めた俺は質問を再開する。
副マスさまさま、である。
そして、これには一人手を上げた。
さっき少しばかり拗ねていたマイだ。
「私の家、親、いるから。」
「おお、なら大丈夫だな。」
娘が一向に目を覚まさず、それを不思議に思って警察にでも連絡してくれればいつかこの状況も打破されるだろう。
そうとなれば俺達も無事救出されめでたし、めでたしだ。
「後は・・・・・・・・・・・・よし、そうと決まれば屋上に行こう。」
「馬鹿ですか?」
我らが誇る副ギルドマスター≪アン&カキ≫通称アキさんが俺の提案を一刀両断した。
その絶対零度の視線はやめてもらいたいところだ。
しかしこんな事では折れないのがギルドマスター。
副マスなどに負けるわけにはいかんよ。
「ここは気分転換とし「馬鹿ですね、ほんと。なぜわざわざこの地下八層からただの飾りである城まで昇るのか理解出来ませんね。馬鹿と煙は高いところが好きと言いますがまさにそれですね。行きたければ一人でお願いしますね、馬鹿が移ります。そのまま天に昇られたらどうですか?さぞ、気に入ることでしょうよ。」
「すみません調子こいてました反省します。」
はい、負けました。
ギルドマスターの矜持とかそんなもんベッキリと根元から折れましたとも。
さらに具体的にいうなら、今の俺は身体も折れて地面に跪いております。土下座です。プライドとかありません。
「はっ。」
鼻で笑う副マスさん。いつにもましてイキイキしてらっしゃる。
・・・・・・あれか?さっきのトラブルで動揺を顔に出したのが恥ずかしかったのか?
ツンデレか?ツンデレなのか?
俺の誠意を籠めた謝罪なんぞ既に眼中にないのか――おそらく鼻で笑った辺りから本当にない――スタスタと転移門に歩む副マス・・・って、え?
「何をしてるのですか?屋上に行くんでしょう?」
「・・・さっきの会話の後に言うか、それ?」
「あんなの冗談に決まってるでしょう。」
肩を竦めて見せる副マスもとい、アキさん。
「鬼かあんたは!」
「悪魔ですけど何か?」
それは種族の話だ。
まあ、ここで口論しても他のメンバーに迷惑をかけるだけなのでさっさと移動しよう。
転移門は一つのギルドに一つだけ設置できるオブジェクトでギルドメンバーが持つギルド転移結晶とはまた違う。
まずギルドを設立するとギルドマスターにはギルド帰還用転移結晶と転移門、そしてギルド転移結晶が渡される。
しかし他のギルドメンバーにはギルド転移結晶しか渡されない。
ギルド転移結晶は持ち主のみと制限がつくがギルドへと一部例外を除きどこからでも帰還でき、ギルド内もギルドマスターが制限している場所を除いて好きなところへ移動できるという品物だ。
そしてこの転移門はそんなギルマスが制限した場所に行くことができる。
大抵の場合制限されている場所といえばギルド倉庫とかその辺りなのだが俺は城全域に制限を掛けている。
理由は俺が城に仕掛けたえげつない、マジキチと言われること請け負いのトラップがこれでもかと言わんばかりに仕掛けてあるので無用なトラブルを防ぐためである。
今回は城の最上階に行くだけなので罠の心配も無い。
「確か屋上に下界を一望できるテラスを作ったはずだ。」
転移門に登録されている三七桁からなる暗証番号を素早く入力する。
これも俺のちょっとした仕様で十五秒以内に正しく入力しないかぎり別の部屋に飛ばすようにしてある。
アキさんからは散々文句を言われたが遊び心はいつでもどこでも必要だと思うのだよ、うん。
「ほんと、面倒なことをしてますね。」
「別にギルド倉庫は制限掛けてないからいいだろ・・・・・・ん、繋がったみたいだな。」
転移門のタッチパネルが青く輝き扉がゆっくりと開いてゆく。
「んじゃ、行きますか。」
俺を先頭にして皆が一列になって扉の中に入ってゆくのだった。