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-05-

 まだ太陽が地平線から顔を出す前。村は薄青い朝靄に包まれていた。


 俺はギルドの前で、深く冷たい朝の空気を吸い込む。


 早起きしてギルドに来た訳でな無い。金が無いのでギルドで寝ただけだ。

 食事はバルドにおごって貰ったが、流石に宿代までは出してくれなかったのだ。



「ふぅ。いよいよか」


 眠気はあるが、それ以上に胸がざわついている。恐怖、不安、そしてほんの少しのワクワクだ。


「シンタローさーん、おはようございますっ!」


 元気な声とともに、リナが駆けてくる。


「おはよう。そんな急いで走らなくても」


「だ、だって、遅れたらいけないかなと思って!」


「真面目だなぁ」


 そこへ、ゆっくりとした足取りで巨体が近づく。


「おーいオッサンら、早いな」


 バルドが豪快に欠伸をしながら現れた。鎧も斧も既に装備済み。見た目は完全に戦闘モードだ。


 リナがシンタローに小さな木箱を差し出した。


「これ、ギルドからの支給品です。応急薬と乾燥食、それから、シンタローさん用の魔力安定ポーチです!」


「ん? 魔力安定? ポーチ?」


「シンタローさんは魔力が強すぎて、普通の袋だと、袋も中身も破れちゃうので」


「へっ? 俺の魔力は荷物すら破壊するのか」


 自分の身体がわからなさすぎて不安になる。


 バルドがシンタローの肩をばんっと叩いた。


「細けぇこたぁ気にすんな!」


「細かくは無いだろ。クエスト中に荷物を失うのは死活問題だ」


 そんな軽口を叩きあっているうちに、東の空が赤く染まり始める。

 リナが息を呑んだ。


「朝日、ですね」


 冷たい空気の中、静寂を破らず、三人はしばし見惚れる。


 やがてバルドが大きく伸びをしながら言った。


「よし! 出発だ!」


 ポーチに荷物を入れ直した俺も、二人に続いた。




 陽が昇りきる頃、三人は《グレイウッドの森》の入り口へ到着した。

 しかし、俺は一歩目で、ぞくりと背中を撫でられたような感覚を覚えた。


「なんか、空気が重くないか?」


 森の匂いはする。緑の香り、湿った土のにおい。だが、それらの奥に、鉄と腐臭が混じったような生臭さが微かに漂っていた。

 リナも眉を寄せる。


「ここの森は、もっと爽やかな空気なのに。これは、魔物の血の匂い?」


 バルドは斧を肩に乗せて、周囲を睨んだ。


「気をつけろよ。普通じゃねぇ気配がする」


 森の中は異様に静かだった。本来なら鳥の声や小動物の気配が絶えないはず。

 しかし、今は、何も聞こえない。

 風で葉が揺れる音すら弱々しく感じる。


「こんなホラー演出、聞いてないんだけど」


「泣き言言うなオッサン。ここからが本番だ」


「バルドはテンション上がりすぎなんだよ」


 歩き進めるほどに、違和感が濃くなっていく。


 木々の幹が黒ずみ、触れたら崩れそうなくらい乾いているところもある。

 地面には獣の足跡が乱れ、引きずられたような長い跡が続いていた。


 リナが指差した。


「見てください。あそこ!」


 そこにあったのは、折れた冒険者の武器だった。

 泥と血で汚れ、柄の部分には噛み跡が残っている。


「やばいな、これ」


 リナが膝をついて観察する。


「数日前のものですね。ここで戦闘があったのは確実です」


 バルドは周囲を見回しながら、低くうなる。


「魔物の匂いは濃いのに、姿がねぇ。余計気味が悪い」


 気配が薄いというか。

 いや、違うな。何かが“隠されてる”気がする

 意識を集中すると、森のあちこちに“淀み”のようなものが見えるような気がした。


 そこは空気の流れが止まり、声音も揺らいでいる。まるで、魔力の塊が凝り固まっている場所のようだ。


「あの倒木の裏に、何か、見えないか?」


「えっ、わたしには何も」


「・・・おっさん、本当に何か見えるのか?」


「見えるっていうか。うーん。感じる?」


 二人が武器を構えた瞬間、倒木の影が“ぐにゃり”と歪んだ。


 そして。


 ズルッ!


 影から、黒い四足の魔物の胴体が這い出てきた。皮膚がただれ、目は赤く光り、明らかに通常種ではない。


 リナが息を呑む。


「な、なんですかあれ!? グレイハウンドじゃないですよ!」


 背中に鳥肌が走る。これは、やべぇやつだ!


 バルドが低く叫んだ。


「シンタローッ! 初戦だ! 気合い入れろ!」


 俺は槍を構え、ぐっと踏み込む。


 変異魔物は低い唸り声をあげ、三人を睨み据えた。


 ドンッ!!


 地面が揺れるほどの勢いで突進してくる。


「速ぇっ!!」


 バルドが斧で受け止めるが、衝撃に後ずさる。


「ぐっ、馬鹿力かよっ!」


 俺が咄嗟にバルドの肩を引っ張っると、次の瞬間、変異魔物の爪がバルドのいた場所を深くえぐった。


 俺は小枝とウサギの角で作った“槍”を構える。


 魔物が口を開いた。次の瞬間、黒い腐敗した瘴気が噴き出した。


「毒霧だ! 下がれ!」


 しかし、バルドの声とは逆に、俺は一歩前に踏み込んだ。


 ゴォッ!


 槍先が、まるで火花を散らすように光の膜を作り出し、膜に触れた毒霧はジュッと音を立てて消えた。


「シ、シンタローさん。それ、魔力防壁? でもどうやって」


「わからん!」


 俺は地面を蹴った。


 距離が瞬く間にゼロになる。変異魔物が反応するより早く、槍を突き出す。


 ズドンッ!!


 槍が魔物の肩口を貫き、背中まで突き抜けた。

 そのまま力任せに槍を引き裂くように横へ薙ぎ払う。


 バギィィィ!!


 変異魔物の身体が吹き飛び、木に激突したまま動かなくなった。


「オッサン。マジかよ」


「し、信じられません。今の動き、A級冒険者のようでした!」


 俺は荒い息を吐きながら、槍を見下ろした。


 倒れた変異魔物からは、普通ではない黒い瘴気が漏れ続けている。

 変異魔物を観察してたリナが震える声で言った。


「シンタローさん。これは、ただの変異じゃありません。何かに“操られてる”魔力の痕跡があります」


 バルドが険しい顔で森の奥を睨む。


「ってことは、この森に、黒幕がいるってことか」


「はぁ。その黒幕を突き止めるのが、クエストって事かぁ」


 森の奥からは、さらに不気味な気配が漂っていた。


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