-06-
さっきまでの戦闘の興奮と恐怖が、徐々に体から抜けていく。
リナが駆け寄り、俺の腕を掴んだ。
「し、シンタローさん! 無茶し過ぎです!」
「いや、でも。下がれと言われたあのタイミングで下がっても、俺もバルドも毒霧からは避けれなかったし」
「それでも無茶はしないで下さい」
バルドは変異魔物の亡骸を覗き込みながら、眉間に皺を寄せていた。
「こいつ、普通のウルフじゃねえぞ。筋肉の密度も、骨格も、まるで別種だ」
バルドが解体用ナイフで死体を切り裂こうとした瞬間、
コツンッ
金属とも石ともつかない硬い感触が刃を止めた。
「ん? 何か、有るな」
リナが目を見開く。
「魔核、でしょうか?」
「取り出してみるか」
バルドが慎重に切り開くと、内臓の奥、心臓の近くに黒く輝く“石”が埋め込まれていた。
三人は息を呑む。
「なんだこりゃあ!? 魔核にしてはデカすぎるし、色もおかしい。何より・・・」
その石の表面には細かい模様のような亀裂が走っており、淡い紫の光が呼吸するように脈動していた。
「少しだけ、触ってみても?」
「し、シンタローさん!危険ですよ!」
それはそうだ。危険なのは百も承知。
それよりも、この正体不明な物体が素材として使えるなら、もっと強力な武器が作れるかもしれない。
森の奥へ行くなら、少しでも強力な武器は必要だ。
指先が触れた瞬間、
ビリッ!!
全身に雷のような衝撃が走り、俺は反射的に手を引いた。
「っ! くそっ、なんだこれ?」
「だ、大丈夫ですか!?」
バルドがシンタローの手を掴んで確認する。
「火傷はねぇが、おいオッサン。今の反応は魔力を吸われたんじゃねぇのか?」
「魔力を? 吸われた?」
リナは小さく震えながら、石を見つめた。
「まるで、魔力を餌にする“魔喰い石”に似てます。でも、こんなもの、絵物語の中にしか」
バルドが石を布に包みながら、低くつぶやく。
「異常は、こいつが原因ってわけか」
その時、森の奥から風が吹き抜けた。 だが、ただの風ではなかった。木々の間から駆け抜けたのは、獣とも、魔物ともつかない複数のうめき声。
「気づかれたか」
バルドが布で包まれた石を握りしめ、仲間を見渡した。
「来るぞ!」
ガサァァァッ!!!
次の瞬間、茂みを破って、暗赤色に変色した狼型の魔物が飛び出してきた。
一体ではない。 二体、三体、いや・・・十体以上。
全て、さきほど倒した魔物と同じ“変異”を起こした真っ黒な肉体。目は血のように赤く、口からはよだれが糸を引いている。
「うそだろ」
森の中に、殺意が満ちた。
一体目が弾丸のように飛びかかる。
「おらぁッ!!」
バルドが斧で受け流し、地面に叩き落とす。しかし、すぐ後ろから別の一体が飛び出す。
俺は反射的に槍を前に突き出した。
ガキィィン!!
衝撃が腕を伝うが、シンタローの槍は折れない。むしろ魔物の爪が弾かれた。
槍で突き、払い、刺す。だが倒しても倒しても、次の魔物が押し寄せる。
リナは後衛に回り、杖を構えて詠唱を始めた。
「ライト・アロー!」
光の矢が一直線に飛び、魔物の頭を撃ち抜く。
「リナ、ナイス!」
「ひ、ひゃいっ!」
褒められて裏返った声を出しながらも、リナは次の魔法を準備する。
バルドは群れの中心に突っ込み、巨斧で魔物を弾き飛ばしていた。
「こいつら、普通じゃねえぞ! 動きが速ぇ!」
「数が……多すぎる!」
汗が視界に落ちる。息が荒くなる。
だが、その時。
俺の耳に、低いうなり声が届いた。
グルルルルル・・・
森の奥。暗闇の中、異常に大きな影が動いた。
「し、シンタローさん!」
「おいおいおい、マジかよ」
木々の間から姿を現したのは、変異した魔物の群れの“親玉”と思しき、巨大な狼。
通常の三倍はある筋肉の塊。体表には黒い紋様が脈打ち、先ほどの“謎の石”に酷似した紫光が走っている。
俺は思わず、ごくりと唾を飲み込んだ。
「あ、あれを、倒さないと終わらないとか、無理ゲーじゃねぇ?」
ガアアアアアアアアッ‼
音圧だけで身体が後ろに押される。
「リナ、結界を張れ! シンタローは結界の中に逃げろ!!」
リナが魔法陣を展開するより早く、ボスウルフが地を蹴った。
跳躍というには速すぎる。
ほんの一瞬で、そいつは目の前にいた。
そして、巨大な前脚が振り下ろされる。
ギィンッ!!
俺は咄嗟に盾を再構築し、衝撃を全身で受け止めた。だが、盾は一撃でひび割れ、俺の体は後方へ吹き飛んだ。
「ヒール! ライトバリア!!」
リナの魔法が俺の身体を包み込む。
ガギィィンッ!!
バルドはボスウルフの足元に斧を叩き込み、叫んだ。
「てめぇの相手は俺だッ!!」
バルドの一撃で、金属音が響き火花が散る。が、かすり傷すら付けられない。
「なっ、硬すぎる!」
バルドに睨みを向けたボスウルフは、その瞬間、紫の瘴気が口元へと収束し・・・
「だめ! “瘴気ブレス”です!! バルドさん、下がって!!」
リナが絶叫した。
ドォォオオオオオオッ!!!
黒紫の奔流が森を薙ぎ払った。大地がえぐれ、木々が灰のように崩れ落ちる。
身体を震わせながら立ち上がる俺に、リナが叫んだ。
「シンタローさん! 今のブレスは即死級です! 私たち、勝てません!!」
今さらそんな事を言われても、とっくに知ってる。
このままでは絶対に勝てない。
だが、俺の胸中には奇妙な熱が湧き上がっていた。
現状では勝てないなら、アイツよりも強い武器が有れば勝てるって事じゃん。
俺は深く息を吸い、両手を突き出す。
「・・・構築!」
大地を這うように光が走り、俺の足元が魔法陣で包まれる。
そこから現れたのは、巨大な青白い槍。
《対魔殻穿孔槍》
自らの魔力と異質なエネルギーを混ぜ、瞬時に作り上げた“対変異用”の槍。
「な、なに、それ? シンタローさん、いったい何を!」
ボスウルフが再びこちらを向き咆哮するが、俺は槍を構えて地面を蹴った。
空気が破裂し、身体は風を置き去りにし、俺は一直線に迫る。
ボスウルフが前脚を振り下ろす。が、遅い。
ガァァァァァンッ!!!
光が迸り、槍が魔殻を貫いた。巨体が震え、咆哮が悲鳴へと変わる。
爆音が森を揺らし、ボスウルフの胸部が大きく裂けた。巨体は大地に崩れ落ち、黒い瘴気が霧散していく。
そして森は静まり返った。




