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SP03 無理筋案件ですが引き受けてください

理事長から召喚に関する事情の説明を受けますが、間違って召喚されたのではないかという疑いが濃くなる中、目的が世界レベルの問題解決だと知らされます。

車椅子に乗った理事長の姿で、もっとも印象的なのは、顔の位置にかけられたベールだ。

素顔をうかがうことができない。

小柄なラミーシャよりもさらに小柄だ。

声から高齢の女性だということはわかる。


全体にゆったりとした、白を基調とした衣服が包んでいる。

風通しの良さそうな薄手の生地でありながら、かすかな光沢があり、紫外線を通さない工夫がなされた素材のようだ。

ロングスカートに脚には布製素材のブーツを履き、肌の露出をさせていない。

上半身も長袖のガウンで覆われ、手袋をしている。


「ここには強い日差しがないから、これはなくても大丈夫じゃろう」

そう言ってベールに手を伸ばし、片側にずらすと、長い時を刻んだ顔が現れた。


くすんだ感じの白い肌には深い皺が刻まれ、年齢を感じさせる。

細く切れ長な目の奥からは、すべての光を吸収するかのような黒い瞳がこちらを見据えている。

その視線には、奥深い知性の中に、何か、懐かしむような、面白がっているような、そんな温かさがあるようにマリトには思えた。


「もっと早く来て説明したかったのじゃが、ゾンリーチャの市長も兼ねておっての。トラブル続きで、時間がとれなんだのじゃ」

「今朝も魔法暴走らしいライトバルブの騒ぎで大変じゃった。犯人はまだわかっとらんがの」

ラミーシャは身を固くする。


 ◇


「さて、本題じゃ。今回の件について、状況について説明を聞いておるかの?」

ラミーシャは首を振った。

「四日前の朝礼で、おぬしを含めた六名が倒れたので、こちらに運び込まれたのじゃ」

「その中にはおぬしの兄上もおる」


「その朝の記憶は残っているかの?」

理事長の質問に、ラミーシャは少し頭を傾けて、そのときの様子を思い出しながら答えた。

「はい。校長先生が生徒全員の前で、いつものようにお話をされていたんですが、その日は特に長いなあと感じていました」

「そうしたら目の前に、何か見たことない風景がいくつも重なって見えたような気がして」

「あれ、ここどこだろう、と思ったところまで覚えているんですが、その後は――」

「気がついたらここのベッドで目が覚めたんです」


「起きてからはどうじゃった?」

「少しいつもより頭が重い気もしましたが、ものすごく不調という感じではありませんでした」

「そうしたら、先生が来られて、医療魔法のリフレクションを行うように指示をされました」

「リフレクションは定期検診の時にやるので慣れていたのですが、今回はいつもと違う魔方陣と検査薬だったので、なんだろうって思いました」


――リフレクション?どんな魔法なのだろう?

そうマリトが思っていると、理事長が説明を加えてくれた。


「今回のは、ニューロ・リフレクションといって、医療魔法の中でも特殊なもので、脳内の神経伝達の構成を参照する魔法じゃ」

「健康診断で使うものは体内の構成を調べるソマティック・リフレクションで、別物じゃの」

「今回は賢者様の構成が含まれるかどうかを検査したということじゃ」


「検査薬と言っても平たい棒のようなものじゃったろう?」

「はい」

「診断する内容によって使う検査薬が変わるのじゃ」


ラミーシャは続けた。

「こんな風に検査薬に手をかざしてリフレクションを発動したんですが、今回は時間もいつもより長かった気がします」

「先生がもういいよと言ってくれて、何か変わったのかなと思っていたんですが……」

「検査薬の棒の真ん中にある丸い窓のところを見せてくれて、そこに赤い線が浮き上がっているのが見えたんです」

「そして、先生が『陽性です。おめでとう』って言ってくださったんです」

――なんというか、産婦人科でのやりとりだな、これは。


「それで、私は――あ、賢者様がわたしのところに来てくださったんだ、って思ったんです」

「私、すごくうれしくて……」

「『先生、どうしましょう、賢者様にどんなふうに話しかけたら良いんですか?』って、聞いたんです」

「そうしたら、『賢者様は、最初はご自分の置かれている状況がわかっていないので、いきなりいろいろ話しかけないでくださいね』といって、手順を説明してくれたんです。それで、朝になって……」


最初は緊張していたラミーシャだったが、緊張が解けて興奮気味にしゃべっている。

ずっとしゃべり続けそうな勢いだったが、理事長が軽く制止するような手の動きをしてから口を挟んだ。

「なるほどのう。では、わしから全体の状況を説明するとしよう」


挿絵(By みてみん)

 ◇


「こちらに運び込まれた六名じゃが、昨日、全員に検査を行った結果、おぬしだけが陽性だということがわかったのじゃ」

「さて、ここからが大切なことなのじゃが――」

理事長は一拍置き、声のトーンを落とした。


「おぬしのところに賢者様が来られたことは、絶対に他に漏らしてはならん」

「ことは、おぬしの将来だけにとどまらず、このボルディア、さらにはその他の国々の未来にも関わることじゃ」

「よいか。そもそも今回の件で賢者様が召喚されたのではないかという疑い自体、持たれないように気をつけるのじゃ」


「今回の件に、賢者召喚が関わっているのを知っているのは、おぬし以外に、わしとマイスナー先生だけじゃ」

「病院関係者も含め、誰にも漏らしてはならん」

「なぜ、六名もの学生が倒れたのかについてじゃが、何らかの魔法アレルギーによるものということにしておる。その詳細は調査中という話じゃ」


「賢者様は、この世界の未来を左右する、極めて重要な存在じゃ。」

「もし、賢者が召喚されたことが知られれば、他国との間で奪い合いが起きかねん」

「二日前には、未確認の大型の飛行物体がこのボルディアに侵入したという情報も入っておる」

「今回の召喚に関係あるのかどうかわからんが、十分に注意することじゃ」


「あのう。誰にも話してはいけないということはわかったのですが……」ラミーシャが切り出した。

「ルームメイトのシノハには、気づかれてしまうかもしれません」

「とても勘が良い子なので、隠し通せるかどうか、自信がありません」


理事長が考え込みながら話を続けた。

「ふむ。ルームメイトだと秘密を守るのは難しそうじゃな」

「シノハというのは、今の学園の生徒会長で、カリバ流武闘術の当主の娘じゃな」

「あの娘なら秘密は守れよう」

「もともと、あの家には守らなければならない秘密が沢山あるからの」


「それに、彼女ならいざというときに、おぬしを危険から守ることもできるかもしれん」

この判断が正しかったことは、数時間後に起きる出来事で証明されることになる。


「今日、面会に来ておるそうじゃから、わしから伝えておこう」

「彼女以外には、一切他言無用じゃ。よいな」

「はい。誰にも話しません」

ラミーシャは、よどみなく、即答した。


「さて、堅い話はここまでじゃ」

「賢者様とはもう、話ができたかの?」

「はい。お父さんとは、話をすることができました」


これまで、体全体で軽く頷きながら話をしていた理事長の動きがピタリと止まった。

「なんじゃと?」

「いま、お父さんと言うたかの?」


「あ、はい。『賢者様と呼ばれるのは落ち着かないので、お父さんと呼んでほしい』とおっしゃったんです」

――おーい、それは最初と最後だけを使った『切り取り』で、ねつ造の一種だぞ!

――そんな風には断じて言ってないっ!


だが、理事長は彼女の言い訳を聞いていなかった。

「まさか、賢者様は男なのか?」

「はい。私も賢者様というのは女の人だとばかり思っていて、びっくりしたんです」


理事長は動きを止めたままだ。

「名前は聞いておるかの?」

「はい。マリト様とおっしゃいました」


「おお、何ということじゃ」理事長はうなった。

そして、もう一度、小さな声で独り言のように繰り返した。

「なんということじゃ。まさか、そんなことが……あり得るのか?」

車椅子の肘置きをつかんでいる手が小さく震えているように見えた。


――ちょっと、ちょっと、その反応、……ひょっとして……

――やっぱり間違って召喚したんじゃ……!?


しばらく、間を置いて、理事長は続けた。

「いや、何でもない。こちらの話じゃ」

「気にせんでくれ」

――ええーっ!私、気になります!


「おぬしのほうから聞いておきたいことはあるかの?」

「はい。理事長は前回の賢者様を召喚されてから、その知恵を使ってこの国に様々なものをもたらしたと伺っています」

「同じような役割を果たす自信は、私にはありません」

「私で大丈夫なんでしょうか?」


「そうじゃな。あれはおぬしが生まれるずっと前、三百年ほど前になるかの」

「もう賢者様はわしの中にはおらんが……」

「わしは賢者様から多くを学び、このボルディアの基礎を築いたのはそのとおりじゃ」

「そして、それを引き継いだおぬしの曾祖父・曾祖母の努力で、今のこの平和な国の形がある」


「じゃが、今回、おぬしが果たすのは、別の役割になる」

「この世界の終わりが近づいているということは、おぬしも聞いておるじゃろう」

「賢者様をお迎えした目的は、それをなんとかするためなのじゃ」

――ええー?ちょっと待ってください!

――『世界の終わり』って何!?


「賢者様の知恵をもってしても、できることには限りがあるかもしれん」

「じゃが、おぬしはこの先、賢者様とともに、この世界の滅びの呪いに抗い、そこに住まう人々を救うための最後の希望となるのじゃ」

「いろいろな困難もあると思うが、期待しておるぞ」

――いや、ムリムリムリムリムリ。世界の破滅とか呪いとかスケール大きすぎ。


ラミーシャは元気に答えた。

「はい。お父さんと一緒なら、大丈夫だと思います!」

――無理だって。それ大丈夫な根拠になってないから。


「今朝もいろいろ教えてくれて、困っていた私をリードしてくれたんです」

――オレの話を聞けえ―!


「全力で頑張ります!」

――気合いだけじゃ、どうにもならないんだって。


「今日のところはここまでじゃ」

「賢者様とは、もう少しこの世界になじんだ頃に改めて話をすることとしよう」

「賢者様にもこの会話は聞こえておるのかの?」

「困惑されておるじゃろうが、召喚について納得してもらえると良いのじゃがな」

理事長は楽しげに笑った。


――そんなわけあるかい!!

――やっぱり間違って召喚されたとしか思えんっ!

――納得できるところなんか1ミリもないわっ!



あまりの無理筋案件に愕然とする主人公ですが、次回からは自分の意志で動ける力を取り戻す努力をはじめます。

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