FILE25 郵便局
かなえと北川と上田は、夕焼けの紅い空の中、ようやく郵便局にたどり着いた。しかし、玄関には川田と嶋村の姿は無い。
代わりに複数のゾンビが入り口付近をウロウロしているだけだった。
「まだ川田君と嶋村君は来てないのね‥」
かなえは呆然と郵便局を眺めた。こちらに気付いたゾンビ数体が口からボタボタと血を垂らしながら寄ってくる。
「無事だといいけど。とにかくこいつらの排除が優先だね。」
北川はニューナンブを構えると、ゾンビの眉間に狙いを付け、ゆっくりと引き金を絞った。
乾いた発砲音と共に眉間に穴が開き、後頭部から腐敗した脳ミソが飛び出したゾンビは崩れ落ちる。
「まさか死んだんじゃないのか?こんな状況じゃ死んだっておかしくない。いや、死ぬに死ねない状態になると言った方が正しいかな。」
上田が大事そうにカメラを触りながら、かなえと北川にそう告げた。
「縁起でもないこと言わないで下さい!」
かなえが上田に怒りの表情を浮かべている。
「悪かったよ。でも死んでたっておかしくないのは事実だぜ!?」
上田はかなえに言いたい事を必死で説く。
「確かに、この状況では生き残る方が困難だろう。私達が生き残ってるのも、数々の幸運が積み重なった事と、この銃等があったからだ。そうじゃなければ川田君達も全滅していたっておかしくはない。
しかし‥彼の戦闘能力、技術、そして知識はずば抜けている。それでいて頭もよくキレる。彼等なら必ず生きてるだろうさ。」
北川が残りのゾンビに発砲して殱滅した後、かなえは郵便局の正面玄関へと向かった。自動ドアも今は固く閉まっている。
中には誰もいないようだ。
「裏口の電子ロックシステムから暗証番号を使って入る事ができたはずだわ。」
かなえ達はそのまま裏口へと回った。幸い裏口にはゾンビはいないようだ。
「最近の郵便局って電子ロックなんてかけてんのか。豪勢なもんだねぇ。」
上田が皮肉を並べつつ郵便局を写真に収める。
「今時どこの郵便局だって電子ロックぐらい付いてるわよ。個人情報が慎重に使用されてる今日では、外部から不正に入れないように裏口の局員入り口には電子ロックがかけられてるの。知り合いから教えてもらったわ。確か暗証番号は‥」
かなえはしばらく電子ロックの端末をいじくっていた。番号を押す電子音だけが辺りに響く。
「なぁお姉ちゃん、まだ開かないのか?」
痺れを切らした上田がかなえに問い掛ける。
「なんだったっけな?‥昔の事だから中々思い出せない‥もう少し時間をちょうだい。」
しばらくかなえは端末を操作するも、番号認証はされる事もなく不正解のブザー音だけが鳴っている。
「あぁ‥ダメだわ、思い出せない…」
かなえは悔しそうな顔をして長い髪をかき上げた。
夕焼けに長い髪がとても流麗に映えていた。
「おいおい、どうすりゃいいんだよ。」
「そんな事言っても数年前の話なんだから仕方がないじゃない。」
二人が口論していると、北川が急に振り向いた。
「二人とも静かに!何か聞こえる…」
北川は人差し指を口にあて静かにするようにと合図を送る。
確かに建物の曲がり角から足音が聞こえる。
「川田君達かな?」
「いや、人間にしては歩調が遅くないか?‥」
訝しがり、目を細めて上田は曲がり角に注目する。
「川田君と嶋村君か?」
北川が呼び掛けたが返事は無い。
北川はニューナンブを構えると、かなえに向かって話し掛けた。
「できるだけ早く暗証番号を思い出すんだ。ここは裏口。逃げ場がないぞ‥私が援護するから早くロックを解除してくれ。」
「‥そういえば、ここは逃げ道がないんだ‥わかりました、必死に思い出します!」
かなえは目を瞑ると必死に独り言を言いながら考えだした。
その時、曲がり角から二体のゾンビが現れた。
そして、その後から6体もゾロゾロとゾンビが角から現れた。
「クソッ、多いな。」
北川はゾンビに向かって発砲した‥はずだったが、カチリという音だけがした。リロードのし忘れで、先程のゾンビでシリンダー内の5発は全て撃ち尽くしてしまったのだ。
「しまった!こんな時に弾切れか‥かなえさん、リボルバー貸して下さい!」
「えっ!?あっ、はい!」
かなえからもう一丁のニューナンブを受け取ると、北川はゾンビ達に攻撃を開始した。
灰色のコンクリートに赤黒い染みが広がる。
「俺は何すればいい!?」
カメラでゾンビを撮っていた上田が北川に縋った。
「リボルバーのリロードでもしてくれ!弾はこれだ。なるべく早めにリロードして下さい。」
「わ、分かった!でもどうやってこいつに弾入れるんだ!?」
ガチャガチャとニューナンブをいじっている上田を横目に北川は迫ってくるゾンビに鉛弾を食らわせる。
「左側にスライドできるとこがあるでしょう?スライドしながらシリンダーを横に押し出して‥クソッ!また来た!
それで、薬筴を排出して新に弾丸を装填して閉じて下さい!」
言ってる内にゾンビは容赦なく近づいてくる。
距離は10メートルあるだろうか?
かなえはぶつぶつと呟きながら必死に思案している。
「この数‥これじゃあ5分も保たない‥」
北川は迫り来るゾンビどもを必死に迎撃するが、ここで弾薬が尽きる。
「上田さん、こいつも装填して下さい!」
上田からリロードし終わったニューナンブを受け取ると、弾切れをしたニューナンブを渡した。
間髪入れずにゾンビに発砲を開始する。しかしすぐに弾は尽きた。
「次!」
北川は同じように装填したニューナンブを受け取ったが、もう既に距離は詰められていた‥
「クッ‥間に合わない‥」
北川と上田が後退る。
ゾンビはグチャグチャになった腹部から臓物を垂れ流し、北川達を仲間に入れようと迫ってくる。
次第にゾンビの唸り声が合唱のように重なり合ってきて、北川と上田は追い詰められる。
「ここで終わりか‥せめてかなえさんだけでも‥」
北川は悔しそうに唇を噛んだ。
「迫力ある写真が撮れたけど、こりゃ幸先よくないな。まだ死ぬには早いんだがねぇ。」
上田は無理に冗談を言うが、歯の根が合わないようにガチガチとなっている。
その時、かなえが大声をあげた。
「開いた!開いたわ!二人とも早くこっちに来て!」
かなえがドアロックを解除して手を振っている。
「えぇい、一か八かだ!」
上田はカメラのフラッシュを焚いた。激しい閃光が夕焼け空に光った。
一瞬、ゾンビの動きが止まったのを北川巡査は見逃さなかった。
「今だ!!」
北川は前方の4体の頭部に発砲し、道を開け、上田の手を取り一点突破を試みた。意外に簡単に抜ける事ができ、そのままかなえの待つ裏扉へ走る。
かなえが扉を開け、こちらを向いて手を振る。
「かなえさん危ない!!!」
開いた扉の向こうから、女性のゾンビが、かなえの肩に掴み掛かってきた。
「いやあぁぁぁぁあ!!」
かなえが悲鳴をあげた瞬間、乾いた破裂音がしてゾンビが倒れた。
「装填数の最後の一発‥」
北川のニューナンブから硝煙が立ち上っていた。
三人は、苦戦した扉から中に入った。後ろで件の扉がオートロックで閉まる音がした。その後に大量のゾンビが扉を叩き続けていた‥