FILE9 弓矢男
北川巡査達と別れてから、川田と嶋村は道なりに歩いていた。
あれからはほとんどゾンビも見掛けず、比較的安全な場所を通っているらしい。
『それにしても、この街の住民どうしたんだろな?』
嶋村は変わりない住宅街の景色を見ながら呟く。
『さぁな。先に脱出したか‥もしくは食われてゾンビになったか‥まだどこかに潜むなり戦うなりしてるんだろな。』
川田はM37をチェックしている。
残弾数はまだ余裕がある。だが、無闇に撃ちまくっているとすぐに弾切れを起こしてしまうであろう。
『やっぱみんなゾンビになっちまったのかなぁ?
あれから生存者も見掛けてないし‥』
押し殺してきた不安が募る‥この街で生きてるのは俺と嶋村、それにかなえと北川巡査だけなのではないか?…
いや、もうすでにかなえも北川巡査もゾンビにやられ、ヤツらの仲間入りをしているかもしれない‥
頭の中で粘つく不安を無理矢理押し払う。
『まだ分からん。ただ単にみんな逃げたのかもしれないし、隠れてるのかもしれない。どこかで俺達みたいに戦ってるかもしれないんだからよ。
希望を持っていこうぜ。』
俺は嶋村に親指を立てて笑ってみせる。
(嶋村に言った事もあくまで希望的観測でしかなかったが‥)
住宅街を抜けようとした矢先、背後から空を切る音が聞こえた。
『嶋村!伏せろ!』
咄嗟に地面に伏せて振り替える。
川田達の横にあった古い家屋にありがちな木製の塀に矢が突き刺さっている。
…なんだ?弓矢か?畜生!ゾンビが普通に弓矢使えるのかよ?
一瞬の動揺の後、一瞬の内に冷静に状況を判断する。
相手はどうやら男のようだ。やけに大柄な男だな‥
弓矢で攻撃してきたのは俺達をゾンビだと思ったからなのか?…それとも人間と知ってわざと狙ってきたのか?…。
男は背中にあるホルダーらしき物から矢を取り、弓につがえる。
『クッ‥横に転がれ!』
『あの野郎!いったいなんなんだよ!』
怒りを込めてお互いが左右に転がる。
先程まで川田達がいた場所を矢が鋭い音を立てながら通過し、地面に当たって止まった。
とりあえず説得してみるか‥それでも攻撃してくるのならば、容赦はしない!‥
『おい!アンタ!俺達はゾンビじゃねぇ!!
だから弓を射るのをやめてくれ!』
男に向かって叫ぶと、男は返答をしてきた。
『うひゃぎゃぎぁぁぁぁぁぁっ!!!』
おおよそ常人とは思えない絶叫が聞こえ、男は望みが叶わなかった子供のように地団駄を踏み始めた。
『なんだよアイツ‥狂ってやがるのか?…』
M37を構えて男に照準を合わせる。
そしてハンマーを倒し、戦闘準備を整えた。
『アイツは狂人だ‥川田、どうする?』
そうは言いながらも嶋村もニューナンブを構える。
お互いどうするかは分かっているようだ。
『臨戦態勢だ。ヤツが再度攻撃してくるようなら発砲する。正当防衛にでもなるだろうさ。まっ、こんな状況じゃ法律云々なんて機能してないがな‥』
男はさらに弓をつがえ始める。
『そうはさせるかよ。先手必勝だ!』
川田は男に向けて引き金を引く。
M37の銃口からマズルフラッシュが閃き、鉛の弾が飛ばされる。
静かな住宅街に乾いた銃声が響く。
男の腹部に着弾し、腹部から血が吹き出る。
しかし男は少しよろめいただけで弓矢の動作を止めない‥
続け様に嶋村が二発発砲するが、一発は外れて外壁を削る。二発目が男の左肩に当たり、鮮血をほとばしらせる。
おかしい!‥ゾンビならまだしも、ヤツは人間だ。
いくら日本の警察が火薬量を減らした減装弾を使ってるからといって、二発の.38スペシャル弾をまともにくらって平気でいれるはずがない‥
立ち上がりM37を三連射する。小型のリボルバーなので遠距離の戦闘には向いていない。
二発は外れ、一発が男の左大腿部に着弾する。
嶋村も三連射するがあたらない‥
川田もシリンダー内の最後の一発を発砲し、男の胸部を赤く染める。
『クソッ‥リロードだ。』『こっちも同じく!』
警察用M37とニューナンブの装弾数が5発なのがもどかしい。
相手も矢を放ち攻撃してくる。
うなりを上げて凄まじいスピードで迫ってきた矢に川田は左肩を貫かれる。
『ぐっ!クソッ‥』
左肩からは赤い血が流れ出る。幸運にも矢は深く刺さっていないようだ。
『川田ッ!!お前大丈夫かよ!?』
嶋村が目を見開いて肩に刺さった矢を痛々しそうに見ている。
『あぁ、大丈夫だ‥それより反撃しろ。』
川田はそう言いながら肩に刺さった矢を引き抜く。
鋭い痛みと共に血液が飛び散る。
クソ野郎が‥この礼はたっぷりさせてもらうからな!
『リロード完了!嶋村、接近して一気にカタをつける!ヤツは弓矢だ。連射はできない!』
『分かった!でもどうやってやるんだよ?』
嶋村が再度迫ってくる矢を身を低くして避ける。
『まずは俺があの電柱まで行く。嶋村は俺が辿り着くまで援護射撃を頼む。
俺が辿り着いたら次は嶋村が次の電柱まで走れ!
援護射撃は任せろ。
リロードは隠れながらやるんだ。よし!行くぞ!』
川田が電柱まで全力疾走を始めた。弓矢男はまた矢を放とうとして狙いを川田につける。
銃声がして弓矢男の左腕に着弾し、男が腕を押さえる。よし、この調子だ。
なんとか電柱に辿り着き、身を隠す。
『ウガァァァォ!!』
男は叫び、痛みに苦しんで怒りの形相を表わにして再度弓矢に矢をつがえようとしているようだ。
『OK!来い嶋村ァ!!』
『援護射撃頼むぞ!!』
嶋村が一発リロードし終わった後、次なる電柱に向けて疾走を始める。
このままならなんとかいけるぞ…
弓矢男が体勢を立て直し始めたのでM37を発砲を開始した。距離が先程より近くなっている為、命中率は格段に上がっているようだ。
続け様に二発、弓矢男の右腕と心臓部に撃ち込む。
こいつ‥どんだけタフなんだ?心臓に撃ったのに死なないぞ…
『よぉし!到着ッ!川田、リロードしろ。』
嶋村が電柱を遮蔽物にし、ニューナンブを構えて照準をつけている隙にリロードをさせてもらう。
『リロードできた!行くぞ!!』
弓矢男との距離は後30メートル程度‥
背後からは嶋村がニューナンブで援護してくれているので弓矢男は手出しができないでいる。
『よし嶋村来るんだ!!』
電柱を遮蔽物にし、発砲すると弓矢男の左眼球に着弾した。さすがにこれは効いたようで、左目を押さえてうずくまり、絶叫を上げて藻掻く。
『よぉし!嶋村ァ!左目をやったぞ!!』
『よし!じゃあリロードしてろ!』
俺はこの隙を逃さずに.38スペシャル弾をリロードし、構えながら近づく。
『かなり接近できたな‥嶋村、やるぞ‥』
『分かった‥覚悟は決まった‥』
ゆっくりと弓矢男にリボルバーを構えて接近する。
『ぐがぁぁ‥』
弱々しく弓矢男は俺達を交互に見比べている。
(無論、左眼球はないが)男は片手で落とした弓矢を取ろうとする。
んな事させるかよ。
悪いが非情にならせてもらうぜ‥
川田はその腕を蹴り上げる。弓矢が地面に転がり、弓矢男はこちらを睨む。
しかしいきなり男は川田に飛び掛かってきた。
一瞬の行動に俺は反応が遅れ、倒されてのしかかられる。
クソがぁ!!
パワーで負けると思うかよ!!
川田は男性の中でもかなり大柄である。
肩幅もあり、筋力もある。腕力は並大抵の人間じゃ相手にならない。
『川田!‥つっ‥この野郎がぁ!!』
嶋村が俺に馬乗りになっている男に向かってニューナンブを五連射した。
返り血が川田の顔や衣類に飛び散る。
胴体に.38スペシャル弾を何発も撃ち込まれた男は確実に弱っていた。
腹部を押さえながら嶋村を睨んで大声を上げる。
『ウオオオェォゥァ!!!!!!』
うっ‥鼓膜が破れそうだ‥ウルサい‥
川田はM37を大声を上げている口に向けた。
『ウルサいんだよ‥とっとと黙りな…』
悪鬼の形相を浮かべ、口腔内に向けて、M37を五連射する。
弓矢男の頭部から、.38スペシャル弾が貫通していく。ピンクと赤と黒の脳髄が後部へ吹き出て、血液やゼリー状の物体が少量、川田にかかった。
頭部を撃ち抜かれ、神経伝達を司る脳を破壊された事でこの弓矢男はようやく
「死」
に至ったようだ。
いつまでも邪魔なんだよ!川田は死して尚、馬乗りになっている汚い弓矢男を蹴り飛ばした。
『大丈夫か川田?』
嶋村から手が差し出される。川田は嶋村の手を取り立ち上がる。
『あぁ、なんとかな。』
川田は顔に付着した血を服で拭う。(服も弓矢男の血液で汚れていたが)
『派手にやられたな。』
嶋村が苦笑いをしてニューナンブにリロードする。
『服が血だらけだぜ‥てゆうか、こいつは人間なのか?‥あんだけ銃弾撃ち込んだのに死なないなんてのは考えられん…』
川田は腕組みをして地面に血溜りを作ったまま痙攣している男を観察した。
心臓部や胴体に6発以上くらって生きてられるなんてありえない‥
『弓矢使ってからゾンビじゃないようだしな…うーん、いったいなんなんだ?ヤク中とかか?でも心臓も撃たれてるからそれはありえない、か。』
嶋村も不思議そうな表情を見せる。
『とにかく撃退したんだ。先に進もうぜ。痛ッ‥』
戦闘中は興奮で気にならなかったが、矢で刺された箇所が鈍く痛みだした。
『よし、先に進んで何か応急処置でもできるとこ探そうぜ。』
『そうだな。俺もちょっと休憩したいし。とりあえず先に進めば何か見つかるだろ。』
川田と嶋村は弓矢男の死骸に背を向け、住宅街を抜け出した。
そして、西の方向へと向かって進んでいる。
その様子を、監視カメラで見ている男がいた。
男は遠隔操作で街中を監視しているらしく、モニターには様々な風景が映っている映像が流れている。
しかし動いているのはゾンビばかりで、まともな人間はほとんどいない。
稀に逃げている人間が映されているが‥
映像の一つを拡大するとそれには川田と嶋村の二人が大通りをゾンビと戦いながら通過している所だった。
『あのガキどもめ‥よくも私の作品を壊しおって!
まぁいい。まだ作品はあるからな。お前らがどれだけあがいて生きられるか楽しみだ。
それにしても、タイプArcheryはダメだったな‥反応が鈍すぎる。
あと二体の活躍に期待するとしよう‥
クックック!…』
男はモニターを見つめながら押し殺した笑い声を上げている。
モニターの一つには警官の姿をした男と若い女性が細い体をした汚らしい男と対峙している。
『お、第二ラウンド開始だな。今度こそは私を楽しませておくれよ。』
モニター内では警官と女性が睨み合いを続けていた‥