FILE6 決意
ここから一気に展開が変わっていきます。
部屋を出た後、俺と北川巡査、中谷巡査で二階へ向かう為に階段を上っていた。
『中谷、何も聞こえないぞ?‥』
北川巡査がニューナンブを構えながら慎重に階段を上る。
『さっきまで聞こえていたんだが‥とにかく行ってみるしかない‥』
中谷巡査は額から流れ出る汗からかなり緊張している事が分かる。
階段を登りきり、廊下へリボルバーを構え三人は飛び出した。
廊下には警官姿の初老の男が一人、フラフラと立ち尽くしていた。
『巡査部長!!無事だったんですか!?』
中谷巡査が慌てて近付こうとする。
『中谷!待て!巡査部長はもう人間じゃない!』
北川巡査が慌てて中谷巡査の腕を掴んで引き止める。
『な‥なんだって?‥どうしてなんだ?‥』
中谷巡査は訳が分からないとでも言いたげに俺達を交互に見渡す。
『ゾンビに噛まれたヤツは同じようにゾンビになるんですよ。確か中谷巡査は下に来た時、あの巡査部長は首筋噛まれたって言ったよな?普通、首なんて脆弱なとこ噛まれてあんな風にしてられない‥もうあの人はゾンビだ。噛まれたら感染する。』
俺は中谷巡査に改めて説明した。
『じゃあ、巡査部長は既にゾンビになってるのか!?そんな‥』
中谷巡査は目にうっすらと涙を浮かべている。
あの巡査部長はそれだけいい人だったのだろう。
この世界じゃいい人程早く死んじまう!‥
『あの人も楽にさせてやろう‥』
俺はM37のハンマー(撃鉄)を起こした。
『待ってくれ。巡査部長は私がトドメを刺す‥
巡査部長には世話になったんだ‥』
北川巡査が真剣な表情でニューナンブを構える。
こちらに気付いた巡査部長は虚ろな目で目標を定めたかと思うと、両手を前に突き出しヨロヨロと近付いてくる。
北川巡査はニューナンブのハンマーを起こした。
巡査部長の首は裂け、赤黒い血が制服に染み付いている。口をパクパクと開けて獲物であろう俺達に近付く‥
『さようなら‥巡査部長‥今までありがとうございした!…』
パァン!!
一発の銃声が響き、巡査部長の眉間に穴が開き、後頭部からはヌラヌラと光る鮮血と脳が吹き出す。
巡査部長だった男は糸を切った人形のように崩れ落ちる。
北川巡査は涙を流していた。大切な者がゾンビになる‥そしてそのトドメを刺さなければならない心の痛み、苦しみ、絶望‥
俺にはまだ分からないが、北川巡査‥あんたが流した涙、この目に焼き付けておこう‥
『さぁ‥行こう‥』
俺は北川巡査と中谷巡査の気持ちを察し、余計な慰めは言わない事にした。
この痛みは本人しかわからないものだ‥
他人が慰めを言った所で、それは余計な事極まりないだけだ。
『あぁ‥行こう‥巡査部長はこれで‥これで解放されたんだ。』
北川巡査は涙を拭いニューナンブに.38スペシャル弾をリロードした。
『北川‥これでよかったんだよな。』
中谷巡査も涙を拭い、北川巡査の肩にポンっと手を置く。
『あぁ、これでよかったんだ。さぁ、いつまでも落ち込んでいられない。先に進もう。』
決心したように北川巡査は歩きだした。
『ここだ、この部屋で負傷者の手当てをしていた。開けるぞ。』
中谷巡査がゆっくりとドアノブを捻る。
そしてドアを開けた。
『おい‥なんだこりゃ‥』
俺は驚きを隠せなかった。部屋の中の人間は、一人残らずゾンビと化していた。ドアが開いた事により全員がドアに注目する。
まるで喜ぶかのように呻き声を上げる老若男女のゾンビ達‥
『クソッ!マジでヤバいぞ!!』
俺は先頭にいた老婆のゾンビに向けてM37を撃つ!
パァン!!
眉間を打ち抜かれ崩れ落ちる老婆。
パァン!!
続け様にその後ろの女子高生らしきセーラー服を着たゾンビを撃つ。
『仕方ない、中谷!ヤツらを撃つぞ!』
パァン!!パァン!!
援護射撃で中年男性のゾンビが倒れる。
パァン!!パァン!!
B系の服装をした若い男のゾンビとスーツを着たゾンビを殺す。
『残り一発だ!リロードする暇がねぇ。』
俺がそう言った時、隣の部屋のドアからまた新たなゾンビが現れた。
『何ッ!?中谷頼む!!』
北川巡査が俺の隣で発砲する。
パァン!!
部屋内部の半分程は片付いたが‥
パァン!!パァン!!
背後からは中谷巡査が新たなゾンビ達の進行を阻止しようとしている。
『もうここに生存者はいない。この警察署から脱出しよう!』
俺は振り返り、背後のゾンビ達を撃ちながら言った。パァン!!
シリンダー内の弾が尽きた‥
俺はシリンダーラッチをスライドさせ、シリンダーを解放し、薬莢を排出した。ジーンズのポケットから.38スペシャル弾を取出し一発ずつリロードする。
『落ち着け‥落ち着け‥』
自分にそう言い聞かせなんとか5発をリロードした。
パァン!!
『よし、下に逃げよう!』
北川巡査が発砲しながら言った。
『うおぉぉぉ!!!』
俺は振り返り背後の階段方面にいるゾンビに発砲しながら突撃する。
パァン!!パァンパァン!!!
道を塞ぐゾンビ達は崩れ落ちた。
『よし!行くぞ!!』
中谷巡査が北川巡査を引っ張り走りだす。
倒れたゾンビを飛び越え、三人は来た道を走って戻る。背後からはとうとう部屋から出たゾンビ達が俺達を追ってくるが、ノロノロとした足取りなので引き離せそうだ。
だが時間に余裕がある訳ではない。
階段を数段飛ばしで下り、嶋村とかなえのいる部屋まで戻った。
ドアを勢いよく開けると嶋村が真っ先にこっちに近寄ってきた。
『銃声聞こえたけど大丈夫だったか!?』
真剣な表情で問いただす。
『みんなゾンビ化してた。数が多くて防ぎきれなかったから三人で戻ってきたんだ!脱出するぞ!』
俺はリロードしながら早口で言った。
『せっかく安全だと思ったのに!とにかく早く逃げましょ!』
かなえが立ち上がって言った。
『君達、これを一式持ってくんだ。』
中谷巡査がロッカーから、ベルトに付ける革製のホルスターと無線機を俺達三人に渡した。
『やった!ありがとうございます。』
嶋村がベルトにホルスターを装着しながら言った。
『礼はいい!急ごう!』
中谷巡査がリロードしながら言った。
俺もかなえも無線機とホルスターを装着する。
『確か君達はトイレの窓から入ってきたんだな?』
北川巡査が俺達に問う。
『そうです。入れる場所がなかったので私達がカンタンに入れる場所を探したらトイレがベストだったんです。』
かなえがそう答えると北川巡査はすぐに返事をする。
『よし、ならそこから逃げよう。さぁ、行こう!』
俺達は部屋を出てトイレへと走りだした。
トイレのドアを蹴り開けると中は前と変わらぬままだ。窓を塞いでいた板を殴って壊す。
『よし、かなえから先に外に出るんだ。』
かなえが窓から出る時、既に階段の方からはゾンビ達の呻き声がしていた。
『行け、嶋村。』
『先行かせてもらうぜ。』
嶋村は軽がると窓から脱出した。
『次は川田君、君が行くんだ。』
北川巡査が窓から出るように促す。
俺も軽がると窓から脱出する。
『念のため先に君達はここから離れなさい。スグ追い付く。』
北川巡査が指示したので俺達は近くにあったパトカーの影に身を潜めた。
『北川、次お前行けよ。』中谷巡査が北川巡査から出るように促す。
『分かった。』
北川巡査は短く返事をすると窓から脱出した。
『中谷、早く来い!』
北川巡査が外から呼ぶ。
『ちょっと待ってろ。忘れ物取りに行ってくる!スグ戻るから心配するな。』
返事を聞かず中谷巡査はトイレから出ていく。
『ちょっ、おい!忘れ物なんてほっとけよ!戻ってこい中谷!!』
北川巡査がトイレ内に叫びだした。
パァン!!
しばらくして銃声が聞こえた。
すぐさまトイレ内に中谷巡査が走ってきた。
『ホラ、弾薬だ。かきあつめたがこれぐらいしかなかった。受け取れ!』
中谷巡査は窓から.38スペシャル弾の箱を8箱渡した。
『わかったから早く来い!銃声がしたんなら近くにヤツらが来てるんだろ?』
北川が外からトイレ内に手を伸ばして言う。
『あぁ、ヤツら近くに来てるぜ。』
中谷巡査が窓に手をかけたその時、トイレのドアが開いてゾンビが何体か入ってきた。
『クソッ!』
中谷巡査が窓から上半身を乗り出そうとする。
『早く上がるんだ!』
急ぐようにと急かす。
『今引っ張るからな!!』
北川巡査が中谷巡査の腕を掴もうとする。
『うぁぁぁぁぁぁ!!!』
中谷巡査がトイレ内に引きずりこまれる。
『中谷ぃぃ!!!』
北川巡査が絶叫して窓から中を覗き込む。
『クソおぉぉ!!』
パァン!!パァン!!パァン!!
中谷巡査がゾンビに向かって発砲した。
しかし接近したゾンビに左腕の一部の皮膚を噛みちぎられる。
吹き出る鮮血に中谷巡査は腕を押さえる。
『うぐぁぁぁぁ!!痛い!痛いぃ!!』
激痛に中谷巡査は顔を歪める。ゾンビは中谷巡査の皮膚を美味そうに咀嚼する。
『中谷!!早く来い!!』北川巡査が外からニューナンブを撃とうとするが、角度的にゾンビに当たらない角度だ。
『ぐぁぁ!!痛い‥』
なんとか右腕で窓枠を掴むが左腕の怪我で体を持ち上げる事ができない。
『掴まれ!!』
北川巡査の手が中谷巡査の手を掴んで引き上げる。
『うぎゃぁぁぁぁ!!!』またしてもゾンビが噛み付く。今度は右足を噛まれ、床に引きずり降ろされる。
『おいッ!中谷!!』
必死に中谷巡査を呼んでいる北川巡査の耳に銃声が聞こえた‥
パァン!!…
『な、なんとか始末したぞ‥北川‥』
中谷巡査は最後にニューナンブに装填されていた弾でゾンビを殺したのだ。
『中谷!!早く来るんだ。手当てしないと!』
北川巡査が手を伸ばす。
その手に.38スペシャル弾のバラになってる弾が置かれた。
『おい‥中谷?‥』
北川巡査は手に置かれた弾丸を見る。
トイレ内では空の薬莢が捨てられる音がする。
そして、.38スペシャル弾が一発、ニューナンブに装填された‥
『北川‥俺は噛まれたからそっちには行けない‥
スマンな‥
油断してしまった。』
ポツリと中谷巡査が言う。
『大丈夫だ!早くこっちに来い!』
『巡査部長だって噛まれたらゾンビになったじゃないか‥悪いがお前らに迷惑をかける訳にはいかない‥
あの子達を、ま、守ってやれよ‥こ、こ、この地獄から、すく、救い出してやれ、やれよ。け、警官としての義務で、も、あるが、人間としてきょ、協力しろよ‥さ、先にいなくなる、が、後は、た、頼んだぜ‥
き、北川‥』
『分かった‥それで、ど、どうしたんだ?』
北川巡査は涙声になりながらも返事をする。
『北川‥お前と組めて楽しかった!さよならだ、北川‥じゃあな‥』
『あぁ‥中谷‥‥じゃあな‥』
パァン!!‥‥
一発の銃声の後、静寂が辺りを包む‥
中谷巡査は座りながら力なく壁に背を預け、口にニューナンブを向けていた血で汚れた右手を力なく落とした‥
彼はもう動かない‥
『さようなら‥中谷‥私もお前と組めて楽しかった。お前との約束通り、彼らは私の生命に変えても守りぬく。じゃあな‥』
北川巡査は彼らの元へ歩き始めた。
頬に流れる一条の涙‥
しかしその目には決意という名の光が宿っていた。
この章は展開が変わる時の踏み台となっていると自分は考えております。よかったら評価していただけると嬉しいですね。