第1話-2 鐘無き開戦
「やっぱり美味しいね。いいリンゴだ」
そういって男、オールは、村から少し離れたなにもない草原で、岩に座ってリンゴをかじる。
「それは、どうも」
ザイロはぎこちなくそういった。
敵意がないと直感した。ただ、あの目があった瞬間に感じた異質感からどこか壁を作っていた。
それともう一つ。これはなんとなくではなく、確信を持っている。
「君は、この世界に来る前はどこにいたのかな」
オールにそう問いかけられると、初めての出会いに緊張が走る。
自分以外の、別世界からやってきた人間。
この三ヶ月の間で想定はしていた。自分があるということは、他にも同じような者がいてもおかしくない。
ただ、こんなに早く出会えるとは思ってもなかった。
「日本です」
ザイロが答えると、オールは首をかしげた。
「日本か、知らない名前だな。僕はフランスという国にいたんだ。もしかしたら、元いた世界は別の世界だったかな」
「いや、俺はフランスという国名をなんとなく覚えているんで、多分同じ世界です」
「あ、それは……」
オールは困ったように頭をかいた。「どうも失礼」
「いや、いいですよ。俺も前の記憶はそんなに強く残ってないですし」
そういうと「ありがとう。優しいんだね」とオールは笑ってみせた。
そこから二人は、この世界にやってきてからの身の上話を語り合った。
双方とも前の世界の記憶は薄かった。
オールはザイロよりも少し早い、四ヶ月前にここから少し離れた場所のベリアルという大きな街で目覚め、一人で何とか生きながらえた。
ただザイロとは違い、良い仕事につけたのか、身なりからして金銭には困っていないようだ。
「なるほど、近くの教会で二人か」
ザイロの話を聞いたオールがポツリと答えた。「なかなか大変だっただろう」
「まあ、飢えてはいないし、生きられてはいます。村の人たちは優しいんで」
「そうだね。リンゴも美味しいし、不自由はなさそうだ」
そういってリンゴをまたかじった。
シャクっという、快活な音がなった後、口の中の物を飲み込む。
「それで、君はどうするつもりだろう」
その曖昧な問いかけに、ザイロは首を横にふった。
「どうするもなにも、どうして俺がここに来たのか、意味もわからないんですよ。まあ、何にせよイリオのところに俺はきた」
ザイロは目を凝らして山の方を見た。凝らすとこぢんまりとした教会が見える。「困ってる彼女を助けろってことなんだと思います。だから、とりあえずは教会をーー」
ザイロは言葉をつまらせた。
リンゴをかじろうとしていたオールの手。それが止まり、口を開けたまま停止している。
「君は、何も聞いていないのか?」
その問いかけに、首をかしげる。
聞く? 一体何を。どこの誰に。
本当にザイロが何もわかっていないことを察したオールは、納得したかのように軽く頷いてみせた。
「なるほど、そういうこともあるか」
「あなたは知ってるんですか。俺達がここにきた理由を」
「ああ、知っているさ。君も聞いたはずだ『転生者、ただ一人となったものに……神の力を授ける』」
小さく風が吹いた。頬を撫でるそれが、どこか不快に感じた。
覚えていない。だが耳にしたような気がする。
嫌な予感。
「それって、どういう意味ですか」
恐る恐るザイロは伺う。
「そのままの意味さ。残った一人は神になれる。転生者同士のバトルロワイヤル。僕たちは殺し合うために、ここにやってきたのさ」
今日のスープは、いつもより具材が多く彩りが豊かだった。比較的ーーいや、いままでの食事からするとかなり豪華な夕食だ。
そのため、イリオの表情はいつもより明るい。相対的に、ザイロの表情は暗かった。
スープを何度か口に運んだ後、考え込んだかのように手が止まる。
殺し合うため? 俺達が、いったい何のために。
その疑問が常に頭をもたげる。
そんなことならいっそのこと知らずに、イリオを助けるために来たと思いこんでいたほうが、ずっと良かった。
「あの、ザイロさん」
考え込んでいるとイリオに話しかけられ、ハッとしてザイロは顔をあげた。
「あ、なに」
「お口に合いませんでしたか。あまり手が進んでいないようで」
「いやぁ、すっごい美味しいよ。ほんとに……ほんとにさ」
そこまでいうと、続きの言葉がでなくなってしまった。
「ザイロさん」
イリオは力強く、誠実な眼差しをザイロに向けた。「いつもザイロさんには助けていただいています。なにかあったのならいってください。私のできる限りをします」
ザイロは鼻から重いため息を漏らす。
俺は、隠し事が苦手だな。
今日はデザートも用意していた。
皿に盛り付けられたリンゴを見ながら、また昼の会話を思い出す。
あっ、とザイロは短く声を出した。
オールが食べかけのリンゴを、空に向かって投げたからだ。
少し先の地面に落ちようとしたとき、オールが宙のリンゴに向かって手刀を構えた。
瞬間、ギンっという、金属音のようなものを聞いた。
すると強烈な風が巻き起こり、宙のリンゴは真っ二つに切断され、下の地面には大きな切れ込みが発生していた。
その跡は、まるで巨人の大ナタが突き立てられたかのようだった。
「これが僕の能力だ。真空を作って物体を切断する……というより、すりつぶしているというのが正しいか。この世界に魔法として名前があるようでね。『ギルラト』というらしい。これはかなり強力な魔法なんだとか」
「な、なるほど」
魔法の存在はなんとなくイリオから聞いていた。それを目の当たりにした驚きもあるが、それより殺傷能力の高さ。
いうなれば、オールは人ひとりを簡単に殺害できる能力があるということだ。
不意の恐怖にさっと血の気が引く。
その様子を察してか、オールは敵意のない笑顔を作ってみせた。
「安心してくれよ。君に使うことはないし、それに君も何かしら魔法を使えるはずだ。心当たりはないかい?」
一間、逡巡するも、それらしき力は思いつかない。
「気がついてないだけかもね。発動にもコツがいるんだ。まあ、そのうち使えるさ……さあ、教えられることは教えた、ここからが本題だ。君は、この先どうする」
「どうするって」
そういってザイロは言い淀む。
急にそんな事いわれても、すぐに返答ができるわけがない。
いまはもう、理解のできないことが多すぎる。
ただ、一つだけ確かなことがある。
「俺は、殺し合いなんてしたくないです。たとえ力があろうと。神の力なんていらない。俺は普通に暮らしたい」
ザイロの言葉に、オールは困ったような顔を見せた。
「確かにそのとおりだ。僕も最初はそう思っていた。ただ問題があってね、僕ら転生者同士はどうあがいても引かれ合う運命なんだ。僕は君のことを知ったうえでここに来たんじゃない。たまたま、旅をしているとここに来ていた。そんなふうに、無意識に出会うようにできてる。出会った瞬間にも違和感があっただろう。転生者同士の共鳴って僕は呼んでるよ」
ザイロの目が動揺を表すように揺れた。
「殺し合いからは、逃げられないということですか」
オールは現実を伝えるよう、重い口調でいった。
「そのとおりだ。だから、僕から君に提案がある。僕と一緒に来ないか?」
「オールさんと一緒にですか」
ことの始終を聞いたイリオはそういった。
「そう。オールさんも、別に殺し合いがしたいわけじゃないんだ。でも俺たちは引かれ合う。だったら二人でいたほうが安全じゃないかって」
「なるほど。確かにその通りですね」
その後、なんとも歯切れの悪い間が流れた後、
「ザイロさんは、どうしたんですか」
と問われる。
「そうだな……俺は、できればここにいたい」
そう答えると、イリオの表情に少し明るさが見える。
「そうですか! 全然いいですよ、ザイロさんのおかげですごく助かっていますし」
「ここに転生者がやってくるかもしれない」
ザイロがそういうと、イリオは口を横一線にして黙った。「それは、俺を殺しに来るかもしれないんだ。イリオさんを……巻き込むかもしれない」
「ザイロさん」
目を伏せるザイロ。その右手を、身を乗り出したイリオが両手で強く握った。「この数ヶ月、ザイロさんにたくさん助けていただきました。この美味しい料理もザイロさんのおかげです。今度は私がザイロさんを守ります。安心してください……ザイロさんはここにいてください。」
いま思い出しても、吹き出してしまいそうになる。
大の男が、自分より見るからにか弱い女性に、手を握られ、守りますといわれたのだから。
ただ、その気持が、なによりも嬉しかった。
あの後、味覚が一気に復活したかのように、スープが美味しく感じ、食事を一瞬で終わらせてしまった。
いまは水汲みに来ていた。
イリオに、湖の奥は傾斜が激しいから、絶対にいかないように、といつもの念押しをされて。
ここは自分が転生してきた場所だ。
夕暮れの空が水面に反射し、綺麗な光を作る。その奥には山上から流れてくる滝が、大小の飛沫をあげていた。
思わず、じっとそれを眺めてしまう。
俺は、ここが好きだ。この場所に転生できて、イリオと出会えて、ほんとに良かった。
それがここに残る何よりの理由だ。
だが、イリオにはいわなかったが、それとは別にオールと一緒には行けないーーいや、行きたくない理由があった。
「もったいないですよ、それ」
たいして食べられもせず、真っ二つに分かれたリンゴ。
オールとの別れ際、それを見ながらそういった。
「ん、ああ、そうだね。食べたかったかい? よかったら買ってこようか」
「いや、そうじゃなくて」
バツが悪そうにザイロはそういった。
いま、イリオもザイロも、満足な食事をしているとは言い難い。
それなのに目の前で食べ物を、遊びのように使われると、あまりいい気はしなかった。
「大丈夫だよ、そのうち虫や動物が食べるさ」
そういってザイロに背を向けるオール。
やはりだ。この人は最初に会ったときから覚える違和感。
どこか信用できない。そんな感覚があった。




