FILE37 流転
長い間更新できなくてすみません。物語も終盤に入り、収束に向かってきています。彼らの物語を最後まで見守って下さい。
リノリウムの床にぼんやりと淡いライトの光が反射している。
川田はその廊下を険しい表情で歩いていた。
その姿はまさに百戦錬磨の鬼神の如きオーラを纏っているようだった。
「なんだ、意外にあっさりキマイラ倒しちゃったじゃないか。まぁ約束だから仲間は見逃してあげたけどさ、君は逃がすつもりは毛頭もないからね。」
キマイラの敗北はさほどの痛手でもないようで男は監視カメラに映る川田を見て嘲笑うかのように独り言を放っている。
川田はベネリM3を構え、警戒しながら各部屋を探している。
動く者がいれば直ぐ様散弾をぶち込むような様相だ。
川田の歩く乾いた足音以外全く音がしない。
「どこにいる‥」
あらかた部屋を探索し終えた川田が苛立ちを見せて早足になる。
そして、一番奥にある部屋のドアを蹴り開けた。
激しい音がし、ドアが勢いよく叩きつけられ開く。
中はなにやらおかしな構造をした内装だった。
壁には長方形の形をした大きな鏡がはめ込まれ、それ以外には水道があるだけだった。
川田はうろうろと中を歩き回ると、雄叫びをあげて鏡にベネリM3を腰溜めに構えて発砲した。
銃声と共に鏡が割れる甲高い音が響く。
そこには、壁があるかと思われていたが鏡の向こうは空洞だった。
「こうゆうとこはマジックミラーがあるって相場が決まってんだよ。」
マジックミラーの向こうはパソコン機材が所狭しと置いてあり、中にはあの科学者が不敵な笑みを浮かべていた。
「いやぁ、マジックミラーを見破るなんてさすがだねぇ。さすがだよ。」
おざなりな乾いた拍手をして科学者が立ち上がる。
「でも、一歩遅かったようだ。」
科学者が狂気の沙汰としか思えないような笑いをしながら川田に片手を向ける。
その先には黒光りするリボルバーが握られていた。
ヤバイと思った川田は咄嗟に身を翻し、機材を障害物にして隠れる。
ちょうどそのタイミングで銃弾が先ほど川田がいた場所を穿った
「さっきこの施設内に閉じ込めておいたゾンビを全て解放したよ。もうじきここもゾンビだらけになる。私はさっさと逃げるがね。でも君は次の実験で使いたいから今のうちに殺して体だけもらっとくよ。」
続けざまに銃弾が数発機材に当たり破壊する。
「ゾンビを隔離してたのか。どうりで施設内に全くいなかった訳だ。それに、俺を殺したら実験もできねぇだろ?」
川田が手だけ出してM37エアウェイトを発砲する。
「とんでもない!死体でも充分実験は可能だよ。てゆうか、実験後に余計な感情に左右されないから死体の方が都合がいい。」
また数発の弾丸が川田の付近をかすめる。
「あぁそうかいサイコ野郎が!!」
川田の放った弾丸が科学者の肩をかすめて白衣に赤い染みを作る。
「痛いじゃないか。」
科学者は川田の周りに弾丸を何発も撃ち込む。
「痛い?この程度で痛がってんじゃねぇ!これからもっと凄惨な地獄絵図を見せてやるからな!」
川田は散弾を装填したベネリM3を構えて物陰へ素早く移動する。
「威勢がいいねぇ、まだまだ若い証拠だ。」
科学者がヘラヘラしながら銃弾を川田に向かって撃ち込んでいく。
「しかしいずれは老いが来る…」
科学者は再度発砲した。
「がぁっ!…」
川田の苦しそうなうめき声が聞こえ、川田からの反撃はなくなった。
「幸運は長くは続かんよ。残念だが諦めなさい。」
科学者は余裕をかまして川田のいる方向へ近づく。
「君はよく頑張ったよ。見返りに君をいじくってもっと強く!感情を持たない!立派な兵器にしてあげるからさ。」
川田が隠れているデスクの裏へと銃を向けてニヤリと笑う。
「ん?何故いない?…」
銃口の先には川田の姿はなかった。
予想外の展開に驚いていると後ろで鈍い金属音が聞こえた。
「お前が自分の演説に酔ってる間にさっさと移動させてもらったよ。」
背後で川田がM37エアウエイトを構えて立っていた。
「なかなかやるね。後ろを取るとは。」
冷や汗を書いて科学者が言う。
「お前が自分に酔ってただけだ。結局周りが見えてないんだよ。」
川田がすかさず両膝に38スペシャル弾を撃ち込む。
絶叫を上げて科学者が崩れ落ち、地面に血溜まりが広がった。
「人を散々いたぶってたくせしてそんなに苦しんでんじゃねえよ。」
「足がっ!足がぁぁあぁあぁ!!」
科学者は両膝を押さえて床でのたうち回っている。
「本当は殺してやりたいとこだが、お前にはもっと相応しい死に方がある。」
「血が!痛い痛い痛いいたいいたい!…」
まるで胎児のように両膝をギクシャクした動きで丸め、科学者は地べたに這っていた。
「聞こえてないか…まぁいい。お前に相応しい死に場所を用意してやる。」
川田はそのまま机の上にある大掛かりなパソコンをいじり始めた。
「どうせこれで大概のことは操作できるんだろ?」
呻いている男に聞こえてないのを自覚して質問をする。
川田がパソコンでこの研究所の制御ソフトだと思われるところを開いた。
監視カメラの映像を見ることや鍵の施錠、呪われた生物兵器の管理、空調設備等、ほぼこれだけで一括管理できるようだった。
川田は監視カメラの映像をデスクトップ上に映し出した。
廊下をうろうろとするゾンビが監視カメラの映像に映し出される。
研究用に使っていたのだろう、服等は身に付けていなかった。
別の監視カメラを表示させると、同じようにゾンビが解放されてうろついている。
「まずいな、あまり時間はないようだ。」
舌打ちをして川田はいくつかの監視カメラを表示させる。
その中に車両で準備をしている仲間の姿があった。
そして、そこに繋がる道にはゾンビが大量に蠢いている…
彼らはまだ目視できない状態なので気付いていないようだ。
「まずいぞ…取り敢えず知らせなければ。」
川田はアナウンス用のマイクのスイッチを入れ、呼び掛けた。
「皆、俺だ!川田だ!監視カメラでそちらの状況を掌握している。あの科学者の野郎が隔離してたゾンビを解放しやがった!そっちにゾンビが大量に向かってる!先に出発しろ!」
カメラ内の仲間達は監視カメラを探してキョロキョロしている。
そして四隅の上部に取り付けられたカメラに気付いた。
無線で連絡が入る。
「君を見捨てて逃げることなんてできない、我々は君が来るまでここを死守してみせる。」
北川からの連絡だった。
川田はあえて皆に聞こえるよう、アナウンスで答える。
「俺のことはいいから先に行け!こっちには脱出の手段がある。」
全くの嘘だった。
脱出の手段等皆目見当がつかない。しかし、仲間はこうでも言わないと逃げないだろう。
「本当なのか川田?」
嶋村の心配する声が聞こえた。
「あぁ、マジだ。こいつが脱出するためのもんだろうが用意してあった。」
「わかった。じゃあ川田もさっさとそこから逃げて合流しようぜ。」
「了解!そっちもさっさと逃げろ。ゾンビが近いぞ。」
直後、かなえから連絡が入る。
「また前みたいな哀しい声をしてる…自己憐憫な気持ちが伝わってくるのよ…仲間が助かれば俺はどうなろうと構わないっていう…ねぇ、なんでそんなに死に急ぐの?…一緒に生きて帰ろうよ!…」
かなえにズバリ川田の心中を言い当てられた。
「必ず、生きて帰るから早く行け…」
「絶対だからね…」
川田は返事をせずに通信を切った。