FILE13 奇策
双眼鏡で軽トラックを眺めながら川田は新たな作戦を完璧な物にしていた。
『嶋村、この屋敷中のガスボンベを探すんだ。殺虫剤でもなんでもいい。とにかくガス計のもんを集めてくれ。』
川田は嶋村に指示を出しながら階段を降りていく。
『分かったけど、いったい何するんだ?』
『まぁ言われた事やりゃあスグ分かるさ。それよりガスボンベ探してくれ。』
勿体ぶった答え方で言葉を濁して川田は台所までやってきた。嶋村はそこらの部屋で目当ての物を捜索中だ。隣の部屋でゴソゴソという音が聞こえている。
『お、あったあった。』
台所の棚の中からアウトドアで使うような大きなガスボンベを見つけてリュックにしまう。
川田は次に書斎らしき部屋に入り、机を漁り始めた。しばらくして机の中からジッポライターを見つけるとポケットにしまい部屋を後にする。
『大体こんなもんか?』
嶋村が殺虫剤や小さなガスボンベを数本抱えてドアを開けて川田にそれを渡す。川田はそれをまたリュックに押し込むと、嶋村と供に玄関から表へ出たようだ。
門は今にも壊れるのではないだろうかと思える程、頼りなく見える。
ゾンビ達が一斉に門を叩く。ミシミシと木が裂けるような嫌な音が二人に聞こえていた。
『もう時間ないな‥嶋村!今から作戦話すからちゃんと聞いてろよ!』
『わかった。で、どうすんだ?』
嶋村は門を心配そうに見つめながら川田に話を請う。
『俺があのボロ軽トラをこの屋敷に持ってくるからそれまでゾンビをここで食い止めてくれ!できるだけ多くのゾンビを屋敷内に集めろ!いいな!』
『おい!あの数を俺一人でか!?ムリだって!』
嶋村は川田が計画したとんでもない作戦に反抗した。
『お前ならできるって。時間にして5分だ!5分こいつらを足止めしてくれればいいんだ!』
川田は手を突き出して5分だと示した。
『分かったよ。でもなるべく早く頼むぜ!こんなとこで死ぬのなんてまっぴらだからな。』
嶋村は笑ってみせたが引きつった笑いになり、余裕が無い事が伺える。
『サンクス。5分でなんとか打開してみせるぜ。じゃあその前に最終準備だ。』
川田は、屋敷の外から台所にあたる場所に向かうとそこにあったプロパンガスを外した。
『嶋村、ちょっと手伝ってくれ。』
川田は嶋村と一緒にプロパンガスを運び、ゾンビが破ろうとしている門の近くに持ってきた。
その後も置いてあったプロパンガス二本を嶋村と運び、玄関付近にあった灯油缶を持ってきてプロパンガスにぶちまける。
灯油の匂いが辺りに充満し地面を油だらけに濡らす。川田は灯油缶をもう一つ持っていく。
『じゃあ行ってくる。5分間頼むぜ!』
『あぁ、任せろ!これで死んだらおまえの所に化けて出るからな!』
嶋村は両手を前に突き出してお化けの真似をするが、この状況じゃ、まんまゾンビだ。
『そりゃカンベン。じゃあ行くぜ。』
川田は比較的低い塀を乗り越えて塀の向こう側へ消えた。
嶋村は川田が向こうに消えたのを確認すると向き直って今にも破られそうな門を睨み付けた。
相変わらず門の向こうではゾンビが唸り声をあげている。
『来るならとっとときやがれ‥』
ニューナンブを門に構えた時、とうとう門のカンヌキが派手な音を立てて折れた。開いた門からは死者の群れがゾロゾロと現れる‥
嶋村は一体のゾンビに狙いを付け、引き金を絞った‥
川田は塀を飛び降りて周りを確認した。
幸い、門の方に全てのゾンビが集まっているようでこの辺りにはいない。
川田は軽トラックに向けて疾走した。
家屋の角からゾンビがゆらりと現れる。
『えぇい、邪魔だ!』
ゾンビの眉間に向けてM37エアウエイトを発砲する。赤い血飛沫を上げてゾンビは倒れた。
川田と軽トラックの距離はだいぶ近づいてきている。またしても前方にゾンビが現れ、川田の行く先を邪魔する。
川田はスピードに乗ってゾンビに向かって飛び蹴りを食らわせる。
ゾンビは腹部を蹴られ、くの字になって吹き飛んだ。
ようやく軽トラックに到着した。
川田は、軽トラックのドアを開いた。内部には特に変わりはなく、普通の田舎にあるような軽トラックだった。
キーはつけっぱなしでエンジンもかかっている。
ゾンビが襲撃したのか所々ボロボロになっていたが、なんとか走行は可能なようだ。
川田は軽トラックの下に潜り込み、先程持ってきた灯油缶を軽トラックの荷台にあったロープで縛り付け、灯油缶の蓋を開けた。そして運転席に乗り込み、アクセルを踏んだ。
軽トラックはタイヤがパンクしているせいもあり、非常に不安定である。
『運転しにくいな‥』
川田は今も屋敷で戦っている嶋村の所へと軽トラックを急がせた。
『クソッ!一人じゃこんな数保たねぇ。』
嶋村は門から迫り来るゾンビの集団に向けて発砲していたが、5発などすぐに尽きてしまう。
ゾンビは嶋村裕也という名の餌を捕まえる事に必死だ。ゆっくりと、だが確実に嶋村を追い詰める。
嶋村も銃などこの日初めて使ったので、焦りでリロードがうまくいかない。
川田のように慣れてはいないのだから仕方ない。
『落ち着け、落ち着けよ俺!!』
ニューナンブから薬筴を排出し、震える手でリロードする。
しかし38.スペシャル弾が滑って地面に落ちる。
その間にも確実に距離を縮めてくるゾンビ達。
リロードに必死になっていた嶋村の肩をゾンビが掴む。首筋に生臭い腐臭が吹きかかる。
『うおああぁぁあぁああぁあッ!!!』
嶋村はその手を振り払い体当たりを食らわせる。
ゾンビは吹っ飛ばされ、その後部にいたゾンビの集団がドミノ倒しになる。
『ヤバい、ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい‥』
嶋村はやみくもに走りだしとうとう袋小路に追い詰められる。
5分間という短い時間だが、体感する時間は永遠とも言える長い時間に感じる。
『おい、やめろ!来るんじゃねぇよ!』
嶋村がゾンビ達に向けてニューナンブを乱射する。
屋敷に乾いた発砲音が響いた。二体は頭部を撃ち抜かれたが、後は腹部や胸部でゾンビ相手には致命傷にはならない。
ジワジワと接近してくる生ける屍達‥
嶋村は、ニューナンブに残った最後の一発を確認するとこめかみにニューナンブをあてた…
嶋村はぐっと目を閉じて引き金に指をかけた。
そして引き金に力を込める‥
一発の乾いた銃声が集落全体に響き渡る。
そして、崩れ落ちる者が一人‥
『おい嶋村、死ぬにはまだ早いぜ。それに確実に死にたいならこめかみじゃなく口腔内にぶっ放せ。』
川田が軽トラックから降りて残りのゾンビに続け様に発砲する。
ポカンとしてる嶋村を尻目に、川田が残りのゾンビを格闘技で地面に倒し、頭部を掴み、スピードをつけて捻らせて頸部をへし折る。
一瞬後にはその場のゾンビは粗方片付いていた。
『おい行くぞ嶋村。いつまでボケっとしてるんだよ?置いてくぞ。』
川田は嶋村の手を引っ張る。
『あ、あぁ、ありがとう川田。俺死ぬ気でいたよ。ホントにありがとう‥』
嶋村が目に涙を溜めながら川田に礼を言う。
『気にすんな。大体俺も5分以上かかったからな。おあいこだ。』
川田M37エアウエイトにリロードしながら外へ向かう。門の周りにはゾンビがまだ結構いた。
『大変だったぜ。門付近じゃ結構な数のゾンビがいたからな。スピードあんま出ないからひいても致命傷にゃなんねぇし。あ、こっち側の塀からコッソリ出るぞ。』
『わかった。いったい何をやったんだよ?』
嶋村が塀に登っている川田に質問する。
『それは見てからのお楽しみだ。』
二人はゾンビ達に気付かれないように塀から屋敷の外へ出た。門からは、川田が辿ったと思われる。灯油の踪が地面についている。
軽トラックの下に括り付けた灯油缶から、地面にかなりの量が流れて軌跡を描いている。
川田がジッポライターを取出し、地面に流れている灯油に点火する。
火が灯油の踪を蛇のようにのたくりながら移動する。
その先には軽トラックと、横にプロパンガスや小型のガスボンベ、大量に流された灯油に火が付く。
軽トラックのタイヤが焼け、黒い煙が上がる。
『まさか川田?‥』
嶋村が唖然とした表情で川田を見る。
『そのまさか。』
ニヤリと笑い、M37エアウエイトを構え、プロパンガスに発砲する。
甲高いガスが漏れる音がして数秒後、そのガスに引火して大爆発を起こした。
軽トラックや、ガスボンベも引火して凄まじい爆発が起こる。屋敷の半分以上が爆発によって燃え尽くされている。
『これで孅滅完了‥』
この爆発の量なら、ゾンビは木っ端微塵、ならなくても火炎によって焼き尽くされるはずである。
『こんな事考え付くなんて、オマエはスゴいヤツだよ。』
嶋村は苦笑して川田の肩を叩く。
『こんぐらい臨機応変にやらないとな。じゃあ行こうか。』
二人は目的地に向かい、農道を歩いていった。