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-02-

 魔核ランプの淡い光を頼りに草原を歩き続けてどれほど経っただろうか。空はすっかり暗くなり、遠くで夜鳥の鳴く声が響いている。


「そろそろ休めるところが欲しいんだがなぁ」


 愚痴をこぼしたそのとき。視界の先、丘の向こうにほのかな灯りが浮かんだ。


「おっ、あれは……!」


 俺は思わず早歩きになった。

 灯りに近づくにつれ、木製の門と石垣、そして煙突から煙を上げる家々が見えた。


 確かに、人の住む場所だ。


「助かった!」


 凶暴なウサギが居る場所で野宿しないでも良いようだ。マジで助かった。


 門の前に立つと、槍を持った若い門番が二人。緊張した様子で俺に槍を構えた。


「止まれ! 名を名乗れ!」


「あ、えっと・・・俺は、シンタロー。旅の者、です」


 “旅の者”なんて今まで言ったことないが、他に言いようがない。


 門番は俺の身なりをじろじろと見た。


 汚れた地球産のスーツ。謎に丈夫なレザージャケット。手にはウサギの角を埋め込んだ槍。

 怪しさ満点だ。


「その装備、見慣れないな。どこで手に入れた?」


「いや、まぁ。自作? DIY? って言ってもわからないか」


 俺が正直に答えると、門番は「は?」と目を丸くした。


 もう一人の門番が小声で囁く。


「兄ちゃん、あのジャケット、たぶん魔物素材だぞ? 普通の裁縫じゃ無理だ。しかも槍への加工なんて一流の職人じゃなきゃ無理だって聞くぜ」


 過大評価してくれるのは嬉しいが、今後の事を考えたら俺の能力は隠しておきたい。

 俺は慌てて手を振りながら釈明を続ける。


「いやいや、そんな大したもんじゃないんだって。ただの・・・趣味・・・の延長・・・というか、そんな感じだ」


 言いながら、自分でも説得力がないと感じた。


 俺をしばらくの間観察していた門番が、ため息をつきながら槍を下ろした。


「まぁいい。怪しい奴だが、悪い奴には見えない。村長のところに案内するから、ついて来てくれ」


「助かる!」


 門が開き、ようやく村の中へ足を踏み入れた。


 門番の話しによると、この村の名はリーベル。村と言っても開拓村のような辺境ではなく、大きな街と街をつなぐ要所として作られた村らしい。

 ようするに、これ以上発展する見込みも無いが、無くなる事も無い村だ。


 村は素朴で、道は土、家は木と石で組まれている。人々は夜なのにまだ作業中の者も多い。門番に連れられて歩く俺に興味深そうに視線を向けてくる。


 俺、悪い事して連行されてる訳じゃ無いよ。村長さんの所へ案内されてるだけだからね!


 やがて村長の家に案内され、扉を叩くと恰幅の良い白髪混じりの老人が顔を出した。



「ほほう? 旅の方かな。こんな夜に珍しいのう」


 俺は事情を説明した。と言っても、異世界転移をそのまま話せる訳ではないので、記憶喪失気味の“よく分からない流れ者”という体で説明した。


 村長は眉をひそめつつも、優しく頷いた。


「事情は分からんが、困っておるようだね。よかろう、村には宿もあるが、客人として今夜はワシの家に泊まるといい。腹も減っておろう?」


「助かります」


 村長は朗らかに笑った。


 本当に助かる。

 村に入るまで失念してたけど、俺はこの世界の通貨を持って無いんだよ。ついでに言えば、通貨を手に入れる手段も無い。

 今着てるボロボロになりかけのスーツやスマホ、ボールペンは有るけど、地球製の物は売りたくない。あとあと面倒事が起きても困るからな。


「礼を言う必要はないよ。旅人を助けるのも村長の務めさ。ただ、一つだけ気になる」


「はい?」


「その槍とジャケット……どこで作った?」


「ッ!」


 俺は言葉に詰まった。


 村長はしばらく俺を見つめた後、小さく首を振った。


「いや、詮索はやめておこう。誰にでも秘密はある。ゆっくり休むといい」


 俺は胸を撫で下ろした。




 村長の家で出てきた食事を見て、俺は思わず目を丸くした。焼きたての黒パン、ハーブの効いた肉のスープ、香ばしく焼けた野菜。


 一口食べると・・・


「うまっ」


 自分でも驚くほど声が出てしまった。

 異世界の食べ物って、こんなに美味いのか。空腹も手伝って、あっという間に平らげてしまった。




「ご馳走様でした。それで、村長、相談なんですが。何か、仕事はありませんか?」


「うむ」


「村には宿もあるとお聴きしましたが、お金を持って無いので・・・」


「それならギルドに行ってみると良い。魔物退治、採集、護衛、色々な仕事があるはずじゃ」


 ギルドかぁ。ゲームのような冒険者ギルドだろうか。ウサギに紙一重で勝てる程度の俺では魔物退治なんて絶対に無理だぞ。

 仕事の斡旋をするという意味では、ハローワークに近いのかもしれない。


「はい。明日行ってみます」




 翌朝。俺はレザージャケットを羽織り、槍を携えて村の中心にあるギルドへ向かった。


 木造だが頑丈そうで、壁には剣と盾の紋章が掲げられている。

 扉を押して中に入ると、まだ朝早いのか人影はまばらだ。

 だが空気は活気に満ちている。依頼の貼られた掲示板、武具を手入れする冒険者たち、事務手続きをしている職員。


 おぉ。なんか“それっぽい”。



 ギルド内をキョロキョロと見回していると、カウンターの奥から声がした。


「いらっしゃいませ。ギルドへようこそ。初めての方ですか?」


 声の主は、栗色の髪を三つ編みにした若い女性だった。柔らかく微笑んでいて、どこか落ち着く雰囲気だ。


「あ、はい。昨日、この村に来たばかりで、ギルドに登録したくて」


 リナと名札が付いた女性は、ぱっと明るい表情を浮かべた。


「それはようこそ! 登録希望ですね。でしたら、ここにお名前と職能を書いてください。分からなければ空欄でも大丈夫ですよ」


 丁寧で親切。ちょっと安心する。

 日本の大企業の受付ってクールで怖いというイメージがあったけど、異世界のギルドの受付は優しいな。



「おいおいリナぁ、朝っぱらから新人を甘やかすんじゃねぇ。冒険者にゃ厳しさが必要なんだよ!」


 もう一つの窓口から野太い声が響いた。

 現れたのは、服から筋肉がはみ出してそうな大男。いや、受付とは思えないほどのゴリマッチョだ。


「紹介しよう! 俺は“鉄拳のバルド”。見ての通り受付だ!」


「見ての通りって。どう見ても戦士でしょうが!」


 思わず心の声が漏れたが、バルドはまったく気にしていない。


「新人か? 見たところ、そこそこ戦えそうだな! その槍、ただ者じゃねぇ加工してあるじゃねぇか!」


「え、ああぁ。まぁ、ちょっと自作で・・・」


「自作!? ほぉー! いいねぇ! 鍛冶の心得もあるのか!」


 グイッと肩を組んでくるバルド。重い。めちゃくちゃ重い。


「バルドさん、怖がらせちゃだめですよ。初めての方が困ってるじゃないですか!」


「あ? 困ってねぇだろ。困ってねぇよな! 困ってねぇだろ!!」


 怖ぇよ!

 滅茶苦茶困ってるよ。困ってるけど正直に言ったら“鉄拳”が飛んで来るに決まってる。


「ハ、ハハ、ハハハ、ハハハハ」


 俺は長年のサラリーマン生活で取得した秘儀、愛想笑いでこの場を切り抜けた。



 リナが改めて説明を始めた。


「では、登録試験の前に簡単な質問をさせていただきますね。戦った経験はありますか?」


 俺は昨夜のウサギとの戦いを思い出し、


「す、少しだけなら」


 と控えめに答えた。


 するとバルドが食い気味に身を乗り出して来た。


「よし! だったら実技試験は任せろ! 俺が鍛えてやる!」


「いえ、試験と鍛えるを混同してはいけませんよ。バルドさん!聞いてますか?」


 リナが必死に抑えるが、バルドの勢いは止まらない。



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