プロローグ -さざ波の終わり-
転生者 ただ一人となったものに 神の力を授ける。
「貴様は……転生者か?」
時刻は夜。今宵は満月だった。
スラリとした長身に、長髪を後ろに結っている男、レインの問いに、蛮族の男は動きづらそうに首を横に振って答える。
動かしづらい理由。それは蛮族の口に日本刀らしき刃が差し込まれ、内側から背面の木の壁まで貫いていたからだ。
その柄を、レインが握っている。
生殺与奪の権利を握っている彼の瞳は、状況に反して波を眺めているように静かだった。
山の中、木で作られた小規模の砦。
いや、砦とよぶには作りが悪い。一応、防壁のある集落といったところか。
盗みや殺しを生業とする蛮族が三十名程、ここを住処としていた。
死霊が漂うと言われているこの森は、彼らが隠れて住まうにはちょうどよい場所だった。
レインが問い詰めるこの男は守衛。
本来一人ではなかった。
目を凝らせばわかる、他の二人はすでに生首になって、レインの後ろに転がっている。
様子を見て違うことを察したレインは、何も言わずに刀を抜き、閉じられた門の前に立つ。
守衛は大量に血の流れる頬を押さえながら、尻を擦らせて後ずさる。
聞き馴染みのない切断音のような何か。
それが聴こえたときには、レインはすでに刀を振り終わったあとで、丸太で作られていた門は切断され、崩れ落ちた。
さすがの騒ぎに、中で眠っていた蛮族たちが気づく。
ざわめく彼らを意に介さず、砦の中央へと歩いていくレイン。
敵襲を知らせる耳障りな鐘が鳴り、次々と武器を持ち、目を血走らせた男たちが周りを囲った。
怒鳴り、威嚇する、それを尻目に、空をじっと眺めていたレインは、ポツリとつぶやくように言った。
「今日は……きれいな満月だな」
族長の掛け声。それで蛮族たちは一斉に飛びかかった。
あと一歩で手に持っている斧や、棍棒が当たろうというとき、レインは閃光のような速さで、髪をなびかせながら体を半回転、刀を横に振り抜くと、地を這うような鋭い風が吹いた。
一瞬、時が止まったかのように、すべての物体が静止する。
ほんの少し、夜風が吹いて木々が揺れた。
それを皮切りに蛮族たちの体の胴が、胸が、両足が、切断され一斉に血しぶきをあげる。
恐怖のあまり、声にならないうめき声を守衛はあげる。
ほんの数秒で砦は血で塗られた。
まだ息があるものも数名いるが、出血から見れば時間の問題。
レインは落胆したかのようなため息を落とし、腰に携えた鞘に刀を納めた。
そして、ゆっくりと、腰を抜かし動けずにいる守衛へ歩いていく。
「あ……ああ!」
狼狽する守衛は痙攣しているように首を振る。「ちょ、ちょっとまて。わかった、もう、もうやめる。あんたに迷惑はかけない」
聞こえているのか、そうでないのか。冷たい目をしたレインが近づく。
「頼む! 頼むッ、命はーー」
レインが眼の前まで来た瞬間、守衛の息が止まる。
ほんの一瞬、走馬灯が脳裏を巡ったかと思うと、気がつけばレインはその横を通り、後ろの森の中へと消えていった。
守衛は安堵したが、上がった心拍が収まらず、息がうまくできなくなると、そのまま気を失った。
大国ライロルドがすべての地域を戦争により統治し、二十年以上の時が経った。
後にさざ波の間と伝えられる、平穏の時。
「ねえ、あんた転生者」
暗い部屋の中で一つ甲高い声が響いた。
ここは名も忘れられ廃棄された村にある教会。
夜な夜な、禁術とされている闇術魔法を研究するため、ナイブル教と名乗る者たちが集まっていた。
皆一様に暗い色をしたローブを着て、フードを被っている。
その全員が、声の方を向いた。
出入り口に立つ、一人の女。
彼女もまた、他のものと同じように紫色のローブを着ている。
深く被ったフードの下に、人を小馬鹿にしたような口元とフェイスタトゥーが見える。名前をアスカという。
「転生者、とな」
教会最深部に立ち、全員を見渡せるように立っていた初老の男がそういった。
ここを取りまとめている、バイナスという男だった。
ほかの者よりもつややかなローブを着て、琥珀色をした宝石が埋め込まれた杖を持っている。
「転生をどう定義しようか。我々は魔法の真髄を伝えるため、天命を受けた。それを生まれ変わりとするならーー」
「あーもういいもういい」
バイナスの言葉を、アスカはよってきた虫を払うように、手を振りながら遮る。「話の通じないバカってことがわかったから、もうあんたに興味ない。他にいないの、転生者」
バイナスの眉がピクリと揺れると、何かを感じ取ったのか、他の信徒たちはゆっくりと両脇に移動し、二人の前に広い空間ができた。
「君のような愚かな来訪者は珍しくない」
バイナスは努めて冷静を演じているが、滲んだ怒りが垣間見える。「こちらとしては感謝したいぐらいだ。君のようなものが来てくれると、皆に魔法の素晴らしさを伝えることができる」
「あんた無口のほうがいいよ。ペラペラ喋るジジイってダッサイ」
バイナスの目の上に、わかりやすく血管が浮き出た。
「『ディギール・ヘゼント』」
呪文の詠唱と共に杖を握り込むと、琥珀の宝石が、どす黒く霞んでいく。
バイナスを中心に円を描き、黒のかすれたインクのようで、揺らめく炎のような闇が、足元から上へと流れていき、頭上に球体を作る。
周りの信徒たちから感嘆の声が湧いた。
まるで祭りでも見ているかのようなざわめきだ。
「皆のもの見よ!」
信徒の一人が叫んだ。「これが魔法の真髄。闇の力だ!」
杖が振られると、深く、すべてを飲み込むような黒球がアスカへと向かう。
「真髄だって、笑える。ずいぶん浅い真髄もあったもんだ」
アスカは両手を構える。右手を上、左手を下に、爪を立て、まるで獣の顎を形象するかのような。
「『ガガガンド』」
アスカの詠唱後、前の足元、突如現れた魔法陣。
それが鈍く発光したかと思うと、狼の頭らしき石彫刻が現れる。それは一見しても非常に精巧に作られており、特徴的な円を描く文様が彫られていた。
狼は無機質な見た目ながら、生命を感じる動きで黒球に噛みつく。
凄まじい衝突エネルギーを放ちながら、闇と顎がせめぎ合う。
そのさなか、何かを察したバイナスの黒目が揺れた。
「バカな!」
アスカが力を入れた両手をぐっと握り込むと、狼の石像は闇を噛み潰した。
教会は静粛に包まれた。まるで葬儀の後のように。
「そんで、次はどーすんの」
挑発してそういうアスカに、顔色を変えて杖を握るバイナス。
「『ファードーー」
「遅っそ」
アスカがあげた右手を下ろすと、それに呼応して狼はバイナスに突撃した。
木の床が弾け、土煙があがると視界は一時的に遮られた。
土煙がおりたときに見えたのは、狼の顎に食いちぎられ、血が弾け散り、絶命したバイナスの姿だった。
一瞬の静寂の後、発狂したかのように信徒が騒ぎ立つ。
「何やってんの、次はあんたらが殺されるんだから、早く逃げたら?」
アスカのセリフに一人の信徒が反論する。
「ま、まて! なぜ我々を殺す。ここに貴様のいう転生者というのはーー」
「どーでもいいでしょ、そんなの」
アスカは吐き捨てるように言った。「暇つぶしよ。あんたらみたいな、こんなところでコソコソとキモイことしてる奴ら、死んだって誰も悲しまないでしょ。五秒あげるから早く逃げなよ、ごー」
数字をゆっくりと発すると、信徒たちは一気に狂乱した。
アスカの後ろのドアへなだれ込むように走り、窓を割って逃げる者もいた。
信徒が消えた数秒後、教会は大きな音を立てて内側から爆破されたかのように倒壊した。
その後、そこに全身を召喚された『ガガガンド』とそれに乗るアスカ。
「さあ、ガガちゃん。始めよっか」
微笑むアスカがそう言うと、狼は天に向かって口を開けた。
『ガガガンド』は生命を持つ石の狼像。
声帯はないため、鳴くことはない。
だが、逃げ惑う信徒たちは確かに耳にした。
狩りの始まりを告げる、狼の遠吠えを。
しかし、その平和をかき乱すかのように、世界の各地、ほぼ同時期に「転生者」を名乗る者が現れ始めた。
「一つ聞いていいか? アンタも転生者だったりするかい」
不可解な質問に酒場の人間たちの視線が、一斉にニクスの方に向いた。
酒場、ディンダンド。
都市部からは離れたスラム街にある、整備の行き届いていないボロい酒場だった。
ここでは、まともな職についている者のほうが珍しい。
ニクスの話しかけた、バイドという男もその一人だった。
恰幅がよく、暴飲暴食を繰り返しているのか、無駄な脂肪がよくついており、小汚い油が額を覆っていた。
だが、身長は一九〇を超えている。そのガタイを使って、背中に背負っているメイスを振るえば、成人者を容易に潰すことができるだろう。
「何だてめぇ」
バイドはぶっきらぼうにそういった。「この俺にそんな友達みたく話しかけるなんざ、このあたりの人間じゃねぇな」
バイドは足元から頭上まで、舐めるようにニクスを見る。
頭にはツバの大きなハットに、バイドより一回り小さい程度の身長は、体の右半分が腰下まであるクロークに覆われており、よく手入れされた革のブーツが見えた。
都市部にいるような清潔感はないが、スラムにいるような風体でもない。
歳はおそらく四〇程度。少し伸びたあごひげは黒く、目につく。
「旅してるんだ。どうやら俺の探してるのはあんたじゃないみたいだ。お楽しみのところ悪かったな、退散するよ」
踵を返して出ようとしたところで「まてよ」とバイドが止める。
「俺とお話したんだ。ちょっと金をおいてけよ、質問料だ」
バイドが脂ぎった顔で笑いながらそう言うと、周りで見ていた取り巻きのような者たちもケタケタと笑い始めた。
この場の皆、部外者をよく思っていないようだった。
それを感じたニクスがハットに手を添えながら、鼻から疲れたかのようなため息を落とす。
「話するのに金がいるのかい」
「たりめぇだ。俺を誰だと思ってる」
「おしゃべりで稼げる美女じゃないのは、確かじゃないか」
バイドが突然立ち上がり、椅子が倒れる。
背中のメイスを掴んだ瞬間「待ちな」とニクスが左手を伸ばし、手のひらを見せて静止させた。
「腕っぷしに自信があるんだろう。噂を聞いて来たし見ればわかる。だが、俺のほうが疾い。そのメイスを振り下ろすより先に、俺の攻撃がお前さんを撃つ。やめときな」
一瞬、あっけに取られたかのように目を開いたバイドは、その後にニタリと黄色い歯を見せた。
距離は一歩離れた程度。踏み込んで握ったメイスをこのまま振り下ろせば、ニクスの脳天に直撃する。
攻撃の態勢を取っているバイドに、ただ左手を前に佇むニクス。
どちらの攻撃が先に当たるかは一目瞭然だった。
それでも、圧倒的な自信の眼でニクスは自分のほうが疾いと語る。
クロークの中に短剣でも隠し持っているのか。そうだとしても、おもちゃのような武器では肉は切れても命に届くことはない。
「そうか、それならーー」
一瞬、バイドが戦意をなくしたかのように視線をそらして、肩から力を抜いたが。「ーー試してみるか!」
それはフェイント。
虚をつくようにバイドはメイスを持つ手に力を入れた。その刹那。
パン、と響いた空を穿つような音と、大きくなびいたニクスのクローク。
一瞬、酒場は何もなかったかのように静まり返っていた。
メイスは振り下ろされることなく、頭の上にあげたまま固まるバイド。
ニクスが乱れたクロークを悠然と整えていると、異変に気付いた一人が「バ、バイド!」と恐怖を孕んだ声を漏らした。
視線がバイドに集中したとき、皆が気づいた。
その眉間、ちょうど真ん中に穴が開いていた。
そこからゆっくりと、目と目の間に血が流れていくと、糸が切られた人形のように体が崩れ落ちた。
その場の全員が状況を理解できないでいると、またニクスはハットに手を添えて重い溜息を漏らす。
「殺しにかかってくる奴に手加減できるほど、俺はできた人間じゃないんだ。悪いね、騒がせて」
踵を返し、酒場を出ようとすると「待てよ」と、出入り口横の席の男に呼び止められる。
「こ、こんなことして、ここにいられると思うなよ」
痩せ型の身なりの汚い男だった。発言からしてバイドの取り巻きだろうか、声は震えていた。「こんなとこにも秩序やルールってやつがある。スラムの連中はあんたを許さないぜ」
「もう来ないさ、俺の目当てはいないようだしな」
「そうしてくれ、面倒になる……それと、あんたなにもんだ。あれは魔法なのか。あいつに勝てる奴なんて、この世にいないと思ってたが」
「やり方は教えられないな。あんたに説明してやる義理がねぇ。ただ、何者かは教えてやれる」
ぎょろりと、男の目がニクスをとらえる。
「何だ」
「転生者」
ニクスがポツリとそういうと、男はわかりやすく眉間に皺を寄せて、理解できないといった表情を見せた。
「転生? なんだってんだそれは」
「実は俺もよくわかってないんだ。ただ、他にも俺と同じ転生者がいるかもしれない。そいつがもしここに来たら、伝えてくれないか。俺は西に向かったってな」
彼らは皆、力を持ち、他の「転生者」を探し求めていた。
何だここは。
そんなことを思いながら、木々に囲まれた湖の岸辺で目を覚ました。
重い体を両手で持ち上げる。
なぜここにいるのか、思い出せない。自分の名前すら。
すべての記憶が、すりガラスの向こうにあるかのようにおぼろげだ。
ただ、なんとなく覚えているのは、事故にあった。
恐らくなにかに轢かれたということだけ。
事故にあったというのであれば、なぜ俺はこんな場所にいる。
ここは俗に言う天国なのか、それとも……。
消えぬ疑念を抱えたまま、力ない足取りで木々の間を歩いていく。
その先に見えたのは日本とは思えない、広い草原、赤土の山、小さな村。
一瞬だけ、後ろから前へと大きな影が足元を通った。
とっさに天を仰ぐと見たことのない、人ほどに大きな鳥が二羽、山に向かって飛んでいく。
何だよ……これ。ここ、どこだ……。
頭の中がぐるぐると回り、立っていられなくなると、膝から崩れ落ちて、その場で気を失った。
その瞬間、確かに聞いた。
脳裏に響くその声を。
「転生者。ただ一人となったものに、神の力を授ける」
国歴668年。
彼らはまだ、出会っていない。
転生ロワイアル




