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「やるじゃねぇか、シンタロー!」
「は? バルド、生きてたのか?」
「あの程度のブレスで死ぬ訳ねぇだろ」
「その通りです。バルドさんは殺した程度では死んでくれません。心配するだけ損です」
それはそれで、ボスウルフ以上にヤバい存在じゃねぇか。
ボスウルフの胸部の裂け目から、ゴロリと、赤黒い“石”が落ちた。しかも、今までの小さな石とは明らかに違う、禍々しい輝き。
「おい、シンタロー。なんか嫌な予感しかしねぇぞ」
石に手を伸ばそうとした瞬間、石が“脈打った”。
ドクンッ。
「え? 今、動いた?」
その脈動とともに、森のさらに奥から、無数の唸り声が響き始める。
「まさか、まだ、いるの?」
バルドが斧を構え直す。
「おいオッサン。次の相手、もっとヤバいかもしれねぇ!」
俺は新しい武器、対魔殻穿孔槍を握りしめ、深いため息を吐いた。
あれだけの化け物を倒したにもかかわらず、奥からはまだ冷たい風が吹いてくる。
リナが震える声で言う。
「シンタローさん、あっち、まだ空気がおかしいです」
バルドも鼻を鳴らした。
「血の臭いじゃねぇ。これは、もっと嫌な臭いだ」
三人は慎重に茂みを抜け、さらに奥へと進んだ。
森は異様な静寂に包まれ、鳥の鳴き声すら消えている。
木々が開け、小さな谷間に出た。その中央には、巨大な穴がぽっかりと開いている。
「洞窟か?」
「違ぇな。自然に出来たもんじゃねぇ。ありゃあ、何かが“くり抜いた”跡だ」
辺りには、あの変異魔物たちが残した奇妙な黒い粘液が散らばっている。それがまるで、穴の中へ引きずり込まれているような痕跡を作っていた。
リナは顔を青ざめさせ、シンタローの腕を掴む。
「シ、シンタローさん。あれ、聞こえます?」
「え?」
そう言われて耳を澄ます。
・・・ズル・・・ギィ・・・ズズッ・・・
何かが、地中深くで蠢く音?
バルドの表情が一瞬で険しくなる。
「巣だ。奴らの“巣”がここにある」
リナの手が震えた。
「これだけの魔物が出てきた巣。全部この穴から?」
バルドが斧を担ぎながら言う。
「どうする、シンタロー? 引き返すなら今だ」
「一応聞くが、ここで引き返してもクエストは成功扱いになるのか?」
「たぶん、成功という判断に成るだろうな。それと同時に、この穴の調査クエストを命じられるだろう」
「チッ、結局行くしかないのか」
リナも強くうなずいた。
「わ、わたしも行きますっ!」
バルドは豪快に笑い、斧を地面へ叩きつけた。
「上等! 三人で根こそぎぶっ潰してやろうぜ!」
三人は暗闇の穴を見つめる。
そこは、森の異変の中心。何かが“繁殖”し“発生”し、そして、この地を侵している巣。
俺たちはその闇の中へ、一歩を踏み出した。
巨大な洞穴に辿り着いた。入口周辺には普通の動物の痕跡がまったくなく、代わりに黒い結晶が岩壁に張り付いていた。
リナが震える声で言う。
「この反応、魔素が異常に濃いです。まるで誰かが意図的に集めたみたい」
洞穴の奥は真っ暗だ。
リナの魔法で周囲を照らしながら先へ進む。
三人が洞穴に足を踏み入れた瞬間、
ズズ・・・ッ・・・!!
壁の黒い結晶が、まるで生き物のように脈打ち始めた。
「ヒィッ!」
俺たちは警戒しながら歩み続ける。
奥へ進むほど、空気は重く、粘りつくようにまとわりついてくる。
そして洞窟の最奥。
そこはまるで“心臓部”のような空間だった。
中央にそびえ立つのは、ひときわ巨大な黒い結晶体。脈打つように淡く光り、周囲の魔力を吸い込んでいる。
リナが青ざめた顔で呟いた。
「魔素結晶。いえ、これは異質すぎます。自然では絶対に生まれません!」
結晶に近付くと、俺の中の何かが反応した。
ん?
俺の魔力が、結晶に引かれている?
結晶が低く共鳴し、黒い光が脈打つ。
バルドが慌てて俺の肩を掴んだ。
「やめとけ! 吸われるぞ!」
俺は結晶から一歩退いた。
リナは震える声で言った。
「この結晶が魔物に“変異”を引き起こさせてます。魔力を歪ませて、暴走させるようです。もし村や大きな街に運ばれたら・・・」
「とりあえず、変異の原因はわかった。あとは、コイツをどうするかだけど・・・」
そう呟いた瞬間、
バキィン!!
黒い結晶の表面にヒビが入り、内部で何かが蠢いた。
そのとき、俺の耳に低い囁きが響く。
“解放ヲ・・・”
ゾクリと背筋が凍る。
「な、なんだ? 今の声、聞こえたか?」
「・・・? いや、何もっ!」
結晶の中の巨大な影が動いた。
バルドは斧を肩に構え、結晶と俺の間に割り込んだ。
「気をつけろ。こいつが“変異”の元凶だろう」
バキッ・・・バキバキバキッ!!
巨大な結晶にいくつもの亀裂が走り、黒い光が漏れ出す。
次の瞬間、結晶が爆ぜた。
黒い霧と破片が洞窟を埋め尽くし、石床が波打つほどの衝撃が走る。
俺は腕で顔を覆い、後方へ跳んだ。
煙が徐々に晴れ、そこに立っていたのは、人型の“ナニ”かだった。
だが、明らかに人ではない。
漆黒の骨格、歪んだ筋肉、裂けた嘴のような口。そして瞳は、深い闇と炎が混じったような赤黒い光を宿していた。




