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第3話 無理筋案件ですが引き受けてもらえますか?

車椅子に乗った理事長の姿で、もっとも印象的なのは、顔の位置にかけられたベールだ。

素顔をうかがうことができない。

小柄なラミーシャよりもさらに小柄だ。

声から高齢の女性だということはわかる。


全体にゆったりとした、白を基調とした衣服が包んでいる。

上半身も長袖のガウンで覆われ、手袋をしていて、肌の露出がない。

「部屋の中なら、これはなくても問題なかろう」

そう言ってベールをずらすと、長い時を刻んだ顔が現れた。


細く切れ長な目の奥からは、すべての光を吸収するかのような黒い瞳がこちらを見据えている。

その視線には、奥深い知性の中に、懐かしむような、面白がるような温かさがあるようにマリトには思えた。


「もっと早く来たかったのじゃが、ゾンリーチャの市長も兼ねておっての」

「トラブル続きなのじゃ」

「今朝も魔法暴走らしい赤い灯り騒ぎで大変じゃった」

ラミーシャは身を固くする。


挿絵(By みてみん)

◇参考挿絵:理事長から賢者召喚の目的を聞く


「さて、本題じゃ」

「四日前の朝礼で、おぬしと兄上を含む六名が倒れて、こちらに運び込まれたというところまでは知っておるの」

ラミーシャはうなずいた。


「その朝の記憶は残っているかの?」

理事長の質問に、ラミーシャは少し頭を傾けて、そのときの様子を思い出しながら答えた。

「はい。校長先生が生徒全員の前で、いつものようにお話をされていたんですが、その日は特に長いなあと感じていました」

「そうしたら目の前に、見たことのない風景がいくつも重なって見えたような気がして」

「あれ、ここどこだろう、と思ったところまで覚えているんですが、その後は――」

「気がついたらここのベッドで目が覚めたんです」


「起きてからはどうじゃった?」

「少しいつもより頭が重い気もしましたが、ものすごく不調という感じではありませんでした」

「そうしたら、先生が来られて、医療魔法のリフレクションを行うように指示をされました」

「リフレクションは定期検診で慣れていたのですが、いつもと違う魔方陣と検査薬だったので、なんだろうって思いました」


「今回のは、ニューロ・リフレクションといって、脳内の神経伝達の構成を調べる医療魔法じゃ」

「賢者様の構成が含まれるかどうかを検査したのじゃ」

「検査薬と言っても平たい棒のようなものじゃったろう?」

「はい」


ラミーシャは続けた。

「こんな風に検査薬に手をかざして発動したんですが、今回は時間もいつもより長かった気がします」

「先生がもういいよと言ってくれて、何か変わったのかなと思っていたんですが……」

「真ん中の丸い窓に、赤い線が浮き上がっていたんです」

「そして、先生が『陽性です。おめでとう』って言ってくださったんです」

――どこかで、聞いたようなやりとりだな、これは。


「それで、私は――あ、賢者様がわたしのところに来てくださったんだ、って思ったんです」

「私、すごくうれしくて……」

「『先生、どうしましょう、賢者様にどんなふうに話しかけたら良いんですか?』って、聞いたんです」

「そうしたら、最初は状況がわかっていないはずだから、いきなりいろいろ話しかけないようにって説明されて、それで、朝になって……」


最初は緊張していたラミーシャだったが、緊張が解けて興奮気味にしゃべっている。

ずっとしゃべり続けそうな勢いだったが、理事長が軽く制止するような手の動きをしてから口を挟んだ。


◇


「こちらに運び込まれた六名じゃが、昨日、全員に検査を行った結果、おぬしだけが陽性だということがわかったのじゃ」

「さて、ここからが大切なことなのじゃが――」

理事長は一拍置き、声のトーンを落とした。


「おぬしのところに賢者様が来られたことは、絶対に他に漏らしてはならん」

「ことは、おぬしの将来だけにとどまらず、このボルディア、さらにはその他の国々の未来にも関わることじゃ」

「賢者様が召喚されたのではないかという疑いすら持たれぬよう、気をつけるのじゃ」


「今回の賢者召喚について知っているのは、おぬし以外に、わしとマイスナー先生だけじゃ」

「病院関係者も含め、誰にも漏らしてはならん」

「六名が倒れた理由は、何らかの魔法アレルギーということにしておる。詳細は調査中という話じゃ」


「賢者様は、この世界の未来を左右する、極めて重要な存在じゃ。」

「もし、賢者が召喚されたことが知られれば、他国との間で奪い合いが起きかねん」

「二日前には、未確認の大型の飛行物体がこのボルディアに侵入したという情報も入っておる」

「今回の召喚と関係があるかはわからんが、十分に注意することじゃ」


「あのう。誰にも話してはいけないということはわかったのですが……」ラミーシャが切り出した。

「ルームメイトのシノハには、気づかれてしまうかもしれません」

「隠し通せるかどうか、自信がありません」


理事長が考え込みながら話を続けた。

「ルームメイトだと秘密にするのは難しそうじゃな」

「シノハというのは、今の学園の生徒会長で、カリバ流武闘術の当主の娘じゃな」

「あの娘なら秘密は守れよう」

「それに、彼女ならいざというときに、おぬしを危険から守ることもできるかもしれん」


この判断が正しかったことは、数時間後に起きる出来事で証明されることになる。


「今日、面会に来ておるそうじゃから、わしから伝えておこう」

「彼女以外には、一切他言無用じゃ。よいな」

「はい。誰にも話しません」

ラミーシャは、よどみなく、即答した。


◇


「さて、堅い話はここまでじゃ」

「賢者様とはもう、話ができたかの?」

「はい。お父さんとは、話をすることができました」


これまで、体全体で軽く頷きながら話をしていた理事長の動きがピタリと止まった。

「なんじゃと?」

「いま、お父さんと言うたかの?」


「あ、はい。『賢者様と呼ばれるのは落ち着かないので、お父さんと呼んでほしい』とおっしゃったんです」

――おーい、それは最初と最後を切り取ったねつ造だぞ!

――そんな風には断じて言ってないっ!


だが、理事長は彼女の言い訳を聞いていなかった。

「まさか、賢者様は男なのか?」

「はい。私も賢者様というのは女の人だとばかり思っていて、びっくりしたんです」


理事長は動きを止めたままだ。

「名前は聞いておるかの?」

「はい。マリト様とおっしゃいました」


「おお、何ということじゃ」理事長はうなった。

そして、もう一度、小さな声で独り言のように繰り返した。

「なんということじゃ。まさか、そんなことが……あり得るのか?」

車椅子の肘置きをつかんでいる手が、小さく震えているように見えた。

――その反応、やっぱり間違って召喚したんじゃ……!?


しばらく、間を置いて、理事長は続けた。

「いや、何でもない。こちらの話じゃ」

「気にせんでくれ」

――ええーっ!私、気になります!


「おぬしのほうから聞いておきたいことはあるかの?」

「はい。理事長は前回の賢者様を召喚されてから、その知恵を使ってこの国に様々なものをもたらしたと伺っています」

「同じようなことをする自信は、私にはありません」


「そうじゃな。あれはおぬしが生まれるずっと前、三百年ほど前になるかの」

「もう賢者様はわしの中にはおらんが……」

「わしは賢者様から多くを学び、このボルディアの基礎を築いた」

「じゃが、今回、おぬしが果たすのは、別の役割になる」


「この世界の終わりが近づいているということは、おぬしも聞いておるじゃろう」

「賢者様をお迎えした目的は、それをなんとかするためなのじゃ」

――ええーっ!?『世界の終わり』って何?


「おぬしはこの先、賢者様とともに、この世界の滅びの呪いに抗い、人々を救うための最後の希望となるのじゃ」

未明に見た笑う月の不気味な姿がマリトの頭をよぎる。

「いろいろな困難もあると思うが、期待しておるぞ」


「はい。お父さんと一緒なら、大丈夫だと思います!」

ラミーシャは元気に答えた。

――いや、ムリムリムリムリムリ。世界の破滅とか、より難易度上がってるのに気付いてくれ。


「今朝もいろいろ教えてくれて、困っていた私を助けてくれたんです」

――オレの話を聞けえー!


「今日のところはここまでじゃ」

「賢者様とは、もう少しこの世界になじんだ頃に改めて話をすることとしよう」

「この会話は賢者様にも聞こえておるのかの?」


「困惑されておるじゃろうが、召喚について納得してもらえると良いのじゃがな」

理事長は楽しげに笑った。

――そんなわけあるかい!!

――納得できるところなんか1ミリもないわっ!

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