SP08 敵に挑む友人たちの無事を祈ってください
ラミーシャの誘拐に気付いた学生達は、工作員達からの奪還を図ります。バトル回。常時発動魔法で身体強化された学生はめちゃ強いです。
PINGは、自分がアクセスしているネットワークが、目的とするサーバーやプロセスと接続されているかを調べるための疎通確認のコマンドだ。
この名称は、潜水艦で見えない相手を探知するために打つ『ピン』という探信音から来ており、その探信音を打つことも『PING』と呼ぶ。
このコマンドは、マリト達の大学の研究室で開発された、MD粒子を使った思念操作型の義手とつながっていることを確認するのにも使われていた。
つながっていることが確認できると、LEDが虹色に光るようになっていた。
――同じコマンドで、チョーカーが同じ光り方で光を発したことは、偶然とは思えない。
その思考がマリトの頭をよぎったが、深く考察している余裕はない。
――自分には何一つ動かせないにしても、アランとケイ達の様子を見守る義務がある。
――相手は明らかに訓練された者達だ。
――この場は、逃げて、救援を求めるのが最善手だ。
――戦って奪還しようなどという考えを起こさずに逃げてくれ。
しかし、そうはいかなかった。
◇
虹色の光を見たアランとケイは顔を見合わせた。
「今のは、精霊契約の…」
「証の光だ」
言い終わらないうちに、アランは座っている状態から、スプリント競技のスタートのように、車椅子の方へ猛然と飛び出た。
アランは車椅子に駆け込むと、ベールに手を伸ばした。
偽のナースに分する女は、大柄の男子学生が突進してくるのに気付くと、注射器などの医療器を放り出し、学生に対峙した。
そして、どこからか取り出した刃渡り20cmほどの両刃の短剣を右手に握り、流れる動作で動かした。
アランの手がベールを開き、ラミーシャと目が合うのと、女の短剣が首筋に到達するのは同時だった。
アランはとっさに首をひねって避けようとするが、間に合わない。
短剣の切っ先は、学生の左首筋――チョーカーの位置を正確に狙って、下から上へ頸動脈を薙いだ。
マリトはその瞬間、自分が取り返しのつかないことをしてしまったことに気づいた。
相手は他国から一般人誘拐を企てるような連中である。
学生だろうが邪魔者は容赦なく排除することは予想できる。
――ラミーシャの友人二人を巻き込んでしまった。
自分たちの存在が伝わらなければ、ふたりとも何事もなく学生寮に着いていたはずだ。
もう一人の従者を装う大男は、小柄な女子学生のほうに突進した。
彼女は片足をギプスで固められ、松葉杖を使っている状態だった。
逃げること自体、難しい。
彼女が松葉杖を頼りに立ち上がるのと、男がその背後に回って、首に太い左腕を巻き付けるのが同時だった。
そして右腕を学生の頭の上部に回して力を加える。
大きな「ボキッ」という音がした。
◇
首筋を切り裂こうとした短剣は、確かに学生の首筋に届いたが、しかし、傷付けることはできなかった。
チョーカーに阻まれて、その下の首の皮膚にまで到達できなかったのだ。
チョーカーは一見するとただの布にしか見えないが、極めて高い防刃性を備えているらしい。
偽ナースは一瞬、驚いた表情をしたが、すぐに次の動作に移った。
アランは体勢を立て直し、偽ナースに対して正対した。
アランの首筋をかすめた切っ先は、肩の位置から斜め下に半円を描くように移動し、アランの腹部の正面に一瞬止まった。
そして、女が一歩前に踏み出しながら、身体と一緒に腹部に向けて腕を突き出す。
アランは左腕で第二撃から腹部を守りつつ、相手の右側に回り込むようにして、身体を右側に開く。
同時に、右足で地面を蹴り、膝蹴りと上からの手刀で、短剣を持つ腕を挟み込むように打ち据えた。
女の腕に激痛が走り、感覚がなくなった手から短剣が滑り落ちた。
形勢逆転だ。
偽ナースがしびれる右腕を引き、一歩下がるのと同時に、学生の右腕がフックの要領で女の顎を狙った打撃を繰り出す。
女は左腕を学生の重い右腕に当てて軌道を逸らすと同時に、その反作用で、後ろに飛び下がる。
右腕が空を切ると同時に、学生がさらに一歩踏み込み左腕によるパンチが繰り出される。
女はかろうじてそれも避け、さらに続く右腕のパンチの下をくぐるようにして、男子学生の懐に飛び込み、ボクシングのクリンチのような形で抱きついた。
アランは密着した相手の腹部にフックのパンチをたたき込もうとする。
プシュッ。
彼の背中のあたりで、注射器の注入音がした。
アランの動きが止まった。
女が身体を引き離し、一歩後ろに下がると、アランはゆっくりと崩れ落ちた。
女はふうっと息をつきながら、つぶやいた。
「危なかった……魔法学園の学生は手強いとは聞いていたが……化け物級だな」
注射器を持っている右腕を下ろし、倒れている男子学生を確認し、もう一組の戦いに目を向けた。
◇
首に腕を巻き付けられたケイは、従者の腕力に屈しないように顎を固めて耐える。
健常な右足の方の松葉杖から、手を離して、巻き付かれた左腕の手の甲に自分の手を添える。
そして指を手のひら側に差し込み、左手全体をつかむと、自分の腕を引きながら、相手の手首を目にもとまらないスピードでひねった。
チョーカーが一瞬、黄色く光る。
土属性魔法の発動により、掌の接触面の摩擦係数が最大化され、相手の手首に強力な回転力が加わった。
「ボキッ」
意外なくらい大きな音を立てて、従者の左手首が、ねじ切られたように180度回転した。
突然の左手首の激痛と同時に、男の左腕全体の感覚がなくなり、巻き付けていた腕に力が入らなくなった。
彼は何が起きたか理解できなかったが、痛みで絶叫するのを強靱な精神力で抑えた。
巻き付けられていた腕が緩んだタイミングに合わせて、ケイは後頭部で襲撃者の顔面の鼻から下あたりを打ち据える。
人中と呼ばれる部分だ。
歯が折れて、顔面から血が飛び散る。
ケイは健常な右足と反対側の松葉杖で、器用に半回転し、たまらず後ろへ下がる男と正面から向き合った。
間を置かず、自由に動かせる右腕で、がら空きになっている男の左脇腹にフックを打つ。
チョーカーが再び輝く。
地面と接する面の摩擦係数の最大化により、常時発動魔法で強化された筋肉が生み出す力が無駄なく伝えられる。
左側の松葉杖でバランスを取りながら、地面を蹴る右脚と右腕の力を合わせた力が、爆発的に相手に加えられた。
ぐしゃり、と鈍い音がして、あばらが数本折れた。
男は痛みに顔をゆがめつつ、使える右腕で学生に向けてフックを繰り出す。
ケイは、頭を下げてそれを避けるのと同時に、後ろへ体をひねり、襲撃者の左側頭に、ギプスのついた左足を後ろ回し蹴りで叩き込んだ。
三度、チョーカーが輝き、男の頭部を強打したギブスは砕け散った。
男は意識を失い、ゆっくりと後ろ向きに昏倒した。
◇
偽ナースが麻酔薬で倒した男子学生を引き剥がしたときには、女子学生が自分に向かってくるところだった。
両側の松葉杖と健常な脚をリズミカルに動かし、人間の動きとは思えない足運びと速さで迫ってくる。
包帯を巻いた足が血で染まっている。
その後ろに仰向けに倒れている自分の部下を見てつぶやいた。
「ウソだろ…やつはうちの部隊で負け知らずなんだぞ……」
落ちている短剣を一瞥すると「これじゃ止められないな」とつぶやいた。
偽ナースは車椅子の背後に素早く回り、バッグから何かを取り出した。
そして、車椅子から数歩前の位置に移動し、女子学生が近づくのを待った。
マリトは後ろから女の右手に筒状の物体が握られているのを見た。
――まさか、銃?
――ケイ、逃げろ!
マリトは声を出そうとするが、出せない。
――くそ、まだ無理なのか……
女子学生との距離が、もう一歩で手が届くという距離まで縮まるのを待って、女は腕を水平に持ち上げた。
ケイは一瞬、不思議そうにその物体を見つめる。
バンッ。
大きな音が響き渡ると同時に、ケイは腹を押さえて倒れた。
腹部から赤いシミが広がっていく。
――ここは、剣と魔法の世界ではなかったのか!?
「信じがたいな。麻酔薬と銃がなければ、全滅していたのはこっちだった」
偽ナースはそうつぶやいたかと思うと、何かに気付いたように動きを止めた。
「しまった。御者がいない!」
襲撃者と学生が戦っている間に、御者は逃げることが出来たようだ。
これで状況が伝わり救援が来てもらえる。
活路を開くことはできたが、そのための犠牲は大きかった。
マリトは改めて自分の無力さを呪った。
◇
偽ナースは満身創痍の部下に駆け寄った。
「大丈夫か?」
彼の顔面は血だらけで、左顔面は膨れ上がっている。
右腕はさらに酷く、まるで樽のように腫れ上がっている。
腹部はシャツで隠れているが、ダメージを受けた痕跡がその上からでもはっきりとわかる。
偽ナースは、部下の大男に肩を貸し、来るときと同じ馬車の席に座らせた。
続いて、マリトたちを乗せた車椅子を押して客室に入れるとロープでしっかりと固定した。
そして、車内の目に付く物を片っ端から外に捨てた。
「これから私は御者席で馬を走らせる」
「少しスピードを上げるので揺れが酷くなるが、集結地点まで2時間。頑張ってくれ」
「御者がブリヤの町に着けば、そこで報告されてすぐに追っ手がかかるはずだ」
「追っ手が来ていないか、見張っていてくれ」
マリト達の顔にかかっていたベールを剥がした。
「この娘にも動きがあれば教えてくれ」
「着くまでに薬の効果が切れるかもしれない」
「この娘もさっきの学生達と同じくらい手強いと想定して対応しよう」
「ロープで縛ってはいるが、暴れられたら厄介だ」
そう言い残すと偽ナースは御者席に移動し、しばらくして馬車が動き始めた。
徐々にスピードを上げて、先ほどまでより速いスピードで走らせる。
そのぶん、揺れが激しい。
馬車はそのまましばらく走り続けた。
◇
事件の第一報は、ブリヤの学園を経由し、病院にいる生徒会長のシノハに緊急の念話の形でもたらされた。
念話は、特定の相手と遠隔で話をする魔法的な手段である。
フェルナト街道をヴォリナ方面へ向かう馬車で、病院から乗ってきたブリヤ魔法大学の学生二人が襲われたというものだった。
二人のうち一名は重体で、ブリヤの病院に運ばれているとのことだ。
――昼に一緒にランチしたアランとケイじゃないか!
犯人は男女で、ひとりがナース、もうひとりが従者に扮しており、ラミーシャを車椅子の婦人に偽装して運んでいる可能性が高いという。
手際の良さから組織的な犯行であると判断され、警備隊から武装した要員を組織して対応を進めているとのことだ。
学園の生徒には有力者の子女も多く、学生の拉致未遂は過去にも数件起きている。
しかし、それらの多くは、拉致されている学生本人が、拉致されたことに気付くのと同時に解決している。
魔法が使えることによる優位性は絶大で、学園生徒を一般人が長時間拘束するのはほぼ不可能なのだ。
――しかし、これは学園生徒の拉致ではなく、賢者様の拉致だ。
――犯人は金目当ての犯罪者などではなく、他国の工作員。相応の準備をしているはずだ。
――賢者召喚自体が極秘のため、ことの重大さは警備隊に伝わっていないはずだ。
――対応の遅れは致命的になりかねない。
そう考えているうちにもう一件、理事長からの念話が入った。
緊急事案のため、事情は伏せたまま救出に協力してほしいとの要請だ。
シノハは、一階まで駆け下り、病院に来るのに使用した馬に飛び乗り、馬車の追跡を開始した。
学生達は偽ナースと偽従者を圧倒しますが、工作員側はなんと銃を持ち出してきます。
剣と魔法の世界ではなかったということです。
次回、報告を受けたシノハが誘拐集団の追撃を開始します。
※次回以降は毎週火土の二回更新に移行します。




