FILE27 合流
小雨で湿ったアスファルトの先に、目当ての郵便局はあった。
濃淡がぼやける闇の中、郵便局の入り口は固く閉ざされていた。
「玄関開いてなくね?」
嶋村が自動ドアをを開けようとするが、まったく開かない。透明な自動ドアの向こう側は数々のバリケードで塞がれていた。
「こういう時は裏口にまわるに限るな。」
川田は自嘲気味に笑うと、左側の裏口へと向かっていった。
「ここにみんな待ってるんですよね。これでもっと賑やかになるね。」
西野が呑気に川田に話し掛ける。
「何呑気なこと言ってんだ。そんな余裕ねえぞ。」
川田が唐突にベネリM3を構える。次の瞬間、轟音が辺りにこだました。直ぐ様ポンピングして薬筴を排出する。川田の表情は変わらない。まるで百戦錬磨の如き雰囲気だ。
「まさかいるのか!?」
岡本が川田の方に向かっていき、隣に並ぶと同じように上下二連式を構え、発砲した。
犬のイリャーナは銃声に怯えて、西野が宥めている。
「おいおい、数がハンパじゃねえぞ!ゆうに10はいるじゃねえか。」
嶋村もウリカで発砲しながらゾンビを倒す。
さらに川田が散弾をゾンビの集団にたたき込む。
「西野、嶋村!ここは俺と岡本さんでなんとかする!裏口確保しろ!」
「わかった!あまりムリすんなよ!」
二人は会話を交わすとすぐに行動に移った。
「ほら、行くぞ西野。犬も忘れんなよ。」
嶋村が西野とイリャーナを先導し、ゾンビ集団を逸れるように移動する。川田と岡本の援護もあり、ゾンビはこちらにくることはなかった。
「装填する!」
二発しか装弾数がない岡本はこまめにリロードをする。やはり戦闘には川田のような、ポンプアクションとセミオートが切り替えられ、装弾数の多いショットガンの方が有利であろう。
なにより、アメリカのSWATも使用しているショットガンである。性能は申し分なかった。
ただ違う場所はと言えば、SWATはピストルグリップを使用しているが、こちらは狩猟によくあるライフルストックと一体型の物である。
「岡本さん焦らずに。まだ余裕はありますから。」
近づくゾンビに散弾を食らわせ、穴だらけになったゾンビが崩れ落ちる。
広範囲を巻き込む散弾はこのような集団には効果絶大だ。
「くっ‥こちらもリロードだ!」
川田はバンダリングからショットシェルを取り出すとショットガンに装填していく。その間を岡本が援護する。
岡本はスラッグ弾を装填したようで、着弾したゾンビは頭が吹き飛ぶなんてレベルじゃなかった。
頭部が消し飛ぶ勢いという方が正しいだろう。
頭部が消失したゾンビは首無しで二、三歩進むと地面に倒れた。
辺り一面は血の赤、紅。
紅に染まった地面はびちゃびちゃとゾンビ達が行進する度に血の足跡を作っている。
「リロード完了。嶋村ぁ!まだか!?」
川田が目前に迫ったゾンビから後退しながらベネリM3を発砲する。
散弾が数体のゾンビを黙らせる。
「装填する。援護を。」
岡本が後退して上下二連に装填を開始した。
「開かねえんだよ!なんか暗証番号が必要みたいなんだけど、そんなん知る訳ねえ!」
嶋村が暗証番号を入力するために壁に付けられた端末を乱暴に操作するが、ブーという認証不可の音がするだけだった。
「なんとかしろよ!こいつら押さえ込むだけでも精一杯だ!しかも銃声聞き付けて増えてやがる!おい!嶋村危ねえ!」
嶋村が振り替えると、嶋村と西野に気付いたゾンビが近づいていた。
「あ‥ああぁぁあぁ‥ど、どうすれば‥」
西野は怯えてしまい腰が抜けて地面にへたりこんだ。
「クソ‥こんな時に邪魔だっつーの!」
嶋村はウリカをゾンビに向けて発砲する。
ゾンビは首元を撃たれ、文字通り首の皮一枚になって繋がっていた。
へたりこんだ西野の顔面にゾンビの血が降り掛かり、真っ赤に染まった。
「うぇっ!ぺっ!なんでこんな目に合わなくちゃならないんだよ!」
半泣きの西野に嶋村は焦燥した表情でまくしたてる。
「誰だって理不尽な状況にいるんだ!男ならメソメソすんなよ!」
嶋村は西野の襟首を掴み、無理矢理立たせた。
「クソ‥番号なんて知らねえぞ‥早くしねえと。」
嶋村はムチャクチャに番号を打つが全て不正解だった。
「まだか!?どんどん集まってきやがる!!そう長くは保たねえぞ!」
戦況を維持するのに苦しんでいる川田と岡本は、ショットガンの轟音を立て続けに響かせていた。
崩れ落ちるゾンビ‥吹き飛ぶ頭部、腕、足‥
溢れ出る真っ赤な鮮血と臓物‥
小腸を散弾が破壊し、内容物が地面に流れ出ていた。
「んなこと言ったって‥番号分からねえのに突破しようなんてムリだ!こうなったら、こいつでドアごと吹き飛ばしてやる!確か弾はスラッグ弾だったな。」
嶋村はチャンバー内の弾を取り出すと、バンダリングからスラッグ弾を取出し装填した。
「ショットガンって扉も壊せるの?」
西野が嶋村の行動にキョトンとしている。
「当たり前だろ。軍隊じゃマスターキーっていって突入時等にどんな扉も破壊するからそう愛称が付けられてんだ。って、これは川田の受け売りだけどな。こういうのはアイツの専売特許だ。」
そう言いながら嶋村は扉に向けてウリカを構えた。
「下がってろ。」
そう短く西野に伝えると西野は後退して怯えている。
嶋村が引き金に指を掛け、照準をドアノブ付近に合わせ、まさに撃とうとした瞬間ドアが開いた。
「きゃあ!ちょっと嶋村君撃たないで!!私よ、かなえよ!」
いきなり開いたドアの向こうにはかなえが立っていた。銃口を向けられていたかなえは非常に驚愕していたようだ。
「危ねえ!もう少しで撃つとこだった‥とにかく開いて助かったぜ‥ってそんな事言ってる前に川田だ。おーい川田!岡本さん!ドア開いたぞー!!早く来るんだ!!」
二人に手を振って早く来るよう呼び掛けた嶋村は先に怯えた西野を中へと入れた。
「あら?この子見た事ないわね。新入り?」
かなえが興味深そうに西野を見つめる。
「そうだよ、途中で見つけたから一緒に行動してる。後、犬のイリャーナも西野にくっついて離れないんだよな。」
軽く笑いながら嶋村がかなえに西野を紹介すると、西野は女性に免疫がないのか顔を赤らめて挨拶する。
「ど、どうもはじめまして西野涼です。16歳です‥」
かなりの奥手のようで、目も合わせられないようだ。
「ヨロシクね。私は長田かなえよ。19歳で大学生です。川田君や嶋村君と一緒に行動してたんだけど途中ではぐれちゃったの。他にもまだ仲間がいるからね。」
かなえの無垢で天真爛漫な笑顔を見せられ、西野はさらに目を合わせられなくなった。
なんといってもかなえはかなりの美人だ。
「よ、ヨロシクです。後、川田君の他に岡本さんっていう銃砲店のおじさんもいます。」
おどおどしながら話すと、かなえはまたもや眩しい笑顔を見せた。
「そうなんだぁ、まだいるんだ。仲間は多い方がいいからね!」
そう言った時、二階から足音が聞こえた。
「川田君達は無事か!?あ、嶋村君!よく頑張って来てくれた!」
久しぶりに見る北川巡査だった。
「なんとかたどり着きましたよ。」
嶋村も笑顔を見せる。その時、入り口から岡本が入り込んできた。
すぐさま入り口に川田が現れ、迫るゾンビに向けてベネリM3を乱射する。
「OKだ!閉めるぞ!」
鈍い金属音が響きドアが閉ざされた。
そしてなんとか郵便局内に入ることができたようだ。
「川田君!!」
唐突にかなえが川田に飛び付いた。川田は戸惑い、困っている。
「ちょ‥落ち着いて‥」
川田が宥めるが、かなえは川田を抱き締めるのを止めない。
「だって‥いくら待ってもこないし…私、ずっと不安で…」
かなえは目から涙を流していた。
「ん‥でもちょっとこういうのは‥照れる。」
苦笑いしながら川田はこめかみを人差し指でかいた。
「あーあー、お熱いこって。」
嶋村がニヤニヤしながら川田を皮肉る。
「はは、若いもんはいいのう。ワシも昔は‥」
岡本が過去の武勇伝を語りだそうとしたので嶋村が止めた。
「え?あれ?二人ともそんな関係だったの?…」
西野は出会って5分足らずで失恋してしまった。
「さ、さぁそろそろ今までの事を話し合わないと…」
北川巡査が苦笑いで二人を引き離した。
かなえは不満そうだったが。
「とりあえず、貴方と貴方が新しく入った二人ですね。」
北川が岡本と西野を見て言った。
「うむ。岡本じゃ、ヨロシク頼む。」
「西野涼です。ヨロシクお願いします。」
二人は北川とかなえに挨拶した。
「北川です。見たとおり警察官で階級は巡査です。ヨロシクお願いします。そして、こちらが長田かなえさん。」
北川は自己紹介の後、かなえを紹介した。
「長田かなえです。岡本さんですね。ヨロシクお願いします。」
ペコリとかなえが頭を下げる。
「それて、そっちはどうだったんですか?」
川田が北川に促した。
「こっちも大変だったよ。後、今いないが上にもう一人いるから。後で紹介するよ。」
「了解。」
川田は短く言うと、バンダリングからショットシェルを取出してリロードする。
「そんな銃どこから見つけてきたの?」
改めてショットガンに気付いた北川とかなえが驚いていた。
「さっきの銃声で気付いてかなえさんがドア開けたんだが、ニューナンブやM37エアウエイトとは銃声が違ったから他の人間かと思ってたよ。」
北川がまじまじとショットガンを見る。
「ワシの店の売り物じゃよ。まだ外国から入荷したばかりで処置しとらんくて装弾数多いから犯罪なんじゃがね。勘弁しとくれ。」
ニヤニヤ笑いながら岡本が北川に説明した。
「ま、まぁ今は非常時ですし、警察は機能してませんから私は逮捕などしませんよ。」
北川がちょっと引きつった顔でそう告げた。
「ありがたい。」
岡本はそう言って喜んでいた。
「合流するんだからかなえや北川さん達の分もショットガン持ってくればよかったな。」
川田が最終弾を装填し、ポンピングする。
ジャキィ!という鋭く頼もしい音が響いた。
「いや、扱い慣れてないのを使わない方がいいだろう。ましてやかなえさんには振り回すのは辛そうだし、反動も強いだろう。私は使い慣れたニューナンブで十分だ。」
「確かにこんな重いのは使えないわね。拳銃だけでいいわよ。」
かなえは人差し指をのばし、親指を立て拳銃の形にしてバキュン!と言ってジェスチャーした。
「ともかく皆無事そうでなによりだ。」
北川も見渡して笑顔を見せる。
「こっちはこっちで大変だったぜー。変な野郎と戦う羽目になるし、集落じゃ何十人のゾンビに迫られ、籠城まがいの事までして映画さながらの爆破もしたし、岡本さんちじゃゾンビが一杯来たからまたもや籠城して、ショットガンGETして、装備を充実させてなんとか逃げて、その後に西野を拾ったり車事故ったりで大変だったぜ。」
やれやれと嶋村は今日遭遇した出来事を話した。
「凄まじい状況だったんだな…」
北川は自分達より過酷な状況だったのを知り、驚いていた。
「私達より危なかったんだね…怪我とかないの?」
「ワシは足を少しだけ傷めただけじゃな。気にならん程度だが。」
岡本はトントンと床を爪先でならした。
「僕はないですね。」
ハンカチで顔に付着した専売を拭きながら西野が言う。
「俺も切り傷や打撲だけだな。そこまで酷くない。」
嶋村が自分の体をたたいて確かめる。
「俺も大して怪我はしてないな。」
川田はそう言うと、すかさず嶋村が指摘した。
「お前一番怪我してるじゃねえか。切り傷や打撲は当たり前。刺し傷まであるだろ?一番危険な事して、一番戦ってたじゃん。」
よく見ると川田はそこらじゅうに打撲や切り傷を負っていた。
あの改造人間のようなヤツ人間やられた傷が一番酷かった。
「こんぐらい大丈夫だっつーの。」
川田はニヤリと笑って腕を曲げて力瘤を出してみた。
16歳とは思えぬ立派な腕だった。
「怪我してるんじゃん!どこか痛む?手当てしなきゃ。」
かなえが川田の体を擦る。
「いや、大丈夫だから。」
川田は苦笑してかなえを引き離した。
「ともかく、仲間が一杯増えてよかったよー。」
川田を擦る事を止めたかなえは皆を見渡し笑顔でそう言った。
「仲間、か‥」
川田は一人そう呟いて遠い目をした。