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SP07 精霊に頼んで危機を伝えてください

まぶたを開くことしかできない金縛りの状態で、誘拐されていることをどうやって友人達に伝えることができるのか?

夢で見たことをヒントに、精霊に頼むための意外な方法を思いつきます。

「ご乗車は、こちらの車椅子のご婦人含めて三名ですね」

ラミーシャの乗せられた車椅子を押す、従者に扮する大男の工作員とナースに扮する女工作員に御者は確認した。

二人とも病院内ではナース服だったが、偽ナースはベージュのワンピースに、偽従者は白いシャツとカーキ色のハーフパンツに着替えている。


御者は馬車の後方、客車の入り口に回り、車内から板を引き出して、緩やかなスロープになるように設置した。

そして、客車内に声をかけた。

「これから車椅子のご婦人が乗りますので、お二人は前の方に移動してください」


偽従者は車椅子を進行方向と逆向きにしてから、客車に乗り込みスロープを使って車椅子を引き上げ、その後、ロープでしっかり馬車に固定した。

馬車は6人乗りで、三人分ずつの座席が向かい合っている。

進行方向の右側に学生二名、左側に偽ナースと偽従者が座り、最後方の左右の座席間にあるスペースに車椅子が収められた。

逆向きに座っているため、マリトからは客車の中の様子は見えない。


男子学生の声が聞こえてくる。

「病院にいらっしゃったナースの方ですよね」

「どちらまで行かれるのですか?」


ナースを装う女のトーンを落とした声が答えた。

「奥様がおやすみなので、お静かにお願いします」

「終点のヴォリナまで行きます」

それに応えるように女子学生の静かな声が続く。

「私達は魔法学園のあるブリヤまでなので、ちょうど半分のところです」

「二時間ほどのご一緒になりますね」


マリトには声の主が誰かがわかった。

昼食を一緒にとった二人だ。

――なんという幸運。アランとケイが同乗している。

――彼らに自分がここにいることを伝えれば、この状況を打開できるかもしれない。


しかし、そのことを伝える手段が思いつかない。

ラミーシャに呼びかけているが反応はないままだ。

動けない、声も上げられない。

しかも、車椅子は学生達に背を向ける形で固定されている。


学生二人は、ラミーシャの様子が思いのほか元気だったことがわかって安心したという話をしている。

その当の本人がすぐ後ろに拘束されていることには、まったく気づいている様子はない。

――ラミーシャはここだ!

――気づいてくれ!

そう強く念じるが伝わらない。


しかも、問題はそれだけではない。

もし存在が伝えられたとして、さらにその先をどうすればよいかがわからない。

学生二人が訓練された工作員達を相手に何ができるというのか?

――この難問解決のためのタイムリミットは、あと二時間だ。


挿絵(By みてみん)


馬車はゆっくり動きはじめた。

幌の前後は開放されており、風が吹き抜けられる構造になっている。

マリトは後方に遠ざかっていく風景を見渡すことができた。

見えているのは、今までいた病院だ。

五階建てで、外観は木造建築のように見える。


やがて病院の敷地内から出ると、馬車は大きく左に方向を転じた。

角を曲がりきると走行はスムーズになり、速度が上がったのを感じる。

後方には長く続く道がまっすぐ伸びている。

その両脇には、亜熱帯の植生だろうか、見慣れない樹木が茂っている。


その道の先――数百メートルほど先に、ひときわ背の高い建物が目に入った。

――そんなばかな!?

――ありえない……

マリトはその建物の形に、目を疑った。

――いったい何が起きているんだ?

心の中で疑問があふれかえる。


そこにそびえていたのは、奇妙な形状を持つ建物だった。

全体は二本の柱を持った、巨大なゲートのような構造。

それが道の真ん中にある様子に、マリトは出張中に見たパリの凱旋門を連想した。


そして、それ以上にマリトに強烈な違和感をもたらしているのが、その構造物が持つフォルムだ。

二本の柱の上部には、それぞれピラミッドを逆さにしたような、大きな逆三角形が据えられ、最上部でそれら二つがつながっている。

――その特徴的な構造物の姿。


その形は、マリトが学生の頃、毎日の通学時に目にしていた建物――『東京ビッグサイト』のものに他ならなかった。

――周りの建物が低いので大きく見えるが、実際には本物よりもずっと小さいレプリカのようだ。

――いったい誰が何のためにこんなレプリカをわざわざ建てているのか?


挿絵(By みてみん)

 ◇


馬車が病院を出てから、かれこれ1時間以上が過ぎようとしていた。

学生が降りる前になんとか、存在を伝える手段はないかとマリトは焦るが、いくら考えても方法が見つからない。


ラミーシャのように魔法が使えるのであれば、思念だけでも何かの方法があるのかもしれないが、異世界に来たばかりのマリトに魔法の使い方などわかるはずがない。

魔法は精霊にお願いして、発動するものだと言っていた。

そのために、魔方陣とチョーカーと呪文が必要だという説明だった。

ここにあるのは、首に着けているチョーカーだけだ。


後ろに流れていく風景。ずっと続く一本道とその左右に茂る熱帯性の森林。

単調な風景の連続に、当初の緊張感は維持できず、馬車の規則的な揺れも相まって、マリトは眠りに落ちていった。


挿絵(By みてみん)


気付くと、マリトはそびえ立つ巨大な壁の傍らにいた。

壁は半透明で上下、前後に見渡す限り広がっている。

壁のこちら側には、色の濃淡は様々だが、テニスボールくらいの大きさの、青と赤の風船のような球が無数に飛び回っている。

音のない静寂の世界だ。


透明な壁の向こう側も同様に青と赤の球が飛び回っている。

壁に沿って、やはりテニスボールくらいの大きさで、翼の生えた白い毛糸玉のようなものが、多数飛び回っている。

よく見ると、壁には所々穴が開いており、その穴から壁の向こう側とこちら側で、赤と青の球が行き来することができるようだ。

白い毛糸玉はその行き来する球を監視しているかのように見えた。


――この白い毛糸玉が精霊だな……マリトは直感的にそう理解した。

精霊達は翼だけでなく小さな足が付いていて、赤い色の球はそのまま中に入れるが、青い色の球は小さな足で蹴り返して入ってこないようにしている。

反対に赤い色の球が向こう側に出て行こうとするのを、穴の前ではじき返してもどし、青い色の球は自由に出て行かせている。


――要するに赤い色の球がこちらに止まり、青い色の球は出て行く様にしているわけだ。

――ずっと続けていけば、こっち側には赤色の球だけ、向こう側には青い色の球だけになるということだな。

マリトは壁から目を離してこちら側の空間全体を見渡し、壁の向こう側よりも赤の密度が高くなっているのを確認した。

――ここまでの精霊達の努力の成果というわけだ。


壁の方に視線を戻すと、壁全体が、黒い虫食いの様な状態で、つい先ほどとは様子が違っているのに気付いた。

何がおかしいのかと思ってよく見ると、先ほど白い毛糸玉と思っていた存在が、黒い毛糸玉に変わっていた。

不思議に思いつつも、精霊に何かを頼んでみようと思った。

「あの、すみません」と発した声が、静寂な空間に響き渡った。


作業をしていた黒い毛糸玉が動きを止め、一斉にこちらに赤く光る目を向けた。

そして、赤い色の口をぐいっと横に拡げて、三日月状にして笑ったように見えた。

――これじゃあまるで、精霊というより悪魔――デーモンじゃないか!!



ちょうどそのタイミングで、耳の後ろあたりが強く締め付けられる感覚があり、そして馬車が急停車した。

ガクンという動きと、背中を後ろに押しつけられる感覚で、マリトは、寝てしまっていたこと、そして夢を見ていたことに気付いた。

ケイの声が聞こえる。

「空隙震、来るね」

アランが応じる。

「うん。これはかなり大きい」


御者が外から急いで声をかける。

「空隙震です。警報はまだですが、馬たちの予想は間違いないです。急いで降りてください。」

「まず、ご婦人からお願いします」

従者に偽装している男が車椅子を固定しているロープをほどく。


「カンカンカンカンカン、カンカンカンカンカン、カンカンカンカンカン」

遠くからの鐘の音が、五つごとのリズムで響き始めた。

――病院の時は、二つごとのリズムだったから、回数で大きさを示しているのだな。


車椅子とそれに付き添う二名が外に出たあと、アランはケイに付き添いながら馬車を降りた。

全員が降りると、御者は馬車を近くの杭のところまで移動させてロープで固定した。

日常的に起きる地震への対策のため、街道には一定の距離ごとに、複数の固定用の杭を立てている場所が設けられていた。

馬は膝を折ってしゃがみ込む。


夕方が近いとはいえ、日差しはまだ強く、風もないので蒸し暑い。

乗客は道の脇にある大きめの木の下に移動し、木陰で地面に腰を落として座った。

車椅子は近くの木に固定された。


全員がしゃがむと間を置かず、地面が大きく縦に揺れた。

――地震だ。これは大きい。

そして少し時間をおいて大きな横揺れがきた。

目に見えるものすべてが大きく揺れた。

――いままで経験した中で一番大きい。震度5を越えている。

その揺れがおよそ10分ほど続いた。


ナースと従者に偽装した工作員たちは二人とも落ち着いている。

学生二人も座ったまま日常的なおしゃべりを続けている。

――この世界ではこの規模の地震さえ当たり前なんだ。

理事長が言っていた、『世界の終わりが近い』という言葉が、マリトの頭をよぎった。


学生の会話から、あと15分程度で彼らの目的地に着くことがわかった。

――それまでに、彼らに伝えることができなければ、後がない。

地震が収まって、さらに10分ほどが経過した。

御者が馬車を固定するロープを解き、乗客のところまで移動させてきた。

「運行を再開するので、乗車してください」



地震のせいで忘れていたが、先ほど見た夢に妙に引っかかるものを感じたことをマリトは思い出した。

――何の夢だったか。

――そうだ……精霊がデーモンだったという夢だ。

マリトは、ラミーシャから精霊が行う空調を行う魔法について聞いたとき、どこかで似たような話を聞いたと思ったのだった。


それが何なのか、ようやく思い出した。

――熱い空気分子と冷たい空気分子とを分別する悪魔『マックスウェルのデーモン』の話だ。

熱力学第二法則、エントロピーの増大を阻害する思考実験で考え出された存在である。

そして、大学時代にそれにちなんで名付けられた「MD粒子」を使って、思念で義手を動かす実験をしていたことを思い出した。


――もし同じ原理がこの世界でも成り立つのなら、思念で外界に干渉できるかもしれない。

――この世界の魔法と、元の世界の科学技術に関連があるのかどうかはわからない。

――だが、ダメ元でできることはすべてやってみるだけだ。

マリトは学生の時に繰り返した手順を再現することにした。


頭の中に、キーボードのイメージを思い浮かべる。

白く光る線で書かれたキーボード。

それぞれのキーにはアルファベットが刻印されている。

このイメージを鮮明に描くことができたのは、研究室のメンバーの中でも、マリトとコリーンを含む数名だったため、繰り返し実験に付き合わされたのだった。


――さて、最初はシステムとの疎通テストだ。

P、I、N、G――と順番にキーにポイントしていく。

そして、最後に、Enterキーをポイントした。


瞬間、ラミーシャのチョーカーが、波長の長い赤色から始まり、オレンジ、黄色、緑、青、紫へと色が瞬間的に変化し、最後に白く、フラッシュのように輝いた。

チョーカーからの光で白いベールが虹色に輝くのを、マリトはベールの内側から見た。

そして、同時にその輝きは、木陰にいた乗客全員の目にはっきりと映った。



なんと、ネットワークコマンドで精霊とコンタクトできたのでした……

「まじか」「そんなあほな」「ふざけんな」

いろいろとご意見、ご批判あるかと思います。

ぜひ、率直な感想をいたたければ幸いです。


次回、拉致犯vs学生のバトル回。かなりガチです。

※明日以降は毎週火土の二回更新に移行します。


■■■■■■■■■■■■■■■■

今回のお話に関連して、作品の背景≪デーモン≫を語ります。理系、技術者、SFクラスタの方から感想やご意見もらえるとうれしいです。


マックスウェルの悪魔≪デーモン≫の話を聞いて、悪魔にヒートポンプやらせてどうする、エアコンかよ、と思った人、私だけではないはず……


「十分に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない」というアーサー・C・クラークの言葉は、多くの皆さんがご存知だと思います。では、異世界物語の魔法は現代科学でどう解釈できるのか?


ということで、ひとつの試みとして、マックスウェルの悪魔デーモンを媒介にして、現代科学と異世界魔法の原理を繋いでみようというのが、本作の根幹をなすアイデアのひとつです。


デーモンが現代科学側からは素粒子と位置づけられ、異世界魔法学からは精霊と位置づけられます。この説明から魔法の原理や性質が明確になり、その可能性と限界が導入されていきます。


以上、多くの読者の皆さんにはどうでもよいことだとは思いますが、こうした背景を面白がってくれる人がいれば、たぶん作者と関心事が近いということで、うれしいなと思っております。


新規性を主張するつもりもありませんので、前例有りというご指摘はウェルカムですし、この視点にインスパイアされて、新しい様々な異世界物語が生まれてくることを願っています。


PS.

PINGについては次回語ります。

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