SP10 魔武闘術で近代武装部隊を制圧してください
ヒロイン誘拐の一報を受けた親友が、遂に敵工作部隊を捕捉。銃の世界の近代武装部隊に剣と魔法の世界の魔法武術で対抗します。
追跡に気付いた馬車は速度を上げて進み、終点のヴォリナの町よりもかなり手前で止まった。
シノハたちからは、まだかなりの距離がある。
街道の右側はアシリア山へと続く森林地帯になっている。
そこから数名の兵士たちが姿を現した。
シノハは、ロープで縛られたラミーシャが馬車から運び出され、肩に担がれていくのを見た。
――急がなければ、手遅れになる。
前方では十名ほどの兵士が、街道を封鎖する形に展開し銃を向けてきた。
後ろに立つ指揮官が、止まれという指示を身振りで示す。
しかし、シノハも続く二騎も速度を緩めない。
50メートルほどの距離になったときに、指揮官は号令を発した。
「最初の目標は先頭の一騎。レディ……」
「ファイア!」
◇
敵指揮官の号令にわずかに先行して、シノハは視界の右上に、白く光る魔方陣を浮かべて、魔法発動の単語を発した。
「クィンケ・ウト・ラディウス……」
「ファイタキス!」
チョーカーが、赤く光り、火属性魔法が発動された。
この世界の魔法はそれ自体が炎や爆発を起こすことはない。
あまねく存在する精霊が、元々ある物質の性質の発揮の仕方に、わずかに介入するだけだ。
放たれた発動メッセージは、魔法の効果範囲内にある爆発物の信管に宿る精霊に届いた。
轟音と共に、銃を持った兵士の周辺全体を爆炎と黒煙が覆い、一帯が浮き上がったように見えた。
そして、全員が腕、顔面、腰を中心に身体の数カ所から血を流してうずくまった。
その場にあったすべての銃、銃弾、爆発物が信管を構成する物質内部からの刺激により、一斉に暴発したのだ。
シノハはうずくまる敵兵士を飛び越えて、ラミーシャが馬車から運び出された地点まで進み、馬を下りて山道に分け入った。
続く二騎も到着し、ライドウ妹のリクは敵兵士の武装解除のために残り、ライドウ兄のゴウがシノハに続いた。
拉致部隊を追って山道を登ると、下りの脇道の先に低木しかない草地が広がっている場所に出た。
空隙震で生じた土砂崩れの跡地であり、発生からの時間が短く、樹木が育っていない。
山を下りきった草地の入り口で拉致部隊の背中が見えた。
拉致部隊は、けが人とラミーシャを運びながら進むため、移動速度が出せていない。
――ほんの20メートルほど先に、ミーシャがいる。
背中に向かって声をかけた。
「ミーシャ!」
反応はない。
大男に肩を貸している女工作員が身体をひねって、どこかから取り出した銃を撃ってきた。
シノハは握られている短銃らしいものを見ると、木の陰に身を隠した。
――うかつに近づけないな。
日没を過ぎ、周辺はやや暗くなり、人の見分けがつきにくくなってきている。
シノハは約1キロ先に停泊している、迷彩色の巨大な飛行船を観察した。
飛行船の先端部分と数カ所が、地表に打ち込まれた杭と係留ロープで固定されている。
――あの飛行船でボルディアに侵入してきたのか。
――乗り込まれてしまうと、追跡の方法がなくなる。
飛行船までの中間地点に、防衛のための木製の防壁が作られていた。
中央の通路を開けて、左右にそれぞれ30メートルほど、高さにして1.5メートルほどの丸太の杭がぎっしりと並んでいる。
さらに、飛行船のゴンドラの前にも、少し規模の小さい防壁が作られている。
銃声に気づいた兵士たちが動きはじめる。
防壁の間の通路に向かう拉致部隊を迎えに来る形で、左右の防壁に二人ずつ配置され、両端から銃口をこちらに向けている。
――このまま草原を進めば狙い撃ちだ。
ライドウ兄が追いついてきた。
「師範代、武器一式を持ってきました」
太刀二振りと、短刀一振りを受け取ると身につけた。
「状況どうでしょうか?」
彼は現役警備隊員であり、学生のシノハより年齢も立場も上だが、道場での序列に従い、彼女の指揮下に入る。
「まずい状況です。飛行船に乗り込まれる前に奪還しないと、取り逃がします」
「向こうの移動スピードは遅いが、銃があるので、簡単には近づけない」
「武装要員を排除する必要があります」
ライドウ兄は重ねて聞いた。
「先ほどのディトネーション・トリガーによる銃の暴発で武装解除するのはだめですか?」
「できれば使いたくない」
「拉致部隊に銃器があるので、暴発するとラミーシャが巻き添えになる」
シノハが言った。
「魔武で行きましょう。瞬黒翔を使います」
「カルベ流魔武闘術ですね」
「使用する治安魔法の解除をお願いします」
「あ、そうですね。師範代は学生なので、道場外で使用するには解除が必要でした」
ライドウ兄はバッグから手帳を取り出し、魔方陣の書かれたページを開く。
「時間は10分間。範囲内で3秒継続。発動回数は5回を超えないこと」
「頻繁な発動は、後遺症が残るリスクがあります」
「この条件に同意できますか?」
「同意します」シノハは答えた。
チョーカーが一瞬明るくなる。
警備隊の隊員は学生とは違い、魔法発動にはチョーカーではなくリストバンドを使うが、こちらは光を発しない。
「発動は念話ベースで。私が主導します」
シノハが言った。
「膝抜きでの足止めを最優先に、瞬黒翔から攻め、熱掌で武装解除します」
「私は右側の制圧を、ゴウさんは左側を、お願いします」
「走る地形をしっかり把握してください」
ライドウ兄はうなずいた。
◇
拉致部隊は柵の手前にまで到達していた。
シノハは新たな光の魔方陣を浮かべて、念話で呪文を発した。
「膝抜き、ゲヌ・タクトゥス!」
チョーカーが紫色に光る。
その瞬間、シノハの膝の力が抜けて、バランスを崩しそうになる。
膝の触覚の伝達が阻害され、膝より先がなくなったような感覚に襲われた。
この世界で使われる魔法は原理的に、作用範囲内であれば無差別に影響を及ぼす。
発動者自身にも敵兵士と同じ効果が現れる。
とはいえ、作用させる効果とタイミングが決められる発動者が、圧倒的に有利だ。
負傷した部下に肩を貸していた偽ナースも、ラミーシャを担いでいる男もバランスを崩し転倒した。
防壁の敵兵士は驚いて、膝とふくらはぎに手を当てて感覚を確かめる。
シノハは抜刀し、膝から下の感覚がない状態で、右側の防壁へと駆け下りる。
筋力強化がなされたシノハの走りは、チーターのようなネコ科の動物の走りを連想させる。
この状態で転倒することなく全力疾走できるのは、長期にわたる修行の賜だ。
ライドウ兄も逆方向へ走っていく。
◇
膝から下の感覚がないまま全力疾走するシノハは、さらに別の魔方陣を浮かべて呪文を発する。
「暗転、ヴィスス・シグヌム!」
今度は目の前が真っ暗になる。魔方陣も消える。
視覚信号が遮断されたためだ。
3秒すると元に戻るが、この間も全力疾走を継続できれば距離を一気に詰められる。
暗闇の中の全力疾走は、一歩間違えば障害物に激突する危険を伴う。
防壁を越えるまで右に走り込んだシノハは、暗闇の中、左に鋭角的に方向転換して、防壁の内部へと回り込む。
視界を奪った後に、全く予想しなかったところに出現する。
それがカルベ流魔武闘術の瞬黒翔だ。
魔法単体でなく、発動を想定した身体的な動きも合わせて、はじめて効果的な技となる。
「目が!目が!」という敵兵の動揺した叫びで、位置を把握する。
視界が戻った一瞬で、新たな魔方陣を描き、三度目の呪文を発する。
「熱掌、パルマ・カロール!」
シノハは、両方の掌に高熱を感じる。
太刀を握る掌は、まるで、真っ赤に熱せられた鉄の棒を握っているように感じられる。
反射的に手を離さないように、耐えがたい痛みに耐えて、強く握り込んだ。
◇
防壁の右端にいた敵兵士は、光が戻ったと思った瞬間、暗闇の中で銃が焼けるように熱くなるのを感じた。
「熱っ」という声と共に、反射的に銃から手を離す。
そして、視界を取り戻した彼の目に映ったのは、制服を着た女子学生が、上段に構えた太刀を彼に向かって振り下ろす姿だった。
体重の乗った斬撃が、彼の左肩を破壊する。
よろめきながら左肩に向けて添えようとした右腕が、次の太刀の一閃で切断される。
驚きと苦悶の表情で、転倒し地面にうずくまる。
シノハは、相手の戦闘不能を確認し、防壁の通路側に配置されていた兵士に向かう。
通路側の兵士は、太刀を持った女子学生が仲間の兵士を襲い、そこから恐ろしい速度で自分に向かってくるのを見た。
何が起きているかを理解できないまま、腰をかがめて銃を拾い、左前方から向かってくる相手に向けて、腰だめで銃口を向けた。
◇
シノハは左へステップして銃の射線を外し、相手の右側に踏み込んだ。
姿勢を低くかがみ込むと同時に、刀を持った右手を伸ばし、片手で左から右へ、刀の切っ先で大きく円を描くようにして、相手の両目を水平に引き切った。
銃から発射された弾丸はあらぬ方向へ飛び、敵兵は銃を放り出し、呻きながら目を覆いながら、膝から崩れた。
反対側の防壁でライドウ兄が、残りの敵を制圧しているのを、視界の左端で確認する。
拉致部隊はおよそ10メートルほどで飛行船のゴンドラに到達する。
――女兵士は銃を持っているが、動きが鈍っている。
――かわして間合いに入れそうだ。
そう思い駆け込もうとした瞬間、別方向からの銃弾が地面に着弾した。
ゴンドラの手前にある防壁からだ。
――残り二名。ひとりは指揮官だな。
防壁の後ろに退避しつつ、4回目の呪文を発する。
「ゲヌ・タクトゥス!」
再び、膝が抜ける感覚。
「幻術だ。惑わされるな」敵方の声が聞こえる。
――連発すると気付かれるな……
――だが、わかっていても訓練なしに対処はできない。
拉致部隊はゴンドラを目の前にして、再び転倒した。
◇
「熱掌、パルマ・カロール!」
刀を持つ手が焼けるように熱い。
しかし、今回は敵も武器を落とすことなく、灼熱に耐えながら射撃を継続してきた。
飛び出せない。
――くっ。武器を手のひらにテーピングで固定したのか……いつの間に……
――これで発動は5回。打ち止めだ。
拉致部隊は起き上がるとゴンドラのスロープへと倒れ込むように進む。
ゴンドラから乗組員が出てきて、ラミーシャを引き上げる。
ライドウ兄に念話で伝える。
「船内に乗り込まれたが、諦めるな」
「前方の指揮官が乗船するまで、出発できないはずだ」
ライドウ兄からの念話が届いた。
「敵の武器を使いましょう」
二人は銃を拾い上げ、発砲を開始した。
相手がゴンドラに向かおうとするたびに撃つ。
ここで時間が稼げれば後続部隊が来るはずだ。
だが、やがて、ライドウ兄の銃が沈黙した。弾切れだ。
やや遅れてシノハのほうも、弾が切れた。
二人は銃を捨て、抜刀する。
それを合図に、敵二名は牽制の弾を数発撃ち込み、ゴンドラへと走った。
シノハとライドウ兄も、後を追って飛び出そうと身構えた。
そのとき――
一陣の強い風が吹き、シノハは信じがたい光景を目にした。
飛行船をつなぎ止めていた複数の係留ロープが、するりとほどけ、飛行船が少しずつ上昇を始めたのだ。
――指揮官を置いて発進するのか!?
ゴンドラへ駆け込もうとしていた地上の指揮官は、走るのを止めた。
彼らを待っているはずのゴンドラが、頭上およそ1メートルの高さに浮いている。
「どうなってる?!」
指揮官の兵士は、上空を見上げながら怒鳴る。
シノハは空を見上げ、自分の判断ミスを悔やんだ。
――飛行船を破壊すべきだった。
――瞬黒翔を数回使えば、気づかれないうちに、飛行船まで届いたはずだ。
――どうして思いつかなかったんだ……
湧き上がってくる後悔の念を振り払い、次に何ができるかに思考を集中する。
――火属性魔法で船内の武器の暴発を図るか?
――しかし、無防備のミーシャの近くで暴発が起きたら……
ゆっくりと上昇する飛行船。決断までに残された時間はわずかだ。
シノハはかすかな違和感を感じた。
――ゆっくり上昇するのはなぜだ?
――脱出するなら急上昇するのでは?
駆動側を見るとプロペラが回っていない。
――何かの異常か……?
次の瞬間――。
敵味方の全員が飛行船を見上げる中、轟音と共に、ゴンドラの後部が爆発した。
爆発に反応して身を伏せるシノハたちの上へ、船体の破片や積み荷らしきものが降り注ぐ。
そして、火に包まれながら、飛行船は速度を上げて上昇を始めた。
シノハは燃え上がる飛行船を見上げて、悲痛な叫びを上げる。
「ミーシャ!!」
――間に合わなかった。
シノハの両眼から涙が流れ落ちる。
――守ってあげられなくて、ごめん……
はるか上空へと上る飛行船を見上げる視界が、涙でにじんだ。
ヒロインを乗せたまま炎上し上昇する飛行船。次回、ようやく起きてきたヒロインと主人公のバディが飛行船の中で大立ち回りを演じます。
※毎週火土の二回更新です。




